No | 119615 | |
著者(漢字) | 王,笑夢 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オウ,ショウム | |
標題(和) | 漢民族民居の空間生成規則に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119615 | |
報告番号 | 甲19615 | |
学位授与日 | 2004.09.15 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5859号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 建築学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.研究の内容 本研究の内容をまとめると、以下のように要約できる。 民居の作り方には規則性が存在することを確認する。伝統的な漢民居には漢民族の文化を源とする長い歴史があり、その背後にはわれわれがまだよく知らない規則性があり、それが今も生き続けている。その規則性の基に、民居は時代や技術の変化に対応しつつ、連綿と建設されてきた。この規則性こそ、民居の不変の「質」の源である。 伝統的な民居の中に潜んでいる規則性を見出し、それを図形にする。立体的な空間において、目に見えるものは、全て図形として表現できる。民居は建築物である。したがって、図形に変換できるはずである。民居の作り方に関する未知なる規則性は何らかの形で図形として表現されているはずである。 規則性を生成している空間要素を数理的に解析し、相互の関係性を定める。民居はさまざまな視点から語られるが、三次元空間の持つ制限により、空間を生成する規則性も制限を受けている。空間の生成は幾つかの要素から構成されているが、それらの要素を定量化し、また定性化することにより初めて要素の実体が把握される。 共通している因子を探り出し、解析を行なう。視点を定めることによりいくつかの空間要素を抽出できるが、これらの要素に共通する因子の定量化と数理的な解析により、民居作り方に関する空間生成の秘密を解くことができる。数理的なモデルを作り、因子の特性と変化の規則性を分析することにより、民居の規則性を求めることができる。 空間の知覚に関する数理的なモデルと心理的な概念との対応関係を明らかにする。建築の世界では心理的な概念を物理的な量に変換することが難しい。その理由はこれらふたつの間にある変量を定義することが難しいからである。本研究では、伝統的な民居の空間の生成に関して、その心理的な世界と物理的な世界との間にある変量を空間知覚度という概念を導入することにより対応づけている。空間知覚度というのは、これまで説明してきた共通因子を明示的に示すものである。 空間知覚度と民居の空間認知との対応関係を解析する。空間知覚度は観察者の空間に対する認知の度合いを指す変数である。それは単なる距離の知覚ではなく、同時に空間の方向性や空間全体の構造に対する総合的な認知である。この空間知覚度により、その空間に住む人々の生活観や宇宙観等を把握することができる。人間の心理的な概念に基づく空間知覚度を求めることにより、その心理的な概念に即した空間の設計が可能になる。 2.研究目的と分析方法 研究目的 本研究は中国漢民族の伝統的な民居を研究対象にし、その建築的な文脈を探り出し、民居規則の存在と構成要素の特性を分析し、数理解析方法を通して漢民居の生成法の規則性を明らかにするもので、最終的にはこれからの住宅設計に役立つことを目的にしている。 分析方法 ある一つの文化の元において、同じ物あるいは同じ現象に対し、人々はおおむね同じ知覚を得る。もちろん風土により様々な変形が見られるが、その大筋における類似性は否定できないものがある。ここでいう類似性というのは、われわれがいうところの「規則性」に当てはまる。同じ漢民族の民居なら、共通な空間認識が存在するはずである。 具体的な方法として、先ず民居の二次元データ図を元にして、三次元空間のモデルを復元する。次に、中心、軸性、方位、空間要素の属性などを設定して空間知覚度を計算し、空間ルートや機能空間別の変化を図にする。最後それらの変化図を考察して民居空間の特性を求める。 空間知覚度 空間知覚度はある空間の幾何学形態に対する基本的な因子であり、点からの距離、方向などの情報を統合した空間認知の関数である。これは、ある点から射線を発したときの、空間要素までの距離と方向、空間要素の属性という空間情報に基づいたもので、その点での距離や方向の偏向性や囲みの度合いなどが算定でき、中心や軸性、方位などの空間特性を記述することが可能になる。 空間知覚度は空間の形態情報を認知するための関数で、その定義は空間内の一点においてなされているが、点の位置を移動させることにより空間全体の描写が可能になる。建築空間は人間の住む場所として、一つの空間から次の空間に移動することが可能で、空間の連続性に関する空間認知が重要である。空間内での一点での空間知覚度を解析すると共に、この点と他の点との空間知覚度の関係性を解明することが、空間を認知する上で大切である。空間の連続性にはさまざまな状況があり、例えば、視野の中での開口部の面積の割合が空間の移動に伴いどのように変化しているかということを分析するには、条件付けられた空間知覚情報を分析しなければならない。 実際の民居モデルでは、空間ルート、長軸・短軸沿いなどの線形のルートに従い、各点の空間知覚度を求めている。また、空間要素などの属性に制限を設けることにより、空間要素ごとにまたは機能空間ごとに空間知覚度を算出している。射線の方向を調整することにより、人間の視野と似た空間の認知が可能になる。 空間知覚度の読み方により、様々な情報が得られるが、これについての理解はまだ不充分で、これからの研究課題になっている。 3.研究成果 民居の空間特性より、以下のような漢民居の空間生成規則が明らかになる。 民居の中で、中庭、堂、主寝室、仏壇、居間などが中心空間になっている。設計者は中心空間を規範に、他の空間を配置している。 民居の中心軸は事前に想定されていて、空間の系列は、社会の人文的環境と家族内部の尊卑概念に基づいて順序が決められている。 アクセス通路の幅と高さ、中心軸からの距離、方位などから、その空間が民居の全体空間中でどのような地位にあるかが表現されている。 高い外壁と少ない開口部により、外部の世界と民居の内的空間がはっきり分けられている。 室内と室外の高低差を重視して、わざと段差をつけている。 民居の建築面積に関係なく、民居の人口構成は建設する前に想定されていて、予定の規模を超える時には、この民居から分裂していく。 民居の住民ごとに日常的な空間ルートが想定されているが、それらは体験者の民居での地位と力を反映している。 空間ルートの変化が激しい体験者は、民居での身分が低い。 空間要素別の射線に当たる回数は、軸に沿う空間要素の影響力を反映している。 窓の向きを中庭に向けて、機能だけを先ず満足させている。 ドアは空間体験者に常に意識されていて、到る所でドアの存在を示している。 天井は、室内外で連続的にしてあり、空間知覚度もほとんど同じにしてある。 民居内部において屋根は機能的な存在であるが、外部から見る時には屋根の一体性を重視している。 その他の空間要素(柱、照壁など)はほとんどが民居の中心軸の周りに配置してあり、空間のイメージ形成に役立っている。 中庭は、穏やかな変化により全体的に均一性を保っている。 寝室は機能的な要求に応えて、できるだけ静かな環境に配置されている。中国文化や等級概念の影響を受けて、主寝室と副寝室は注意深く分けられている。 4.本論文構成の説明 本論文は序章と本論の五章から構成されている。 第一章は、先ず民居の全体空間と漢民居の空間特性について、社会的および建築空間的な視点からその空間特性を論じ、空間的に類型化する。次に、空間の中のある一点に対して、どのようにその周りの空間が作用しているかを理論的に考え、空間知覚度の概念を導入し、その特徴および属性について解説する。 第二章は、実際の民居モデルを例に民居の空間知覚度についての数理的な定義を行い、それを適用することにより民居の空間特性を解析する。 2.1は、今回用いた民居データについての解説である。 2.2は、空間知覚度の設定の仕方の解説である。 2.3は、空間知覚度の分析により得られる幾つかの関連指数の定義とその使い方の説明で、民居の三次元モデルを例に、細かく関連指数と空間特性を分析する。 2.4は、民居モデルにより得られる主要な指数とその解析図のまとめである。 第三章は、100例の民居から代表的な民居を20例選び、それらを四つのタイプに分類して、その中から一つずつを典型例として分析する。漢民居の分類は分析の視点によりさまざまであるが、本研究では空間形態の生成則を対象にしているので、住棟の緊密度と空間の回遊性に着眼し、次の四つのタイプに分類している。 分棟院式:住棟の緊密度が低く、回遊できない。 回遊院式:住棟の緊密度が低く、回遊できる。 集合井式:住棟の緊密度が高く、回遊できない。 回遊井式:住棟の緊密度が高く、回遊できる。 第四章は、第三章の事例分析に基づき漢民居の空間特性をまとめ、その独自な空間生成則を説明している。具体的には第三章の事例分析で示した順番に沿って、空間ルート、長軸・短軸沿い、空間要素と機能空間の四つの側面から分析している。 第五章は、本研究の成果とこれからの課題のまとめである。 | |
