学位論文要旨



No 119558
著者(漢字) 及川,隆
著者(英字)
著者(カナ) オイカワ,タカシ
標題(和) ナノ空間反応場に組み込まれたレニウム酸化物のオレフィン・メタセシス触媒作用
標題(洋)
報告番号 119558
報告番号 甲19558
学位授与日 2004.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第508号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾中,篤
 東京大学 教授 下井,守
 東京大学 助教授 小川,桂一郎
 東京大学 助教授 錦織,紳一
 東京工業大学 教授 岩本,正和
内容要旨 要旨を表示する

 最近の触媒的有機合成反応の中で、最も注目を集めている反応の一つはメタセシス反応である。多重結合を見かけ上一気に切断し、新たな多重結合に再構築するこの反応は、遷移金属化合物の巧みな働きにより進行し、複雑な炭素骨格や大環状構造を持つ化合物の合成において、現在多く活用されている。本研究は、新規多孔質材料であるメソポーラスアルミナ(meso-Al2O3と以下略す)とレニウム酸化物を組み合わせて、効率よくメタセシス反応を誘起する不均一系触媒の開発を目的としたものである。

2×R1CH=CHR2 メタセシス触媒

R1CH=CHR1+R2CH=CHR2

1.メソポーラスアルミナを触媒担体とする新規レニム酸化物担持アルミナ触媒の開発

 不均一系メタセシス触媒の中で、最も活性が高いことが知られている触媒系のRe2O7/Al2O3において、触媒担体に新規材料であるメソポーラスアルミナを使用することにより、有効な触媒系の設計を行なった。本研究では、メソポーラス構造をとるアルミナ担体が、担体表面に化学結合して固定化されたレニウム酸化物の低原子価状態を安定化し、オレフィン基質との接触により活性なカルベン種が生成して、オレフィン・メタセシス反応の触媒サイクルを形成する触媒系を考案した。担持レニウム酸化物と均一な細孔構造をもつメソポーラスアルミナ間との相互作用は、従来の非晶質アルミナ(γ-Al2O3)との相互作用とは全く異なるものであると予想し、メソポーラスアルミナに担持したレニウム酸化物の示すオレフィン・メタセシス触媒作用を詳細に調べた。

 メソポーラスアルミナ(meso-Al2O3)は、ラウリン酸を鋳型剤としたアルミニウムアルコキシド剤のゾルーゲル反応により合成した。得られたmeso-Al2O3は均一な3.0nmの細孔を有し、従来のγ-Al2O3の3倍以上の比表面積(560m2/g)を有することが明らかとなった。得られたmeso-Al2O3に過レニウム酸アンモニウムを担持し、焼成によりレニウム酸化物担持メソポーラスアルミナを調製した。この触媒を減圧加熱処理条件下で活性化して、オレフィン基質を作用させた。比較触媒として、レニウム酸化物をγ-アルミナに担持したRe2O7/γ-Al2O3を使用した。

 内部オレフィンである7-Hexadeceneを基質とするメタセシス反応を液相条件下(n-Heptane溶媒中,50℃)で行なった。

2×C6H13CH=CHC8H17 Re2O7/Al2O3 C6H13CH=CHC6H13+C8H17CH=CHC8H17

 内部オレフィンである7-Hexadeceneのメタセシス反応は、温和な温度条件下(50℃)においても進行した。特に、メソポーラスアルミナに担持した触媒7wt% Re2O7/meso-Al2O3は、従来のγ-Al2O3に担持した触媒7wt%Re2O7/γ-Al2O3に比べて高い触媒活性を示し、反応は4時間後に平衡に達した。一方、対照触媒7wt%Re2O7/γ-Al2O3は反応が遅いばかりか、反応途中で失活した。

 以上のように、同量のレニウム酸化物が担持されているにも拘わらず、担体の多孔質構造の違いにより触媒作用に明確な差が確認された。この触媒作用の差違の要因は、メソポーラスアルミナ細孔表面が持つLewis酸性により、担持された酸化レニウム種の低原子価状態が安定化され、基質オレフィンとの反応で生成するカルベン錯体種の濃度が高められ、メタセシス反応が加速されるためと考えている[Fig2]。

2.官能基化されたオレフィンのメタセシス反応のための不均一系メタセシス触媒の開発

2×CH2=CH2―(CH2)n―FG メタセシス触媒 FG―(CH2)n―CH=CH一←CH2―FG+CH2=CH2

FG=官能基(エステル、ケトン等)

 エステルやケトンなどの官能基を分子内にもつオレフィンのメタセシス反応は一般に不均一系メタセシス触媒で行わせることは非常に難しい。その理由は、極性の高い官能基の方が優先的にメタセシス触媒金属種に配位するので、オレフィン部位が接近しにくくなるためである。W.A.Herrmannは、1991年にMethyltrioxorhenium(MeReO3)錯体自身は官能基化されたオレフィンに対して低いメタセシス触媒活性しか示さないが、固体酸であるSiO2-Al2O3に担持させることにより、メタセシス活性が発現することを報告した1。そこで、官能基化されたオレフィンに対しても高いメタセシス活性を示すMeReO3担持メソポーラス物質触媒の開発を行なった。

 MeReO3が固体酸性を持つSiO2-Al2O3担体に担持することで、官能基化されたオレフィンにもメタセシス触媒活性を示した事実をヒントにして、メソポーラスアルミナ細孔表面を、種々のLewis酸性を示す金属塩で化学修飾することで、メソポーラスアルミナ(meso-AlO3)にLewis酸性を付与した。MeReO3を各担体に担持し、10-ウンデセン酸メチルのメタセシス反応を液相条件下(塩化メチレン中,室温)で行なった。その結果、meso-Al2O3をZnCl2で化学修飾し(ZnCl2∈meso-Al2O3と以下略す)、MeReO3を担持した触媒(MeReO3/ZnCl2 ∈meso-Al2O3と以下略す)が、高いメタセシス触媒活性を示すことがわかった(Table 1)。MeReO3をmeso-Al2O3自身に担持させた触媒(MeReO3/meso-Al2O3)に比べて、約30倍の触媒活性を示す。また、Herrmannにより報告された触媒系(MeReO3/SiO2-Al2O3)に比べても、8倍高い触媒回転数を示した。meso-Al2O3に対するZnCl2の化学修飾量により、MeReO3/ZnCl2 ∈meso-Al2O3の触媒能は大きく変化する(Table 2)。詳細に検討した結果、メソポーラスアルミナに含まれる割合(Al/Zn比)が16の時に、最大の触媒活性を示すことがわかった。

2×CH2=CH―(CH2)8―CO2CH3 MeReO3 CH3OCO―(CH2)8―CH2―(CH2)8―CO2CH3+CH=CH2

 新規に見出されたMeReO3/ZnCl2 ∈meso-Al2O3触媒系は、10-ウンデセン酸メチル以外の官能基化されたオレフィンに対しても、Herrmannの触媒系(MeReO3/SiO2-Al2O3)より高い触媒活性を示すことが明らかになった(Table 3),新しく見出した触媒系は、ケトン、エステル、ハロゲン等の官能基をもつオレフィンに対して適用可能である。

 また、本MeReO3/ZnCl2 ∈meso-Al2O3触媒系は、反応媒体(塩化メチレン)を用いた反応条件(液相条件)と同様に、無溶媒条件下でも高い触媒活性が示された。この事実から本触媒系が気体オレフィンの気相メタセシス反応に対しても、高い触媒活性を示すと予想される。最近の石油化学工業において、プロピレンの需要の高まりから、エチレンとブテンのメタセシス反応によってプロピレンを製造するプロセスが注目を集めている。このような大規模な石油化学プロセスへの本触媒系の適用も期待できる。

