学位論文要旨



No 119602
著者(漢字) 橋元,正機
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,マサキ
標題(和) ヘテロポリ化合物の酸性質の分光学的検討
標題(洋)
報告番号 119602
報告番号 甲19602
学位授与日 2004.07.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5856号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 引地,史郎
 九州大学 教授 中野,晴之
 岡山大学 教授 岸本,昭
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、「ヘテロポリ化合物の酸性質の分光学的検討」と題し、全4章より構成されている。

 第1章は序論であり、固体酸触媒の一般的な特徴と実用触媒としての有用性を解説し、ブレンステッド酸点・ルイス酸点の性質について記した。また本研究の対象であるヘテロポリ化合物の酸性質についてその特徴を以下のように説明した。

 ヘテロポリ化合物は分子性金属酸化物クラスターであるヘテロポリアニオンと対カチオンとから構成されている。対カチオンがプロトンであるヘテロポリ酸は強酸性を示し、酸触媒作用を示す。固体ヘテロポリ酸の触媒反応においてはバルク中に極性分子を取り込み、プロトン化複合体を形成する擬液相挙動を示すことが知られている。擬液相挙動はヘテロポリ酸が高活性を示す鍵となる現象であり、ヘテロポリ酸バルク内の状態の解明は反応機構の検討や触媒設計の上で極めて重要である。

 一方、ヘテロポリアニオンはその構成金属元素の一部を他の金属元素で置換することが可能であり、しかもその置換金属元素より構成される反応活性点の幾何構造をも自在に制御できるという特性を有する。従って置換金属元素としてアルミニウムを用いた場合にはヘテロポリアニオンにルイス酸性が発現し、しかもこの場合にはアルミニウム導入ゼオライト等では実現が困難な任意の幾何構造を持つアルミニウムサイト(=ルイス酸点)が構築できる。

 さらに、分光学的分析法(赤外分光法および核磁気共鳴スペクトル)が固体酸触媒のキャラクタリゼーションに果たす役割について記した上で、これらの手法が酸性質の解明に対して有用であることを示した。また理論化学計算が以上の固体酸触媒作用およびヘテロポリアニオンの研究に有効である理由を記した。

 第2章では、ブレンステッド酸であるヘテロポリ酸による酸触媒反応過程においてバルク内プロトンと極性分子との相互作用の結果生ずるプロトン-極性分子複合体の性質を解明することを目的とし、真空排気することで結晶水和水の数を厳密に制御したヘテロポリ酸固体H3PW12O40・nH2Oについてその赤外スペクトルを伽枷法により測定した結果を記した。さらに、量子化学計算による振動解析に基づき赤外スペクトルの詳細な検証を述べた。

 水和水の数が6以上の状態では、水の多量体がプロトン化して存在しており、IRスペクトルに観察される3300、1700cm-1の吸収帯をそれぞれOH伸縮振動と水の変角振動に帰属した。水和水の数が6未満の場合にはブレンステッド酸点のOH伸縮振動が3200cm-1に観察された。この吸収帯はゼオライトのブレンステッド酸点のOH伸縮振動と比較して低波数でかつ鋭く、ヘテロポリ酸の末端酸素とプロトンの間に強い水素結合が存在することが示唆された。

 水和分子数が6の状態では固体結晶H3PW12O40・6H2Oが形成され、平面に近い構造を有するH5O2+種が存在することで特異的なIR吸収帯が観察されることを明らかにし、それらの詳細な帰属を行った。まずポリ酸水和物の重水素置換体D3PW12O40・6D2Oを調製し、そのスペクトル変化からH3PW12O40・6H2Oにおいて観察された3420,2720,1780,1640cm-1の吸収帯がH5O2+種に由来することを導いた。そして過塩素酸等に存在するH502+と比較することで本研究で用いた量子化学計算法の妥当性を検証した上で、H3PW12040・6H2O中のH502+フラグメントの振動解析を行った。その結果、1640cm-1に観察された吸収帯はプロトン-酸素-水分子の水素間の変角振動に帰属された。リン酸トリブチル中のHFeCl4・2H2Oに存在するH5O2+のIRスペクトルとの比較に基づき、3420,2720,1780cm-1の吸収帯は水のOH伸縮振動、プロトン-酸素伸縮振動、水のOHO変角振動がフェルミ共鳴を起こすことで生ずるABCバンドであると結論した。

 また、H502+のポテンシャルエネルギーを求めることで、幅広いポテンシャルエネルギー曲線を持つ複数の水素結合が近接して存在していることを明らかにした。そしてこれらの水素結合同士が相互作用を起こすためにH502+に由来する振動の吸収帯がブロードになっていると考察した。

 第3章では幾何構造が規定されたアルミニウムサイトについてその構造とルイス酸性の相関を明らかにするため、12-タングストケイ酸アニオン(SiW12O404)におけるタングステンの一部をアルミニウムで置換した一連のアルミニウム置換ヘテロポリアニオンについて、そのルイス酸性を実験ならびに理論化学的手法により比較・評価した結果について述べた。

