学位論文要旨



No 119560
著者(漢字) 渡辺,慎一
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,シンイチ
標題(和) インテグリン活性化におけるR-Rasの役割
標題(洋)
報告番号 119560
報告番号 甲19560
学位授与日 2004.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2364号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 重松,宏
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

 インテグリンは、α鎖とβ鎖からなるヘテロダイマーの膜貫通型糖タンパク質で非共有結合により会合して細胞表面に存在しており、細胞外マトリックス蛋白や細胞同士の接着を制御して、細胞の増殖、分化、移動などの細胞生物学的効果をもたらす。臨床学的には、炎症時白血球による炎症局所への血管外遊走、受傷時に血小板凝集から端を発しての止血血栓形成、創傷治癒過程や癌細胞の転移などに重要な役割を果たす。

 インテグリンの接着は、発現量変化と分子の質的変化(リガンド親和性変化や細胞表面上の再分布)とで調節される。血小板や白血球に発現しているインテグリンは通常不活性型であるが、細胞外因子により細胞内伝達シグナルによって質的変化を伴って活性型に変換される(inside-out signaling)。

 このinside-out signalingの伝達経路は未だ十分に解明されていないが、関与する分子群には、PI3Kinase、PLCγ、PKCや幾つかのsmall GTPaseなどが報告されている。そのsmall GTPase中R-Rasはインテグリンを活性化させる報告がなされ、同じRasファミリー蛋白の中でも特異な機能を具有している。

 R-RasはRasサブファミリーに属し、一次構造上Rasと約55%の相同性を帯び、Rasサブファミリー蛋白に共通のエフェクター結合領域を持ち、N末端側に26アミノ酸残基が伸長している点が特徴的であるが、この配列の役割については不明である。

 インテグリンのinside-out signalingを受ける細胞内領域は、約40アミノ酸残基と短く、カタリティック部位を持たず、細胞骨格系蛋白が結合することが判明しているが、そのシグナルを受ける際に両鎖細胞内領域の各役割分担は不明である。

 以上より、独自にインテグリン活性化を及ぼすR-Rasの構造や機能解析することが、インテグリン活性化機構の解明につながると思いたった。

 そこで今回、R-Ras特異的にフィブロネクチン(FN)への接着亢進に関して、再現性が得られたヒトリンパ芽球T白血病の株化細胞であるMolt 4とマウスproBリンパ球BaF3とを用いて、R-Rasがインテグリンを活性化するシグナル伝達経路に関して解析し、興味ある結果を得た。

[材料・方法]

 構成的活性型R-Ras 38V、これを背景としたエフェクター結合領域点変異体〔R-Ras(38V,61S)・R-Ras(38V,63G)・R-Ras(38V,64E)・R-Ras(38V,66C)〕、N末端側26アミノ酸欠失型とその部分欠失型の各種cDNAはマウスpreBリンパ球70Z/3由来のcDNAを元にPCR部位特異的変異導入法により作製した。これらを哺乳動物発現ベクターに組み込み、ヒトリンパ芽球T細胞株Molt 4に電気穿孔法を用いて遺伝子導入した。薬剤選択下で培養して、単一クローンの安定発現株を樹立した。ヒト新鮮凍結血漿から精製分離したFNを96穴平底プレート上に敷いて固相化し、BCECFで蛍光標識した各種細胞株を蒔いて、洗浄前後の蛍光度を測定して接着率を算出した。この接着試験を行う際に、標的細胞表面上のインテグリン発現量をフローサイトメトリーでその都度測定した。

 細胞内分布は、各種R-RasのMolt 4安定発現株とサル腎上皮細胞由来のCOS7一過性発現株を、パラフォルムアルデヒドで固定後、TritonX-100で細胞膜穿孔しR-Ras抗体を用いて免疫蛍光染色し、共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡下で観察した。

 インテグリンキメラ(α5/L)分子はヒト型インテグリンα5鎖野生型cDNAより膜直下部にあるHindIII認識部位以下を切り出して、同制限酵素消化処理されたヒト型インテグリンαL鎖野生型cDNA細胞内領域とライゲーションして作製した。その際、ヒト型インテグリンαL鎖野生型cDNA膜直下部に、PCR点変異導入法を用いてHindIII認識部位を作製した。作製したキメラ遺伝子をマウスbroB細胞BaF3に電気穿孔法で導入し、薬剤選択下で継代培養して安定発現株を得た。更に、R-Ras 38Vを遺伝子導入して同様にサブクローニングを行い、二つの遺伝子共安定発現株を樹立した。また全長型α5鎖とR-Ras 38Vとの二つの遺伝子共安定発現株もサブクローニング後、樹立した。これらの細胞株を用いてα-キモトリプシン消化処理で得られた固相化120kDaFN断片への細胞接着性を調べた。また、BaF3が固相化120kDaFNに接着する際、外来性インテグリンの関与を知る為に、抗マウスα5阻害抗体を標本と10分間混和してFNに蒔いて接着試験を行った。

[結果と解釈]

1. Molt 4においても構成的活性型であるR-Ras 38Vを発現させることで、インテグリンによる細胞接着亢進が認められた。H-Rasの構成的活性型発現株では、接着亢進が見られなかった。報告されている幾つかのR-Ras下流シグナル伝達経路に対して、阻害剤(wartmanninやPD98059)を用いた限りの接着試験では、R-Rasによるインテグリンを介した細胞接着亢進現象をR-RasからのMEKK-MEK-MAPKinase系やPI3Kinaseの活性化からでは説明できないことがわかった。

2. Molt 4の場合や過去の報告も踏まえて、Ras・ファミリー分子中でR-Rasがインテグリンを活性化するという、特異的細胞現象と、一次構造上R-Ras固有のN末端側26アミノ酸残基伸長部との関連性を調べた。

 その結果N末端側26アミノ酸配列欠失変異体発現株は、細胞接着性が抑えられ、この伸長部はインテグリンを効率良く活性化するのに重要な部分であることがわかった。

 更に、26アミノ酸配列を3分画に分け、その中の最重要分画を同定しようとしたが、分画数依存的に細胞接着亢進して特定できなかった。

 以上、N末端側26アミノ酸残基中にはインテグリンの接着亢進に関与する特異的なエフェクター分子との会合に必要不可欠な領域が含まれていると解釈するより、26アミノ酸配列が一塊となってインテグリン活性化に重要な部分を構成している可能性が高いと思われる。

3. またN末端側26アミノ酸配列がR-Ras分子の細胞内局在に及ぼす影響を調べた。この際、COS腎上皮細胞だけでなくR-Rasの浮遊細胞(Molt 4)内分布を初めて免疫細胞染色法で観察した。

 その結果、R-Rasは両細胞で細胞膜優位に局在していた。併せてN末端側26アミノ酸残基欠失型も観察したが、どちらの細胞にも充分膜移行性が認められたので、少なくともN末端側26アミノ酸配列は膜移行性を決定付ける部分では無いことが判った。

 以上よりR-RasのN末端側26アミノ酸配列は一団となって、細胞膜移行能と別の機序で、インテグリンを活性化させる細胞内シグナル伝達に重要な部分であることがわかった。

4. H-Rasのエフェクター結合領域点変異体に関する分析報告と同様に、R-Ras 38Vのエフェクター結合領域に点変異を挿入して、R-Rasから下流に伝わる複数のエフェクター経路の分離を試みた。

 その結果、R-Ras(38V,64E)の発現株は殆ど接着が見られず、一方R-Ras(38V,63G)発現株の接着性はR-Ras 38Vによる亢進した細胞接着性と同程度であった。またR-Ras(38V,61S)やR-Ras(38V,66C)はR-Ras 38Vの細胞接着亢進に部分的抑制をかけることがわかった。

5. BaF3細胞で外来性野生型α5安定発現株とキメラ型α5/L安定発現株について、それぞれの細胞表面発現量が同程度の発現株が得られた。これらの細胞株に更にR-Ras 38Vを遺伝子導入することで、α5、α5/L発現株共に固相化120kDaFNに対する細胞接着性が顕著に亢進した。また内在性α5阻害抗体で予めブロッキングすることで、この接着は専ら外来性インテグリンを介していることが示された。

以上より、R-RasがVLA-5を活性化させるシグナル伝達経路の末路は、α鎖の細胞内領域よりβ鎖の細胞内領域に至る可能性が高いことが示唆された。

[結論]

 R-Rasが他のRasファミリー分子と比べて、特異的にインテグリンを活性化して細胞接着性を亢進させるシグナル伝達経路を解析した。

 インテグリン活性化を及ぼす様なR-Rasから下流シグナルは、親和性を亢進させると報告されているPI3Kinaseとは別のエフェクター分子の存在が考えられ、その分子はR-Ras(38V,63G)と強く会合し、R-Ras(38V,64E)とは会合しないものである。R-Rasの一次構造に特徴的なN末端側26アミノ酸残基は、インテグリン活性化に重要な箇所であることがわかったが、欠失しても膜移行性を保ち、さらにその中に最重要な分画は同定されず、恐らく26アミノ酸残基が一体となってエフェクター分子との会合の効率性(細胞膜上での会合場所や時機など)を制御するものと思われる。また、R-Rasからのインテグリン活性化シグナルはVLA-5のα鎖でなくβ鎖に最終的に伝達されると思われ、恐らくβ鎖を細胞骨格の拘束から解放して細胞膜表面上の移動度を上げことにより、クラスター形成をしてavidityを上げることで細胞接着性を亢進するものと予想される。

 今後、あらたなエフェクター分子が見つかることで、インテグリン活性化の機構がより解明されると期待される。その際に、今回行ったR-Rasのエフェクター結合領域点変異体を用いてyeast two-hybrid法のbaitにして、R-Rasからのインテグリンを介した細胞接着性を亢進させる下流エフェクター分子のクローニングに積極的に利用できるものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はインテグリン活性化シグナル伝達において重要な役割を演じていると思われるR-Rasに関して、シグナルを伝えるエフェクター分子や終着点の解析、R-Rasの構造分析と細胞内局在を調べたものであり、他のRasファミリー蛋白と特異的にイングリンによる細胞接着性亢進を示したMolt 4細胞(ヒトリンパ芽球T細胞株)を主に用いて下記の結果を得ている。

1) Molt 4細胞において、構成的活性型R-Ras 38Vを強制発現させることで、VLA-4の発現量を増やさずに固相化FNに対して細胞接着性亢進をもたらすことが出来た。この接着性亢進はPI3kinase阻害剤のワートマンニンやMAPKkinase阻害剤PD98059では抑制できなかった。

2) 構成的活性型R-Ras 38Vのエフェクター結合領域に点変異を入れることで、R-Rasから下流に伝わる複数のシグナル経路を分別して、各点変異体発現株によるFNの接着変化を調べた。R-Ras(38V,61S)とR-Ras(38V,66C)の発現株はR-Ras 38V発現株の接着亢進が部分的に抑制されたのに対し、R-Ras(38V,63G)はR-Ras 38Vとほぼ同じ程度に接着亢進が保たれた。また、R-Ras(38V,64E)発現株は接着能を喪失した。

3) R-Rasと同じRasサブファミリーに属し共通のエフェクター結合領域をもつH-RasやRap1と異なり、R-Rasの構成的活性型だけがMolt 4細胞での安定発現株に対して固相化FNへの接着性を亢進させた。これより、一次構造上R-Ras特有部分である、N末端側26アミノ酸残基に着目し、R-Ras 38Vからこの部分を欠失させた変異体発現株を樹立して初めて細胞接着の解析を試みた。その結果、中等度の発現量だとFNへの接着性がほぼ完全に抑えられたが、過剰発現すると接着性が回復した。

4) R-RasのN末端側26アミノ酸残基をほぼ均等に3分画に分け、そのうちの幾つかの分画を欠落させて再構成したR-Ras 38Vの変異体安定発現株を初めて樹立して、細胞接着効果を解析・検討した。その結果、プロリンに富んだ第3分画を初めとして、接着性亢進をもたらす様な特異的分画は特定されず、26アミノ酸が一塊となって接着亢進をもたらす重要な部分であることがわかった。

5) 今回初めて浮遊細胞にR-Rasを遺伝子導入後、免疫蛍光染色法により細胞内局在を調べた。また、N末端側26アミノ酸残基欠失型R-Rasの細胞内分布も調べたところ、この部分を欠失してもR-Rasの細胞膜移行性を妨げないことがわかった。また、腎上皮由来のCOS7細胞に一過性発現させた場合も、同様の観察所見が得られた。

6) 外来性野生型α5鎖とその細胞内領域をαL鎖で置換したキメラ型α鎖発現株をそれぞれBaF3細胞(マウスproBリンパ球)にて樹立し、更にR-Ras 38Vを遺伝子導入してR-Rasのインテグリン活性化シグナル伝達経路の終着点を初めて調べた。その結果、どちらのα鎖細胞内領域に対しても遜色なく、R-Rasはインサイドアウトシグナルを伝えてインテグリンによる細胞接着亢進を誘導した。

 以上、本論文でわかったことはR-Rasがインテグリンを活性化させる為には、PI3kinaseやMEKK→MEK→MAPKinase以外のシグナル伝達を介して、またR-Ras(38V,64E)では伝わらずR-Ras(38V,63G)で伝えられるシグナル伝達を介していること。更には細胞膜移行とは別の機序でR-Ras固有のN末端側26アミノ酸残基を絡めていること。シグナルの終着点としてVLA-5のβ鎖細胞内領域に作用している可能性が高いことの以上である。本研究は未解明のインテグリン活性化機構の枢要分子と思われるR-Rasの解析に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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