学位論文要旨



No 119603
著者(漢字) 古山,桂太郎
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ケイタロウ
標題(和) アルギン酸ゲル皮膜マイクロカプセルの作製とそのバイオプロセスへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 119603
報告番号 甲19603
学位授与日 2004.07.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5857号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 新海,政重
 大阪府立大学 教授 関,実
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

 本論文は、ポリエチレングリコールを用いたアルギン酸カルシウムゲル皮膜液芯マイクロカプセルの作製方法とそのバイオプロセスへの応用に関する研究について述べたものであり、酵素や生薬などの生理活性物質の生産や合成を行うバイオプロセスにおいて重要な要素をなす生体触媒の固定化技術の新たな展開を目指したものである。以下に内容を要約する。

1.研究の背景

 生体触媒を固定化することにより、生体触媒の再利用化、安定化、触媒反応の連続化が可能となり、分離プロセスの簡略化にもつながるため、長年にわたり固定化技術の研究が続けられてきた。各種の固定化担体の中でも、カルシウムなどの多価カチオンを介してcross-link することで形成するアルギン酸ゲルは、温和な条件下の容易な手法で固定化が可能であり、それ自体が生体に対して無毒であるために、生体触媒、特に細胞の固定化において幅広く用いられてきた。近年、このアルギン酸などを皮膜ポリマーとして利用した親水的環境下におけるカプセルの作製法の開発が進められ、主に二つの方法が考案された。一つは、生体触媒を包括したゲルビーズの周りをポリマーで皮膜し、その後、芯のゲルを溶解させる二段階法であり、もう一つは、生体触媒を含む高粘性液滴を攪拌ポリマー溶液に直接滴下し、ゲル皮膜を形成させる一段階法である。いずれの方法も、カプセルの芯は液体となり、包括された生体触媒は液中に浮かぶ形で存在することになるので、ゲル格子の中に包括する格子型にはない利点が得られる。しかし、両者共に核液中に、溶解させたゲルや増粘剤が残存するため、核液が高粘性となり、物質移動が抑制されていることが問題であった。

 本論文は、このカプセル作製の際の増粘剤としてポリエチレングリコール(PEG)を新たに利用したことが特徴である。比較的低分子のPEGを含んだCaCl2溶液をアルギン酸ナトリウム溶液に滴下し、その後、PEGを漏出させることによって、アルギン酸ゲルを皮膜とする液芯マイクロカプセルを作成する方法を開発した。次に、このPEGを利用したアルギン酸ゲル皮膜液芯マイクロカプセル(Alg(PEG)カプセル)について、作製時の諸条件がゲル皮膜形成へ及ぼす影響、Alg(PEG)カプセル内の物質移動特性の評価、Alg(PEG)カプセルによる増殖細胞の固定化および培養、静電アトマイザーを利用したAlg(PEG)カプセル縮小化の検討を行い、実際のバイオプロセス設計への指針を提示した。

2.PEGを利用したアルギン酸ゲル皮膜液芯マイクロカプセルの作製とPEG漏出挙動

 アルギン酸ナトリウム溶液をCaCl2溶液に滴下する通常のアルギン酸ゲルビーズの作成法とは逆に、攪拌しているアルギン酸ナトリウム溶液にCaCl2溶液を滴下し、液滴の周囲にアルギン酸ゲルの皮膜を形成させ、続いて外側からもCaCl2でアルギン酸ゲル皮膜を強化することで、アルギン酸ゲル皮膜液芯マイクロカプセルを作製した。その際に、攪拌によってCaCl2液滴が変形あるいは分裂しないための増粘剤として、本論文ではPEGを加えることを考案した。他の増粘剤としては、PEGよりも高分子であるデキストランやカルボキシメチルセルロースを利用した報告例があるが、このような増粘剤は極めて高分子であるため形成されたアルギン酸ゲル皮膜を透過することが出来ず、核液が高粘性の状態となり、物質移動の抑制をもたらすと考えられる。また、増粘剤の残存に関する研究もなかった。そこで、本論文において提案したように、比較的低分子であるPEGを増粘剤として用いると、形成後にPEGがアルギン酸ゲル皮膜を透過してカプセル外に漏出していき、従来の方法に較べて核液の粘性を低く抑えられることが期待される。核液に粘度が低下することにより、液芯自体の流動が可能になり、物質移動性能が向上するものと考えられる。

 次に、平均分子量が異なったPEGを用いて作製したAlg(PEG)カプセルにおける、カプセル内部からのPEGの漏出挙動を測定した。その結果、平均分子量2000のPEGは短時間で漏出し終わるが、分子量が増加するに従ってゲル皮膜による物質移動抑制が顕著になり、平均分子量20000のPEGでは漏出が極端に抑制された。一方、カプセル作製の際に増粘剤として広く用いられているxanthan gum(平均分子量240 万程度)を用いたアルギン酸皮膜カプセルからは、xanthan gumの漏出はほとんど観測されなかった。以上より、比較的分子量が小さいPEGを用いることで、核液が低粘度であるアルギン酸皮膜カプセルの調製が可能であることが示された。

3.アルギン酸ゲル皮膜形成挙動の検証

 作製時の諸条件がゲル皮膜形成へ及ぼす影響について検討した。例えば、濃度30% (w/w)のPEG(平均分子量7500)にCaCl2を2%(w/w)溶解させ、22G(外径0.7mm)のノズルを通して、攪拌している1.92%(w/v)のアルギン酸ナトリウム溶液に滴下すると、直径4.5mm程度のAlg(PEG)カプセルが形成された。ゲル形成時間が15、30、60分で、それぞれ皮膜の平均厚さが99、149、327μmとなり、皮膜の厚さとゲル形成時間はおおよそ正比例していることがわかった。また、10分程度のゲル形成時間でも十分な強度を備えた、実用に耐えうる極めて膜が薄いアルギン酸皮膜カプセルを得ることが可能であった。

 続いて、様々な条件下でのゲル皮膜形成挙動を、含有Caイオン1mgあたりから形成されたゲル皮膜の体積を指標として測定した。その結果、アルギン酸ナトリウム濃度、PEGの分子量や濃度、CaCl2濃度、攪拌速度などが皮膜形成に関与することが明らかとなり、皮膜の厚さに影響を与える操作条件を提示することが出来た。種々のバイオプロセスにおいて、Alg(PEG)カプセルへの基質の流入あるいはカプセルからの生産物の放出は、ゲル皮膜中の透過速度が律速となる可能性が高く、皮膜厚を制御する知見が得られたことは、極めて有益であると考えられる。

4.Alg(PEG)カプセルの物質移動特性の評価

 カプセルの核液が低粘性であるAlg(PEG)カプセルの物質移動特性を調べるために、カプセル内へのグルコースの移動挙動を見かけ上の有効拡散係数Deを指標として評価した。

 その結果、Alg(PEG)カプセル内へ移動するグルコースの有効拡散係数の値は、水中での拡散係数値と比較して、見かけ上20%程度上昇した。この理由としては、PEGの漏出により低粘性となった核液の流動による影響が考えられる。また細胞を含有させた場合においても、Alg(PEG)カプセルにおいては有効拡散係数の値が上昇する傾向が観察された。以上の結果から、他の固定化技術と比較して、Alg(PEG)カプセルを生体触媒の反応の場として利用することは極めて有益であり、特にwhole cell enzymeの固定化においては、物質移動が損なわれない点において非常に優れていると考えられる。

5.Alg(PEG)カプセルによる増殖細胞の固定化および培養

 Alg(PEG)カプセルを用いて、yeast細胞の固定化および培養を行い、アルギン酸ゲルビーズを用いて固定した場合と比較を行った。その結果、アルギン酸ゲルビーズにおいては、細胞がビーズの周縁部で増殖し、培養の進行とともにビーズ自体の直径が増大していった。最終的には、ビーズの周縁部は細胞を大量に含み、脆くなった結果、ゲルが細胞ごと剥がれ落ち、保持細胞量が減少し、細胞の培地中への漏出量も甚大であった。一方、Alg(PEG)カプセルを用いた場合には、芯が液体であることにより、内側にも自由に細胞を蓄積していくことが出来たために、担体の膨張を抑えて、細胞の漏出なしに培養を続けることが可能となり、高密度培養が可能となった。この長所も、whole cell enzymeの固定化における反応速度向上に大きく貢献できると考えられる。

6.静電アトマイザーを利用したAlg(PEG)カプセル縮小化の検討

 固定化担体の物質移動の向上には、担体自体の大きさを小さくすることが、非常に有効である。そこで、高電圧を利用した静電アトマイザー法で、Alg(PEG)カプセルの縮小化を試みた。その結果、アルギン酸溶液と太さ27G(外径 0.4mm)のノズルの間に、5000Vの電圧を印加することで、直径680m、皮膜の厚さ110μmのAlg(PEG)カプセルを作成することに成功した。

7.まとめ

 本研究において、PEGを利用して作製したアルギン酸皮膜液芯マイクロカプセルの開発に関する検討を行い、1)核液の低粘性化、2)皮膜形成挙動の解明、3)他の固定化担体より優れた物質移動の達成、4)マイクロカプセルへの細胞の高密度保持、5)静電アトマイザーを利用したアルギン酸皮膜液芯マイクロカプセルの縮小化などの結果を得た。これらの成果は、マイクロカプセル固定化生体触媒における物質移動特性を理解する上で、極めて有用な知見を与えるばかりでなく、本法を利用したバイオプロセスの実現に資するものと考えられる。

図1 アルギン酸ゲル皮膜液芯マイクロカプセルの作製法のスキーム図

Fig.1 Schematic diagram of a process for Alg(PEG) capsule preparation

図2 PEGのAlg(PEG)カプセルからの漏出挙動

Fig.2 Effects of gelation time on Alg(PEG) capsule formation. Alg(PEG) capsules were produced utilizing 30% (w/w) of PEG 6000 (open symbols) or PEG 20000 (closed symbols) solution containing 2% (w/w) CaCl2 and 1.92% (w/v) sodium alginate solution at 700 rpm. Open or closed circles, radius of Alg(PEG) capsules; open or closed squares, thickness of alginate-gel layer.

図3  PEGのAlg(PEG)カプセルのアルギン酸ゲル皮膜厚への皮膜形成時間の影響

Fig.3 Changes in concentration of PEG and xanthan gum in liquid-core capsules during the curing step. The concentrations of PEG 20000 (open circle) and 6000 (open square) were both 30% (w/w), PEG 4000 (open triangle) and 2000 (multiplication sign) were both 40% (w/w), and that of xanthan gum (closed circle) was 0.3% (w/v) before adding them dropwise into sodium alginate solution.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,生体触媒固定化担体のためのアルギン酸ゲル皮膜マイクロカプセルの開発に関する研究を纏めたものであり,新規なカプセル作製方法の提案,形成挙動の解析,細胞固定化培養による実証,物質移動特性の解析,静電アトマイザーを用いた縮小化に関する検討などが含まれている。特に,本研究の特徴は,増粘剤として比較的低分子のpolyethylene glycol (PEG)を利用することで,優れた物質移動特性を有するアルギン酸ゲル皮膜マイクロカプセルを実現し,その実用化への指針を示したことである。本論文は,全7章から構成される。

 第1章では,本論文の意義を明確にするために,研究の背景およびマイクロカプセル型担体の特徴及びその作製法について述べている。

 第2章では,本論文で新たに提案したアルギン酸ゲル皮膜カプセル[Alg(PEG)カプセル]の作製方法,その皮膜形成挙動,作製条件について詳しく述べている。本法ではAlg(PEG)カプセルは,アルギン酸ナトリウム水溶液に増粘剤としてPEG添加CaCl2溶液を滴下することによって作製することができるが,装置サイズや攪拌速度などの条件検討により,粒径数mmの球形カプセルを再現性よく安定的に作製できることを明らかにしている。また,カプセルの物質移動特性に重要な影響を与えるアルギン酸ゲルの皮膜厚さを,アルギン酸ナトリウム濃度,攪拌速度,PEG分子量や濃度などを調整することによって制御することが可能であることも明らかにしている。

 第3章では,Alg(PEG)カプセルからのPEGの漏出挙動とその核液粘度について検討を行っている。既報のアルギン酸ゲルカプセルの作製法では,増粘剤が核液内に残存し高粘度の核液が物質移動を抑制するために,事実上カプセルの利点が生かされてはいなかった。そこで,本論文では比較的低分子のPEGを増粘剤として用いることを提案し,カプセル形成後の増粘剤の外部への漏出を促進し,核液の低粘性化を実現している。アルギン酸ゲル皮膜カプセル核液の低粘性化は,本研究によって初めて実現されたものであり,マイクロカプセル固定化生体触媒の有効利用に資するものであると考えられる。

 第4章では,Alg(PEG)カプセルによる酵母細胞とイチゴ培養細胞の固定化及びその培養について述べている。現在,頻用されているアルギン酸ゲルビーズによる細胞固定化では,ビーズ表面近傍での局所的な増殖のために,細胞の漏出や物質移動性能の低下が問題となっているが,本研究で提案したAlg(PEG)カプセルでは,細胞を含む低粘性核液をゲル皮膜で被覆するため,これらの問題点が解決されるものと期待される。実際,Alg(PEG)カプセルに酵母細胞を固定化して培養すると,細胞が核液に分散し細胞密集部位が存在せず,細胞の漏出なしに比較的長期間の培養が可能であることを明らかにしている。また,Alg(PEG)カプセル中でのイチゴ培養細胞の固定化培養が可能であることも明らかにし,植物細胞の二次代謝物生産や人工種子として利用可能性を示唆している。

 第5章では,Alg(PEG)カプセルの物質移動特性を明らかにしている。まず,皮膜を含めたAlg(PEG)カプセル中のグルコースの「見かけの物質移動係数」が,アルギン酸ゲルビーズあるいはxanthan gumを増粘剤として用いたアルギン酸ゲルカプセルより大きいことを示している。次に,細胞を固定化した場合には,他の方法による担体では,見かけの物質移動係数が減少したのに対し,Alg(PEG)カプセルの場合には,むしろ,その値が上昇することを明らかにした。これらの結果は,低粘度核液が流動可能であり,細胞の存在によってそれが促進されたことによるものと考えられ,増粘剤としてPEGを用いたことによって物質移動性能が改善されたことを意味している。一方,Alg(PEG)カプセルからの高分子物質の漏出速度は,アルギン酸ゲルビーズよりも小さく,提案したカプセルを酵素の担体として利用する可能性があることも明らかにした。

 第6章では,静電アトマイザーを利用したAlg(PEG)カプセルの縮小化について述べている。生体触媒を固定化した球形担体は,その粒径を小さくすることによって,物質移動性能や反応効率の向上が達成されることから,Alg(PEG)カプセルの縮小化の方法を確立することはバイオプロセスへの応用への面で,非常に価値があると考えられる。まず,PEG含有CaCl2溶液を滴下するノズルとアルギン酸溶液間に高電圧を印加することが可能な装置を開発し,これを静電アトマイザーとして利用することで,PEG含有CaCl2溶液の微小液滴の作製に成功し,その結果Alg(PEG)カプセルの縮小化が達成された。また,ノズル径と印加電圧が,カプセル径とアルギン酸ゲル皮膜厚に及ぼす影響を明らかにしている。さらに,この縮小化Alg(PEG)カプセル内での酵母細胞の増殖性を確認した。アルギン酸ゲル皮膜マイクロカプセルの縮小化は,本研究によって初めて実現されたものである。

 第7章においては,本研究を総括し,今後の展望について述べている。

 以上述べてきたように,本論文は,PEGを利用することで核液が低粘性となるアルギン酸ゲル皮膜マイクロカプセルを提案し,その作製条件や物質移動特性を明らかにすると同時に,それを担体とした固定化細胞培養や静電アトマイザーを用いた微小化に関する研究を行ったことで,その有用性を実証したものである。これらの成果は,マイクロカプセル固定化生体触媒における物質移動特性を理解する上で,極めて有用な知見を与えるばかりでなく,本法を利用したバイオプロセスの実現に資するものであり,今後更なる展開が期待される固定化生体触媒,あるいは,人工種子や人工細胞などに応用が可能であると考えられ,生物化学工学の発展に貢献するものである。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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