学位論文要旨



No 119617
著者(漢字) 岸本,直子
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,ナオコ
標題(和) 階層性をもつ構造物システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 119617
報告番号 甲19617
学位授与日 2004.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5861号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,環境変化への柔軟性をもつ人工構造物システムの概念について考察し,その概念を実現する階層モジュラー構造物システムをあらたに提案するものである.また,提案する階層モジュラー構造物システムを表現する数学的アルゴリズムを明確に提示し,階層的な閉ループ構成による系統的な構成法とこの構成法により構成された構造物の基本的な力学および制御特性を明らかにする.

 近年,宇宙開発の意義や目的は多様化し,宇宙構造物を設計する上で,まず,それらの構造物が多機能かつ高性能であることに加えて経済性や環境問題へ対応可能であることが求められるようになってきた.そのような構造物では,幾何学的および力学的境界条件などの環境の変化だけでなくミッション要求や技術革新,社会情勢などの時間変化に対する柔軟性が重要となる.材質や形状,機能の異なる部分構造からなる構造物を空間的複合構造物と呼べば,こうした時間的変化に適応して形態や機能を変化させる構造物を時間的複合構造物と呼ぶことができる.

 本論文では,時間的複合構造物としての側面に着目したライフサイクルという観点から構造物の概念について考察した.このような考察に基づく構造物概念を実現する構造物として,階層性に着目した階層モジュラー構造物システムを提案した.その極端な例が自己相似性をもつ構造物システムである.このような新しい構造物の概念は,その階層的な構成法から得られる全体および部分系における幾何学的対称性が強く,特定の規模や境界条件に限らない力学特性をもっている.そのような階層モジュラー構造物の構成法として,本論文では階層性を示すアルゴリズムに回転群から導かれる写像を適用した2次元および3次元階層モジュラー構造物の構成法を提案した.さらにその構成を効果的に機能させるためには,モジュール(群)間の相互作用を明示的に扱う結合部の導入が有効であることを示した.このような階層モジュラー構造物システムは,その階層性により多様な制御法の系統的な構築を可能にし,自律分散概念を容易に実現できる構造物システムである.このような自律分散概念を含む階層モジュラー構造物システムは,環境変化に適応する本格的な時間的複合構造物の実現例となっている.以下,本論文の内容について順に述べる.

 第1章は,序論であり,本研究の背景と従来の研究について考察し,本論文の目的を述べている.

 第2章では,自律的なライフサイクルを考慮した空間的・時間的複合構造物という視点から構造物を捉えなおし,将来の構造物システムに必要な構造物概念について次のように論じている.将来の構造物は,幾何学的および力学的境界条件などの環境の変化に加え,ミッション要求や技術革新,社会情勢などの時間的変化に対する柔軟性が重要である.材質や形状,機能の異なる部分構造からなる構造物を空間的複合構造物と呼べば,こうした時間的変化に適応して形態や機能を変化させる構造物を時間的複合構造物と呼ぶことができる.そこで,将来の構造物は空間的複合構造物としての側面に加えて時間的複合構造物としての側面が重要であるといえる.時間的複合構造物としての側面は,その構造物のライフサイクルを考えることに対応している.クローズド・システムであるうえに,ある程度の自立性を要求される宇宙構造物では,ライフサイクルの各段階やその間の遷移を構造物自身の機能としてもつ自律的なライフサイクルを考える必要がある.自律的なライフサイクルは自然物のもつ特徴のひとつであるが,人工物においてこのようなライフサイクルを実現できる構造物は知的適応構造物にほかならない.知的適応構造物は,基本となる構造物,自身の状態や環境を近くするセンサ,センサ情報を処理し判断する数理制御系,および数理制御系からの出力を実現するアクチュエータの4つの分野が統合した構造物として定義され,これに対応する新しい構造物概念が必要となる.

 こうした新しい構造物概念に対応できる構造物システムとして,自然物の性質のひとつである階層性に着目した階層モジュラー構造物システム(Hierarchical Modular Structure System)を提案している.提案したシステムは,構造工学における従来のモジュール構造の利点をもつだけでなく,時間的複合構造物の側面を実現するうえでの特徴をも有している.それらは,階層性の導入による幾何学的特性と系統的なシステム構成による.階層性をもつ構造物は,式1に示す簡単なアルゴリズムで表現することができる.

(式1)

 第3章では,階層性を顕著に示す幾何学的特徴である自己相似性をもつ平面トラスの構造解析をおこない,こうした構造物が境界条件および規模の変化に対して適応的であることを示した.自己相似性をもつ構造物は,式1における写像A1,A2,…,Ak,…がすべて同じ写像である構造物として定義される.本論文では,自己相似性をもつ平面トラスの内力分布や内力の最大値といった力学特性が境界条件や規模の変化に対して適応的であることを示した.その際,同一規模の不静定トラスや静定トラスにおける力学特性との比較によって,構造物の最適性に関する新しい概念について論じた.自己相似性をもつ構造物のこのような性質は,この構造物の全体および部分系における幾何学的対称性によると考えられる.しかし,自己相似性は幾何学的条件が厳しく,限られた形態の構造物しか構成できない.

 第4章では,階層性を示すアルゴリズムに回転群から導かれる写像を適用した2次元および3次元階層モジュラー構造物の構成法を提案した.2次元および3次元階層モジュラー構造物の構成法を提案した.このとき,式1における写像A1,A2,…,Ak,…は,それぞれ回転群から導かれる写像を示し,各世代によって異なっていてもよい.本構成法による階層モジュラー構造物は,幾何学的対称性が非常に高く,同一種のモジュールから多様な形態を提示できるうえ,各階層におけるモジュール群の境界が明確である.

 第5章では,将来の大規模あるいは複雑な構造物が環境変化に適応するために不可欠と考えられる自律分散概念の導入と階層モジュラー構造物システムについて論じた.自律分散概念では,自律的な構成単位と構成単位間の相互作用が重要である.そこで,自律的な機能をもつモジュールから構成される種々のシステムにおける物理的結合と相互作用との関係を整理し,結合後も自律分散概念を実現する構造物システムとして機能するためには,モジュール間の力学的相互作用を明示的に扱う具体的な結合部を導入することが不可欠であることを示した.さらに,簡単な1次元バネマスモデルを用いて,結合部の制御による相互作用の調整が効果的であることを示し,階層性から導かれる系統的な制御法の構成例を示している.また,導入した具体的な結合部の特性と構造物全体の力学特性との関係を,1次元梁モデルを用いて考察している.

 第6章では,2次元階層モジュラー構造物について,その基本的な力学および制御特性を明らかにしている.そして,階層モジュラー構造物における自律分散制御の有効性を示し,相互作用を担う結合部の役割を明らかにした.さらに,階層性の導入が大規模あるいは複雑な構造部に対するシステム論的アプローチを容易にし,多様な制御法の系統的な構成を可能にすることを示した.

 以上,本論文は,同一形状のモジュールが階層的アルゴリズムにより結合した階層モジュラー構造物システムを提案し,将来の構造物としてのそれらの有効性を示すものである.図3に示したような形態をもつ2次元および3次元階層モジュラー構造物は,すべて階層的なアルゴリズムによって構成され,全体および部分における幾何学的対称性が非常に高い.このような構造物では各階層におけるモジュール群の境界が明確であり,構造物における自律分散概念の実現に有効な結合部の導入が容易である.形態における多様性だけでなく,力学および制御特性における多様性を保証する階層モジュラー構造物システムは,時間的および空間的多様性が求められる将来の人工構造物システムとして有効であると考えられる.

M:initial member, AK:k-th mapping

Gk:k-th generation structure

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)岸本直子提出の論文は「階層性をもつ構造物システムに関する研究」と題し、7章と3項目の補遺とから成っている。

 人工物、また自然物はいろいろな部分構造からなる空間的複合構造物である。同時に、特に自然物の多くは、時間的な経過に対して積極的に形態を変化させるなど、時間的複合構造物としての側面もあわせ持っている。多様で高度な機能をもつ将来の人工物には、空間的複合構造物であることに加えて、周辺の変化に柔軟に対応できる時間的複合構造物であることが求められる。特に軌道上の宇宙構造物では、建設や運用、さらには回収・再利用・廃棄などのさまざまなフェイズにおける自身の変化をある程度自律的に行わねばならない。さらには基本となる計画や設計そのものの変更にも柔軟に対応できる必要もある。

 人工物におけるそのような新しい要求に対応できる構造物システムとして、本論文では、階層モジュラー構造物システムを提案している。階層性を示す幾何学的数式表現を提示すると同時に、2次元および3次元階層モジュラー構造物の具体的な構成法を提案している。そのようにして得られる階層モジュラー構造物は、全体および部分系における強い対称性、規模や形態の拡張性、そして規則的な空隙性という有用な幾何学的特性を持つ。さらに、その構成を効果的に機能させるためにモジュールあるいはモジュール群間の相互作用を明示的に扱う結合部を導入している。そのような階層モジュラー構造物システムは、特定の規模や境界条件に限定されない適応的な力学特性を持っていて、また多様な制御法の系統的な構築を可能にして、自律分散の概念を容易に実現できる構造物システムとなっている。本論文が提示した構造物は、環境変化に適応して自ら機能や形態を変化させることができる知的適応構造物にほかならないが、従来の知的適応構造物に関する研究には本論文のような構造物システムの視点に基づく研究はほとんどない。

 第1章は序論であり、構造物システムに関する広い視点から本研究の背景と従来の研究について考察し、本論文の目的を述べている。

 第2章では、自律的なライフサイクルを考慮した空間的・時間的複合構造物という視点から構造物を捉えなおし、受動構造、要素論的アプローチ、最適化指向といった従来の構造工学での考え方に加え、新たに能動構造、システム論的アプローチ、多様化指向の考え方が将来の構造物システムには必要であることを指摘している。そして、それらに対応できる構造物システムとして階層モジュラー構造物の概念を提案している。

 第3章では、平面フラクタル図形として代表的なSierpinski-Gasketの形態を持つトラス構造物が境界条件および規模の変化に対して適応的であることを示した。さらに、そのような自己相似形態の数式表現を拡張して、階層モジュラー構造の基本的な幾何学的数式表現を提示している。

 第4章では、階層モジュラー構造の基本的な幾何学的数式表現に閉ループ構成を導入して、2次元および3次元階層モジュラー構造物の具体的な構成法を提案している。2次元の閉ループ構成には回転写像を適用し、3次元の閉ループ構成には回転群による写像を適用した。このような構成法によって、はじめて階層モジュラー構造物の概念を系統的に提示できたことを述べている。

 第5章では、階層モジュラー構造物における相互作用について、運動方程式と剛性行列を用いて考察し、そのさい具体的な結合部を用いることでモジュール間の相互作用を明示的に扱えることを示した。さらに、簡単な1次元バネマスモデルを用いて、結合部の制御による相互作用の調整が効果的であることを示し、階層性から導かれる系統的な制御法の構成例を示している。また、導入した具体的な結合部の特性と構造物全体の力学特性との関係を、1次元梁モデルを用いて考察している。

 第6章では、2次元階層モジュラー構造物について、その基本的な力学および制御特性を明らかにしている。同一仕様かつ同一数のモジュールからなる階層モジュラー構造物が、固有振動数や内力分布においてさまざまな特性をもつことを明らかにし、本論文で提案した階層モジュラー構造物システムが多様な力学的要求に応じた構造物を提供できることを示した。また、結合部の制御による効率的な自律分散制御や階層ごとに異なる制御則を適用した多様な制御法の系統的な構築が可能であることを示している。

 第7章は、結論であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、同一形状のモジュールが階層的アルゴリズムにより結合した階層モジュラー構造物システムの構成法とその構造物システムとしての有効性を示した独創的な論文で、宇宙工学、構造工学、および建築学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク