No | 119608 | |
著者(漢字) | 佐々木,智之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ササキ,トモユキ | |
標題(和) | 広域精密海底地形データに基づいた北部日本海溝の沈み込みテクトニクスに関する研究 | |
標題(洋) | Subduction tectonics in the northern Japan Trench based on seafloor swath mapping bathymetry | |
報告番号 | 119608 | |
報告番号 | 甲19608 | |
学位授与日 | 2004.07.26 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4580号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 日本海溝は、太平洋プレートの沈み込みに伴って、伸張応力場が卓越する造構性侵食作用に支配された侵食型海溝の典型と考えられており、これまでに地質学や地球物理学、地震学に関する多くの研究が行われ、侵食型海溝の研究において先進的な位置を占めてきた。 1977年に日本海溝北部域の陸側斜面でDSDPLeg56,57の掘削が行われた。この掘削では、中新世以降、日本海溝の陸側斜面は、広域な斜面の侵食に伴って、現在の水深まで沈降したことが証明された。陸側斜面では、前弧域から海溝軸の間に多数の正断層が認められ、急崖を伴った斜面崩壊を生じていることから、伸張応力場が卓越するテクトニクスが想定されていた。1990年代に入って、6000m以深の海底でしんかい6500による潜航調査が行われるようになり、海底の露頭観察や化学合成生物群集の分布に基づいた海底下の流体の循環経路の検討から、陸側下部斜面域に力学的境界としてのthrust帯の存在が指摘され、新たな処理が施された反射法探査記録の解釈と合わせて、日本海溝北部域では現在、thrust faultを中心に据えたテクトニクスが想定されている。 これまで侵食型海溝は伸張応力場が卓越して、正断層を伴う斜面崩壊を主体としたテクトニクスで論じられていた。しかし、侵食型海溝であるコスタリカやチリ沖の陸側斜面最前縁部にもthrust faultに切られたfrontal prismが存在することが明らかになっており、大深度の侵食型海溝でも精密な地形データと海底下構造に基づいた解析から、海溝侵食のプロセスの詳細や、侵食形態の地域差が明らかになっている。日本海溝域では、これまでに発表された研究成果を反映させて、地質学分野からの海溝侵食作用のプロセスに関する理解を進めることが必要である。本研究では、マルチビーム測深機から得られた精密海底地形データを使用して、日本海溝陸側斜面及び海側斜面の海底他形の詳細な記細を行い、海溝侵食作用(造構性侵食作用)のプロセスに関する考察を行う。 本研究で使用したマルチビーム測深海底地形データは、海洋科学技術センターの研究船「かいれい」と「よこすか」によって、1998年から2002年の間に行われた計8つの研究航海で得られたものである。調査範囲の北端は、日本海溝と千島海溝との会合部付近で、南端は日本海溝中央部に相当する福島県北部沖の37°15'N付近である。本研究では、有人潜水調査船しんかい6500と無人潜水艇かいこうによる潜航調査での海底観察から得られた知見も海底地形の解釈に使用している。さらに、白鳳丸KH90-1航海で取得されたマルチチャンネル反射法探査記録と、淡青丸KT99-13航海で行った深海曳航シングルチャンネル反射法地震波探査記録をデータ処理して、テクトニクスの解釈を行った。 作成した精密海底地形図に基づいた解析の結果、海底地形の成因、侵食テクトニクスに関して、以下のことが明らかになった。 陸側上部斜面域では、海脚地形の基部に海底下に存在する断層の変位を反映した地形リニアメントおよび小海底谷が観察され、これらのリニアメントや海底谷は、第四紀の上部斜面域の上昇運動に伴って形成された可能性が高い。上部斜面域の上昇運動やspurが存在することは、プレート境界域での下底侵食の進行程度の差を反映している可能性がある。 Mid slope terrace(MST)及び、その前縁のリッジは、backstopを形成するthrsut faultの海底面への延長部に対応しており、MSTは侵食の影響を受け、西方へ向かってテラスの崩壊が進行中である。MSTの侵食に伴って、MST前縁部のリッジは、特徴的な崩壊形態を示している。この形態と同様なspurと小規槙な凹地を伴なうステップ状の斜面崩壊は、日本海溝域で普遍的に認められる。MSTの形成は南北方向へも変化しており、水深は南方へ向かって増加する。39°N以南では、MSTの侵食が進行しており、テラスは存在しないか、小規摸なテラス、あるいはspurを伴う海溝軸側へ傾斜した斜面としてのみ認められる。日本海溝の中央部にあたる38°N〜39°15'Nの間では、沈み込んだ太平洋プレートによる下方からの侵食の影響を反映していると考えられるリニアメントが、中部斜面域やMST内にも認められ、地形断面図は斜面侵食の進行とウエッジの薄化を示唆する。日本海溝北部で発達しているMSTはいずれ、侵食作用の進行と共に消滅するものと考えられる。 陸側斜面中部域から下部域に存在する地形構造は、基本的には海底表層の斜面崩壊地形として認められる。これらの構造は、subduction erosionに起因した海底下からの影響を反映して、リッジやspur、急崖、凹地で構成される特徴的な地形構造を有しており、その形態差や配列に対応して、卓越する応力場や崩壊の様式が異なる。具体的には、thrust faultの活動の影響や、斜面の傾動を伴なう地滑り崩壊、沈み込んだ太平洋プレート上の地形の凹凸による持ち上げと沈下を伴う斜面崩壊のいずれが優勢に作用しているかに依存する。陸側斜面下部域では、南方へ向かって、沈み込んだホルスト・グラーベン構造の影響で形成されたと考えられる地形構造が卓越するようになり、海側斜面上からその連続性を追跡可能な地形構造も多い。 陸側斜面の中部域から下部域にかけてのテラスの発達状況や崩壊地形の分布、陸側ウエッジの断面積の変化などを総合的に解析した結果、陸側斜面下部域は、侵食進行度の異なる小地域(本文中のエリアA〜I)に区分され、各小地域の侵食進行度は、大局的には北部から南部へ増加する。各小地域の侵食進行度と海側斜面地形との対応を詳細に検討した結果、日本海溝の侵食作用を支配する主要な要因は、太平洋プレート上のホルスト・グラーベン構造の形態差と、プレートの沈み込み角度の海溝軸に沿った南北方向変化であることが明らかになった。そして、ホルスト・グラーベン構造の発達程度と分布は、陸側斜面下部域の斜面形態を局所的に決定する。 海側斜面上のグラーベンの容積に基づいて、frontal erosionに伴う陸側斜面の侵食量の見積もりを行った。海溝を通過するグラーベンのバケツ効果による侵食量は、陸側下部斜面全域の堆積層ウエッジを2〜3m.y.で侵食可能である。深海掘削の結果から判明している陸側斜面上の堆積速度からは、斜面堆積物がすべて海溝軸部へもたらされたとしても、海溝軸部を通過するグラーベンの容積から計算される侵食量には及ばない。海溝軸へ堆積物を供給する大河川なども無いため、物質収支の観点からも現在、日本海溝域では侵食作用が卓越していると考えられる。日本海溝の北端部でfrontal prismが発達していることは、ホルスト・グラーベン構造が小規模で、プレート沈み込角度が浅いためであると考えられる。このことに加えて、陸側斜面が急傾斜であるため、一時的にグラーベンによる侵食量を上回る斜面崩壊砕屑物が、陸側から供給されている可能性がある。 日本海溝域での沈み込みテクトニクスの南北変化に影響を及ぼす要因としては、プレートの沈み込み角度の南北方向変化の影響が最も大きいと考えられる。このプレート傾斜角度の変化の要因としては、1)海底拡大による生成時から受け継がれているプレートの曲げに対する強度の方位変化と2)沈み込み角度が大きい伊豆・小笠原、マリアナ海溝のスラブからの影響が考えられる。さらに、沈み込み角度の南北方向変化の影響にオーバーラップして、プレートが球殻であるために、日本海溝の中央部と南部域の海側斜面には、海溝軸と平行な方向へ凹型にプレートのたわみによる影響が生じている。逆に、日本海溝北端部では海溝会合部のcusp形成に起因して、凸型のたわみが生じている。日本海溝中央部では、プレートのたわみのために、プレート沈み込み角度が増加することに伴って、海溝斜面に複雑なホルスト・グラーベン構造が形成され、向かい合う陸側斜面では大規模な斜面崩壊を伴う侵食が生じている。これに対応して、38°00'N〜39°00'Nの海溝軸屈曲部付近では、大規模な陸側斜面の侵食により、多量の流体を含む堆積物の沈み込みで微小地震の活動に影響が生じていると考えられる。 伊豆・小笠原海溝で沈み込む急斜面のプレートからの影響は、日本海溝中央部と南部域との境界付近まで及んでいると考えられ、このことは陸側斜面と海側斜面の双方に海底地形形態の変化として表れている。これらの太平洋プレートの形状変化の影響は、海溝軸の屈曲や、セグメント化した海溝軸の水深分布プロファイル中に水深の急変点としても表れている。 陸側プレートと海側プレートの沈み込みに伴う相互作用の結果、日本海溝域の海溝侵食テクトニクスは北部から南部へ向かって、陸側斜面にthrust faultが卓越した圧縮的な要素の強い斜面崩壊のパターンから、thrust faultを伴わない伸張的な斜面崩壊のパターンへ変化している。このことは、同一の海溝内においても海溝侵食の形態にバリエーションが存在することを示している。特に、thrust faultが卓越して圧縮的な要素の強い日本海溝北端部では、斜面崩壊砕屑物を巻き込んで形成された短命なfrontal prismとerosionの作用が同時に存在している。 | |
審査要旨 | 本論文は、侵食型海溝の典型とされる日本海溝の精密地形データの詳細な解析により海溝侵食プロセスに関する考察研究を行ったものである。海溝侵食プロセスに関する研究は、これまで、国際的に、反射法地震波探査による地質構造探査を主体としている。本研究論文は、詳細で広域の海底地形探査データを基に、海溝侵食プロセスを論じた国際的にも初めての研究であることを最大の特徴としており、本研究の成果は、まだ不明の点の多い海溝侵食プロセスの解明に大きく貢献するものである。本論文は全9章から構成され、第1章と2章では、研究の目的及び過去の研究成果の概要、第3章でデータとその処理に関して述べている。第4章、5章、6章では、海底地形の詳細な記載と解釈を行い、第7章では地形データに基づいた斜面の侵食に関する定量的な解析を行っている。以上の結果を基にして、第8章で議論が行われ、第9章の結論が導かれている。 第1章は、序論として現在の侵食型海溝の研究状況と、本論文の研究の方向性、日本海溝の研究の位置づけを簡潔に述べている。 第2章では、日本海溝域でこれまでに行われた研究成果の概略について、地質学分野の他、地震学分野や、津波、構造探査、潜水艇による調査も含めて広範なレビューを行っている。 第3章は、本研究に使用される海底地形データについて記述されており、地形データの取得、処理方法、および付随する反射法探査データとその処理に関して述べている。使用された精密海底地形データは、論文提出者が8つの研究観測航海に乗船参加し、自らデータ補正、ノイズ除去の処理を行ったもので、データのオリジナリティと品質の高さが高く評価される。 第4章は、海底地形データに基づいた海溝陸側斜面に関する詳細な記載を行っている。4_1節では、本章で述べられる地形記載の概略がまとめられ、4_2節では海底地形の解釈基準を設定する。4_3節から4_8節では、陸側斜面の上部域から下部域の各地域について、これまでに行われた他の研究と比べて遙かに凌ぐ詳細な海底地形の記載とその形成過程と成因の解釈を行っている。 第5章では、海溝軸部について、水深分布の南北変化と海側斜面地形との関連性に基づき、海溝軸部の地形形成の要因に関して記載と解釈を行っている。 第6章は、海溝軸部や陸側斜面の地形の成因を解明するために、海側斜面の地形に関しての記載と、ホルスト・グラーベン構造を構成する断層の落差分布および斜面の傾斜角度に関する解析を行っている。特に海溝軸部の水深の急変点に関する解釈は重要な新知見である。 第7章では、陸側斜面の侵食量と侵食の進行速度の見積もりを試みている。方法としては、詳細な海底地形データを有することを利点として、陸側ウエッジの断面積の南北方向の変化や、海側斜面上に存在するグラーベンの容積を計算することにより定量的な評価を行っている。その結果に基づき、日本海溝において現在海溝侵食プロセスが進行中であることを明らかにしているのは、貴重な解析結果として評価できる。 第8章では、上記の解析と解釈に基づき、日本海溝域での海溝侵食の基本プロセスに関する考察を行っている。海側斜面地形が陸側斜面の侵食に強い影響を及ぼしていることを指摘し、陸側下部斜面の侵食地形が、海側斜面上のホルスト・グラーベン構造の発達程度に相関していることを明らかにしている。日本海溝の屈曲点で、陸側海溝斜面上部までに及ぶ大規模斜面崩壊を発見しているのは、海溝地形と海溝侵食プロセスの関連に関する極めて重要な発見であり、貴重な貢献である。これらの結果を総合して、日本海溝域での侵食モデルが導かれており、侵食作用を規制する2大要因として、プレート沈み込み角度の南北方向変化と、海溝軸沿いでのプレートの変形に伴う影響があることを導き出している。 本研究は、自ら取得したオリジナルな広域精密地形データの注意深くかつ極めて精細な地質学的な解釈と定量的な解析により、日本海溝の海溝侵食モデルを完成している。本モデルは、大規模斜面崩壊を含む斜面崩壊が海溝侵食に基本的に重要な働きをなすこと、海側海溝斜面の地形および海側プレートの変形と沈み込み角度が本質的に重要なパラメーターであることを、当該研究分野で、始めて明らかにしている。侵食型海溝の典型とされる日本海溝における本モデルの提出は、海溝侵食研究に本質的な貢献をなすものとして極めて高く評価できる。 なお、本論文の第3章および4章の観測とデータ記載にかかわる部分は、観測航海の一部の首席研究者で論文提出者の指導教官である玉木賢策教授との共同研究になるが、データ解析全体は論文提出者が行っており、解析結果の解釈議論も論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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