No | 119588 | |
著者(漢字) | 木村,智博 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キムラ,トモヒロ | |
標題(和) | 社会環境と雪中行動を考慮した積雪寒冷期地震防災対策 | |
標題(洋) | Earthquake Disaster Mitigation during Snow Period Considering Social Environmental Indices and Cryogenic Circumstances | |
報告番号 | 119588 | |
報告番号 | 甲19588 | |
学位授与日 | 2004.06.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第71号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに 我が国は地震多発国であり,過去に幾多の尊い人命が失われた。その都度,防災対策に反映され,今日に至っている。地震は季節や時間帯を選ばずに起こり,その時々刻々に応じた防災対策が必要となってくるにも関わらず,各自治体の被害想定では冬期の晴天,18時という限定された設定が一般的である。この意味では冬期の地震を想定していることになるが,各自治体の防災計画では,防寒対策や暖房設備の点検等に関する事項は殆ど触れられておらず,全体としてちぐはぐな状態にある。また,防災訓練は9月前後に実施されるケースが目立ち,冬期に行われることは稀である。以上の点から,積雪寒冷期を考慮した地震防災対策が盲点となり,多くの問題点を残していることが分かる。 この現状を鑑み,本論では我が国でも有数の豪雪地帯である新潟県に焦点を当てた地震防災について展開する。特に県内各地の気象特性を考慮するとともに,今後の防災体制を被害調査と各種資料を用いた統計解析に基づき,新たな提案を行うものである。 2.本論文の背景 2.1.問題の所在 兵庫県南部地震以降,災害対応や避難行動に係る研究が実施され,この過程で地域防災計画の比較検討や自治体が編纂する地震史料を整理した研究が注目を浴びている。ただ,研究の方向としては震源域となった当該自治体の高齢化率や高齢者世帯の状況を整理するのみに終始し,実際の防災計画・対策に反映出来ない構図となっている。高齢化の進展に伴い,身体障害者数が伸びることは必至であるが,多くの防災研究の中では被災者に対する質的調査(ヒアリングやロングインタビュー)が中心となり,部位別の身障者数,身体が不自由であるが故の行動パターンの解析に基づく防災施策や疾患罹患モデルの構築にまでは結び付かないのが現状である。 これに対し本論文では,従来より殆ど取り組まれていない積雪寒冷期と災害時の健康管理をキーワードとし,被災者の人的被害の抑制を目的に進めた。また,生命を守ることと同様,被災者のアメニティー(避難所環境や生活支援等)に配慮した防災対策を季節ごとに考慮することを試みた。積雪寒冷期に着目した事由は,各地で冬期にも被害地震が発生していることにある。一方,健康管理に注目した理由として,高齢化の進展に伴い,寝たきりが問題視され,その多くが地震災害とは無関係に,転倒や不慮の事故によるケースが圧倒的に多く,地震時には負傷等の人的被害が集中することが挙げられる。また,生理・心理学的観点から,高齢者を含めた災害弱者には,健常者よりも細かい配慮による対応,避難所内の施設配置等のバリアフリー化がより切実な問題となることを考慮して取り上げることにした。 以上の点から,季節の相違が被災者や地震被害に与える影響を定量的に評価し,他方で複数回に及ぶ現地調査結果を加味し,実践的な防災対策に直結させることを柱とした。 2.2.