 Al置換ヘテロポリアニオンと相互作用したアセトンについて13CNMRを測定し、その化学シフト値に基づいて相対的なルイス酸性強度の比較を行った。アセトニトリル中におけるアセトン(35mM)のカルボニル基が示す13CNMR化学シフトは207.365ppmに観察されたのに対し、アセトンに対し等量のAl2置換体が共存した場合には207.563ppmと低磁場側に同様なピークが観察された。またAl3置換体共存下では207.509ppm、Al1置換体の場合にも207.401ppmにそれぞれ低磁場シフトしたピークが観察された。A1を含まない12タングストケイ酸塩が共存していても、このような低磁場シフトは観察されず、アセトンとの間に相互作用が存在しないことが確認された。以上より、ルイス酸性の強さとAlの骨格幾何構造との間には相関があり、ルイス酸性度の序列はAl2置換体>Al3置換体>Al1置換体>SiWであることを明らかにした。

 さらに量子化学計算によっても各化合物のルイス酸性度の比較を行った。Al1,2,3置換体上のアルミニウムが持つMulliken Charengeに基づいてルイス酸性を比較したところ、その序列はAl2置換体>Al3置換体>Al1置換体であり、実験的に見積もられた相対的ルイス酸性度の序列と一致していることが判明した。

 第4章は、全体の総括である。12-タングストリン酸のバルク内ではブレンステッド酸点のプロトンが水分子と複合体を形成し、固体結晶であるH3PW12O40・6H2Oには平面に近い特徴的な構造を持つH502+が存在している。量子化学計算と併せてH502+のIRスペクトルを詳細に検討し、観察される吸収帯を帰属するに至り、また系中に存在する強い水素結合同士が相互作用していることを述べた。また12-タングストケイ酸のAl置換体に発現するルイス酸性の強度をアセトンをプローブ分子とした13CNMRの化学シフトにより実験的に見積もり、その序列がAl2置換体>Al3置換体>Al1置換体であることを明らかにした。この序列の妥当性は量子化学計算によって求めたアルミニウムのMulliken Chargeの相対的な大小関係により定性的に説明することが可能である。これらの知見は酸触媒反応過程における反応中間体の状態解析や新たな触媒の設計指針の獲得につながり、有用である。本研究は分光学的手法によって実験的に求めた結果を計算化学的手法によって理論的に検討することで信頼性の高い考察を行っており、二つの手法を組み合わせる研究方法の有効性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ヘテロポリ化合物の酸性質の分光学的検討」と題し、全4章より構成されている。

 第1章は序論である。まず、ヘテロポリ化合物は分子性金属酸化物クラスターであるヘテロポリアニオンと対カチオンからなり、対カチオンがプロトンであるヘテロポリ酸はブレンステッド酸触媒として働くこと、極性分子と反応する際には極性分子を触媒バルク内に取り込んでプロトン-極性分子複合体を形成することを記している。次にアニオンの構成金属原子をアルミニウムで置換することで規定された構造をとったルイス酸点を有する触媒となり、Al骨格幾何構造とルイス酸性の相関を検討しうることを記している。次いで本研究の目的が、分光学的な観測と量子化学計算によって金属酸化物クラスターの酸触媒作用に関する基礎的な知見を獲得することであると記している。

 第2章ではプロトン−極性分子複合体と類似した構造を持つH3PW12O40・6H2O(12-タングストリン酸のバルク内に水分子を6個含む固体結晶)が示すIRスペクトルの測定を行っている。量子化学計算による振動解析を行い、平面構造を持ったプロトン-水2分子の複合体H+(H2O)2に由来する特異的にブロードなIR吸収帯が、OH+O結合の伸縮振動の倍音と水分子のOH伸縮振動が起こすフェルミ共鳴に帰属されることを初めて解明している。次いでポテンシャルエネルギー計算により、プロトン・水分子間とヘテロポリアニオン・水分子間に強い水素結合が存在し、いずれも幅広いポテンシャルを有していることが非常にブロードな吸収帯の観察される原因であることを明らかにしている。

 第3章では、12-タングストケイ酸アニオン(SiW12O404-)中のタングステンを一部アルミニウムで置換したヘテロポリアニオンを用いて、アルミニウムの骨格幾何構造とルイス酸性の相関の検討を行っている。各アニオンに配位したアセトンの13CNMRを測定し、カルボニル基の炭素の化学シフト値に基づく相対的なルイス酸性の比較を行っている。その結果、ルイス酸性の強さとAlの骨格幾何構造との間には相関があり、強度の序列は Al2置換体>Al3置換体>Al1置換体>SiW12O40であることを明らかにしている。さらに量子化学計算によってAl1,2,3置換体上のアルミニウムが持つMulliken電荷を求め、正電荷の序列がAl2置換体>Al3置換体>Al1置換体であることを示し、実験的に見積もられたルイス酸性度の序列を計算的にも確認している。

 第4章は、全体の総括である。

 本論文では、ヘテロポリ酸と極性分子との触媒反応中間体に類似した構造に対する検討を行い、反応中間体の構造とエネルギー状態に関する知見を示している。そしてルイス酸性を有するAl置換ヘテロポリアニオンを検討することでAl骨格構造と酸強度の関係に対する知見を得ている。以上の知見は触媒の反応性、酸性を考察し新規固体酸触媒の設計に繋げていく上で有用と考えられ、物理化学、触媒化学的に重要である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク