学位論文要旨



No 119580
著者(漢字) 加古,哲也
著者(英字)
著者(カナ) カコ,テツヤ
標題(和) 表面性状制御による着雪防止落雪制御材料に関する研究
標題(洋)
報告番号 119580
報告番号 甲19580
学位授与日 2004.06.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5852号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 渡部,俊也
 神奈川科学技術アカデミー 理事長 藤嶋,昭
 岡山大学 教授 岸本,昭
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 着雪防止落雪制御技術は雪国の安全で快適な生活の実現のために重要な検討課題であり、現在までに材料面・機構面など様々な視点から検討が行われてきている。材料面からの研究では固体の表面エネルギーと表面粗さに依存する固体表面の水の濡れ性との関係から、つまり雪を水(液体)として取り扱い、議論されている。しかし、検討対象である雪は水と氷の複合体であるため、液体と固体の複合体であることを考慮に入れて、また、雪は湿雪と乾雪に区別されるため、液体/固体の割合の変化も考慮に入れ、材料設計を行なう必要がある。また、使用用途によって着雪特性が重要視とされる場合と落雪特性が必要とされる場合があるが、着雪と落雪を厳密に区別して行なわれた報告も少なく、系統的な研究が必要であると思われる。

 そこで、本研究では湿雪・乾雪に対して固体の表面物性(表面エネルギーと表面粗さ)と着雪、落雪特性の関係を系統的に調べ、これらの結果をもとに着雪防止・落雪制御材料の設計、試作検討を行った。

2.固体の表面物性と着雪・落雪挙動

 固体表面の濡れ性は固体表面の表面エネルギーと表面粗さに依存するため、表面エネルギーや表面粗さを制御することによって濡れ性を制御できる。そこで、撥水処理の有無、3段階の表面粗さによって表面物性を制御した試料を作製し、その試料と着落雪挙動との関係について検討を行なった。作製した試料の表面特性をTable1に示す。

 まず、落雪のシュミレーション試験として、模擬雪の転落実験を行なった。模擬雪は水と親水性の中空ガラスビーズの混合物を用い、その混合物の転落角を利用して、超撥水性試料(d)および親水性試料(a)での模擬雪の転落特性を評価した。Fig.1に示す超撥水性材料表面での転落では固体濃度が0から40%付近で転落角がほぼ一定となることから、この領域では固体濃度0%すなわち水の転落機構とほぼ同じであると推測できる。次に固体濃度が40から80%程度の領域では粘度の急激な増加と対応して、複合体の転落角も上昇することから、粘性流動が支配的であると考えられる。また、80%以上の領域では複合体の固体濃度が上昇し、固体としての性質が顕著になってくるため、固体間摩擦が支配的になると考えられる。一方、Fig.2に示す親水性表面の場合、固液分離が生じ、より液体成分の多い部分とより固体成分の多い部分で転落角が異なった。

 次に新潟県長岡市、北海道岩見沢市にて屋外フィールド試験を実施し、試料設置角度45°の着雪、落雪特性を評価した。なお、着雪特性は実験開始後1時間の試料表面の着雪率で評価し、試験中に落雪のないデータを利用した。落雪特性は落雪する際の落雪開始積雪量で評価し、(着雪率)=(雪付着面積)/(試料面積)、(落雪開始積雪量)=(雪密度)×(試料面積)×(積雪高さ)と定義した。また、気温と雪質の関係について調べたところ、降雪時の気温が−1℃から−2℃の領域を境に雪の密度は急激に変化した。そこで、気温が−2℃以下の時に降った密度の小さな雪を乾雪、−1℃以上のときに降った密度の大きな雪を湿雪とした。

 乾雪および湿雪の着雪特性はともに表面エネルギーが小さい材料が優れていた(Fig.3,4)。着雪特性は雪と材料表面間の分子間力に依存するため、表面エネルギーの小さい材料ほど、着雪しづらい。特に試料(d)の超撥水性材料では表面に微細な粗さを有し、雪との実質的な接触面積が小さくなるため、着雪特性が最も優れたと考えられる。

