No | 119606 | |
著者(漢字) | 緒方,直史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オガタ,ナオシ | |
標題(和) | Gαqタンパク質を介するシグナルの骨代謝における機能解析に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119606 | |
報告番号 | 甲19606 | |
学位授与日 | 2004.07.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2369号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 従来の骨粗鬆症治療は、骨吸収抑制療法、ビタミン療法、ホルモン補充療法がその中心であり、主に骨吸収を抑える事により骨量を維持しようとする薬剤の開発応用が進められ、骨芽細胞に直接作用して骨形成を促進することにより骨量を増加させる薬剤は全く臨床応用されていなかった。しかしながら近年、従来は血中カルシウム濃度を上昇させるために骨吸収を促進することが主な作用と考えられていた副甲状腺ホルモン(PTH)に強力な骨形成促進作用があることが明らかとなり、PTHは骨量を増加させる唯一の因子として注目を集めている。実際、PTHには骨吸収作用も有するが、その作用時間および使用量によって骨芽細胞に直接作用し、骨形成を促進させることがin vivo,in vitroにおける研究で証明されるようになり、PTHの骨代謝における多様な作用が明らかとなってきた。しかし現在のところPTHの骨形成作用機序の薬理効果の分子メカニズムについてはまだ十分解明されていないのが現状であり、そのメカニズム解明研究が、より強力な骨粗鬆症治療薬の開発につながるのではないかと考えられている。PTHは副甲状腺で産生、分泌される84アミノ酸からなるペプチドホルモンで、生体内では主に血中カルシウムとリン濃度の調節に働いている重要なホルモンで、骨吸収および腎臓におけるカルシウムの再吸収、リンの排出を促進して血中カルシウム濃度を上昇させリン濃度を低下させる。PTH受容体は七回膜貫通部位を有する受容体で、その作用はその受容体に結合するGタンパク質を介して情報を伝達する。 これまでPTH受容体に結合することが知られているGタンパク質は、GαsとGαqの二種類であり、Gαsを介したシグナルがAdenylate cyclase(AC)、それに続いてcyclic AMP(cAMP)からプロテインキナーゼA(PKA)を活性化する経路と、Gαqを介してPhospholipase C(PLC)を活性化し、Ca++の蓄積とプロテインキナーゼC(PKC)を活性化する二つの主たる経路があることが報告されている。今までの報告では骨芽細胞におけるPTHのシグナルは主にACを介したPKAへのシグナルが重要であると考えられてきた。しかしながら、未だGαsのみを介したシグナルだけではPTHの多彩な作用を説明できていないのみならず、もう一方のシグナルであるGαqを介した検討は骨代謝に関してはほとんど行われなかった。骨芽細胞においてPTHが受容体に結合後、そのシグナルが二つのどちらか、あるいは両方に流れるようにするスイッチング機構が働くことにより、PTHの骨芽細胞への複雑な作用が働くとも考えられるが、実際にはそのどちらのシグナルが骨形成に具体的にどのように作用しているのか、未だはっきりと解明されていない。 本研究においては、PTHシグナルに存在するもう一方のGαqを介したシグナルに着目し、in vitroでの検討としてGαqを介したシグナルの骨芽細胞における増殖分化への関与を調べた。その後、in vivoにおける検討を行うために、遺伝子操作により骨芽細胞特異的にGαqを介したシグナルが恒常的に流れるようにしたトランスジェニックマウスを作成し、それらのマウス骨組織をin vivo,in vitroで解析することにより、Gαqを介したシグナルの骨代謝における重要性およびメカニズムを解明した。 【方法と結果】 培養骨芽細胞におけるGαqシグナルの機能解析 恒常的に活性作用を持つCA-Gαqを作製し、Gαqを安定強制発現するMC3T3-E1細胞株を樹立した。そのイノシトールリン酸産生能は上昇しており、Gαqシグナルが恒常的に流れていることが確認された。CA-Gαqを安定発現する骨芽細胞では増殖能は異常が見られなかったが、ALP活性が有意に低下しており、骨芽細胞分化マーカー遺伝子の発現もコントロールと比べて明らかに低下しており、恒常的なGαqシグナルにより骨芽細胞の分化能が抑制されていることが解明された。 骨芽細胞特異的に恒常活性型Gαq遺伝子を強制発現させたトランジェニックマウスの形成およびその骨組織の解析 骨組織におけるGαqシグナルのin vivoにおける役割を調べるために、Col.1-2.3プロモーターを用いて骨芽細胞特異的に恒常的活性型Gαq遺伝子を発現させたトランスジェニックマウスを作成し、その骨組織の表現型を解析した。 表現型の解析:トランスジェニック(Tg)マウスは合計3ライン作られ、ライン間で有意な差はなかった。Tgマウスは正常に生まれ、発生および生下時ではワイルドタイプ(Wt)マウスと比較して違いはなかった。しかし、生後2週目以降Tgマウスにおいて成長障害が認められ、体重においてはWtマウスと比べて約60%、脛骨長においては約70%しか成長しなかった。一部のTgマウスにおいて長官骨の骨折が認められ、骨の脆弱性が示唆された。血中のCa、PTH濃度には違いがなかった。 骨組織の解析:8週齢のTgマウスは軟線X線写真上、同胞Wtマウスに比べて著しい骨粗鬆化を呈した。Tgマウスの脛骨骨密度は同胞Wtマウスに比べて約35%低下しており、3次元CTにおいて、この骨量減少は海綿骨・皮質骨ともに見られた。組織学的検討でも、Tgマウスの脛骨近位端では海綿骨の骨梁構造が低下しており、皮質骨でも菲薄化が認められ、明らかなwoven boneの像を呈していた。骨量そのものは減少していたが、類骨の増大はなく石灰化能に異常はなかった。骨組織形態計測でもTgマウスにおいて単位骨量が雄性WTに比し60%減少しており、骨芽細胞の指標(Ob.S/BS、OS/BS)が有意に低下した。一方、骨吸収の指標(N.Oc/B.Pm、Oc.S/BS)には差が無く、骨芽細胞機能の低下により骨量減少を呈することが明らかとなった。カルセイン二重ラベルによる動的形態計測でも(BFR、MAR)明らかにTgマウスにおいて骨形成能が低下した。骨芽細胞分化マーカー遺伝子発現の低下も見られ、Tgマウスにおいて明らかな骨芽細胞の分化異常認められた。一方、BrdUの取り込みによる増殖能の検討では、成長板の軟骨細胞における増殖能には差が認められなかった。TUNEL法によるアポトーシスの検討では、Tgマウスの骨芽細胞において明らかなアポトーシスの亢進が認められた。 初代培養系における骨芽細胞の分化増殖に関する解析 Tgマウスにおける骨量減少のメカニズム解明のために、新生仔頭蓋骨由来の骨芽細胞(POB)培養系において、3H-thymidineの取り込み、ALP活性、Alizarin red染色を指標としてその増殖・機能を検討した。TgマウスのPOBでは増殖能には差がなかったが、基質合成能がWtマウス由来のPOBよりも有意に低下しており、石灰化能もほとんど消失していた。骨芽細胞分化マーカー遺伝子の発現も低下しており、特にオステオカルシンの発現はほとんど見られず、著明な最終分化の抑制が認められた。骨髄細胞の単独培養でも、Tgマウス由来の骨芽細胞での分化能の低下が認められた。一方骨芽細胞におけるRANKLの発現を半討したところ、どちらの骨芽細胞でも差は見られず、破骨細胞形成支持能は差がなかった。Gαqシグナルの下流に存在するPKCのインヒビター(GF109203X)を加えて培養したところ、Tgマウス由来の骨芽細胞でのALP活性がWtマウス由来骨芽細胞レベルにまで上昇し、またWtマウス由来の骨芽細胞においても、PKCインヒビターを加えるとそのALP活性が上昇し、Gαqシグナルを介したPKCシグナルをブロックすることにより分化能が上昇した。このことから、Gαqを介したPKCシグナルに骨芽細胞の分化を抑制する作用があることが示された。 【考察と結論】 骨芽細胞に恒常的活性型Gαq遺伝子を強制発現させてイノシトールリン酸産生能を亢進させると、その細胞の増殖能には差がなかったが、分化が抑制されることが分かった。このin vitroでの検証をふまえて、in vivoでのGαqシグナルの骨芽細胞での機能を解析するために、恒常的活性型Gαq遺伝子を骨芽細胞特異的に強制発現させたトランスジェニックマウスを作製した。そのマウスの骨組織の検討を行ったところ、成長障害を来し、著明な骨粗鬆化が見られ骨量が減少しており、その原因としてトランスジェニックマウスにおける骨芽細胞の分化抑制およびアポトーシスの亢進によることが判明した。また、このトランスジェニックマウスから取り出した初代骨芽細胞の検討でもCA-Gαqシグナルの存在により骨芽細胞の分化が抑制されており、アポトーシスの充進が認められたことから、Gαqタンパクを介したシグナルに分化抑制作用およびアポトーシス誘導作用があると考えられた。今まで、PTHの骨形成作用に対してGαsを介したcAMP/PKAシグナルが注目され多くの解析がされてきたが、今後はGαqを介したPLC/PKCシグナル、さらには他のシグナルとのクロストークも含めた包括的な検討が必要となってくると思われる。特にPTH刺激により、Gαs,Gαqが共に活性化されシグナル伝達を行っていることからも、両者のシグナルのバランスの違いによりPTHの多彩な作用が伝わっている可能性も考えられる。PTHの濃度の差により濃度が濃いときにはGαs、薄いときはGαqに選択的にシグナルが流れるという報告もあることから、両者のシグナルの密接な関係無しにはメカニズムの解明に進まないと考えられる。さらなるGαqシグナルの研究により、PTHの骨芽細胞への骨形成促進作用のメカニズムの解明、さらにはGαqシグナルを選択的に抑制させることにより、PTHの骨形成作用を効率よく発現させることができる骨形成促進剤の開発の可能性が考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、Gαqタンパク質を介するシグナルの骨代謝における機能を明らかにするため、恒常活性型Gαq(CA-Gαq)を強制発現させた骨芽細胞を用いて分化への影響を検討した。その後CA-Gαqを骨芽細胞特異的に強制発現させた遺伝子操作マウス(Gαq-Tgマウス)を用いて表現型の解析を行い、そのマウスより取り出した細胞培養を用いた実験を行い、下記の結果を得ている。 1.培養骨芽細胞におけるGαqシグナルの機能解析 恒常的に活性作用を持つCA-Gαqを作製し、CA-Gαqを安定強制発現するMC3T3-E1細胞株を樹立した。CA-Gαqを安定発現する骨芽細胞では増殖能に異常は見られなかったが、ALP活性が有意に低下しており、骨芽細胞分化マーカー遺伝子の発現もコントロールと比べて明らかに低下しており、恒常的なGαqシグナルにより骨芽細胞の分化能が抑制されていることが解明された。 2.骨芽細胞特異的にCA-Gαq遺伝子を強制発現させたトランスジェニックマウスの作成およびその骨組織の解析 骨芽細胞特異的にCA-Gαq遺伝子を発現させたトランスジェニックマウス(Gαq-Tgマウス)を作成し、その骨組織の表現型を解析した。Gαq-Tgマウスは生後2週目以降成長障害が認められ、一部のGαq-Tgマウスにおいて長官骨の骨折が認められた。8週齢のTgマウスは著しい骨粗鬆化を呈し、Gαq-Tgマウスの脛骨骨密度はワイルドタイプマウスと比較して約35%低下していた。組織学的にも海綿骨の骨梁構造が低下しており、皮質骨でも菲薄化が認められた。形態計測上からも骨芽細胞機能の低下により骨量減少を呈することが明らかとなった。一方、TUNEL法によるアポトーシスの検討では、Gαq-Tgマウスの骨芽細胞において明らかなアポトーシスの亢進が認められた。 3.初代培養系における骨芽細胞の分化増殖に関する解析 細胞培養系の解析では、Gαqシグナルを恒常的に活性させると骨芽細胞の分化が抑制され、そのシグナルの下流にあるPKCインヒビターを用いることでその抑制が除かれたことから、Gαqシグナルには骨芽細胞の分化抑制作用があることが明らかとなった。 以上、本論文は骨代謝におけるGαqタンパクを介したシグナルに、骨芽細胞分化抑制作用があることを細胞培養実験および動物モデルを用いて明らかにしたものである。本研究は、これまでに報告の少ないGαqシグナルの骨代謝への作用を詳細に検討しており、特にそのシグナルが骨芽細胞分化抑制作用を有することを初めて報告したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |