学位論文要旨



No 119616
著者(漢字)
著者(英字) Moradi Owrang Sheida
著者(カナ) モラディー オラング シェイダ
標題(和) 日本建築の空間構成における奥の概念に関する研究
標題(洋) STRATIFIED SPACE A Research on the Concept of OKU in Organizing Japanese Architectural Space
報告番号 119616
報告番号 甲19616
学位授与日 2004.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5860号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 藤井,恵介
内容要旨 要旨を表示する

 日本の建築は現代の建築の発展のプロセスにおいて次第に重要な役割を果たすようになってきたと考えられる。現在の建築の展開は建築それ自身の伝統に大きく由来する。日本建築の際立った特徴のひとつが非対称-asymmetry-である。これはかなり昔から見て取ることのできる顕著な特徴である。日本的な美的概念は非対称-asymmetry-という概念を含んでいる。一方、西洋の伝統建築とイスラムの建築には対称-symmetry-であるという傾向が強くある。ここで最も重要な日本の空間概念は非対称-asymmetry-という概念へと導く「奥」という概念である。

 本研究は、伝統的なものから現代に到るまで独自の特性を持つ「日本の空間」に関するものであり、伝統的日本建築および現代建築としての安藤忠雄の建築における「奥」の概念を真摯な態度で定義し、分析しようとするものである。

 本研究の主な目的は、伝統的な日本建築において空間を組織化するものとして、また日本の現代建築の一部に備わっている「奥」という概念を具体的に立証することにある。

 それゆえ、本研究において、てがかりとなる観点は以下のとおりである。

・「奥」の概念は日本の空間構成においてどのようにはたらいているか。

・(安藤忠雄のデザインにおける)現代の空間構成を組織するという観点から空間はどのように層として形成されるのか。

・建築構造の相違による「奥」のあらわれ方の相違点は何か(フレームシステムとウォールシステムの違いによる空間知覚として)。

 本研究は、空間構成を組織することにおける「奥」という概念のふたつの前提に基づいている。一つ目は、「空間を層として形成すること」が重要かつ広く用いられる空間構成の原則であるということである。この原則は空間の知覚を操作可能なレベルにまで引き下げる連続的な効果を生み出す。このような空間を層として形成することを障壁と境界という観点から検証することができた。無形の存在である空間は有形な対象によって理解することができる。これらの障壁あるいはある種の境界としての対象は、身体的あるいは心理的に知覚される。同様にこの概念は身体的な奥行きのみならず心理的な奥行きも意味する。

 「奥」に関する二つ目の前提は、「奥」の概念は日本現代建築のデザイン原則において決定的な役割を担っていることであり、現代においても空間構成は、「奥」のような伝統的な空間概念への強い傾向を示し、空間を層として形成されることに基づく日本の空間概念の定義は、ウォールシステムやフレームシステムのどちらにおいても現れる。フレームシステムにおいて空間は相互に浸透し、層化された知覚は、より知覚的な動きを伴う。そしてウォールシステムにおいて空間は分節され、空間の層は身体的動きによって知覚される。この空間の層はまっすぐな通路よりはむしろ分節された通路によって導かれ、それゆえ建物へのアプローチと空間構成の配列が重要である。

 以上のような観点から本論文は以下の通り構成されている。

 はじめに、「奥」の概念を明確に理解するために日本の空間概念についての主要な考え方と理論を概観した。そして、日本建築の伝統と西洋の空間の発展はあらゆる点で異なるため、日本建築に対する西洋の研究の考え方についても触れた。

 次に、日本の空間理論についての先行研究に基づき、「奥」の概念の明確な定義を行った。「奥」を定義するために、「間」、「表」、「裏」、「内」、「外」、「縁」、「奥行」のような関連する空間概念についても検討し、それらとの関係を見出した。

 第四章では、「奥」という概念の定義に基づき、歴史的建築から現代日本建築に到るまで、どのようにして空間の多彩な要素が空間を「層にすること」と「層になること」につながるかを明らかにするために、空間への「アプローチ」を詳細に分析する図解的手法を検討した。この分析手法は空間の構成の基底に存在するある相に光を当てることができる。本章では「奥」を記述することのできる原則が確認された。

 第五章と第六章では、日本建築の空間構成を分析することを試みた。この分析により「奥」に関する空間構成に対する理解が展開された。検討してきた分析結果を考察、立証するために、実例を対象に調査を行った。そして、伝統的建築と現代日本建築として安藤忠雄による宗教建築を実例として、「奥」の原則の適用について検討した。

 「奥」の空間デザイン原則に基づいて、それらの異なる種類の空間の分析を行うことにより、類似点と相違点が明らかになる。次に比較分析を行い、空間に関する「奥」の概念の認識を発展させた。

 この分析の主な目的は、伝統的建築にも現代日本建築(安藤忠雄)にも適用可能である「奥」の概念を再確認することにある。もちろん「奥」はアプリオリにある概念や独立したものではなく、空間の無形の性質である。

 この概念は二つの鍵となる側面に関係する。すなわち、「中央」に関する意味と、「境界」を作ることに関する意味である。「境界」は「身体的な境界」あるいは「知覚的な境界」である。空間の知覚は環境の情報を得て受容するプロセスである。この視覚は「境界」を通り抜けて奥へと向かう。

