学位論文要旨



No 119613
著者(漢字)
著者(英字) Mulyanto,Darmawan
著者(カナ) ムリヤント,ダルマワン
標題(和) リモートセンシングによる土地被覆変化解析に基づくボルネオ熱帯雨林の森林劣化ダイナミクスに関する研究
標題(洋) Study on Forest Degradation Dynamics of Borneo Tropical Rain Forest based on Historical Land Cover Change Analysis using Remote Sensing
報告番号 119613
報告番号 甲19613
学位授与日 2004.09.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2805号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 露木,聡
 東京大学 助教授 川島,博之
 東京大学 助教授 白石,則彦
 京都大学 教授 北山,兼弘
 森林総合研究所 研究管理官 沢田,治雄
内容要旨 要旨を表示する

 ボルネオ島の熱帯雨林は、長年にわたって木材伐採や入植地だけでなく農地および植林地の拡大の対象地であった。土地の開墾が行われてきたにもかかわらず、ボルネオ島における森林劣化や土地被覆図の作成についての研究は、空間的・時間的両面において不足している。リモートセンシング技術はこのような森林地域をモニタリングするにあたって有効なツールである。しかし、リモートセンシングデータは、熱帯雨林地域においては特に、分光反射特性の多様性や熱帯雨林特有の複雑な複層構造のために解析には困難を伴い、さらには曇りがちな天候条件がリモートセンシング技術の適用を難しくしている。そこで本研究では、歴史的土地被覆変化解析、分断化解析およびフェノロジー解析を多時期リモートセンシングデータを用いて行い、経年的な森林劣化およびボルネオ島熱帯降雨林の土地被覆図作成について検討した。

 これまでの林業では単に、森林伐採を森林の転用、森林劣化を森林内での変化と定義してきた。しかし、森林劣化はさらに複雑で議論の余地の多い概念であるため、数多くの現地調査を行わずにリモートセンシングデータのみで森林劣化に関する物理量や指標を導き出すことは難しい。多くの熱帯降雨林研究者は、森林劣化を森林減少と類似のものと考えてきたが、このような定義を使用すると、多くの森林施業やそれを実行する事業体は大面積にわたる森林劣化を引き起こすことになる。本研究においては、森林劣化をFAOの定義に従い「森林または土地の機能構造に負の影響を与え、その結果生産物やサービス供給能力を低下させるような、森林内における変化」と定義し、リモートセンシング的手法により判読を行った。

 本研究は7章から成り立っている。第1章では、背景、研究の目的、既存研究のレビューおよび本研究の流れについて述べた。本研究の目的は、リモートセンシング技術を用いてボルネオ島における森林劣化の経年的な動態を把握し、植生図の作成を行うことである。すなわち、(1)多時期リモートセンシングデータを用いて森林伐採や植生回復のモニタリングを行う手法を明らかにすること、(2)森林伐採活動に関連する土地被覆変化プロセスの中から植生活動を識別すること、(3)ボルネオ島のインドネシアおよびマレーシアにおける土地転用の特徴を明らかにするために歴史的土地被覆変化モデルを開発すること、(4)歴史的土地被覆変化に基づき、経年的な森林劣化ダイナミクスを明らかにすること、そして(5)ボルネオ島植生図作成および森林劣化の評価にあたって、フェノロジー解析の有効性を明らかにすること、である。

 第2章では、各研究対象地の概要および森林伐採の歴史について述べた。ボルネオ島全体の森林劣化のパターンを明らかにするために、インドネシア・中カリマンタン州における100万ha水田開発計画(MRP)サイト、マレーシア・サバ州のキナバルおよびダルマコット地域を精査地域として選定した。これら3地域はボルネオ島を南北に縦断する、山岳地域(キナバル)から低地(ダルマコット)と泥炭湿地林(中カリマンタン)を代表する地域であり、また2つの政治的に異なった熱帯降雨林管理地域でもある。

 第3章および第4章では、歴史的森林被覆変化(HLCC)モデルに基づいた2地域における森林劣化モデルについて論じた。一つはインドネシア・中カリマンタン州MRP地域の4地区(A〜D地区)であり、もう一つはマレーシア・サバ州のキナバルおよびダルマコット地域である。多時期リモートセンシングデータを利用した7種類の変化抽出手法を、森林伐採とHLCCモデルの開発において比較した。森林の変化を最も精度よく抽出するための閾値を、標準偏差値を基準として0.25刻み、最大2の範囲で探査した。最も精度の高かった結果が、中カリマンタン州(第3章)とサバ州(第4章)において最尤法を利用したHCLLモデルの開発に用いられた。

 変化の有無の区分を行う変化抽出を行う上で、差分正規化植生指数(NDVI)法、主成分分析法(PCA)の第2、第3主成分、タッセルドキャップ分析のブライトネス、グリーンネスの差分法、および分類画像比較法が、平均から標準偏差の0.5から0.75の範囲で効果のあることがわかり、その精度は、1985年から1993年の変化については全体精度63%から78%、Kappa係数51%から69%、1993年から2000年の変化については全体精度64%から81%、Kappa係数56%から80%であった。これらのうち、タッセルドキャップ画像により作成されたHLCCモデルが最も高い精度を示し、全体精度93.13%、Kappa係数94.84%であった。

 本研究の重要かつ独創的な点は、森林の転用および劣化、そしてprogressiveおよびre-progressiveな植生活動を検証するために、インドネシア(第3章)およびマレーシア(第4章)においてHLCCモデルを開発したところにある。両章における解析によって以下のことが明らかになった。1985年から2000年までの15年間にMRP地域のA、B、C各地区においてそれぞれ81%、57%、83%の森林伐採が行われた。これらの森林伐採地のうち農地として利用されたのは44%に過ぎない。キナバル地域では、1973年から2002年の29年間に57%の森林が伐採された。この伐採地域のうちの多く(65%)が高地農業地として利用されており、残りは伐採後の二次林となっている。ダルマコット地域では、1985年から2002年の17年間に56%の低地林が伐採され、このうち60%がオイルパーム林への転換であった。また、MRP地域ではA、B両地区の森林劣化面積が1985年から2000年までの間に2倍以上となったが、C地区においては同期間において森林劣化は比較的一定であったことがわかった。森林伐採および森林劣化のレベルはどちらもA地区において高い。ダルマコット地域とキナバル地域では、森林伐採および森林劣化レベルは前者において高いことがわかったが、1991年以前では後者におけるレベルが高かった。

 歴史的土地被覆変化の中で伐採後の残存森林面積を推定するだけでは、その森林における生態系あるいは生物多様性に対する森林伐採の影響を完全に明らかにすることはできない。そこで第5章では、伐採後の森林の地理的形状を把握するために森林分断化解析を行い、その結果をHLCCモデルに適用し、森林劣化の評価を行った。分断化パラメータ(interior、patch、perforatedおよびedge)と残存森林との関係を用いて森林劣化を評価した結果、森林がinteriorの性質を持っている場合、その森林の劣化に対する危険性は低いが、patch、perforatedまたはedgeの性質を持っている場合は、劣化の危険性が中から大あることがわかった。

 リージョナルレベルで森林劣化を把握する場合に土地被覆は重要な情報であることから、第6章では、分断化解析とフェノロジー解析を併用してローカルレベルの森林劣化動態および植生図作成をボルネオ島全体にスケールアップし、ボルネオ島全体の土地被覆図作成とその評価を行った。そのためにまず、GISを利用して画像判読を行い土地被覆のベースマップを作成し、次に多時期SPOT Vegetation(SPOT-VG)NDVIデータを用いた解析を行った。

 ボルネオ島全体の森林劣化解析では、画像判読によると51%の森林がすでに劣化または劣化しつつあり、健全な熱帯降雨林と考えられる森林は40%に過ぎなかった。51%の劣化森林のうち、伐採後の2次林が30%、造林地および灌木が10%、農地への転換が11%であった。SPOT-VG NDVIデータを用いたフェノロジー解析によりボルネオ島全体の土地被覆現況図を作成することができ、森林非森林の分類精度は、全体精度が75%以上、Kappa係数がおよそ65%であった。分断化とフェノロジーを組み合わせた解析では、およそ46%の森林が森林劣化の危機に瀕しており、原生林またはこれに近い天然林は53%と推定された。53%の原生林や天然林のうち、interiorの性質を持つ森林は24%に過ぎず、この森林が長期間にわたるボルネオ島における土地利用転換の歴史の中でも攪乱がなかった森林を表していると考えることができる。46%の劣化森林のうち、約27%が造林地への転換、約20%が農地への転用が原因と推測することができた。多時期SPOT-VGデータを利用して作成したこの土地被覆図は、本研究結果により得ることのできた独自の成果であり、今後の応用研究にとって有用な情報となるであろう。

 第7章では本研究の成果をとりまとめ、考察を行った。本研究により、ボルネオ島における森林劣化は山岳林(キナバル)、低地林(ダルマコット)および泥炭湿地林(中カリマンタン)の全ての森林のタイプにおいて発生しており、その面積はボルネオ島に存在する熱帯降雨林の50%近くに及んでいることが明らかになった。さらに、植生の成長特性の違いに基づき植生タイプの区分を行うことが可能となるため、多時期SPOT Vegetationデータを用いたフェノロジー解析による土地被覆図作成が、地域レベルにおける植生変化や劣化特性の評価に非常に有効な手段であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章で構成されている。第1章では、背景および研究の目的を述べ、既存研究のレビューを行った。ボルネオ島の熱帯雨林は、長年にわたって木材伐採や入植地だけでなく農地や植林の拡大の対象地であったにもかかわらず、森林劣化や土地被覆図作成についての研究は空間的・時間的両面において不足している。リモートセンシング(RS)技術はこのような森林地域をモニタリングするにあたって有効なツールであるが、熱帯雨林地域において解析には困難が伴う。そこで本論文の目的は、(1)多時期RSデータを用いて森林伐採や植生回復のモニタリングを行う手法を明らかにすること、(2)森林伐採活動に関連する土地被覆変化プロセスの中から植生活動を識別すること、(3)ボルネオ島における土地転用の特徴を明らかにするために歴史的土地被覆変化(HLCC)モデルを開発すること、(4)HLCCに基づき経年的な森林劣化ダイナミクスを明らかにすること、そして(5)ボルネオ島植生図作成および森林劣化の評価にあたってフェノロジー解析の有効性を明らかにすることである。

 第2章では、研究対象地の概要について述べた。ボルネオ島全体の森林劣化のパターンを明らかにするために、インドネシア・中カリマンタン州における100万ha水田開発計画(MRP)地域、マレーシア・サバ州のキナバルおよびダルマコット地域を精査地域として選定した。これら3地域はボルネオ島を南北に縦断する、山岳地域(キナバル)から低地(ダルマコット)と泥炭湿地林(MRP)を代表する地域であり、また2つの政治的に異なった熱帯降雨林管理地域でもある。

 第3章および第4章では、HLCCモデルに基づいた精査地域における森林劣化モデルについて論じた。本論文の重要かつ独創的な点は、森林の転用と劣化、progressiveとre-progressiveな植生活動を検証するために、インドネシアおよびマレーシアにおいてHLCCモデルを開発したところにある。両章における解析によって以下のことが明らかになった。1985〜2000年までの15年間にMRP地域のA、B、C地区においてそれぞれ81%、57%、83%の森林伐採が行われた。これらの森林伐採地のうち農地として利用されたのは44%に過ぎない。キナバル地域では、1973〜2002年の29年間に57%の森林が伐採された。この伐採地域のうちの多くが高原農地として利用されており、残りは二次林となっている。ダルマコット地域では、1985〜2002年の17年間に56%の低地林が伐採され、このうち60%がオイルパーム林へ転換された。

 HLCCの中で残存森林面積を推定するだけでは、その森林における生態系あるいは生物多様性に対する森林伐採の影響を完全に明らかにすることはできない。そこで第5章では、伐採後森林の地理的形状を把握するために森林分断化解析を行い、その結果をHLCCモデルに適用し、森林劣化の評価を行った。その結果、森林がinteriorの性質を持っている場合、その森林の劣化に対する危険性は低いが、patch、perforatedまたはedgeの性質を持っている場合は、劣化の危険性が中から大あることがわかった。

 第6章では、前章までの解析をスケールアップし、ボルネオ島全体の土地被覆図作成とその評価を行った。まず、GISを利用して画像判読を行い土地被覆のベースマップを作成し、次に多時期SPOT Vegetation NDVIデータを用いた解析を行った。ボルネオ島全体の森林劣化解析では、判読によると51%の森林がすでに劣化または劣化しつつあり、健全な熱帯降雨林は40%に過ぎなかった。分断化とフェノロジーを組み合わせた多時期データの解析では、46%の森林が森林劣化の危機に瀕しており、原生林またはこれに近い天然林は53%と推定された。これらの原生林のうち、interiorの性質を持つ森林は24%に過ぎず、この森林が長期間にわたるボルネオ島における土地利用転換の歴史の中でも攪乱がなかった森林を表していると考えることができる。

 第7章では本研究の成果をまとめ、考察を行った。

 以上本論文において、ボルネオ島における森林劣化は山岳林、低地林および泥炭湿地林の全ての森林タイプにおいて発生しており、その面積は熱帯降雨林の50%近くに及んでいること、さらに、植生の成長特性の違いに基づき植生タイプの区分を行うことが可能となるため、フェノロジー解析による土地被覆図作成が、地域レベルにおける植生変化や劣化特性の評価に非常に有効な手段であることが明らかにされた。その成果は学術面だけではなく、応用上においてもボルネオ島の森林保全と管理手法の発展に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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