雪をキーワードとした事由 本研究は事例研究であるが,積雪寒冷期地震防災を考察するうえで,北海道や東北でも,例えば釧路沖地震(1993年1月15日),三陸はるか沖地震(1994年12月28日)等も発生しているものの,新潟県に特化した事由は, (1)1961年2月2日未明に死傷者を出した長岡地震が発生している (2)我が国有数の豪雪地帯 (3)しかも降積雪量の年変動幅が大きく,雪対策関連予算が計上しにくく,現在の少雪傾向から,予算が削減される傾向にある (4)しかし,平時においても雪に関係する人身事故の発生が見られ,雪対策と地震防災対策を同時に進めることの必要性が高まっている (5)全国平均と比較して,新潟県は全人口に占める65歳以上の人の割合が高い であり,地震を含めた防災対策と健康関連施策の重要性が高まっている。ここで,多雪地域の他県と比較した新潟県内の各自治体の年最大積雪深(100年再現期待値)を図-1に示す。ここで建築学会編:『建築物荷重指針・同解説』(1993)の値をプロットし,北陸地方建設局の長期の観測データによる実測値と100年再現期待値が類似している点を踏まえ,取り上げることにした。 図-1から,新潟県内各地において雪の量が各々異なっていることが分かるが,これとは別に,雪の年変動幅が大きいことも特徴である。ここで,荷重指針の中で示されている外乱のうち,多雪地域と一般地域に区分した年最大積雪深の基本統計量を表-1に示す。 荷重指針では多雪地域と一般地域に区分して,雪の量を評価しているが,新潟県は全域が豪雪地帯(1962年に制定された豪雪地帯対策特別措置法で指定された地域で,過去30年間の累年平均積雪積算値が5,000cm・日以上の地域が当該自治体の2/3以上等である道府県,または市町村)に指定され,ここで言う多雪地域に該当する。表-1のうち,100年再現期待値は1950年代から1980年代前半までを扱い,実測値は北陸地方建設局が1930年代から1998年まで集計した値を整理した。100年再現期待値と実測値は類似した結果であるのに対し,変動係数は,荷重指針が示している値よりも,概してばらつきが大きい。このことから,年によっては大雪に見舞われる可能性が高いことを示唆している。なお,100年再現期待値と実測値では単位を統一することは出来るが,ここでは指針類の記載に従った。 2.3.高齢化をキーワードとした事由 高齢者の防災対策策定に際して,兵庫県南部地震で犠牲となった方々の年齢属性に着目した。これは各種災害において,重軽傷を負ったり,犠牲となられるケースが高齢者に集中し,高齢化が進展している状況から,今後の課題であるとの問題意識によった。 先ず,1995年に実施された国勢調査結果を用い,兵庫県全体の総人口の年齢構成比を図-2に示す。これは災害時の犠牲者と実際の年齢構成に大きなギャップがあることを考慮した。次に警察庁が1995年末に集計した身元調査結果を用い,犠牲となった5,488名を対象に,年齢構成比を図-3に示す。この結果,年齢が上がるにつれ,特に50代を境に死亡する人の割合が増加していることが分かる。図-2と比較すると鮮明になるが,人口の年齢構成比よりも,犠牲となるケースでは年齢が高い人程,深刻な事態となっている。 3.本論文の構成 第1章:序論 本研究の背景,目的,進め方を述べ,論文の構成から,積雪寒冷期地震防災の大局的な考え方を示す。ここで,当該地域の自然・社会環境が防災計画に及ぼす影響,各章間の関連性についても触れる。 第2章:既往研究のレビュー 第2章では積雪寒冷期地震の被害調査,防災計画,冬期道路管理,災害医療体制に係る研究事例を整理する。検討に使用した学術誌は日本建築学会構造系論文集,日本建築学会計画系論文集,日本建築学会環境系論文集,土木学会論文集I,土木学会論文集IV,日本雪工学会誌,土と基礎,地域安全学会論文集を中心とし,医学領域では「医学のあゆみ」を始め,救急医療従事者・行政の防災担当者向けに書かれた優れた指南書とした。また,疫学の知見を踏まえた防災研究の国際的な動向もフォローし,我が国の研究の占める位置を,世界地震工学会議プロシーディングスや各種ジャーナルを用いて示した。 第3章:地震記録に見る冬期の地震,及び地震防災 第3章では積雪寒冷期地震の発生頻度の全国分布,都道府県別の地域防災計画で記載されている冬期の被害地震例を網羅し,冬期にも地震が発生していることを記述する。これ等の分析から,積雪の有無を問わず,冬期の地震防災対策の充実が不可欠であるとの結論に達した。その前提として,釧路沖地震(1993年1月15日),三陸はるか沖地震(1994年12月28日),兵庫県南部地震(1995年1月17日)の被害概要,雪や寒さとの関連,防災対策への生かし方を論述し,同時に降積雪量が被害,その後の復旧に及ぼす影響を時系列的に述べ,これ等の事象に基づき,防災計画の方向性を分析した。さらに雪が地震被害に与える影響については,建物の被害形態に着目し,他の季節と積雪期地震に区分して,気象庁マグニチュードに応じた建物被害の状況について分析した。 第4章:新潟県内での冬期の地震 第4章では新潟県内で積雪寒冷期に発生した被害地震を取り上げ,地震の諸元,現地調査に基づく被害概要,降積雪量や気温等の気象データを示し,被害状況と気象因子の関係について分析する。これとは別に,震源域の自治体は高齢化率が高く,若年労働力の流出による地震時のマンパワー不足,地震防災に係る予算配分を行うには厳しい財政事情である点に触れた。これ等を踏まえ,各自治体の社会指標を示し,高齢化・過疎化が進展する地域における防災対策を考察した。なお,ここでは被害調査とアンケート結果を加味した分析を行うとともに,今後の教訓,防災計画に生かすための提言を含めて記述した。また,当該地域の積雪期地震の発生確率に関して,推本の地震発生確率評価を基に,算定した。 第5章:新潟県内の降積雪量,ならびに気温の状況 第5章では新潟県の降積雪量,ならびに気温データを対象に,地域ごとに異なる気象特性を基本統計量と度数分布に基づき,明らかにする。先ず,日本全国の中での新潟県の位置付けを示し,年変動幅が大きいことを示す。雪の量のばらつき,日本建築学会編:『建築物荷重指針・同解説』(1993)に示されている基本地上積雪深の100年再現期待値の整理を取り上げ,実測データの比較を行う。なお,本章では新潟市の気象特性を中心に分析し,災害との関連性について整理する。 第6章:地域社会が抱える自然・社会環境に基づく積雪寒冷期地震防災対策の評価 第6章では積雪寒冷期地震防災の将来展望についてのアンケート調査結果を示す。この過程で,住民参加による積雪期の防災訓練が,各自治体の防災担当者の間で認識されていることが分かり,ここでは新潟県内初の試みとして注目されている上越市と十日町市の防災訓練(ともに2002年3月に実施)に触れ,訓練内容とそれに基づく問題点の抽出,各自治体の避難環境に係る指標を示した。避難環境で屋外が避難所に指定されているケースが多く,冬期には使用に適さない点を述べ,自治体間での連携策を記した。この作業を通じ,災害弱者対策が懸案事項となり,マニュアル類が充実し,活発なボランティア活動を見せている東京都との比較を通じ,高齢者の安全対策が不可欠である点に言及した。 第7章:豪雪地帯における災害医療に係る分析 第7章では,従来の防災研究であまり扱われなかった災害医療体制,ならびに降積雪量が受診行動に及ぼす影響を分析する。本章は統計解析に基づく結果を用い,医療環境評価,災害時の医療需給構造を示す。これ等のデータにより,防災計画に反映出来ることを導出した。先ず,豪雪地帯で進展する高齢化がもたらす地域社会への影響に関連し,災害とは無関係に日常的に事故に遭っている状況を分析する。新潟県では毎年のように雪処理に伴う人身事故(以下,人身雪害と表記)が発生し,犠牲者が出ている。特に65歳以上の高齢者が事故に遭遇するケースが目立ち,降積雪量に大きく影響されている点を指摘する。