学位論文要旨



No 119601
著者(漢字) 村上,進亮
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,シンスケ
標題(和) 金属マテリアルフロー勘定体系に関する研究
標題(洋) Material Flow Accounting Framework for Metals
報告番号 119601
報告番号 甲19601
学位授与日 2004.07.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5855号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 縄田,和満
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 助教授 茂木,源人
内容要旨 要旨を表示する

 昨今、環境問題への関心は高まりつつあり、これに伴い環境関連の研究も増加しつつある。その中で、必要とするデータが存在しない、もしくはあるとしても非常に使いづらい形式であるといった、データに関する問題が常に障害となってきた。つまり一貫性のある使用しやすい形式でのデータの蓄積は急務であると言える。

 本論文においては、日本国内における金属に特化したマテリアルフロー勘定体系の提案を行い、分析を行った。マテリアルフロー分析は通常、インダストリアルエコロジーと呼ばれる分野の研究者によってなされることが多い。インダストリアルエコロジーにおいては、全てのマテリアルフローは、人間社会、特に産業の代謝であるとして捉えられ、全てのフローは等しく扱われ、勘定される。本論文において提案される体系においても、この考えに従い、全てのフローは、可能な限り平等に扱われる。

 本論文の提案する体系は、最終的には日本国内の金属に関する中核的な統計を提供できるようなものを目指している。例えば経済統計にはその中心となりうるSNA(System of National Account:国民経済計算)と呼ばれるものがある。今まさにこのSNAに対するサテライト勘定としてSEEA(Satellite System for Integrated Environmental and Economic Accounting)と呼ばれる環境に関する体系が作成されつつあるが、これは対象がよりマクロで集計的なものあるかわりに、可能な限り全てのフローを計上しようとする。本研究は各種の金属を個別に扱おうとしているので、より詳細でかつ限定的な体系を目指している。

 金属マテリアルフロー勘定における最大の困難は、常にその勘定が動学的に行われる必要がある点である。すなわち金属とはリサイクル可能な資源であり、金属を含有する全ての廃棄物が潜在的な資源となる。これが、一度使用したら元の燃料に戻すことがほぼ不可能であるエネルギーとして用いられる化石燃料資源等との違いである。よって、社会におけるストック、またそこからの廃棄物についても捉えねばならない。昨今の循環型への移行問題を考えれば、これらのリサイクル、廃棄に関するフローは非常に重要なものである。

 しかしながら、これらの静脈産業に関するデータは、入手困難であった。データの量自体は、こうした意識の高まりからか増加しつつあるが、それぞれが個別に集計されたデータであり、複数のものを使用しようとすると使いにくいことが多い。本研究で提案する枠組みは、データ収集者に対しては従うべき枠組みを、そして使用者に対しては包括的なデータを提供することを目的としている。

 このような目的に従い、本論文の第2章において、論理的な枠組みを提案した。ここでは主として静学的な部分ついて紹介した。その動学的な展開は4章で行った。

 基本的な枠組みはPIOT(Physical Input Output Table:物量投入産出表)と呼ばれる考えに従っている。ただし金属マテリアルの製造プロセスは多くの結合生産を含み、通常の投入産出表の枠組みで捉えることはやや難しい。よって、このマテリアル製造プロセスはそれ以降の製造業のプロセスから区別され、リサイクル、リユースとあわせE表(Extraction Table)と呼ばれるサブモデルを用いて表現した。これに対して、それ以降のフローに関してはM表(Manufacturing Table)と呼ぶ通常の投入産出表の形のモデルで表している。

 E表は、非常に整理された、主としてデータ使用者のための枠組みであり、そのために勘定用の枠組みを別個に用意した。これはSNA型の産業連関表を雛形に変更を加えたものである。この勘常用の枠組みからE表への変換は、機械的に行うことが出来る。また、この勘常用の枠組みは、LCA(Life Cycle Assessment)への応用が容易である。これに関しては5章で触れている。

 M表に関しては、通常の投入産出表形式を取っており、よって金銭単位の産業連関表との接合が容易である。これはモデルを予測目的で使用する場合に大きな利点になる。さらに、金額的なフローと物量フローとの間の関係を知る上でも有用になる。

