学位論文要旨



No 119563
著者(漢字) 柳生,文宏
著者(英字)
著者(カナ) ヤギュウ,フミヒロ
標題(和) PCRによるHIV-1のサブタイプの鑑別とブラジルのサブタイプBの解析
標題(洋) Determination of HIV-1 subtypes (A-D,F,G,CRF01_AE) by PCR with novel designed primers, and analysis of subtype B from Brazil.
報告番号 119563
報告番号 甲19563
学位授与日 2004.04.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2367号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
内容要旨 要旨を表示する

Introduction

 後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)は1983年に発見され、世界中に伝播した。この20年間に2000万人がエイズで死亡し、年間500万人が新たに感染し310万人が死亡している。また現在世界中で4200万人が感染している。

 HIV-1の遺伝子は変異が多く、いくつかの分類カテゴリーがある。ほとんどのHIV-1はMグループに属しており、まれに見られるものをOグループ、M,Oどちらのグループにも属さないものをNグループに分類する。さらにMグループは9つのサブタイプに分類され、AとFはそれぞれA1とA2、F1とF2のサブサブタイプに分かれる。サブタイプBとDもサブサブタイプに分類されるが、慣例によりサブタイプとしての名前を与えられている。またリコンビナントも見つかっており、CRF01_AEはenv領域がサブタイプE、その他の遺伝子がサブタイプAで構成されているが、オリジナルのサブタイプEは見つかっていない。

 世界中でのサブタイプの割合はサブタイプC(47.0%)、サブタイプA(27.2%),サブタイプB(12.3%)、サブタイプD(5.3%)、CRF01_AE(3.2%)となっている。サブタイプには地域特異性があり、アフリカ、インドではサブタイプC、西欧諸国ではサブタイプB、東南アジアではサブタイプEが優位である。

 サブタイプAはAIDSを発症しにくい、サブタイプCは他のサブタイプに比べ血中ウイルス量が高い、サブタイプA、CはサブタイプDに比べ母子感染を起こしやすいなどのサブタイプ間の違いが報告されているが、それらの違いは様々なファクターによって明確でなく、存在しないかもしれない。しかしながら、タイではサブタイプBはneedle sharingによって、サブタイプEは性的接触によって感染するという事実により感染源を特定し、予防政策を成功に導いた。よってサブタイピングは疫学調査・研究は予防プログラムの立案や保健行政に役立つと考えられる。

 本研究では、サブタイプ特異的プライマーを設計し、PCRによってサブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AEの鑑別することを目的とした。

Material and Methods

 サンプル

インフォームドコンセントを得た後、血液サンプルを採取した。ブラジルから6サンプル、日本から6サンプル、ケニアとタイからそれぞれ2サンプル、タンザニアから1サンプル、感染地不明が13サンプルであった。(表)

 DNA抽出

プロテネースKを用いて血中細胞成分を処理し、DNAをエタノール沈殿で精製した。

 beta-actinのPCR

ヒトの遺伝子に共通に含まれるbeta-actinのPCRを行い、DNAの抽出の確認を行った。

 v3領域のsequenceによるサブタイプの決定

v3領域のsequenceを行い、系統樹を描いてサブタイプを決定した。

 PCRによるサブタイプBとEの鑑別

先行研究(Yagyu F., et 2002. Differentiation of subtypes B and E of human immunodeficiency virus type 1 by polymerase chain reaction using novel env gene primers. J. Virol. Methods 101:11-20.)でデザインされたプライマーを用いてPCRを行い、サブタイプBとCRF01_AEの鑑別を行った。

 BRON06の遺伝子解析

Env領域全長をPCRで増幅しクローニングし、sequenceを行った。得られたsequenceを系統樹解析、Similarity Plot、BootScanおよびintrasubtype、intersubtype、intersubsubtype、BRON06とサブタイプBについてdistanceを計算し比較した。

Results

 beta-actinのPCR

すべてのサンプルがpositiveであった。

 v3領域のsequenceによるサブタイプの決定

サブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AEがそれぞれ7、6、3、6、1、1、6サンプルであった。(表)

 PCRによるサブタイプBとCRF01_AEの鑑別

サブタイプBと判定されたものは10サンプル、CRF01_AEと判定されたものは15サンプル、5サンプルはPCRプロダクトが得られなかった。(表)

 サブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AE特異的プライマーの設計とPCRの結果

代表的リファレンス株のアライメントをつくり、それぞれのサブタイプ特異的プライマーを設計したが、一度のPCRでの鑑別は困難なため図のような手順で鑑別を行った。結果はサブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AEがそれぞれ6、5、2、5、1、1、6サンプルでv3領域のsequenceと比較して87%(26/30)が一致した。