乾雪の落雪特性においても着雪特性と同様の結果が得られた(Fig.5)。これは乾雪の落雪特性が雪と材料間の固体間摩擦に依存し、より表面エネルギーの小さな材料ほど摩擦力が小さくなるからであると考えられる。一方、湿雪の落雪では、逆に粗さのない、表面エネルギーが大きな親水性試料(a)が最も優れ、逆に表面エネルギーが小さく、大きな粗さを持つ超撥水性試料(d)では最も落雪しにくかった(Fig.6)。固体表面から落雪する時の湿雪は模擬雪転落実験の固体濃度が40から80%の模擬雪に相当すると考えられた。そして、撥水性表面の固液複合体の更なる転落実験の結果から撥水性表面では粘度の急激な増加に伴う粘性抵抗の増加と親水性粒子の付与による固液複合体の接触角が低下により、転落モードが粗さの影響を受けやすいモードに変化し、粗さが大きな材料ほど粗さの影響を受けて落雪しづらくなり、一方、親水性表面では水膜生成により落雪が促進すると考えられる。

3.湿雪の着雪防止落雪制御材料

 2節における検討から乾雪の場合、超撥水性材料が優れた着雪防止落雪促進材料であることが明らかになったが、湿雪では超撥水性材料は着雪特性に優れるものの、落雪特性が劣るため、単一な表面性状による材料設計では湿雪に対して優れた着雪防止落雪促進材料が実現できないことがわかった。また、一般に着雪は防止技術の方が望ましいが、落雪については必ずしも促進だけでなく、防止機能が求められる場合もある。本研究ではこれらの点を踏まえ、湿雪に対して超撥水表面の優れた着雪防止性能を生かしつつ落雪を制御できる可能性について考え、超撥水性表面に親水性のチャンネルを付与することを考えた。また、親水性表面で落雪が起こるには斜面方向に対して水膜が繋がっていることが重要である。

 そこで、超撥水性と親水性を同一平面に1mmおきに縞状にコートした材料(2次元)と試料に1mm幅の矩形の溝を縞状にいれ、親水性を凸部に超撥水性を凹部にした材料(3次元)の2種類の材料を作製し、その特性について親水性単独材料(2次元)および超撥水性単独材料(2次元)と比較検討した。

 屋外フィールド試験を行なったところ、湿雪の着雪率は(2)<(4)<(3)<(1)の順となり(Fig.8)、表面エネルギーの小さな超撥水性材料が、着雪特性に最も優れ、表面エネルギーの大きな親水性材料が最も劣り、親水性と超撥水性を組み合わせた材料はその中間の特性を示し、表面エネルギーの小さな順に着雪特性が優れるという前述の知見と一致した。一方、落雪開始積雪量は少ない順に(1)<(4)<(2)<(3)の順となった(Fig.9)。超撥水性と親水性を3次元的に組み合わせた試料(4)は超撥水単独材料ほどではないものの着雪率が低く、また親水性単独材料ほどではないものの落雪開始積雪量が低かった。これは親水性チャンネルに効果的に水膜が形成され、この水膜が潤滑剤的に作用し、落雪を促進したためであると考えられる。一方、2次元に組み合わせた試料(3)の着雪率は試料(4)よりやや高く、落雪開始積雪量は著しく増加した。これは超撥水性面から親水性面へ水が移動し、その結果、超撥水性面の粘性が増加し、落雪を阻害するため、落雪防止特性が向上したものと考えられる。

4.結論

 乾雪、湿雪の着雪防止能、乾雪の落雪促進能は超撥水性材料が優れていたが、湿雪の落雪促進能は逆に粗さのない親水性材料が優れていた。また、撥水性表面、親水性表面での湿雪の落雪支配因子はそれぞれ、粘性流動、水膜形成であり、乾雪の落雪支配因子はともに固体間摩擦であると考えられた。

 さらに、超撥水性の優れた着雪抑制特性を生かしながら湿雪の落雪特性を向上させるには、試料に矩形の溝を縞状に入れ、親水性を凸部に超撥水性を凹部にした材料(3次元)が有効である。一方、超撥水性と親水性を同一平面に縞状にコートした場合(2次元)、落雪阻害作用を有することが分かった。

 本研究の結果から得られた設計指針を利用し、構造の最適化を図ることによって乾雪・湿雪といった雪質に左右されない雪害防止材料の開発に繋がっていくものと考えられる。

Table1.Surface properties of the samples

Fig.1.Solid concentraion dependence of the sliding angle on a super-hydrophobic surface.

Fig.2.Solid concentration dependence of the sliding angle on a hydrophilic surface.

Fig.3.Dependence of the surface energy and roughness on the snow adhesion ratio for dry snow.

