学位論文要旨



No 119576
著者(漢字) 尾曲,克己
著者(英字)
著者(カナ) オマガリ,カツミ
標題(和) 系統的一塩基置換実験によるSYCRP1とDNAとの結合の定量的解析
標題(洋) Quantitative analysis of binding between SYCRP1 and DNA by using systematic single base-pair substitution experiments
報告番号 119576
報告番号 甲19576
学位授与日 2004.05.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第510号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 陶山,明
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 大森,正文
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
内容要旨 要旨を表示する

 SYCRP1はEsherichia coliのcAMP受容体蛋白質(CRP)の標的コンセンサスDNA配列(5'-A1A2A3T4G5T6G7A8T9C10T11A12G13A14T15C16A17C18A19T20T21T22-3')に結合する。 SYCRP1の全アミノ酸配列はE.coliCRPの全アミノ酸配列とは23%しか一致していないが、E.coliCRPのDNA結合部位のアミノ酸配列と類似したアミノ酸配列をもつ。3次元構造予測によるとSYCRP1の構造はE.coliCRPの構造と類似していると報告されており、E.coliCRPのDNA結合ドメインに対応するSYCRP1のアミノ酸配列領域には直接認識に関係するアミノ酸がすべて保存されている。これらのことより、SYCRP1とE.coliCRPとのDNA結合特性は類似していると推測される。しかし、SYCRP1のDNA結合特性は実験的には詳細に調べられていない。本研究では、SYCRP1とDNAとの結合特性を明らかにするために、系統的一塩基置換実験により、SYCRP1とDNAとの結合を定量的に解析した。

 はじめに、特異性に関係する塩基を調べた。E.coliCRPコンセンサスDNA配列の中で保存度の高いT4G5T6G7A8部位を他の3種類の塩基対に系統的に置換した配列とコンセンサスDNA配列を含め16種類のDNA配列を準備した。このE.coliCRPのコンセンサスDNA配列とSYCRP1との結合自由エネルギーを基準にして、系統的に1塩基置換したDNAとの結合自由エネルギーの変化(ΔΔG)を測定した。この結果、調べた16種類の配列の中でコンセンサスDNA配列がSYCRP1においても最も高いアフィニティーを示した。 G5とG7の位置には、ΔΔGの値を4kcal/mol以上も変える塩基対置換があり、G5とG7が特異的結合にもっとも強く影響していた。このようにSYCRP1とDNAとのΔΔGの傾向は、同様の実験で測定されたE.coliCRPのΔΔGの傾向と全体的には類似していた。しかし、詳細においては違いが見られた。G5の位置での一塩基置換において、SYCRP1のΔΔGの順番はA:T

 次に、DNAとの結合様式を調べるために解離定数の塩濃度依存性と温度依存性について調べた。SYCRP1の解離定数の塩濃度依存性を[Na+]=60 mMから200 mMの範囲で調べると、塩濃度が上がるとSYCRP1の解離定数はわずかに増加した。E.coliCRPの解離定数は[Na+]=150mMから350mMの範囲で調べられており、塩濃度が上がるとE.coliCRPの解離定数は大きく増加する。SYCRP1の解離定数の温度依存性について、0℃、21℃、37℃で調べると、37℃で解離定数は増加した。E.coliCRPの解離定数の温度依存性は5.5℃、23℃、37℃で調べられている。温度が上昇するとE.coliCRPの解離定数は減少する。このように、SYCRP1とE.coliCRPの解離定数の塩濃度および温度依存性には違いが見られた。このことからSYCRP1とE.coliCRPの結合様式は異なることが推測される。

 最後に、本研究で測定したΔΔGから導かれるmutation matrixを利用して、Synechocystis sp.PCC6803の全ゲノム配列に対してΔΔGを予測した。これらの中で、ΔΔGが2.6kcal/mol未満であり、その配列がORFの間かつORF上流に位置する配列を選び出した。この結果、39個の推定上の結合部位を得た。これらの中には、SYCRP1が制御していると報告されている遺伝子slr1667が含まれていた。同様の解析をE.coliCRPのΔΔGを用いて行った。これはSYCRP1の代わりにE.coliCRPをSynechocystisゲノムに導入したときE.coliCRPが結合するSynechocystisゲノム上の位置を表す。この結果とSYCRP1の結果を比較すると、SYCRP1の結合部位39個のうち、SYCRP1固有の結合部位19個とE.coliCRPにも共通に存在する結合部位20個に分類することができた。SYCRP1固有の結合部位19個を置換部位ごとに分類すると、11個がG5とG7の位置に塩基置換をもち、残りの8個は他の位置に塩基置換が起こっていることが分かった。5位と7位の位置の塩基対が結合部位の決定に深く関わると考えられる。このことより、G5とG7の位置でのアフィニティーの相違が結合部位の決定に大きな違いを生み出す可能性が示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は1編からなり、第1章では序論、第2章では材料と方法、第3章では結果、第4章では考察、第5章ではSYCRP1とDNAとの結合特性に関する結論について述べられている。

 第1章の序論では、本論文で行われた研究の背景と目的について述べられている。研究の対象であるSYCRP1は、シアノバクテリアSynechocystis sp.PCC6803で見出された、cAMP受容体蛋白質である。SYCRP1の全アミノ酸配列はEsherichia coliのcAMP受容体蛋白質(E.coliCRP)の全アミノ酸配列と23%しか一致しないが、E.coliCRPの標的コンセンサスDNA配列