 建築空間における空間体験は動きや時間と深く関連する。「境界」と空間の要素は間接的に建築空間の知覚において重要である。これらの「境界」は奥行きとパースペクティブにおいてともに空間に関係し、連続的につないでいる。

 これら「境界」は空間的複雑さを与える動きのシステムを作り出す。空間を解読する動きには二つの型がある、すなわち「身体的な動き」と「知覚的な動き」である。どちらの型も面の配置によって決定づけられ、どちらも空間的な構成を引き出す。ここでの検討の意図は、空間知覚プロセスについて秩序だった考察を与えること、及びそれらの直感的なプロセスを具体化することである。

 結論として、伝統的建築から現代建築としての安藤忠雄の宗教建築に到る日本建築において、層を形成し空間と空間知覚を構成するものとしての「奥」が様々な含蓄を持っていることが説明できる。これまで主張してきた原則を用いた分析手法は、現代建築においても適用でき、かつ妥当であったと考える。さらに、この分析手法は、現代日本建築にこの概念が新たな定義として認識されることを示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本の伝統的建築あるいは現代建築において空間を構成・組織化する独自の特性といえる「奥」の概念について分析したものである。

 本論文は、空間構成における「奥」という概念の2つの側面に基づいている。

 1つ目の側面は、空間を「層として形成する」ことが重要であり、空間構成法として用いられているということである。このように空間を「層として形成する」ことを障壁と境界という観点から検証した。無形の存在である空間は有形な対象によって理解される。これらの障壁あるいはある種の境界は身体的あるいは心理的に知覚される。同様にこの概念は身体的な奥行きのみならず心理的な奥行きも意味する。

 2つ目の側面は、現代建築においても「奥」のような空間構成は見られ、ウォールシステムやフレームシステムのどちらにおいても、空間を「層として形成している」ととらえることができる。フレームシステムにおいては空間は相互に浸透し、積層化された知覚は、より知覚的な動きを伴う。そしてウォールシステムにおいては空間は分節され、空間の積層は身体的動きによって知覚される。それゆえ本研究は空間の構成や組織化に大きく関わっている。

 本論文は以下のように構成されている。

 第1章では、日本建築に特徴的な「非対称性」と「奥」の概念について、日本的な空間概念の背景をふまえて、導入した。

 第2章では、日本の空間概念について概観した。そしてそこから日本的な建築空間の原則として、非対称性、流動的な空間、フレキシビリティ、非完全性、自然との関係、空間の連続性をあげた。

 第3章では、「奥」について、関連する「間」、「表/裏」、「内/外」、「縁」などと比較しながら定義した。

 第4章では、「奥」という概念の定義に基づき、伝統的なものから現代に到る日本建築において、どのようにして空間の多彩な要素が空間を「層にすること」と「層になること」につながるかを明らかにするために、空間へのアプローチを分析するダイヤグラム的手法を検討した。この分析手法により空間の構成の要素が示され、「奥」の有り様を記述することができる。

 第5章と第6章では、これらの検討してきた分析方法を考察、立証するために、実例を対象に分析を行い、先に述べた原則がどのように適用されるかについて検討した。検討の対象として、第5章では安藤忠雄による教会・寺社建築から5事例を、第6章では、伝統的日本建築として出雲大社、茶室、町屋を選定した。

 この考え方は二つの重要な要素に関係する。すなわち、「中央」に関する意味と、「境界」を作ることに関する意味である。「境界」には「身体的な境界」あるいは「知覚的な境界」がある。空間の知覚は環境の情報を利用したり受容するプロセスにある。この視覚は「境界」を通り抜けて「奥」へと向かう。

 建築空間における空間体験は動きや時間と深く関連する。「境界」と空間の要素は間接的に関わり、その関係は重要である。これらの「境界」は奥行き、知覚において空間を関係づけ、連続的につないでいる。

 これら「境界」は動きのシステムにより空間的な複雑さに結びついている。空間を解読するにあたり、2つの型の動きがある、すなわち「身体的な動き」と「知覚的な動き」である。どちらの型も面の配置によって決定づけられ、どちらも空間的な構成を引き出す。ここでの検討の意図は、空間知覚プロセスについて秩序だった考察を与えること、及びそれらの直感的なプロセスを具体化することである。

 結論として、伝統的なものから現代に到る日本建築において、様々な空間の知覚が包含される。提案してきた原則を用いた分析手法は、現代建築においても適用でき、かつ妥当であったと考える。さらに、この分析手法は、新しい現代日本建築の空間構成・組織にこの概念が認識できることを示唆するものであるとしている。

 本論文は、「日本建築史」あるいは「現代日本建築論」を論じるものではない。また日本の思想や文化、哲学や美学を論じるものでもない。日本の建築にしばしば特徴的に現れる空間構成・空間組織化の一面を、日本の伝統とは関わりない対照的なイスラム圏のバックグラウンドを持つ観点から見出したものである。その意味で建築空間の一つの読み取り方として新しい観点をもたらしたといえる。

 以上のように本論文は、幅広い建築物を対象として適用可能な建築計画学的な空問解釈の一つの方法を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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