学位論文要旨



No 119562
著者(漢字)
著者(英字) NGUYEN KHANH TRI
著者(カナ) グエン カン トリ
標題(和) ヒト白血病における1p36切断点の同定と新しい治療戦術の開発を目指したイマチニブ耐性細胞株の樹立
標題(洋) Identification of the 1p36 Breakpoints in Human Leukemia and Establishment of an Imatinib-Resistant Cell Line for Development of a Novel Therapeutic Strategy
報告番号 119562
報告番号 甲19562
学位授与日 2004.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2366号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 本倉,徹
 東京大学 講師 渡邊,洋一
 東京大学 講師 神馬,征嶺
内容要旨 要旨を表示する

要  約

 染色体バンド1p36は色々な血液腫瘍に繰り返し認められる転座切断点である。本論文の第一パートでは、t(1;3)(p36;p21)転座を持つAML(M3)患者における1p36転座切断点と、新たに樹立されたt(1;3)(p36;q26)転座を持つ未成熟巨核球細胞株HIG-Megの1p36転座切断点の解析について述べた。このAML(M3)患者では1p36転座切断点は1p36.2、3p21転座切断点は3p21.3であったが、この両切断点は佐藤らによって報告されたt(1;3)(p36;p21)転座を持つ2症例における各々の切断点とは全く異なっていた。また、HIG-Meg細胞株の1p36切断点は1p36.3であり、しかもサブテロメア領域、3q26切断点は実際には3q25.3であり、BACクローンRP11-290K4内であった。これらの切断点はt(1;3)(p36;q21)転座の1p36切断点とも、3q21q26症候群の3q26切断点とも異なっていた。これはt(1;3)(p36;q25)転座を持つ白血病とその切断点の分子レベル解析について記載した最初の報告である。これらの結果から、この白血病の進展に関与している遺伝子は転座切断点より離れた位置にあり、しかも、EVI1遺伝子(3q26)やMEL1遺伝子(1p36.3)ではない、未知の遺伝子であると考えられる。私はこの白血病の病態に関与している、または発現している遺伝子を同定する仕事にすでに着手している。

 イマチニブ・メシレート(STI571,グリベック)はフィラデルフィア陽性の慢性骨髄性白血病や急性リンパ性白血病の治療に驚くべく効果を上げている。しかし、急性転化時のフィラデルフィア陽性慢性骨髄性白血病患者やフィラデルフィア陽性急性リンパ性白血病患者では、治療を続けているにも拘わらず、イマチニブ抵抗性を示す患者が観察される。本論文の第2パートでは、イマチニブ抵抗性細胞株TCC-Y/T315Iの樹立について述べる。TCC-Y/T315I細胞株は親株であるTCC-Yより樹立された株であり、ATP結合部位にThr315Ile変異(315番目のアミノ酸がスレオニンから、イソロイシンに変異したもの)を持っている為にイマチニブに対する強い抵抗性を獲得している。この細胞株におけるThr315Il変異とイマチニブ抵抗性レベルは6ヶ月間もの間、イマチニブ・フリーの培養条件においても変化せず、非常に安定であることが分かった。この細胞株はThr315Ile変異を持ち、安定したイマチニブ抵抗性を示す最初の細胞株である。TCC-Y/T315I細胞株と親株TCC-Yを使って、私はデプシペプタイド(FK228)がイマチニブ抵抗性株の増殖を抑制すること、イマチニブとの併用で相加〜相乗的増殖抑制効果を発揮すること見出した。この結果はFK228やその誘導体が、単独またはイマチニブとの併用でイマチニブ抵抗性の患者に対して、良い治療薬となりうる可能性があることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、近年、フィラデルフィア陽性白血病に対する分子標的治療剤として華々しく登場したイマチニブ・メシレート(STI571,グリベック)の耐性問題に迫るべく、1)臨床的に最も頻度の高い点突然変異であるThr315Ile変異(ABL遺伝子ATP結合領域内の315番目のアミノ酸がスレオニンから、イソロイシンに変異したもの)を持ったイマチニブ耐性株:TCC-Y/T315Iを樹立し、2)その耐性機序が他の要因には依らず、Thr315Ile変異に基づくと考えられることを証明し、3)本細胞株を用いて、各種の薬剤をスクリーニングした結果、デプシペプタイド(FK228)が新規のイマチニブ耐性克服薬となり得ることを示したものである。要旨は以下の通りである(Part II)。

1)フィラデルフィア陽性急性リンパ性白血病患者より樹立された細胞株:TCC-Yをイマチニブ添加培養液で培養を続け、IC50イマチニブ=15.9μM(親株の40倍のIC50)というイマチニブに高度耐性をもった耐性株:TCC-Y/T315Iの樹立に成功した。TCC-Y/T315I株はフィラデルフィア染色体を1個のみ保有する細胞集団であり、シークエンス解析の結果、この株はThr315Ileの点突然変異を持っていることが判明した。この細胞株のイマチニブ耐性は極めて安定であり、イマチニブ無添加で6ヶ月培養を続けた後もIC50やThr315Ile変異は不変であった。つまり、本耐性株はイマチニブ耐性克服を狙う新規薬剤開発の為のスクリーニング用材料として極めて有用である。

2)イマチニブ耐性をきたす機序には、ABL遺伝子ATP結合領域内の点突然変異の他に、1)BCR/ABL遺伝子のゲノム・mRNA・蛋白レベルでの増幅、2)MDR遺伝子の発現亢進、などが知られている。そこで、これらの要因を本耐性株が含んでいるかどうかを検索した。その結果、(1)BCR/ABL遺伝子はゲノム、mRNA、蛋白レベルのいずれにおいても、親株:TCC-Yに比べ、増幅していないこと、(2)MDR遺伝子も発現していないこと、が判明した。つまり、本耐性株の高度イマチニブ耐性はThr315Ileの点突然変異のみの由来すると考えられる。

3)イマチニブ耐性を克服すべく、TCC-Y/T315I株を用いて、可能性のある新規薬剤を単独で、またはイマチニブとの併用で相加〜相乗的増殖抑制効果があるかどうかを検討した。その結果、デプシペプタイド(FK228)は単独でTCC-Y/T315I細胞の増殖を抑制すること、また、イマチニブとの併用では相加〜相乗的増殖抑制効果を発揮することを見出した。つまり、FK228やその誘導体は、単独またはイマチニブとの併用でイマチニブ耐性克服の治療薬となりうる可能性がある。

 また、本研究とは独立した内容ではあるが、t(1;3)(p36;q26)転座を持つ未成熟巨核球細胞株:HIG-Megの性状と両転座切断点の解析も行ない、以下の結果を得た(Part I)。

(1)HIG-Meg株はPMA添加培養によって、より成熟した巨核球系細胞へと分化する。

(2)1p36切断点はsub-telomere領域内、3q26切断点は3q25.3のBACクローンRP11-290K4内であった。

 WEBで公開されているゲノム情報に基づけば、これらの両切断点近傍には遺伝子は存在していない。これらの結果から、この白血病の病態に関与している遺伝子はEVI1遺伝子(3q26)やMEL1遺伝子(1p36.3)ではなく、しかも転座切断点より離れた位置にあり、epigenetic effectにより、病態に関与しているのではないか、と推測される。

 本研究は、イマテニブ耐性問題とその克服薬剤の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると思われる。

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