学位論文要旨



No 119573
著者(漢字) 木全,修一
著者(英字)
著者(カナ) キマタ,シュウイチ
標題(和) 新規なデンドリマーの分子設計と機能
標題(洋) Molecular Design and Functions of Novel Dendritic Macromolecules
報告番号 119573
報告番号 甲19573
学位授与日 2004.05.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5848号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 和田,猛
 中央大学 教授 石井,洋一
 北海道大学 助教授 小西,克明
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 デンドリマーは、その語源(デンドロン:樹木)からも分かるように、コア、分岐ユニット(モノマーユニット)、及び外表面(末端基)の3つを構成要素とする、規則正しい枝分かれ構造を有する樹木状高分子化合物である。その最大の特徴は、高分子化合物でありながら分子量の分布がなく、分子一つで空間形態が明確なナノメートルスケールの三次元構造を提供できる点にあり、さらに構成要素のバラエティーにより、自由度の高い分子設計が可能なことである。近年、特にデンドリマーの構造的特長を活かした分子設計により、これまでの鎖状高分子では見られなかった、独特の特徴、機能を発現する機能性デンドリマーが多数報告されている。その中でも、デンドリマーの立体的な効果、すなわちデンドリマーの中心部分に形成される孤立空間を利用した機能性分子の開拓は大変興味深い。

 そこで本研究では、このデンドリマーの「分子のかご」としての効果に着目し、かごの形、すなわちデンドリマーが形成するマクロな構造(空間形態)がその分子の性質、機能に及ぼす影響を検討、さらにはデンドリマーの反応活性部位を導入した新規有機金属デンドリマー錯体を設計、その機能(反応性)の検討を行い、新たな機能性デンドリマーの開拓を目指した。

2.デンドリマーの空間形態とその光アンテナ機能との関係

 ポリベンジルエーテルデンドリマーは、コア部位から複数の芳香環が放射状に配置され、光エネルギーを効率的に捕集する「アンテナ」として機能することが期待できる。実際、当研究室で設計された、ポルフィリン、アゾベンゼンなどをコアに持つデンドリマーの光化学的性質は、コアを取り巻くデンドロンサブユニットの位置及び大きさ、すなわち、デンドリマーの空間構造(morphology)に大きく依存することがわかっている。本研究では、こうしたデンドリマーの特異な挙動に関して、より詳細な知見を得るため、より単純化した2置換ベンゼン環をコアとするデンドリマーを各種合成し、そのスペクトル特性と空間形態の関連を、1)コアユニットに対するデンドロンサブユニットの導入位置(o-,m-,p,体)、2)デンドリマーの世代数、の2点から考察した。

 コアとなる2官能性ベンゼン誘導体の3種類の位置異性体(o-体:カテコール、m-体:レゾルシノール、p-体:ハイドロキノン)を、フォーカルポイントにブロモベンジル基を有するデンドリマーと、塩基存在下でカップリングさせることにより、中心部分の結合位置のみが異なる、一連のデンドリマー異性体(x-(Ln)2Ar:x=o-,m,-,p-,n=1-4)を合成した。同定は、1H NMR及びFAB-MS、MALDI-TOF-MSにより行った。

 まず各デンドリマー異性体の空間形態を検討する目的で、デンドリマー外表面のメトキシ基の1H NMRシグナルの緩和時間の測定を行った。その結果、コアユニットがパラ体でデンドリマーの世代が最大(第3世代)のもの(p-(L4)2Ar)のみの緩和時間が短い値(0.23sec)を示し、その他のものは、コアユニットの置換位置、デンドリマーのサイズに関わらず、ほぼ同程度の値(0.92-1.33sec)であった。このことより、2つの大きなデンドリマー組織が、コアユニットを中心に対称性良く配置されたp-(L4)2Arでは、デンドリマー外表面のメトキシ基が空間的に蜜に詰まった状態、すなわち、球状の空間形態を取っていることが予想される。

 次に、塩化メチレン中、各デンドリマー異性体の最大吸収波長を励起した際の蛍光スペクトルを測定、励起波長における吸光強度を一定(Absex=0.1)にした時の蛍光強度(量子収率に比例)を算出した。デンドリマーの世代が小さい(L1)2Arでは、蛍光強度はパラ体が一番大きく、ついでメタ体、オルト体の順となった。ところが、デンドリマーの世代が大きくなるにつれ、その順序が逆転し、(L4)2Arでは、パラ体の蛍光強度が一番小さい値を示した。さらに(L4)2Arの各異性体について、蛍光スペクトルの偏光解消実験を行った。その結果、パラ体は、オルト体、メタ体に比較して、相対的に高い蛍光偏光解消を示すことが分かった。

 この蛍光発光の特性は、デンドリマーの空間形態と密接に関係していると考えられる。p-(L4)2Arの蛍光強度の減少、高い蛍光偏光解消能は、p-(L4)2Arが球状の空間形態を取っていることで、デンドリマー組織内において励起エネルギーの高速移動(Energy Migration)が起きていることを示唆するものである。

 このように、分子の構成ユニットの化学的構造は全く同じでありながら、わずか1ヶ所の結合位置の違いにより、分子の形状(空間形態)が大きく変化し、それに伴い、光化学的性質も大きく変化することは興味深い。これまでデンドリマーの空間形態とその機能の関連性を明確に検討した例はなく、上記結果は、機能性デンドリマーの分子設計における新たな可能性を提示するものである。

3.新規有機金属デンドリマー錯体の設計と機能

 これまでにデンドリマー部位を有する種々の金属錯体触媒が設計され、その触媒能が調べられている。しかしそれらは、反応活性部位である金属錯体周辺をデンドリマー組織で包み込むことにより、デンドリマーの立体的、構造的特徴を付与しているものであった。そこで、ここではデンドリマーの立体的効果をより効率的に、その機能に反映させる事を目的に、反応活性部位に直接デンドリマーユニットを導入することを考え、デンドリマーのフォーカルポイントに反応活性部位としてロジウムポルフィリン錯体のアキシャル位の金属-炭素結合を導入した新規錯体を設計した。金属ポリフィリン錯体は、熱や光といった外部刺激によりアキシャル位の金属-炭素結合の開裂、または結合間への低分子の挿入といったユニークな反応性を示すことが知られている。新規錯体は、ロジウムポルフィリンのアキシャル位に反応活性部位であるロジウム-炭素結合を介してデンドリマーを直接導入した形であり、デンドリマーの存在により、ロジウムポルフィリンの反応性が大きく変化することが期待できる。

 合成は、有機ロジウムポルフィリン錯体の合成法を参考に行った。まず、ヨードロジウム(III)ポルフィリン錯体に、THF中、水素化ホウ素ナトリウムを添加、還元し、ロジウム(I)ポルフィリン錯体とする。これに、フォーカルポイントにブロモベンジル基を有するポリベンジルエーテルデンドリマー(LnBr:n=1-5)を添加することで目的の錯体(Ln-Rh(Por):n=1-5)を得た。同定は、1H NMR及びFAB-MS、MALDI-TOF-MSにより行った。

 メチルロジウム(III)ポルフィリン錯体は、ベンゼン中、一酸化炭素共存下、可視光の照射により、ロジウム-炭素結合の間にCOが挿入した形のアシル錯体を与えることが知られている。そこで、Ln-Rh(Por)のRh-C結合へのCOの挿入反応を検討した。

 Ln-Rh(Por)(n=1,3-5)の1mM重ベンゼン溶液にCOを10分間通気した後、10℃で可視光(hν>445nm)を照射した。反応は1H NMRにより追跡した。時間の経過とともに、ロジウムに結合しているベンジル基のシグナル(-3.06ppm)が消失し、-1.46ppmに新たなシグナルの出現が観測された。これは、Rh-C結合間へのCOの挿入により生成したアシルベンジル基のシグナルに帰属される。さらにIRスペクトルにより、アシル錯体の生成を確認した。

 次に、反応速度とデンドリマーの大きさの関係を調べたところ、デンドリマーが大きくなるほど、反応速度は低下することが分かった。この反応性の差は、デンドリマーの立体的効果によるものと考えられる。可視光の照射によりRh-C結合のホモリシスが起き、デンドリマーのフォーカルポイントに炭素中心ラジカルを有する「デンドリティックラジカル」が生成する。然し、デンドリマー組織が大きいと、生成したデンドリティックラジカルの拡散が抑制され、ロジウムポルフィリン錯体との再結合が起き易くなり、COの挿入反応との競争反応になると考えられる。さらには、COの反応中心(Rh-C結合)への進入が、デンドリマー組織により抑制されていることも考えられる。このため、結果としてデンドリマー組織のより大きなモノほど反応速度の低下が観測されたと思われる。このように、デンドリマーの立体的な効果により、ポルフィリン錯体の反応性をコントロールできたのは大変興味深いといえる。

4.まとめ

 デンドリマーの空間形態とその光アンテナ機能との関係、デンドリマーに反応活性部位を導入した新規有機金属デンドリマー錯体の設計と反応性の検討を通じて、デンドリマーの空間形態、大きさがその機能に対して大きな影響力を持つことが明らかとなった。このマクロな構造の設計による分子の性質、機能のファインチューニングは、従来の低分子化合物や鎖状高分子では不可能であり、デンドリマーを利用することで初めて可能となる。これまでの機能性分子は、分子のある特定部位の機能化、すなわち、分子の局所的構造の設計により、その機能開拓が行われてきた。しかし、デンドリマーの利用による分子のマクロな構造の設計により、新たな機能性分子の開拓が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 生命活動とは、生体という巨大な化学プラントにより実行されている精密な化学反応の連鎖であるといえる。この極めて複雑かつ巧妙な化学反応を可能としているのが、酵素をはじめとする生体分子である。酵素や金属タンパクは、生体内において物質の運搬、代謝に関与する物質変換といった重要な役割を担っている。これら生体分子の特異な機能発現には、生体分子を形作っている高分子化合物であるタンパク質の存在が不可欠である。タンパク質は、一次構造であるアミノ酸シークエンスが高度に制御された高分子化合物であり、この精緻な一次構造に由来するα-ヘリックス、β-シート構造といった多彩な高次構造(コンフォメーション)を形成することが知られている。このタンパク質が形成する高次構造が、酵素等の生体分子の巧妙な機能発現において重要な役割を担っている。例えば、ヘム(鉄ポルフィリン錯体)とそれを取り巻くタンパク質で構成されているヘモグロビンは生体内において酸素の運搬を担っているが、ヘム周辺のタンパク質のコンフォメーション変化がヘムへの酸素分子の吸脱着のコントロールにおいて、重要な鍵となっていることが知られている。また生体内では、不斉選択的な化学反応を行う酵素も数多く存在している。これら酵素による不斉選択的反応は、反応活性中心周辺のタンパク質が形成する高度に制御された不斉空間が存在することで、初めて実現可能となっている。このように生体内においては、タンパク質の高次構造というマクロな構造が、活性中心での反応性に対して極めて重要な因子となっている。

 本論文提出者は、以前にタンパク質のモデル化合物としてポリアミノ酸(ポリL-グルタミン酸)を用い、ある種の金属ポルフィリン錯体との相互作用を検討している。ポリL-グルタミン酸は特定の条件下で、その高次構造がα-ヘリックス構造からランダムコイル構造へと遷移することが知られている。検討の結果、α-ヘリックス構造を形成する条件下で、ポリL-グルタミン酸は、ある特定の金属ポルフィリン錯体と不斉選択的な錯体形成をすることを見出している。ランダムコイル状態では錯体形成の不斉選択性は見られず、ポリL-グルタミン酸のα-ヘリックス構造が、錯体形成における不斉選択性発現の鍵であることを明らかにしている。

 以上のことを踏まえ、本論文では、より高分子の高次構造が一義的にコントロール可能であるデンドリマーをビルディングユニットとして利用した機能性高分子化合物を設計、その高次構造(分子形態)と機能との関係を検討している。

 General Introductionでは、まず酵素や金属タンパクを例に挙げ、その機能と高次構造の密接な関係を例示、本論文の主題である高分子化合物の高次構造と機能の関係の重要性を述べている。次に、これまでの合成高分子化合物の構造制御の手法、及び本論文でビルディングユニットとして使用しているデンドリマー関して、その特徴を述べている。

 第一章では、ポリ(ベンジルエーテル)デンドリマーのフォーカルポイントに、光反応活性なロジウム-炭素結合を介してロジウムポルフィリン錯体を導入した、新規なデンドリマー/ロジウムポルフィリン金属錯体を設計、この錯体の反応性を検討している。アルキルロジウムポルフィリン錯体は、一酸化炭素の共存下、可視光の照射によりロジウム-炭素結合のホモリシスに伴う一酸化炭素の挿入(アシル錯体の生成)反応を起こすことが知られている。この反応をデンドリマー/ロジウムポルフィリン錯体に適応したところ、その反応効率(アシル錯体の生成速度)は、デンドリマーの世代(大きさ)により大きく異なることを見出している。すなわちデンドリマーの世代が大きいほど、反応中間体であるラジカル種が著しく安定化され、結果としてアシル錯体の生成速度を低下させる結果となっている。これはラジカル種の反応性をデンドリマーを利用した立体的な効果により、コントロールできることを明らかにしたものである。

 第二章では、ハイドロキノンをコア分子として、世代の異なるポリ(ベンジルエーテル)デンドロンサブユニット導入したデンドリマー分子を設計、これらデンドリマー分子の光学的特性とデンドロンサブユニットの世代との関係を検討している。その結果、デンドロンサブユニットの世代が大きいもの(第3世代)において、その蛍光発光における量子収率が極端に低下する現象を見出している。また1H NMRの緩和時間測定によるデンドロン組織の運動性を検討した結果、第3世代のデンドロンを導入した場合、デンドロン組織の外表面部分の運動性が大幅に低下していることも述べている。これは、デンドリマー分子の発光特性とデンドリマー組織の運動性の間には特異な関係があることを示す結果であり、デンドリマーを利用した光機能性分子の新たな設計の可能性を示しているものである。

 第三章では、第二章の検討結果をさらに拡張し、分子の対称性とその発光特性に関して検討を行っている。2置換ベンゼンの異性体をコア分子とし、第3世代のポリ(ベンジルエーテル)デンドロンサブユニットを導入した3つのデンドリマー異性体を分子設計、その蛍光発光特性とデンドロンサブユニットのコアに対する空間的な配置との関係を検討している。その結果、コアのベンゼン環に対してパラ位にデンドロンサブユニットを導入した場合(パラ体)、他の異性体(オルト体、メタ体)に比較し、その蛍光発光における量子収率は極端に低下することを見出している。また蛍光偏光解消測定を行った結果、パラ体ではデンドロン組織内において励起エネルギーの高速移動が起きていることを明らかにしている。これは、デンドリマー分子の対称性というマクロな構造が、分子の電子状態というミクロな構造に起因する発光特性に対して、大きな影響を及ぼしていることを示したものである。

 以上のように、本論文では、デンドリマーを利用した分子設計において分子のサイズ、対称性というマクロな構造を制御することで、分子自身の反応性、光学的特性というミクロな構造に起因する特性をコントロールできることを明らかにしている。これらの結果は、今後、デンドリマーを用いることによる新規な機能分子の設計において、新たな可能性を提供するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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