 BRON06の遺伝子解析

NJ法、UPGMA法を用いてヌクレオチドとアミノ酸の系統樹を書いたところ、アミノ酸をUPGMA法で描いたものでBRON06はどのサブタイプにも属さないcladeを形成した。他の系統樹ではサブタイプBに属しているもののリファレンス株に対して枝が長かった。Similarity Plot、BootScanではサブタイプBという結果になった。リファレンス株のintrasubtype、intersubtype、intersubsubtypeおよびBRON06とサブタイプBについてdistanceを計算し比較したところ、BRON06とサブタイプBについてdistanceはintersubsubtypeのdistanceに位置していた。

Discussion

 PCRによるサブタイプBとCRF01_AEの鑑別においてサブタイプB、と判定されたものはv3領域のsequenceによればサブタイプBとDであり、サブタイプCRF01_AEと判定されたものはv3領域のsequenceによればサブタイプA、C、G、CRF01_AEであった。

 この結果を参考にサブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AE特異的プライマーの設計を行い、結果は感度87%であった。残りのPCRプロダクトが得られなかったサンプルについては、beta-actinのPCRがすべてのサンプルでpositiveであったので、DNA抽出に問題はなく、1 st PCR,2 nd PCRのプライマーのミスマッチによるものと考えられる。また特異度は100%であった。

 遺伝子解析の結果より、BRON06はサブタイプBに属していることは明らかになったが、通常の変異と比べてG→Aの変異が非常に多くハイパーミューテーションを起こしていることがわかった。しかしながら、PCRによるサブタイピングでも正しくサブタイプの鑑別を行うことができた。

Conclusion

 新しく設計したサブタイプ特異的プライマーを用いたPCRによりサブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AEを鑑別することができ、87%(26/30)が検出可能で、検出できたものはv3領域のsequenceとすべて一致した。またブラジルからのサブタイプBのサンプルはハイパーミューテーションを起こしていたが、PCRでも検出できた。新しくデザインしたプライマーを用いたPCRによるサブタイプの鑑別は正確かつ低コストであり、HIV感染者を多く抱える発展途上国におけるHIVサブタイプスクリーニングに有効である。

表 サンプルと結果

図 PCRの手順

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は様々なサブタイプを持つHIVに対しサブタイプ特異的プライマーを設計し、PCRによってサブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AEの鑑別することを目的としており、下記の結果を得ている。

 先行研究(Yagyu F., et 2002. Differentiation of subtypes B and E of human immunodeficiency virus type 1 by polymerase chain reaction using novel env gene primers. J. Virol. Methods 101:11-20.)でデザインされたプライマーを用いてPCRを行い、サブタイプBとCRF01_AEの鑑別を行った。その結果、サブタイプB特異的プライマーはサブタイプBとDに、サブタイプE特異的プライマーはサブタイプA, C, G, CRF01_AEに対してポジティブであった。また、これらのプライマーではサブタイプFを増幅することができなかった。

 以上の結果に基づいて、代表的リファレンス株のアライメントをつくり、それぞれのサブタイプ特異的プライマーを設計した。その結果87%(26/30)が検出可能で、検出できたものはv3領域のsequenceとすべて一致した。

 NJ法、UPGMA法を用いてヌクレオチドとアミノ酸の系統樹を書いたところ、アミノ酸をUPGMA法で描いたものでブラジルからの1サンプルはどのサブタイプにも属さないcladeを形成した。他の系統樹ではサブタイプBに属しているもののリファレンス株に対して枝が長かった。Similarity Plot、BootScanではサブタイプBという結果になった。リファレンス株のintrasubtype、intersubtype、intersubsubtypeおよびサンプルとサブタイプBについてdistanceを計算し比較したところ、サンプルとサブタイプBについてdistanceはintersubsubtypeのdistanceに位置していた。よってサンプルはサブタイプBに属していることは明らかになったが、通常の変異と比べてG→Aの変異が非常に多くハイパーミューテーションを起こしていることがわかった。しかしながら、PCRによるサブタイピングでも正しくサブタイプの鑑別を行うことができた。

 以上、本論文はHIVのサブタイプA, B, C, D, F, G, CRF01_AEについてそれぞれ特異的プライマーをデザインし、PCRによりサブタイプA、B、C、D、F、G、CRF01_AEを鑑別することができることを示した。新しくデザインしたプライマーを用いたPCRによるサブタイプの鑑別は正確かつ低コストであり、HIV感染者を多く抱える発展途上国におけるHIVサブタイプスクリーニング等に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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