学位論文要旨



No 119585
著者(漢字) 亀田,純
著者(英字)
著者(カナ) カメダ,ジュン
標題(和) 岩石の湿式粉砕による水素の生成機構と天然断層帯におけるその意義
標題(洋) Mechanochemical process of H2 generation by wet grinding of silicate minerals : Experimental approach and implications to natural fault zone
報告番号 119585
報告番号 甲19585
学位授与日 2004.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4577号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 田中,秀実
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 小澤,一仁
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 教授 佐竹,洋
 東京大学 教授 山岸,皓彦
内容要旨 要旨を表示する

 活断層近傍の土壌中における水素の濃度異常が報告されて以来、断層活動あるいは地震活動と水素の挙動の関連性について多くの研究がなされてきた。活断層に沿って高濃度で検出される水素ガスは、一般に、破砕された珪酸塩鉱物の新生表面と地下水とのメカノケミカル反応によって生成されると考えられている。岩石粉砕時の水素生成に関しては、2、3の室内実験により確認されているものの、岩石試料を手で粉砕するなどの手法に依存しているため、試料粉砕を制御することが困難であり、いずれも水素生成反応の定量的理解には至っていない。そこで本研究では、雰囲気制御可能なボールミルを使用して岩石の湿式粉砕実験を行い、粉砕後の試料の表面積変化から新生表面の生成量を見積もることにより、試料粉砕の進行度を評価した。さらに、このようにして得られる新生表面の生成量と水素の生成量を比較することにより水素生成反応の定量化を試みるとともに、それぞれの試料に見られる水素生成機構について検討した。

 第1章では、花崗岩および石英、カリ長石、黒雲母、白雲母の単結晶粉末を実験試料とし、湿式粉砕実験により個々の試料の水素発生能力を見積もった。実験の結果、粉砕時間と共に、試料の比表面積および反応容器内の水素濃度が一様に増加する傾向が得られた。比表面積変化から試料新生表面の生成量を見積もり、水素の生成量と対比させると、これらの間に直線的な関係があることが明らかとなった。その直線の傾きは、個々の試料の水素発生能力として捉えることができる。それぞれ、4.4x10-3μmol/m2(石英)、1.0x10-3μmol/m2(カリ長石)、3.8x10-2μmol/m2(黒雲母)、2.4x1O-2μmol/m2(白雲母)、5.2x10-3μmol/m2(花崗岩)、という水素発生能力が得られた。得られた水素発生能力を比較すると、黒雲母と白雲母は非常に高い水素発生能力を示すことが分かった。このような、層状珪酸塩鉱物で見られる高い水素発生能力は、結晶内の水酸基の存在に起因するものと考えられる。

 第2章では、層状珪酸塩鉱物粉砕時の水素生成に関する水酸基の影響を検討するため、粉砕媒体としてD2Oを使用して粉砕実験を行った。四重極型質量分析計を用いてD2の定量を行った結果、D2は全水素量の10%にも満たず、残りの90%以上はHDおよびH2で構成されていることが分かった。このことから、水素生成に関して水酸基起源のH原子が重要な役割を果たしていると推測することができる。このことは、次章で述べるように、層状珪酸塩の乾式粉砕によっても水素生成がみられることにより支持される。

 第3章では、カオリナイトの乾式粉砕時に見られる水素発生機構を、XRD,FT-IR,比表面積分析の手法を用いて検討した。カオリナイトの乾式粉砕において、粉砕時間の増加と共に、容器内の水素濃度が上昇する傾向が得られ、10時間粉砕では、その濃度は156ppm(0.35μmol)に達する。また、FT-IRによってカオリナイト中のOH基の伸縮振動、変角振動の吸収を見ると、粉砕時間と共に、いずれも一様に強度低下が見られることが分かった。従来の研究をもとに考察すると、以下のような機構が水素発生に関与していると考えられる。すなわち(1)カオリナイトの乾式粉砕による、層間剥離で特徴づけられる結晶性の低下と、それに伴うOH基の減少、(2)結晶構造から解放されたOH基のプロトトロピー効果等による水分子への変化、(3)カオリナイト表面のメカノラジカルとこれらの水分子の反応による水素生成、である。また、粉砕作用により生成されるメカノラジカルは、直接OH基と反応することで、水分子の形成を経ることなく水素を生成する可能性も考えらえる。いずれの機構においても、カオリナイト中のOH基の水素原子から水素分子が形成されることは確かであり、このようにしてできる水素が、先に示されたような黒雲母及び白雲母で見られる高い水素発生能力と関連していると考えられる。