ここで得られたデータから,県内各地の自治体は事故軽減策を模索し,1990年代以降,様々な取り組みが出始めた。この取り組みと降積雪量との関係に触れ,雪処理に係る各種施策の導入基準としての雪の量を整理する。また,雪の量により,事故発生予測に寄与し得るかについても相関分析を行った。 日常的に雪による深刻な影響を鑑みると,災害時の医療体制の構築が懸案となる。倒壊家屋内での長時間の閉じ込めによるクラッシュ症候群(挫滅症候群),急性甲膜外血腫,低体温症がある。いずれも輸液,輸血,時には血液透析,重症の場合は人工心肺装置装着下での血液の一時抜き取り(低温の血液を急速に温めて全身に速やかに戻す医学的手技)が施行され,慢性疾患患者は後回しにされる可能性がある。この状況から当該地域が抱える疾病構造を予め把握し,緊急時を想定した医薬品・医療関連用品・ライフライン確保に係る需給構造を推定することが可能となる。ここでは積雪寒冷期を考慮した病院防災,災害医療体制について,疫学調査とヒアリングに基づき展開し,防災対策の中での位置付けを示す。 第8章:積雪寒冷期地震防災対策に関する新たな提案 前章で降積雪量が生活や各種疾患罹患に与える影響を分析し,少なからず関係していることが分かった。これ等のデータから医療需給構造を推定したが,より詳細には罹患モデルや疾病の分布(疾病地図の作成)を考慮する等,新たな課題が生じてきた。第8章では今後の研究における課題,実践的な防災対策に関し,各関係機関の答申や資料等,一連の分析を通じて明らかにし,新たな提案としてまとめた。 第9章:結語 本研究の締めくくりとして,積雪寒冷期地震防災対策に関する知見を述べ,今後の展望を行う。 4.雪が地震被害,ならびに地域住民に与える影響 新潟県内で発生した地震の震源地では,概ね1m前後の積雪に見舞われ,地震の発生時刻によっては路面凍結による人的被害拡大が生じる構図となる。これは東京都を含む首都圏を例にした場合,10cm程度の1回の降雪で300件近い事故発生,翌朝の路面凍結による100件余,転倒による死亡が数例である状況からも言える。ただ,本論の7章でも示すように,新潟県内では一冬を通じて現在,50〜100件の雪が関係する事故に見舞われている状況を考慮しても,地震時の被害拡大要因となる。地震災害で懸念される人的被害に関して,2000年10月6日に発生した鳥取県西部地震,2001年3月24日の芸予地震では避難途中に転倒による負傷が数例あり,このことより,積雪で転倒率が上昇することが分かる。 このように,雪による影響が深刻であることが分かるが,ここで,積雪期特有の被害形態が顕著であった被害地震について取り上げる。これは通常の雪崩,融雪期地すべり災害に加え,他の季節の地震では起こり得ない特異的な現象が見られたことを考慮した。 ◆長岡地震(1961年2月2日)1961年2月2日午前3時39分に発生した。諸元は震央138°50´,37°27´N,M5.2,震源深さ20kmである。震央付近の地盤は第三紀層及び,洪積層(層厚:50〜60m)の上に沖積層(層厚:70〜80m)で覆われている。震度5の地域は半径3kmと推定された。長岡市西部の信濃川沿い地域で人的・物的被害が生じ,古正寺を初めとする4集落では建物の全壊率は50%を超えた。この地震で火災が発生しなかったが,折からの36豪雪(1960年12月31日の長岡市内の積雪深は214cm,1月上旬にかけて降雪が続き,2月までに数回の大雪に見舞われた)の影響で,この時の積雪深は1.7〜2mであった。 人的被害は死者5人,負傷者は30人で,物的被害で住居に限ってみた場合,建物被害は全壊220,半壊465,一部破損は804戸。建物被害の特徴として,地震発生当日は2m近い積雪による建物周囲が雪に覆われ,それが支えとなって家が倒壊しなかったが,融雪後に数十棟が倒壊したことが挙げられる。また,被害総額は約12億6,814万円だった(36豪雪の被害額,約6億2,883万円)。地震被害に対する積雪の影響として,折からの36豪雪による被害があることを勘案すると,雪があることで,被害額は約1.5倍となることが分かる。 ◆雪害と地震災害の関係 地震後に見舞われる雪崩の堆雪量(雪のすべり量)は通常,400〜1,000m3であるのに対し,地震時にはこの数倍に達する。一方,夏期に頻発する斜面災害では崩壊量が概ね10,000m3前後であるのに対し,融雪期地すべりは2〜3倍に達する。新潟県内では融雪期に地すべりが集中している。これ等の分析から,雪と地震の複合災害では被害規模の拡大を評価出来るが,例えば新潟地震が冬期に発生した場合,強風傾向による火災の延焼,地吹雪と雷が,液状化や津波災害と同時に発生する危険性が高い。推本が評価した今後30年以内に糸魚川−静岡構造線でM8クラスの地震が発生する確率は14%で,積雪期(12〜3月)に発生する確率は約5%,大雪時には0.3%前後であった。 ◆雪が日常生活に与える影響 雪と日常生活との関係では,地震災害とは無関係に雪による影響を統計的に解析し,防災体制構築につながる可能性が明らかとなった。事故の増加と受診行動の減少が示され,医療需給構造を適正に評価する指標となることが示された(図-4を参照)。 図-4は降積雪量と雪処理中の事故との関係を示した。これ等を相関分析した結果,降雪と積雪の間で大差なく,重傷者が雪の量の増減に応じて影響されることが分かった。なお,重傷者の半数以上が高齢者で占められ,深刻な問題となっている状況が示された。 これ等の状況から,雪処理対策とともに,豪雪地帯の医療体制整備が不可欠となる。医療体制で特に注目されるのが災害医療であり,本論文では新潟県立病院を対象に分析した。 ◆積雪寒冷を考慮した病院防災 積雪寒冷期を考慮した病院防災には,飲料水の凍結防止と防寒具,暖房機器,携帯カイロ等の備蓄が挙げられる。そこで2003年1月に行ったヒアリングから,小出町,十日町市に立地する両県立病院はともに,冬期の防災対策を重要視していることが分かった。共通事項として,患者のアメニティーと凍結防止のためのセントラル・ヒーティング,災害時に備えた重油の保管等,機械棟の設備が充実している。食料品やリネン用具の保管もなされ,営繕,栄養部門間での連携が取られている。ただ,赤十字のように病院挙げての防災訓練,特に冬期の訓練実施は困難なようである。これは専門職員の陣容が手薄,若しくは不在である,病院の防災訓練で中心的な課題となる患者の重傷度を判断して治療の優先順位を付けるトリアージの機会が少ない,ことによる。 1)新潟県立小出病院の事例 同院は東西に2棟を構え,各々,12時間通電可能な自家発電装置各1台,さらに携帯用の発電装置を各1台備え,水道管,飲料水の凍結防止に役立てている。また,透析患者にも対応可能なように,24時間給水可能な供給システムを導入し,定期点検していることが分かった。トイレの衛生用水には雨水や雪を使うことも視野に入れている。 2)新潟県立十日町病院 同院は災害拠点病院として,十日町圏,上越地域,さらに長野県境の患者受け入れを可能とするため,内科,外科,整形外科等に複数の常勤医を配置し,270床の規模を有している。建物は全てRC造,南病棟6階,新病棟3階,外来棟3階,機械棟2階,設備棟3階と分散型配置を採用し,耐震性と職員の移動の容易性を満たしている。ただ,透析設備は十分とは言えず,緊急時は輸液等の一次処置を行い,透析導入を回避する努力をしている。透析導入患者に関しては他院を紹介し,災害時には長岡赤十字病院等への搬送ルートが確保されている。その他,透析導入になる可能性を有する心疾患,糖尿病,高血圧等の生活習慣病患者に対し,患者教育(患者介入)を日頃より積極的に行っている。 表-3から,病院間によって臨床症状への得手不得手が浮き彫りとなった。一方,表-4では災害発生後の時期に応じた看護体制を整理したものであり,住民の健康管理,慢性疾患患者の疾病悪化予防のための啓発活動が精力的に実施されていることが浮き彫りとなった。 