 次に3章において、2000年のデータを用いてまず静学的な分析を行った。ここで計算される係数は、4章以降の動学的な展開において、大きな役割を果たす。分析の結果として、各製品の金属含有量や、スクラップの含有率などが計算された。また、総合的には、日本が資源輸入国であり、製品輸出国であるという古くから言われる事実を、金属マテリアルフローという観点から見て確認した。また、金属マテリアルのバランスは輸入超過であり、蓄積は進んでいると言える。

 さらに4章で、体系を動学的なものへと展開する上での詳細を示し、将来予測を行った。この動学的な展開があって、初めてマテリアルサイクルは閉じることが出来る。さらに、現時点で入手不能でありかつ不可欠なデータを明らかにすることが出来た。マテリアルフロー勘定体系は、意志決定機関は持たないモデルであるから、前進方向への動学的なシミュレーションを行う際には何らかの予測値を外生的に与える必要がある。そこで、動学的な産業連関モデルを選び需要予測を行い、その結果をマテリアルフローモデルに与えた。この結果、金属の日本国内における蓄積量、再生率、また商品中の再生資源含有率、国産率等、各種のデータが動学的に計算可能になった。

 第5章においては、さらなる展開の一例として、E表用の勘定用の枠組みをLCAへ応用する方法を示した。先にも述べたとおり、金属マテリアル生産は多くの結合生産を含む。つまり、一つのプロセスから出る残渣という副産物が、他のプロセスにおける投入物となり、実際にその中に含有される金属が回収される。よって、これに関するLCAを行う際には、これらの間接的につながるプロセスでのインベントリを、どう配分するかという問題が常に生じる。ここでSNA型の産業連関表を雛形にしたこの枠組みは、結合生産を明示的に扱うことが出来るが故に、この問題を機械的に処理することが出来る。具体例としてニッケル金属生産の例を示したが、非常に微量ではあるが、ニッケル金属製造自体では使用されない種類の燃料消費が計上されることを確認した。

 最後に、動学的に展開された勘定体系の、予測目的での応用例を示した。具体的には循環型社会に関して良く言われる3Rに関するシミュレーションを行った。対象となるものはリデュースとリサイクルである。金属は既に長いリサイクルの歴史を持っており、これを大規模に進めることはもう難しいと考えられるが故に、リデュースは一つの有望な方法であると考えられる。他方で、製品寿命を延ばす形でのリデュースは、新規財への需要を減少させる恐れがあり、経済に対して負の影響を及ぼしかねない。これについて、循環型社会形成推進基本計画に示された資源生産性の指標を、金属に対して応用することで、分析を行った。その結果、例として取り上げた土木建設物、構造物などの長寿命化は、大規模に処女資源投入量を減少させるために、経済への負の効果を考えても、総合的には正の影響を与えると考えられることが分かった。もし同規模の資源投入量の削減が可能であれば、リサイクルの方がより優れた結果を示すことも確認したが、実現の可能性は低いと考えられる。

 最後に、これらのシミュレーションや具体的な勘定を通して、中古財の輸出入に関するデータと、リユースに関するデータが、推定では補えないレベルで不足していることが分かった。また、各種財の寿命に関する資料はこれらを補足する意味で必要になるが、これも不足がちであることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 提出された論文のタイトルは「Material Flow Accounting Framework for Metals(金属マテリアルフロー勘定体系に関する研究)」であり,論文提出者(著者)は,日本国内における金属に関するマテリアルフロー勘定体系の提案を行い,モデルを構築し,分析を行った。マテリアルフローに関する研究はIndustrial Ecologyと呼ばれる学問分野で盛んになりつつあるが,Industrial Ecologyは人間の社会,特に産業活動による物質のフローを生物の代謝に見立て(Industrial Metabolism),分析を行う学問である。わが国でも,国立環境研究所のグループ等を中心にマテリアルフローの分析が行われつつあるが,わが国の実績は世界的に見て先進国のものとは言えない。また,近年の地球温暖化への関心の高まりから,エネルギー資源についてのLCAデータの整備は進みつつあるが,金属資源はリサイクリングが古くから行なわれているにもかかわらず,包括的なデータが整備されていないのが現状である。日本国内の金属資源について,そのマテリアルフロー勘定体系を提案し,必要なデータの収集・整理を行い,分析法を確立して,静的モデル・動的モデルを使った分析を行なっている。

 論文は,第1章「Introduction(背景と目的)」,第2章「Model Framework(モデルの概要)」,第3章「Estimation Results of the Model for 2000(2000年のデータを用いた推定結果とその分析)」,第4章「Dynamic Model:Closing the Loop(動学的な体系への展開)」,第5章Application:E-Table as an LCA Tool(静学的モデルのLCAのインベントリ勘定への応用)」,第6章「For Establishing the JUNKANGATA-SHAKAI(動学化されたモデルの応用と循環型社会実現へ向けての提言)」,第7章「Concluding Remarks(結論)」から構成されている。

 著者はまず本研究の動機と背景を明らかにしている。すなわち,地球環境問題・循環型社会への関心が高まる中で,エネルギー資源についてはデータの整備が進んでいるものの,長いリサイクリングの歴史を持つ金属資源について,基礎資料の不足,データ整備の遅れがあることを指摘している。すなわち,経済統計で言えばSNA(System of National Account:国民経済計算)を中心に包括的に体系化されているのに対し,金属に関する物量統計は,資源・鉄鋼統計年報などによって物量の流れを断片的にとらえることはできるものの体系化はなされていない。

 そこでより俯瞰的で且つ使用しやすい形式のデータの整備が求められている。SNAなどの経済統計と連動する形でマテリアルフローに関する統計を整備する動きがあるものの,その多くはLCA用のエネルギー消費に関するものか,金属を一括して扱うなどのマクロ的な視点からのものが多い。後者では,金属の特性が反映されないので,リサイクリングあるいは循環型社会構築に必要な政策提言の基礎資料を提供できないと,現状を指摘している。

 著者は次に,投入産出表(IO)形式の提案を行なうが,その特長は,IO形式を用いながら,マテリアルフローをマテリアル製造プロセスとそれ以降の製造業のプロセスの2つに分割し,前者にはE表(Extraction Table)と呼ばれるサブモデルを,後者にはM表(Manufacturing Table)と呼ばれる通常のIO形式のサブモデルを対応させている。金属マテリアルの製造プロセスは多くの結合生産を含むため,通常のIO形式の枠組みで捉えることは難しいが,E表-M表のサブモデルを導入することにより,リサイクル・リユースも含めた分析が行えるようになっている。

 著者は続いて,提案したモデルと2000年のデータを用いて,19種の金属マテリアルについて静学的な分析を行っている。その結果,各種製品の金属含有量,スクラップの含有率などを得ている。そして,「日本は資源輸入国であり製品輸出国である」という古くから言われる事実を,金属マテリアルフローという観点から定量的に確認している。また,金属マテリアルのバランスは輸入超過であって蓄積が進んでいるとことも明らかにしている。

 著者はさらに,静学的モデルを動学的モデルに展開し,将来予測を試みている。動学的なシミュレーションを行うためには,何らかの予測値を外生的に与える必要があるが,動学的な産業連関モデルを選んで需要予測を行い,その結果をマテリアルフローモデルに与えている。これらにより,金属の日本国内における蓄積量・再生率・商品中の再生資源含有率・国産率等が計算されている。

 最後に著者は,動学的モデルを使って,リデュースとリサイクルのシミュレーションを行なった。すなわち,金属は既に長いリサイクルの歴史を持っており,これを今後,大規模に進めることは難しいと考えられるので,リデュースが一つの有望な代案と考えられる。しかし一方で,製品寿命を延ばす形のリデュースは新規財への需要を減少させる恐れがあり,経済に対して負の影響を与える可能性を持っている。土木建設物・構造物の長寿命化について分析を行なったところ,大規模に処女資源投入量を減少させるため,経済への負の効果をあたえるが,資源生産性を指標にとると,総合的には正の影響を与えると結論している。

 本研究によって,中古財の輸出入に関するデータ,リユースに関するデータが推定では補えないレベルで不足していることが明らかとなった。また,各種財の寿命に関する資料も必要になるが不足がちであることがわかった。これらも本研究の成果の一つを考えることができる。

 著者の研究は,野心的で新規性に富み,循環型社会の要求にこたえるものであり,実用上の価値も評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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