 天然の断層内では、様々な化学組成を持った地下水が破砕された鉱物や岩石と反応していると考えらえる。そこで第4章では、水素発生に関する流体の組成の影響を検討するため、pHおよびイオン強度を調整した粉砕媒体を用いて湿式粉砕実験を行った。実験試料として、合成石英、石英+黒雲母の混合粉体、花崗岩を使用した。合成石英の場合、pH5を境とし、それ以上のpH領域では水素発生量に大きな変化は見られないものの、pH5以下では、急激に発生量が減少することが明らかになった。また全pH領域を通じて、イオン強度依存性は見られなかった。この発生量の変化は、石英表面のメカノラジカルと、溶液内のOH-の反応により水素が生成されていると考えると、よく説明することができる。すなわち、酸性領域では、溶液内のOH-の濃度低下による水素生成量の減少が起こり、一方、塩基性領域では負に帯電した石英界面とOH-との間に静電相互作用による斥力が働き、メカノラジカルとの反応が阻害され、その結果水素の生成量が抑制されるものと推測される。一方、石英+黒雲母の混合粉体および花崗岩では、Fe(II)が存在するため、酸性領域でH+の還元反応による水素発生が予想されたが、水素生成量に関するpH依存性は見られなかった。このことから、石英+黒雲母の混合粉体および花崗岩の粉砕においても、生成された水素の大部分はメカノケミカル反応によりもたらされていることが明らかになった。

 第5章では、これまで報告されている2種類の活断層沿いの水素濃度異常について、本実験で得られた結果をもとに考察を加えた。始めに、西南日本に発達する活断層周辺の土壌内に見られる水素濃度異常について、水素の観測地点近傍に湧出する湧水のpHとの関連性を検討した。この結果、比較的酸性の湧水ほど、水素の濃度異常値が大きくなるという興味深い傾向が得られた。この傾向は、水素発生において、流体のpH依存性がほとんどみられないことと(第4章)、一見すると矛盾するように思われる。しかし、断層内において酸性流体が循環する場合、長石の分解反応による層状珪酸塩鉱物化などの変質作用が進行することを考えると、水素発生能力の高い層状珪酸塩鉱物の含有量が上昇することにより、断層そのものの水素発生能力が高められることが予想される。水素濃度異常と湧水のpHとの関連性は、このような断層内物質の水素発生能力を反映している可能性が示唆される。次に、1995年の兵庫県南部地震を引き起こした野島断層において、掘削コア内の水素濃度が分析されており、この分析で得られた水素濃度異常と、コアから観察される断層岩分布との関連性について考察した。水素濃度は、野島主剪断面の上盤側において観察される破砕帯内において、異常を示すことが報告されている。この破砕帯内における濃度分布を詳細に見ると、破砕帯の端部から中心部に向かって、徐々に濃度が高くなり、変質/破砕の最も強い中心部の両境界層において最大の濃度異常が見られ、さらに中心部に向かうと急激に濃度が小さくなる、という傾向が得られた。また、この濃度プロファィルは、中心部から見て深部および浅部に向かってほぼ対称形を成している特徴がある。この破砕帯内において、中心に向かうにつれて水素濃度が増加する傾向は、変質による層状珪酸塩鉱物の増加と破砕による鉱物新鮮表面の増加と調和的である。しかし最も変質/破砕の進んだ中心部では、極微粒の物質が充填されており、断層活動時に生成される鉱物の新生表面の生成量が小さかったために、水素の生成量もその両境界層に比べて小さかったと考えられる。中心部は、それを取り囲む破砕帯よりも相対的に透水率が小さいことが予想されるため、境界部において多量に生成された水素は、破砕帯の端部に向かって拡散が進むと考えられる。このような水素の発生とその拡散様式によって、掘削コアで認められる水素濃度異常パターンが形成されたと推測される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は地震発生時の断層破砕帯で普遍的と考えられる破壊に伴う化学反応の素過程を検討したものであり,全体で5章からなっている.第1章では,花崗岩,および石英,カリ長石,黒雲母,白雲母の単結晶粉末を実験試料とし,湿式粉砕実験を行って,個々の試料の水素発生能力を見積もっている.破壊表面積と水素発生量は線形の関係であることが見いだされており,その直線の傾斜から水素発生能力を定義している.一連の実験によって,白雲母と黒雲母は石英,カリ長石に対して約10倍と非常に高い水素発生能力を示すことが明らかにされている.

 第2章ではカオリナイトを用い,乾式粉砕実験を実施し,同時に生成物の結晶学的検討を行っている.粉砕時間の増加とともに水素生成量は増加し,同時にOH基の減少が見いだされており,この結果から層状珪酸塩のOH基中の水素が水素発生に寄与している可能性を議論している.

 第3章では,岩石破壊に伴う水素発生と流体の化学組成の関係を検討するため,pHおよびイオン強度を調整した粉砕媒体を用い,合成石英,石英+黒雲母混合粉体,および花崗岩を試料として行った湿式粉砕実験の結果が記述されている.合成石英ではpH5を境とし,それ以上のpH領域では水素発生量に大きな変化は見られないものの,pH5以下では急激に発生量が減少することが明らかにされている.pH5以下での水素発生量のpH依存性は,石英表面のメカノラジカルと溶液内のOH-反応によるものであり,一方pH5以上では,負に帯電した石英境面とOH-との間の静電斥力が働き,メカノラジカルとの反応が阻害され,水素の生成量が抑制されたものと考察している.また,石英+黒雲母の混合粉体および花崗岩では,Fe(II)の存在にも関わらず,酸性領域での水素発生量にpH依存性が認められないことから,生成された水素の大部分はメカノケミカル反応によりもたらされたと結論している.

 第4章では,2種類の活断層沿いの水素濃度異常について,実験で得られた結果をもとに考察を加えている.初めに西南日本に発達する活断層周辺の土壌内に見られる水素濃度異常について,水素の観測地点近傍に湧出する湧水のpHとの関連性を検討している.この結果,比較的酸性の湧泉ほど,水素の濃度異常値が大きくなる傾向を見いだしている.またこの傾向を,断層内での長石の分解反応による層状珪酸塩鉱物化などの変質作用によるものと考察している.第1章で層状珪酸塩が高い水素発生能力を示すことが明らかにされている.この事実を根拠として断層内の層状珪酸塩鉱物の含有率が上昇することにより,断層そのものの水素発生能力が高められると推定している.次の事例として1995年の兵庫県南部地震を引き起こした野島断層において,掘削コアの水素濃度分析で得られている濃度異常と掘削コアの断層岩分布との関連性について考察している.破砕帯内における水素濃度分布を詳細に検討した結果,破砕帯の端部から中軸部に向かって次第に濃度が高くなり,さらに中軸部に向かって急激に濃度が小さくなるプロファイルを得ている.破砕帯中軸部に向かうにつれて水素濃度が増加する傾向は,変質による層状珪酸塩鉱物の増加と破砕による鉱物新鮮表面の増加と調和的であり,極微粒の物質に充填されている断層中軸部では,断層活動時に生成される鉱物の新生表面の生成量が小さかったために,水素の生成量もその両境界層に比べて小さかったものと推定している.中軸部は,それを取り囲む破砕帯よりも相対的に透水率が小さいことが知られているため,主破壊部で生成された水素は,破砕帯の端部に向かって拡散が進むと考えら得る.このような水素の発生とその拡散様式によって,掘削コアで認められる水素濃度異常パターンが形成されたと推定している.

 なお,本論文第2章,第3章は,猿渡和子,田中秀実との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.いずれの結果もオリジナリティが高く,考察も優れており,また地震断層の研究に新たな分野を開拓していることから,本論文は博士(理学)の学位にふさわしいものであり学位の授与をできると認める.

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