学位論文要旨



No 119600
著者(漢字) 朴,洗憲
著者(英字)
著者(カナ) パク,セヒョン
標題(和) 深海底鉱物資源の経済性評価手法の開発
標題(洋)
報告番号 119600
報告番号 甲19600
学位授与日 2004.07.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5854号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 島田,荘平
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 助教授 加藤,泰浩
 東京大学 講師 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

 マンガン団塊、コバルト・リッチ・クラスト、海底熱水鉱床などの深海底鉱物資源は21世紀の人類に残された最後の鉱物資源ともいわれ、技術上未解決の困難な課題を抱えながらも広い関心が寄せられ続けている。このうち、マンガン団塊とコバルト・リッチ・クラストは、回収対象と想定されているコバルト、ニッケル、銅がオーバーラップし、競合関係にある。このため、どちらかの開発が先行し、もう一方はかなり遅れてしか利用されないことが十分予想される。また、海底面から噴出する熱水から金属成分が沈殿してできた多金属硫化物である海底熱水鉱床は、銅、鉛、亜鉛等のベースメタルを主要成分とし、金、銀等も含んでいること、日本の排他的経済水域内にも賦存していること等、開発に当たって有利な特徴も有しているため、将来の鉱物資源確保という観点から非常に重要な関心を呼んでいる。

 深海底鉱物資源開発については、過去に実施された深海底鉱物資源に対する開発の可能性評価(フィージビリティスタディ:FS)から15〜20年が経過し、当時のFSで想定されていなかったような経済的、技術的状況が生まれてきている。このような情勢の分析からスタートし、深海底鉱物資源の開発可能性にっいて再評価を試みた。

 本研究では、これまでの深海底鉱物資源開発技術に関する研究データを利用してマンガン団塊、コバルト・リッチ・クラスト、海底熱水鉱床開発の経済性評価モデルを構築した。マンガン団塊とコバルト・リッチ・クラストについては、世界の年間コバルト消費量の10%に相当する2,500トンを生産するという設定の下で技術的・経済的相対評価を行い、経済性に影響を与える要因の抽出とその要因把握の現状分析を行った。モデル中で用いる開発システムは、基本的に同じ方式を採用し、位置、水深、品位などのパラメータと、採掘難易、選鉱処理などに技術的な相違点を入力した。その結果でそれぞれの特徴を反映した出力が得られ、比較・分析が可能となる。経済的検討に用いるモデルとしては、過去に実施されたマンガン団塊(TexasA&M,アメリカ鉱山局,フランス,ノルウェー)のFSで用いられたものと同様のものを構築し、金利・税制なども考慮に入れて経済性評価を行った。

 主な結果としては、マンガン団塊はコバルト価格の変動により経済性の変化が小さく、安定した大量生産が可能であるのに対して、コバルト・リッチ・クラストはコバルト価格の変動により経済性の変化が激しく、不安定であることがわかった。また、コバルト・リッチ・クラストは基盤岩混入率が経済性に大きく影響し、基盤岩混入率を低く押さえないとマンガン団塊と同等の経済性を得られないことがわかった。さらに、経済性を高めるためには基盤岩混入率を下げるように採掘し、選鉱処理を施さないことが経済的に有利であるなど両資源の特徴が把握できた。検討結果から総合的に経済性を評価してみると、開発システムの中に製錬システムが占める割合は高く、現状では製錬処理がボトルネックとなり、企業化は困難であると予想される。そのため、全体的な製錬システムの大幅なコストの低減が経済性向上の鍵になるといえる。

 最近、日本近海域に発見が続き、経済的に有望とされている黒鉱型海底熱水鉱床を適用して開発の可能性について検討した。海底熱水鉱床については、各方面で活発に調査、研究が実施されているものの、それらは賦存状況、品位、成因等の地質学的見地に立つものが大半を占めており、強度、硬さといった工学的特性などの基礎研究さえ、ほとんど行われていない状況である。そのため、開発のために不可欠な採鉱法などのシステム仕様を検討するために各種工学的特性の測定を実施し、品位、空隙率と工学的特性の関係について考察を行い、開発概念モデルを構築した。そして、明神海丘カルデラのサンライズ鉱床を対象にし、経済的な開発に向けての可能性を多角的に評価した。

 経済的検討に用いる開発システムは、コバルト・リッチ・クラストのモデル内にあるものと基本的に同じ方式を採用し、海域選定による水深、品位などのパラメータと、脱塩効果、塩分による処理影響、乾式製錬などの技術的な相違点を入力した。

 その結果、マンガン団塊とコバルト・リッチ・クラストの経済性評価では湿式製錬所を新設する必要があり、そのためにコストが高くつき、商業生産は無理と判断されたものの、海底熱水鉱床は製錬所を新設せず、既存製錬所に精鉱等を売鉱することによって経済性は、大幅に改善されることを明らかにした。また、鉱体の富鉱部のみを採掘する開発規模の縮小化により必要な総資金の大幅な削減ができることを明らかにした。

 本研究では、深海底鉱物資源のマンガン団塊、コバルト・リッチ・クラスト、海底熱水鉱床それぞれの資源としての特徴、経済的開発の可能性の違いを明らかにした。構築した技術的・経済的評価モデルに基づき、開発システムに組み込む技術要素の優劣の判断や、技術要素開発の目標値の設定ができると予想される。このような特性を生かして、新規技術を採用することによって生じる波及効果を、このモデルを使って技術面と経済面から総合的に予測すれば、新規技術の有効性を推定することにつながる。

 抽出した技術開発課題の実現に取り組み、深海底鉱物資源それぞれの資源としての特徴、経済的な開発の可能性の違いを踏まえた上で、鉱床の規模、形態、形状、周辺環境についての情報収集をさらに進め、深海底鉱物資源の開発可能性の検討を深め、深海底鉱物資源の利用に向けて着実に前進することが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 深海底鉱物資源の開発・利用においては、新たな技術やシステムを構築するための研究開発と巨額な研究資金が必要である。研究開発を始めるにあたって、また、研究開発の各段階において、その深海底鉱物資源の開発・利用が実際に意味のあるものであるかどうかをフィージビリティスタディ(FS)によって検証する必要がある。研究開発には経済性の視点が必要であり、この研究を通して、研究者や技術者に研究開発の進度に合わせた適切なFSの実施を訴えることも重要であると考える。

 論文提出者は、深海底鉱物資源の開発FSで用いることができる精度の高い経済性評価モデルを構築した。このモデルは前記のような本来のFSに用いることができるだけでなく、開発システムに組み込む技術要素の優劣の判断や、技術的なブレークスルーが必要な部分はどこであるかの調査などの技術ツールとして活用可能である。また、従来のFSでは資源の存在する場所や使用する場所、実施時期などが異なると結果の相互比較そのものが不可能であり、そのたびにFSをやり直す必要があったが、本研究では、石油精製プラントやパナマックス型バラ積み船など、比較的普遍性がある建造物の価格を指標として、空間的、時間的な要素が異なる場合でもFS結果の比較が可能なモデルの開発を目指している。

 本論文は、深海底鉱物資源であるマンガン団塊、コバルト・リッチ・クラスト、海底熱水鉱床それぞれの資源としての特徴、経済的開発の可能性の違いを明らかにした。また、構築した経済性評価モデルを用いて、今後開発システムに組み込むべき技術要素の優劣の判断や、技術要素開発の目標値の設定も行っている。このような特性を生かして、新規技術を採用することによって生じる波及効果を、モデルを使って技術面と経済面から総合的に予測すれば、新規技術の有効性を推定できる。実際、深海底鉱物資源の経済性評価結果からは、製錬システムのコスト低減が経済性向上の鍵になることが導き出されている。そして、可能性のある技術としてバイオリーチング技術の導入を提案し、平成16年度から研究プロジェクトが実施されている。

 このように、本研究で開発した経済性評価モデルにより、深海底鉱物資源を対象として、ブレークスルーの必要な技術要素の探索、およびその導入効果を予測した。さらに、FSが研究開発の効果予測に役立つという事例を提示したことは、大きな意義があるといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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