 本触媒系では、ナノメートルサイズの均一な細孔構造を持つメソポーラスアルミナに着目し、レニウム酸化物あるいはメチルトリオキソレニウム種を固定化することで、レニウム種の細孔表面との相互作用を引き出し、既知の触媒と比べて非常にメタセシス活性の高い不均一系触媒の開発に成功した。

1. Herrmann, W. A.; Wagner, W.; Flessner, U. N.; Volkhardt, U.; Komber, H. Angew. Chem., Int. Ed. 1991, 30, 1636.

a)7-Hexadeceneの転化率 b)生成物7-Tetradecene及び9-Octadeceneの選択性

Fig 1.7-Hexadeceneのメタセシス反応(n-Heptane中,50℃)

Fig2.メソポーラスアルミナ細孔内での活性レニウム種の安定

 Table1. 10-ウンデセン酸メチルの触媒的メタセシス反応(塩化メチレン中,室温)

 Table2. メタセシス触媒活性に及ぼすZnCl2∈meso-Al2O3中の亜鉛含有量の影響

Table 3

 種々の官能基化されたオレフィンに対するメタセシス触媒活性(塩化メチレン中,室温)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる.第1章は序論であり,研究の背景や目的が述べられている.第2章は,メソポーラスアルミナ担体に担持したレニウム酸化物が示す,単純オレフィンを反応基質としたメタセシス反応に対する触媒作用について述べている.第3章は,官能基を有するオレフィンのメタセシス反応のための不均一系メタセシス触媒の開発に関して述べたものであり,有機金属化合物であるメチルトリオキソレニウム(MTO)と,メソポーラスアルミナをはじめとする既存の多孔質担体とを組合せた不均一系触媒作用について述べている.第4章は,メソポーラスアルミナを金属ルイス酸で化学修飾した新規担体物質の創製と,それをMTOと組み合わせることにより,極性官能基を含むオレフィンに対しても,非常に高いメタセシス触媒活性を示すことを述べている.第5章で結論が述べられ,メソポーラスアルミナ細孔表面に固定化したレニウム化合物種の示すメタセシス触媒特性に関して,本研究で得られた成果が纏められている.

 19世紀から急速に発展した化学は,医薬革命をもたらし,抗生物質の大量供給は多くの病気から人類を救うことを可能にした.また,20世紀の農薬,肥料の化学合成により,食料の生産量が飛躍的に伸び,人口の拡大を可能とした.さらに,衣料・住居・通信・機械などに関わる材料も化学により大きく変わり,人類の生活の質を格段に高めることに寄与している.しかし,それと同時に,これら化学物質の大量生産・大量使用・大量廃棄に伴って,地球環境が悪化し,その影響で人間の健康を損なうことも多く見られるようになってきた.そこで,21世紀の化学合成では,人類の生活水準や地球環境をより良いものにしながら,限られた地球資源を活用して,持続可能な物質生産体系に移行することが緊急課題となり,化学合成における効率的な触媒の登場が強く望まれる状況にある.

 本研究の対象としたオレフィン・メタセシス反応は,見かけ上オレフィンの炭素-炭素二重結合を一度に切り換えて,新たなオレフィン生成物を与える反応である.特に,最近10年間に,有機金属錯体で構成された高性能のメタセシス触媒が開発されたことにより,ファインケミカルズ合成のための反応プロセスが一変したといっても過言ではない.そこで次の触媒開発の段階として,高いメタセシス触媒活性を維持しながら,実用面でも優れた不均一系触媒の登場が切望される状況となってきた.

 第2章での触媒開発の方針は,1996年にDavisらにより合成が報告された,均一な細孔径をもつメソポーラスアルミナの細孔構造の高い規則性に着目し,そのナノ細孔表面にレニウム酸化物を化学結合で固定化すれば,一定の曲率をもつアルミナ表面とレニウム酸化物種との間の特異な相互作用によって,レニウム金属種の示すオレフィンのメタセシス触媒活性を高めることを目論んだものである.本研究では,メソポーラスアルミナと既存のγ-アルミナとを比較した.γ-アルミナの細孔径は一定ではなく,幅広い分布をとるのに対して,Davis法に従って調製したメソポーラスアルミナの細孔径分布は,2〜4ナノメートルの範囲の非常に狭い分布をとっており,しかもその比表面積はγ-アルミナの3倍以上であることがわかった.また赤外吸収スペクトル測定から,メソポーラスアルミナの表面酸性質は,γ-アルミナとほぼ同じであることもわかった.メソポーラスアルミナとγ-アルミナ表面に同重量のレニウム酸化物を担持し,オレフィン・メタセシス触媒活性を比較したところ,メソポーラスアルミナに担持したレニウム酸化物(Re2O7/meso-Al2O3)は,末端オレフィン基質および内部オレフィン基質に対して,著しいメタセシス触媒活性の向上が認められた.この触媒活性の増大は,メソポーラスアルミナのもつ大表面積によるものではないことも確かめた.一定曲率をもつメソポーラスアルミナ表面を構成する-Al-O-Al-結合との相互作用により,反応中間体のレニウムカルベン種が安定化され,表面濃度が高められるために,メタセシス反応の速度が増大したと考えている.

 第3章および第4章では,官能基を分子内に有するオレフィンに対して,効率よくメタセシス反応を誘起する不均一系触媒の新規開発に成功したことが述べられている.まず,固体酸(無定型シリカ-アルミナ)共存下で特異なオレフィン・メタセシス反応活性を示すことが知られている有機金属錯体のメチルトリオキソレニウム(MeReO3,MTO)を触媒金属種として選び,固体表面によってMTOを活性化する触媒設計を行った.まず,第3章では,ルイス酸性を帯びた種々の多孔質担体にMTOを担持することにより,官能基化オレフィンに対するメタセシス活性が発現することを見出した.しかし,その触媒活性は,MTO/無定型シリカ-アルミナ触媒には及ばなかった.そこで,第4章では,まずメソポーラスアルミナのもつ均一な細孔表面を各種ルイス酸で化学修飾することにより,修飾メソポーラスアルミナ担体を新規に合成した.特に,塩化亜鉛(ZnCl2)で化学修飾したメソポーラスアルミナ(ZnCl2∈meso-Al2O3)にMTOを固定化した触媒(MTO/ZnCl2∈meso-Al2O3)は,官能基を有するオレフィンに対しても高いメタセシス触媒作用を示し,何も化学修飾しないメソポーラスアルミナに固定化したMTO触媒に比べ,30倍の触媒回転数(Turnover number)を示した.MTOの示す触媒活性は,メソポーラスアルミナ表面の塩化亜鉛による化学修飾率に大きく依存することがわかった.このことは,担体物質の微小なナノ空間を精緻にデザインすることにより,固定化される金属錯体が示す触媒作用を制御出来ることを意味する.本研究で開発したMTO担持触媒(MTO/ZnCl2∈meso-Al2O3)は,ケトン,エステル,ハロゲンを含むオレフィンに対して高いメタセシス活性を示し,既知の不均一系メタセシス触媒の示す触媒作用を遙かに凌駕するものであることを明らかにした.

 本研究は,メソポーラス物質のもつメソ細孔内のナノ空間に新たな化学特性を付与することで,そこへ担持した金属種が高い触媒作用を示すことを見出したものであり,触媒作用をもつ様々な金属錯体へ適用可能と考えられ,今後高性能な不均一系金属錯体触媒の開発が大いに期待される.

結び

 本論文中の第2章の一部は,大越 徹氏,田中庸裕氏,山本 孝氏との共同研究であるが,論文の提出者が主体となって実験,解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

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