5.本論文で得られた結論 (1)既往研究のレビューから,積雪寒冷期地震防災に関する研究が殆ど行われておらず,雪害予防に係る検討,高齢化を踏まえた災害弱者に関する成果に占められていることが分かった。 (2)被害地震に占める冬期地震の割合を計算したところ,3割を超えるのに対し,積雪を考慮すると15%前後だった。冬期の割合はやや多めという統計はあるが,必ずしも有意とは認められない。一方,県別の地域防災計画で積雪寒冷期地震防災,雪害予防策を抽出したところ,東北や北陸の一部で積雪寒冷期地震対策が盛り込まれ,大半の自治体では雪害予防として概論的な記載にとどまっていた。 (3)被害調査,ヒアリングから,新潟県内では過去に複数回,地震が発生しているにも関わらず,地震への備えや積雪期の避難訓練に向けた機運が醸成されていない面が見られた。 (4)新潟県内各地の気象特性に着目し,基本統計量とヒストグラムによる分析を行った。その結果,新潟市等の海岸部は雪の量は相対的に少ないが,冬期に強風傾向となることが分かった。一方,十日町市等の特別豪雪地帯では雪の量のばらつきは小さい傾向にある。 (5)新潟県内の自治体へのアンケート調査から,積雪期の避難訓練実施には関心があるものの,大半の自治体では検討段階にあり,実施した上越・十日町市では,避難路確認に当て,高齢者の搬送等,実践的な内容は含まれていなかった。ただ,上越市ではライフラインの点検を行った。 (6)降積雪量の変動を考慮し,人身事故(人身雪害)発生状況を分析したところ,発生件数との間には相関が認められた。ただ,受診行動では統計的な有意さは得られず,自動車による移動,疾病により影響の出方が異なるものと推定される。一方で,災害医療を含めた救急医療体制への期待が高まるものの,透析治療では病院間で濃淡があり,日頃からの健康管理が重要であることが分かった。これは他の生活習慣病を有していると腎疾患に罹患しやすいことが相関分析から示された。 (7)ここまでの展開から,増加傾向にある身体障害者数を考慮し,障害別に応じた防災対策の実施が今後の課題である点を述べ,雪の量を考慮した防災施策(上越市での屋根雪処理の一斉実施)の考え方を示した。特に気象条件との因果関係を詳述したが,厳密性を保つためには細かい階層,データの蓄積による新たな分析が必要であることが示された。また,当該地域の疾病構造を考慮することで,災害時の医療需要の抑制に寄与し,これを実現させるための教育体系に関する提案を行った。 図-1:多雪地帯の中での新潟県の年最大積雪深の100年再現期待値(建築学会編:『建築物荷重指針・同解説』.1993より) 表-1:雪荷重評価のための100再現期待値(m)と実測値(cm)の基本統計量 図-2:兵庫県の人口総数の年齢構成比 (1995年国勢調査結果,%) 図-3:兵庫県南部地震時の死亡者の年齢別 (警察庁資料:1995年末集計,5,488人の身元調査結果による,%) 表-2:長岡市における降積雪状況の基本統計量(北陸地方建設局観測データより,単位:cm) 図-4:新潟県内の降積雪量と人身事故との相関図(1990年度〜1998年度) 表-3:災害拠点病院としての両病院の機能評価(◎は充実,○は可,△は今後の課題) 表-4:災害看護体制から捉えた両病院の機能評価(◎は充実,○は可) | |