Fig.4.Dependence of the surface energy and roughness on the snow adhesion ratio for wet snow.

Fig.5.Dependence of surface energy and roughness on the snow weight for sliding of dry snow.

Fig.6.Dependence of surface energy and roughness on the snow weight for sliding of wet snow.

Fig.7.Schematic illustlation of the samples.

Fig.8.Snow adhesion rate on the samples for wet snow.

Fig.9.Snow weight for sliding on the samples for wet snow.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は固体表面の表面エネルギー・表面粗さと着雪・落雪特性との関係を明らかにし、その知見を利用して、着雪防止落雪制御(促進あるいは防止)材料の設計指針を得、さらに材料作製を行ったものである。

 第1章では着雪、落雪現象は雪(固液複合体)と固体表面の相互作用に依存することからそれを理解するために固体表面と固体あるいは液体の間に働く付着力、摩擦力および固体表面のぬれ性に関する諸現象について説明されている。さらに本研究の行なわれた背景および本研究の目的についても併せて述べられている。

 第2章では雪は固液複合体であるという観点から模擬雪の固体濃度と粗さの異なる撥水性表面での模擬雪の転落現象との関係について検討がなされており、模擬雪として中空ガラスビースと水の混合物を用い、その混合比を変えることで様々な固体濃度の模擬雪が作製されている。模擬雪の固体濃度が0つまり水の転落においては粗さの大きな超撥水性材料で最も転落しやすいが、固体濃度の高い模擬湿雪では逆に粗さを持った超撥水性材料で最も転落しづらく、平滑な撥水性材料のほうが落雪しやすいことが明らかにされている。これは模擬湿雪中の粘性の増加とそれに伴う固液接触面積の増大のためであると考察されている。

 第3章では固体表面のぬれ性は表面エネルギーと表面粗さに依存することから表面エネルギー、表面粗さを制御した試料を作製し、屋外曝露試験を通じて、固体表面の表面エネルギー・表面粗さと着雪・落雪特性との関係について検討がなされている。その結果、表面エネルギーの低く、粗さの大きな材料(超撥水性材料)が乾雪、湿雪の着雪特性、乾雪の落雪特性に優れるが、湿雪の落雪特性に劣り、逆に湿雪の落雪特性は表面エネルギーが大きい材料(親水性材料)が優れることを明らかにしている。さらに、模擬雪による理想系での実験が行われ、曝露試験と同様の結果が得られることが確認され、さらにその実験から親水性表面での湿雪の落雪が水膜生成に、撥水性表面での湿雪の落雪が粘性に支配され、さらに乾雪では共に雪と試料間の固体間摩擦が落雪の支配因子であると考察されている。

 第4章では前章で得られた知見を利用して、着雪防止落雪制御(促進、防止)材料について検討がなされている。その結果、特に湿雪に対しては親水性材料、超撥水性材料といった単一な表面の性状では優れた効果は得られないが、両特性を複合化することによって効果的な試料を作製できることが明らかにされている。そして、親水性と超撥水性を同一表面に縞状に組み合わせた試料(2次元組み合わせ試料)では着雪防止落雪防止効果が、試料に縞状に溝を彫り、その凸部に親水性、凹部に超撥水性をコートした試料(3次元組み合わせ試料)では着雪防止落雪促進効果が得られることが見出されている。さらに試料表面における水滴の観察および模擬雪の試験から3次元組み合わせ試料では凸部の親水性部に主に雪が支持され、その凸部における水膜生成により落雪が促進され、2次元組み合わせ試料では超撥水性と親水性が同一表面にあるため、超撥水性から親水性表面へ水の移行が起こり、超撥水性表面に接触している雪の含水率が低下し、その部分の粘性が上昇し、落雪が阻害されたと考察されている。そして、より最適な材料についても検討がなされており、凹凸の構造やピッチ、幅などについても考察がなされている。

 第5章では全体の総括的な結論がなされており、本研究で得られた結果の重要性について述べられている。

 以上、本研究では雪という固液複合体の固体表面への付着・転落現象と固体表面の表面エネルギー・表面粗さとの関係が明らかにされており、これらの研究の成果は物質の固体表面への付着、転落現象に関わる基礎的な理解を進めただけでなく、着雪防止落雪制御材料という実用的にきわめて有効性の高い材料分野への発展に大きく貢献したものと考えられ、工学的意義は大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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