(5'-A1A2A3T4G5T6G7A8T9C10T11A12G13A14T15C16A17C18A19T20T21T22-3')

に強く結合する。E.coliCRPのDNA結合ドメインで水素結合により塩基配列の認識に寄与しているアミノ酸は、SYCRP1のアミノ酸配列においても保存されている。また、3次元構造予測によると、SYCRP1の構造はE.coliCRPの構造に似ている。これらのことから、SYCRP1とE.coliCRPとのDNA結合特性は類似していると推測されるが、実験的にはまだ調べられていない。そこで、本論文ではSYCRP1の塩基配列認識機構を明らかにするために、系統的一塩基置換実験により、SYCRP1とDNAとの結合特性を定量的に解析する研究を行なっている。

 第2章では、本論文の材料と方法について述べられている。論文提出者は、特異性に関係する塩基を明らかにするために、E.coliCRPのコンセンサスDNA配列に加えて、その中で保存度の高いT4G5T6G7A8部位を他の3種類の塩基対に系統的に置換した、合計で16種類のDNA配列を準備した。そして、定量的electrophoresis mobility shift assay(EMSA)法によりSYCRP1とこれらの配列をもつDNAとの解離定数を測定し、コンセンサスDNA配列との結合自由エネルギーを基準にして、系統的に1塩基置換したDNAとの結合自由エネルギーの変化(ΔΔG)を決定した。さらに、得られたΔΔGからmutation matrixを作成し、シアノバクテリアのゲノム上でSYCRP1が結合する部位の予測を行なった。

 第3章では、結果について、第4章では結果についての考察が述べられている。論文提出者はまず、定量的な実験結果を得るために必要とされる数々の実験条件について検討した結果を述べた後に、決定されたΔΔGの値について報告している。SYCRP1は、調べた16種類の配列の中で、E.coliCRPのコンセンサスDNA配列に対して最も高いアフィニティーを示した。G5とG7の位置には、ΔΔGの値を4kcal/mol以上も変える塩基対置換があり、G5とG7が特異的結合にもっとも強く影響していることがわかった。SYCRP1とDNAとのΔΔGの傾向は、同様の実験で測定されたE.coliCRPのΔΔGの傾向と全体的には類似していたが、詳細においては違いが見られた。たとえば、G5の位置での一塩基置換において、E.coliCRPではΔΔGの順番はT:A

 次に論文提出者は、SYCRP1とDNAとの解離定数の塩濃度依存性と温度依存性について調べた結果について報告している。SYCRP1の解離定数は、[Na+]=60mMから200mMの範囲で、塩濃度が上がるとわずかに増加した。この傾向はE.coliCRPとは異なる。E.coliCRPの解離定数は、[Na+]=150mMから350mMの範囲で、塩濃度が上がると大きく増加する。また、SYCRP1とDNAとの解離定数を0℃、21℃、37℃で調べた結果、21℃から37℃に温度が上がると解離定数は急激に増加した。この傾向もE.coliCRPとは異なる。E.coliCRPの解離定数は5.5℃、23℃、37℃で調べられているが、温度が上昇すると減少する。以上のように、SYCRP1とE.coliCRPの解離定数の塩濃度および温度依存性には大きな違いが見られた。このことから、SYCRP1とE.coliCRPの結合様式は異なると推測される。

 最後に論文提出者は、本論文の研究で測定したΔΔGから導かれるmutation matrixを利用して、Synechocystis sp.PCC6803の全ゲノム配列に対してΔΔGを予測した。これらの中で、ΔΔGが2.6kcal/mol未満であり、その配列がORFの間かつORFの上流に位置する配列を選び出し、39個の推定上のSYCRP1結合部位を得た。これらの中には、SYCRP1が制御していると報告されている遺伝子slr1667が含まれていた。同様の解析をE.coliCRPのΔΔGを用いて行い、E.coliCRPをSynechocystisに導入したときにE.coliCRPが結合すると推定される位置を調べた。この結果とSYCRP1の結果を比較すると、SYCRP1の結合部位39個のうち、SYCRP1固有の結合部位19個とE.coliCRPにも共通に存在する結合部位20個に分類することができた。SYCRP1固有の結合部位19個を置換部位ごとに分類すると、11個がG5とG7の位置に塩基置換をもち、残りの8個は他の位置に塩基置換が起こっていることがわかった。これらのことから、5位と7位の位置の塩基対がSYCRP1の結合部位の決定に深く係わり、G5とG7の位置でのアフィニティーの相違が結合部位の決定に大きな違いを生み出す可能性が示唆された。

 以上のように、論文提出者はSYCRP1とDNAとの結合を系統的一塩基置換実験により定量的に解析し、SYCRP1がDNAの塩基配列を認識する機構について新しい重要な知見を与えた。また、実験により得られた結合自由エネルギー変化の値を用いて、ゲノムDNAの塩基配列から、DNA結合蛋白質の結合部位を予測する方法の有効性を示した。

 本論文の研究は、吉村英尚、高野光則、Dongyun Hao、大森正之、皿井明倫、陶山明氏との共同研究であるが、論文提出者が研究全体を主体的に行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(学術)の学位を授与できると認める。

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