審査要旨 | 本論文は、「社会環境と雪中行動を考慮した積雪寒冷期地震防災対策」と題し、社会的にも高齢化問題が顕著でまた自然環境としても冬期の積雪状況が厳しい新潟県を中心的に取り上げて、特に積雪寒冷期における地震防災対策の現状とあり方を論じたものである。阪神淡路大震災以降、地震防災に関する研究はさまざまな視点から展開されているが、積雪寒冷期特有の問題を指摘して防災対策を論じた事例は少ない。高齢化、過疎化の問題は災害時における弱者への対応として検討すべき問題でありながら、社会環境としての情報も必ずしも整理されておらず、体系化された災害対策が検討されているとはいえない状況である。また、新潟県においては、過去に複数の積雪期地震が被害をもたらしていることもあり、積雪寒冷期特有の問題として検討すべき資料も少なくない。本論文では、それらの状況分析を踏まえ、また自治体の防災対策および病院防災の現状についての情報収集を反映させ、具体的な提案にまで到るもので、全9章からなる。 第1章序論では、地震被害と高齢化、積雪および寒冷期の防災を大局的に捉えた上で、研究の背景、目的を明らかにしている。 第2章では、積雪寒冷期地震の被害地震、雪氷工学や災害工学における地震防災、冬季受診行動、災害医療体制などの視点から既往の研究を概括し、高齢化と積雪寒冷期を踏まえた地震防災に向けての研究の意義を確認している。 第3章では、わが国の被害地震を分析し、積雪寒冷期の地震発生が少なくないことを統計的に確認した上で、1993年釧路沖地震、1994年三陸はるか沖地震、1995年兵庫県南部地震の被害概要、寒冷期における災害の特性を論じている。また、都道府県における地域防災計画における積雪寒冷期地震の扱いの不十分性を具体的に明らかにしている。 第4章では、特に新潟県に着目して、過去の冬期の被害地震を具体的に分析し、当時の気象状況と併せて災害救助の問題点を指摘している。それらの地震時には必ずしも積雪量が特別に多い状況ではなかったが、地域、気象状況に応じた問題の所在を指摘している。また、地震発生危険度、地盤特性を考慮した地震被害予測にも触れて、防災計画に反映すべき事項について考察している。 第5章では、新潟県における冬期の気象状況を分析し、特に積雪深、降雪強度の統計データに関して豪雪地帯の新潟市に代表される沿岸域、過去に冬期の被害地震の発生した特別豪雪地帯との異なる特徴を、年最大値に関して100年再現期待値および年最大値の変動係数の値で評価し、積雪の平年値のみでなく、災害対策としては比較的まれな事象に対しての考慮も必要なことを指摘している。 第6章では、新潟県内の市町村における雪対策および積雪寒冷期地震防災についてのアンケート結果を分析した上で、防寒用品の備蓄、積雪期における避難訓練、また特別豪雪地帯ではスキー客にたいする配慮などの必要性を指摘している。社会環境指標としては、避難施設数、高齢化率や消防団員数、防災拠点の耐震化など、自然環境指標としては前節での分析に加え、雪崩危険性、斜面災害などについても考察している。また、災害弱者対策として先進的な例としての東京都との整備状況の違いについても比較のうえで新潟県の課題を整理している。 第7章では、降積雪状況と人身雪害との分析、冬期の気象要素と受信行動の相関分析、災害医療体制としての積雪寒冷期地震防災の問題点などを整理したうえで、自然・社会環境に関する各要素と防災対策との関連性を防災計画、防災訓練、緊急対応、健康管理の項目に分けて整理し、防災対策に対する提案の根拠を述べている。 第8章では、3章から7章までの分析と考察に基づき、さらに積雪状況、災害弱者の特性、疾病構造の分析も加えた上で、積雪寒冷期地震防災に対して提案をまとめている。すなわち寒冷環境を考慮した医療体制整備に向けての行政の協力、高齢者や身体障害者などの弱者対策の徹底のための啓発活動などの意義を強調している。 第9章は各章のまとめを行って結論としている。 以上、本論文は、積雪寒冷期、高齢者・過疎化といった視点を地震防災における重要な複合要素として着目し、自然環境指標、社会環境指標として幅広く具体的な資料を分析することにより、特徴ある地震防災対策の考察と提案を取りまとめており、環境評価における社会学と工学の融合的成果として災害低減に向けて寄与するところ大である。したがって博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/109 |