審査要旨 | 本論文は、中国漢民族の伝統的な住居・漢民居に見られる空間生成規則に関する研究である。漢民居は、北部の四合院や南部の三合院という形式がよく知られているが、このほかにも中国各地に分布していて、それぞれの地域の自然条件や、周辺の他民族の習俗などの社会条件に適合しながら、さまざまな形態のものを発展させている。窰洞や客家の土楼などもその一例である。一見、多様に見える漢民居であるが、その空間構成には院子と房の関係性や住居の軸性の存在などといった特有な構造が見られ、漢民族に共通する空間概念が存在することが窺われる。こうした空間概念は実際に空間の内部を移動する際に、周辺の空間から受ける力として体験されるが、それらを空間の設計者あるいは実際にそこに住む住民の視点からシミュレートすることにより追体験し、ひとつの分析手法として提示したのが本論文である。 論文は、序章と全5章からなり、巻末に漢民居のデータシートが付けられている。 第1章は、伝統的な民居がどのような空間概念に基づいて作られているかという一般的な考察で、これに続いて、漢民居の空間特性に関する分析が行なわれ、そこでは住棟間の緊密度と空間の回遊性という観点から、分棟院式、回遊院式、集合井式、回遊井式の4形式に分類されている。この分類に基づいて次章以下の分析が行なわれる。 第2章は、人が空間を認知する際の空間的な拡がり、あるいは囲繞感を表わす尺度として、空間知覚度を導入している。空間知覚度というのは、視線と対象物との間の距離の関数として定義されるが、視線の方向性や対象物の属性等にさまざまな制約条件を設けることにより、知りたい状況に応じた指数が得られるように作られている。これは従来の天空率や天空比などの環境的な指数と比較して、より体感的で現実に即したものになっている。 第3章は、漢民居の4形式として実際にどのようなものがあるかということを例示し、それらの中から、典型例を4例(陜西民居、河南民居、雲南民居、広州民居)選び、以降の分析の対象としている。ここでは空間知覚度を算定する際の制約として、視点の移動に関しては、一族内での身分に基づくルートと、民居の長軸・短軸に沿うルートを設定し、また、属性別の分析としては、空間要素別(外壁、窓、ドア、外床、一階床、一階天井、屋根、その他の空間要素)と、機能空間別(中庭、寝室、玄関と通路、厨房と雑用部屋、堂)のものを設定して、計算機によるシミュレーションを行ない、結果を図表で示している。また、機能空間の転換点での空間知覚度の変化を転換指数として定義している。 第4章は、前章の分析で得られたルート別、属性別の空間知覚度、転換指数に基づく特性分析で、4形式を相互に比較しながら、それぞれの特徴と、共有する空間構成原理について考察している。 第5章は、分析の結果として判明した漢民居の空間特性の記述と、そこから推測される空間生成規則を結論としてまとめたもので、同時に、空間知覚度の有効性についての考察がなされている。最後に今後の研究の展開の方向性について言及している。 以上要するに、本論文は従来は定性的あるいは幾何学的に述べられていた漢民居の空間特性、すなわち、院子と房の関係や、軸性、方位、階層性等といった漢民族に特有の空間概念の存在を、空間知覚度という定量的な手法を導入することにより実証したものである。空間知覚度は、実際の空間体験に近い形の示標で、これを用いることにより、着目する空間の影響や、空間的な変位に対する変化の有様等を容易に知ることができ、民居研究に科学的な方法論を導入したといえる。この方法論は、伝統的な民居の研究のみならず、一般的な建築空間にも適用が可能で、建築計画学における新たな手法としてその意義は大きく、その活用が大いに期待できる。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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