No | 119609 | |
著者(漢字) | 姜,建宇 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キョウ,ケンノキ | |
標題(和) | 炎症性腸疾患の感受性遺伝子の同定 : 腸管ムチン遺伝子MUC3Aの多型が潰瘍性大腸炎とCrohn病の発症リスクに与える効果について | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119609 | |
報告番号 | 甲19609 | |
学位授与日 | 2004.09.01 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2370号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 炎症性腸疾患はさまざまな遺伝的要因や環境要因が複雑に絡み合って発症する多因子性疾患であると考えられている。186対の炎症性腸疾患の兄弟発症例を用いて行った連鎖解析では、マーカーD12S83、D7S669そしてD3S1573の近傍に炎症性腸疾患の感受性遺伝子が存在する可能性が高いことが示されている(ロッド・スコアはそれぞれ5.47、3.08、2.69)。このマーカーD7S669の近傍に主に腸管に発現しているムチン遺伝子'MUC3'が存在することから、'MUC3'が実際に炎症性腸疾患の発症に関与するかどうか調べるのがこの研究の目的である。 ムチンは分泌型と膜結合型に分けられ、粘膜の保護・潤滑剤としての機能の他に、特に膜結合型では上皮細胞の接着や増殖、細胞内シグナル伝達、免疫機能の調整などに関しても重要な役割を持つ。ここでは'MUC3'の3'領域の構造を明らかにすることによって、これがこれまで考えられていたような分泌型のムチンをコードする単一の遺伝子ではなく、ともに膜結合型のムチンをコードする2つの遺伝子MUC3AとMUC3Bから成ることを示し、このうちMUC3Aが潰瘍性大腸炎とCrohn病の発症に異なったメカニズムで関与する可能性があることを示す。 実験と結果 1. 3'領域の構造解析 'MUC3'の報告されている分子量から推定される遺伝子の大きさとこれまでに報告された'MUC3'の塩基配列との対比から'MUC3'は2つの遺伝子から成ると考え、Human Gene Nomenclature Committeeの提案に従ってこれらをMUC3A、MUC3Bと命名した。これまでに報告された'MUC3'の塩基配列を基に制限酵素PvuIIを用いたSouthern解析を行った結果、MUC3AとMUC3Bの3'領域の塩基配列は相同性が高いと考えられた。このことからPvuIIフラグメント内に含まれるMUC3AとMUC3Bの3'領域の塩基配列を明らかにし、これを基にRACE(rapid amplification of cDNA ends)法とPCR(polymerase chain reaction)により両遺伝子の3'領域のcDNA配列とゲノム配列を調べた。この2つの遺伝子の3'領域はcDNA配列で94.1 %、ゲノム配列で91.3 %一致し、推定アミノ酸配列は94.9 %一致していた。両遺伝子とも3'領域は2つのepidermal growth factor(EGF)モチーフと1つの膜貫通領域を含む11個のエクソンから成っていた。細胞内領域にはチロシン残基を1つ認め、これはYVALというアミノ酸配列をとっていた。これがSrc homology 2(SH2)ドメインを持つ蛋白に認識され細胞内シグナル伝達に関与する特異的なモチーフであることから、このモチーフを介した細胞内シグナル伝達が両遺伝子の機能にとって重要であると思われた。 2. MUC3Aと潰瘍性大腸炎との関連 制限酵素PvuIIを用いたSouthern解析により、MUC3Aが翻訳領域内に含む51 bpリピートのVNTR(variable number of tandem repeats)多型と潰瘍性大腸炎との関連について調べた。ここではHRAS1 VNTRの多型解析法に従って、コントロールに於いて5%以上の頻度で見られたアレルをcommon allele、5%未満のアレルをrare alleleと定義し、rare alleleを持つ人の頻度を患者群とコントロールで比べた。まず、日本人で潰瘍性大腸炎患者75人とコントロール168人について解析を行った。日本人では3種類のcommon alleleと14種類のrare alleleを認め、rare alleleを持つ人はオッズ比2.72(95%信頼区間 1.17-6.32,p=0.0308)で潰瘍性大腸炎を発症するリスクが高かった。この結果を確認するために白人のサンプルを用いてさらに2段階の試験を行った。コントロール171人と、潰瘍性大腸炎患者は第1段階で72人、第2段階で85人について調べ、4種類のcommon alleleと9種類のrare alleleを認めた。rare alleleを持つことによる潰瘍性大腸炎発症のオッズ比は第1段階で2.80(1.36-5.75,p=0.0079)、第2段階で2.43(1.20-4.92,p=0.0196)、併せて2.60(1.41-4.80,p=0.0024)であった。日本人と白人でオッズ比は統計学的に同等であることから(χ2 =0.006)Mantel-Haenszel法により両者を併せると、オッズ比は2.64(1.60-4.33,p=0.0001)でrare alleleを持つ人は潰瘍性大腸炎を発症するリスクが有意に高かった。 3. MUC3AとCrohn病との関連 1) MUC3A・MUC3B遺伝子の3'領域の一塩基多型の解析 MUC3A・MUC3B遺伝子の3'領域の一塩基多型(single nucleotide polymorphism,SNP)が炎症性腸疾患の感受性と関連しているかどうか調べるため、まず、潰瘍性大腸炎患者30人とCrohn病患者30人についてエクソン領域のSNPをスクリーニングし、ここで認めた各SNPに対してコントロールに於ける各アレルの頻度をASO(allele-specific oligonucleotide hybridization)法またはdirect sequencing法により調べた。 2) MUC3AとCrohn病との関連 1)で認めたMUC3AとMUC3Bの各SNPに対して、72人の潰瘍性大腸炎弧発例と59人のCrohn病弧発例、42対のCrohn病兄弟発症例(84人)について、1)と同様に各アレルの頻度を調べた。MUC3Aのnt 2557ではT/A/Cという多型が見られ、2557T(853Y)の場合にはSH2ドメインを持つ蛋白を介したシグナル伝達に関与するモチーフを形成するが、このモチーフを形成しないアレル(A/C)の頻度[f(A,C)]がコントロールで0.43に対しCrohn病兄弟発症例の年少者のグループでは0.61(オッズ比2.07,95%信頼区間1.26-3.40,p=0.0042)、年長者のグループでは0.60(1.97,1.20-3.23,p=0.0075)とCrohn病兄弟発症例で有意に高かった。潰瘍性大腸炎弧発例およびCrohn病弧発例では各アレルの頻度はコントロールと差がなかった。MUC3Bのnt 2560でも同様の多型を認めたが関連は全く見られず、MUC3AとCrohn病兄弟発症例との関連は信頼性が高いと思われた。次にMUC3Aが小腸に多く発現していることからこの関連を疾患部位別に別けて解析すると、小腸型ではf(A,C)は0.66(2.59,1.40-4.81,p=0.0026)、小腸・大腸型では0.59(1.95,1.19-3.19,p=0.0077)、大腸型では0.44であり、小腸型でもっとも強い関連を認めた。また、genotype別に発症年齢を比べると、アレルAまたはCを持つ場合には発症年齢が早くなる傾向があった。 考察 'MUC3'は翻訳領域内に含む長い反復配列のためにクローニングが非常に困難だが、ここではRACE法とPCRによって3'領域のcDNA配列とゲノム配列を解析し、'MUC3'が2つの膜結合型ムチンMUC3A、MUC3Bから成ることを明らかにした。そして、MUC3A・MUC3Bが存在する染色体7q22においてクラスターを形成するムチン遺伝子の構造的な類似性から、これらは共通の遺伝子に由来し、そのEGFモチーフからSH2ドメインを持つ蛋白を介した細胞内シグナル伝達がこれらの遺伝子に共通する特徴であると考えられた。 MUC3Aの51bpリピートの反復単位の数が通常と異なるrare alleleを持つ人はオッズ比2.64で潰瘍性大腸炎に罹患する危険性が高いことを示した。翻訳領域のVNTR多型によって蛋白の構造が変化する例が知られているが、ここでもMUC3Aのrare alleleによってコードされるムチン蛋白はその構造が変化していることが考えられる。そして、このような構造異常がこれまでに報告されている潰瘍性大腸炎患者にみられる異常(ムチンの易分解性、大腸ムチン組成の変化、大腸粘膜細胞表面の糖蛋白に対する抗体の存在など)に関与する可能性が考えられた。 Crohn病兄弟発症例では、SH2ドメインを持つ蛋白を介したシグナル伝達機構を持たないと思われるMUC3Aのアレルの頻度が有意に高かった。Crohn病では小腸での透過性が亢進していることが知られているが、傍細胞経路の透過性はtight junctionによって制御される。これは多くのサイトカインや成長因子、複数のシグナル伝達、さらにさまざまな環境要因に影響されるが、この関連が小腸型で最も強く見られたことやMUC3AがEGFモチーフを持つことなどから、MUC3Aがtight junctionの機能に影響する因子のひとつである可能性が考えられる。 MUC3Aは潰瘍性大腸炎とCrohn病の発症に異なったメカニズムで関与すると考えられた。そして、Crohn病兄弟発症例では兄弟間で感受性遺伝子を多く共有することで疾患感受性が高くなるものと思われた。 | |
審査要旨 | 本研究は、炎症性腸疾患の感受性遺伝子を同定するために、最近報告された連鎖解析の結果を基に腸管ムチン遺伝子MUC3にみられる多型と炎症性腸疾患発症との関連について検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.MUC3蛋白の分子量から推定されるこの遺伝子の大きさとこれまでに報告されたMUC3遺伝子の塩基配列との対比、および制限酵素PvuIIを用いたSouthern解析の結果から、MUC3は相同性の高い3'領域を持つ2つの遺伝子から成るという仮説を立て、RACE(rapid amplification of cDNA ends)法によりそれぞれの3'領域の塩基配列を明らかにしてそれを証明した。これにより、MUC3がこれまで考えられていたような分泌型のムチンをコードする単一の遺伝子ではなく、ともに膜結合型のムチンをコードする2つの遺伝子MUC3AとMUC3Bから成ることが示された。 2.アミノ酸配列のドメイン検索により、MUC3A・MUC3Bともに細胞内領域にあるチロシン残基がSrc homology 2(SH2)ドメインを持つ蛋白に認識され細胞内シグナル伝達に関与する特異的なモチーフを形成することが示され、このモチーフを介した細胞内シグナル伝達が両遺伝子の機能に関与すると思われた。 3. Northern解析により、MUC3Bの発現が消化管に限局しているのに対し、MUC3Aは消化管のほかに心・肝でも強く発現しており、MUC3Aは単なるムチンではなく膜蛋白として何らかの機能を持つものと思われた。MUC3Aは消化管では特に小腸で強く発現していることが示された。 4.制限酵素PvuIIを用いたSouthern解析により、MUC3Aの翻訳領域内にある51 bpを一単位とする反復配列の反復単位の数が通常と異なるrare alleleを持つ人はオッズ比2.64(95%信頼区間 1.60-4.33,p=0.0001)で潰瘍性大腸炎を発症するリスクが高くなることが示された。また、この関連が日本人のみならず白人でも同様に認められることが示された。 5.MUC3A・MUC3B遺伝子の3'領域の一塩基多型(single nucleotide polymorphism,SNP)をdirect sequencing法によりスクリーニングし、ここで認めた各SNPに対してコントロールに於ける各アレルの頻度をASO(allele-specific oligonucleotide hybridization)法またはdirect sequencing法により明らかにした。これにより、MUC3A・MUC3Bともに2で述べたチロシン残基を含む多型が見られ、シグナル伝達に関与するモチーフを形成するアレルと形成しないアレルが存在することが示された。 6.5で認めたMUC3AとMUC3Bの各SNPに対して疾患群で同様に各アレルの頻度を調べ、MUC3Aでは上記のモチーフを形成しないアレルの頻度がCrohn病兄弟発症例において有意に高いことが示された(兄弟のうちの年少者でオッズ比2.07,95%信頼区間1.26-3.40,p=0.0042、年長者でオッズ比1.97,1.20-3.23,p=0.0075)。次にMUC3Aが小腸に特に強く発現していることからこの関連を疾患部位別・genotype別に解析し、このモチーフを形成しないアレルをひとつ持つ場合にはいずれの群においてもコントロールと差がなかったが、このアレルをふたつ持つ場合にはオッズ比5.48(95%信頼区間1.71-17.54,p=0.0042)で小腸型Crohn病を、オッズ比3.65(1.40- 9.54,p=0.0083)で小腸・大腸型Crohn病を発症するリスクが高くなることが示された。このことはCrohn病で報告されている劣性遺伝形式によく一致していた。MUC3Bでも同様の多型を認めたが、疾患群との関連は全く見られず、MUC3Aで見られた関連が単なる偶然によるものではないものと思われた。 以上、本論文はこれまで単一の分泌型ムチンの遺伝子と考えられていたMUC3が膜結合型のムチンをコードする2つの遺伝子MUC3AとMUC3Bから成ることを明らかにし、このうちMUC3Aが潰瘍性大腸炎とCrohn病に異なったメカニズムで関与する可能性があることを示した。本研究は炎症性腸疾患の発症機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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