学位論文要旨



No 119635
著者(漢字) 高松,聡子
著者(英字)
著者(カナ) タカマツ,サトコ
標題(和) 開放経済における金融政策に関する研究
標題(洋) Essays on Monetary Policy in Open Economies
報告番号 119635
報告番号 甲19635
学位授与日 2004.09.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第188号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 BRAUN,R.A.
 東京大学 教授 福田,慎一
 東京大学 教授 河合,正弘
 東京大学 助教授 澤田,康幸
 東京大学 助教授 大橋,弘
内容要旨 要旨を表示する

 この論文では,開放経済における金融政策に関する諸問題を考察した.論文を通じて,各国金融当局は各国住民の効用を最大化するものと仮定され,分析の枠組みは二国モデルを用いた確率的動学一般均衡である.

 第一章では,金融政策の国際協調が協調に参加する各国の厚生にどのような影響を与えるのかを考察している.特に生産性に不確実性があり,財政政策の国際協調が不可能な世界において,金融政策のコミットメントが可能な場合と裁量政策がとられる場合の双方のケースについて分析している.結論としては,人々の危険回避度が1の場合,協調によって厚生に変化が生じるのは裁量政策の下であり,比較的規模の大きい国には協調の利益があるものの,小さな国は協調によって厚生上の損失を被ることが示された.

 第二章では,企業の投資行動をモデルに組み込み,最適な金融・為替レート政策を数量的に導出した.本稿で考慮する本源的不確実性は,実物ショックならびに貨幣需要ショックである.この研究では,非線形の金融政策を数値計算する独自の方法を提案している.この計算によれば,本章で想定するような貨幣需要ショックが存在し価格が伸縮的な世界では,最適な金融政策の下での為替レート変動は比較的小さくなるという結論が得られた.

 第三章では,価格が伸縮的な一般均衡モデルを用いて,価格が生産者の最適化を反映する際の,名目価格の決定性・非決定性について論じた.結論としては第一に,生産者の最適化が考慮されない場合,貨幣の取引費用モデルから効用関数の中の貨幣(MIUF)表現を導出すると,フリードマン・ルールが実行不可能になるケースがあることが示された.第二に,これに対し我々の貨幣の取引費用モデルの定式化では,MIUF表現された間接効用関数は飽和点を持ち,さらにフリードマン・ルールは最適ではなく,正の利子率が最適となることが示された.そして第三に,名目価格が決定されるための条件を考察した.

審査要旨 要旨を表示する

 この学位論文は、二国の動学的一般均衡モデルを定式化し、望ましい金融政策ルールのあり方を分析するものである。この問題は、マクロ経済学で取り扱われている中心的テーマの1つであり、学界のみならず政策立案者にも重要なテーマである。ブレトン・ウッズ体制やユーロといった、過去および現在の国際金融制度の設計のあり方は、いずれもこの論文で取り扱っているトピックスの範疇に入る。また、中国や他のアジア諸国の固定相場制の是非を巡る最近の提案も、当該諸国だけでなく、貿易相手国の利益になる金融政策ルールは何かという本論文と共通の問題意識に基づいている。

 政策立案者へのインプリケーションの重要性を考えると、このテーマが長い間多くの一流の学者たちによって検討されてきたことは驚くには当たらない。Friedman(1953)とCooper(1985)は、「一国が自国通貨を他国通貨に一方的に固定しようとしてもうまくいかない」と論じた。また、Hamada(1976)やCorsetti and Pesenti(2001)は為替レートを協調して調整することの重要性を指摘する一方、Rogoff(1985)やObstfeld and Rogoff(2002)はそのような政策協調から得られる利益は少ないと論じている。これら先駆的研究を通じて、政策協調を考察する上でどのような要因が重要となるかは今日では明らかになっている。開放経済における最適金融政策は、さまざまな経済状況の下での価格の調整速度、金融財政当局の特定の政策に対するコミットの度合い、そして他国の政策当局との協調のあり方に大きく依存していることは、多くの学者が同意することであろう。

 この論文の第1の貢献として挙げられるのは、これらすべての要因をモデルに包括的に取り込み、最適な金融政策を決定する上で、政策当局が個々あるいは共同でどのような役割を果たすべきかを評価するフレームワークを提示したことにある。論文では、選好や技術を所与としたミクロ的基礎のある経済モデルをもとに、社会的な効用を最大化する政策当局者の最適政策が、各国の消費者の効用水準をいかに最大化するかという観点から考察される。

 この論文の第2の貢献は、事前のコミットメントに関する問題を金融政策当局者の観点から本格的に取り組んでいるところである。たとえば、「金融当局の政策協調から得られる経済厚生上の利益は小さい」ことを示したObstfeld and Rogoff(2002)などの先行研究は、金融政策当局者が政策ルールへ事前にコミットできることを暗黙のうちに仮定している。この博士論文は、この仮定を緩和し、事前にコミットできないケースで彼らの結果がどのように変わるかを分析している。その結果、事前のコミットに関する仮定の有無は、最適金融政策を考察する上できわめて重要であることが明らかにされる。事前のコミットが存在しない場合、規模が大きい国や同じようなサイズの国同士であれば、協調から得られる利益は大きい。これは、どちらか一方の国で発生するショックがもう一方の国の経済活動に影響するからである。それらの国々の金融政策の協調によって実現される名目為替レートは、両国における労働投入量の変動を減らすことによって両国の効用を高める。しかし、もし二国の規模が大きく違う場合は、そのような協調の役割はなくなってしまう。国の大きさの違いは非対称性を生み出し、小さい国からのショックは大きな国にとっては無視できる程度のインパクトしか与えないのである。そのような状態では交渉の余地はなく、小さい国を満足させるような協調した政策もないというわけである。小さい国に協調を押しつけることは、その国の経済厚生にとって大きな損失となる。

 この博士論文の第3の貢献は、財政当局問題をモデル化したことである。独占的競争の硬直価格モデルを使った最適金融政策に関するこれまでの研究は、主に閉鎖的経済に焦点が当てられていた。これらのモデルでは、独占的競争が生産の効率性を悪化させるので、金融政策にはこのひずみを修正するという役割があった。このような文献に対する一つの答え(Woodford(2001)またはErceg et al(2000)を参照)としては、この生産のひずみを修正するアドホックな税金や補助金を考えることである。しかし、開放経済モデルにおいては、単純な税金・補助金計画を実行するのは難しい。これは、それぞれの経済における経済活動の全体的な水準および税金・補助金の額が、他国の活動状態と政策に依存するからである。この博士論文は、このような問題に対してよりエレガントな解決策を提唱している。具体的には、事前のコミットメントを前提として最適な財政政策を解き、最適な金融政策をこの財政政策を所与として求めている。

 ここまで言及してきた成果は、すべてこの論文の第1章で自己完結的に得られたものである。自己完結的にモデルの解を導くことは、式の導出を直接検証することができ、さまざまなモデルのパラメターによってどれだけ答えが変化するかを直ちに見ることができるという利点がある。しかし、自己完結的なモデルでは、例えば物的資本を排除するなど、現実的ではない側面もある。

 この博士論文の第2章は、この限界を克服するため、物的資本のある生産経済モデルを構築し、技術と貨幣の流通速度にショックがある場合の最適金融政策の数量的特性を、名目金利・名目為替レートへのインプリケーションという観点から吟味・検討している。ここで検討された問題は、最適金融政策のもとで名目価格と為替レートがどのように変動するか、ショックの相対的な大きさによってその答えがどれだけが変化するか、ということである。これは、Poole(1970)までさかのぼる、マクロ経済学では重要かつ本質的な問題である。この章の貢献は、「ルーカス批判」に対応した最新の動学的一般均衡を使ってこの問題を検討しているところにある。モデルのパラメターおよび流通速度と技術に対するショックの確率過程は、アメリカのデータに基づいて推定・調整され、モデルは非線形法をつかって説くと同時に、シミュレーションが行われている。この均衡解を求めるのに非線形法を使うことは、ここでは特に重要である。なぜなら、最適金融政策の特性は、一般的に効用関数の2次および3次の性質に依存するからである。ここでの結論は、「最適金融政策は、名目金利を、平均的に低く(アメリカのデータでは、4.5%のところを2.3%に)設定すると同時に、アメリカにおけるデータと比較して変動がおよそ3分の1に抑える」ということである。また、最適な名目為替レートは、分散が1%以下で、ほぼ一定な値をとるものとなる。これらの結果は、アメリカ経済に関する多くの定型化された事実に数量的にマッチするフレームワークで分析されたObstfeld and Rogoff(2002)やAlvares, Lucas and Weber(2001)などの最近の研究を補足するものである。これまでの他の研究は、物的資本の存在を考慮せず、シンプルかつ具体的な例を提示しているが、本論文のように数量的な分析ではない。

 本論文の第1章および第2章を分析する上では、均衡が一意に決定されることが重要である。特に、第2章で名目為替レートに対するインプリケーションを導き出すためには、この経済における均衡の名目値に関する不決定性を特定化し、解決する必要があった。この問題は、論文の第3章で取り組まれている。この章はまず、これまでの開放経済モデル(たとえばBetts and Devereux(2000))の中でなされた標準的な仮定のもとでは、最適金融政策は名目為替レートの値を一意に決定することは必ずしも多くないことを指摘する。この章は、名目値の不決定性が、これまでの文献が貨幣取引の資源コストを無視していることに起因していると論じ、資源コストをモデル化すれば価格レベルと名目為替レートの決定性が復活することを示している。

 第3章はまた、高松氏が今後の研究においてさらに発展させることが期待される課題も取り扱っている。その課題の1つは、Friedman Ruleの最適性に関するものである。これまでの研究では、Chari, Christiano and Kehoe(1993)やAlvarez, Kehoe and Neumeyer(2004)が、Friedman Ruleは価格が伸縮的な様々な閉鎖経済モデルにおいて最適金融政策となることを示している。しかし、第3章では、このようなモデルを開放経済に拡張すると、Friedman Ruleはもはや最適ではないことが示されている。将来的には彼女がこの結果をより精緻な形で発展させ、Friedman Ruleの最適性に関して発表された従来の論文に関連づけていくことが期待される。

 本博士論文全体に対する審査委員全員の評価は、「高松氏が最新の手法を適用し、開放マクロ経済学の重要な問題を分析することに成功した」というものである。論文には、洗練されたモデルから出てきた結果を、シンプルかつ直感的に説明するという課題も残されている。また、log utilityなどの特定の関数形や、100%の資本減耗など極端な仮定に、結論の一部が依存している面もある。しかし、審査委員全員は、彼女の研究が学術的文献に新しい顕著な貢献をし、学術雑誌に十分に掲載可能な題材を含んでいる、ということで満場一致した。本論文は、今後のいっそうの研究発展への大きな礎石を確実に築いた業績であると評価できる。よって、審査委員全員は、高松聡子氏に経済学博士の称号を著者にあたえることが適切であると判断する。

参考文献

Alvarez, Fernando, Patrick Kehoe and Pablo Neumeyer (2004), "The Time Consistent of Optimal Monetary and Fiscal Policies." Econometrica vol. 72, pg. 541-567.

Alvarez, Fernando, Robert Lucas, and Warren Weber (2001) "Interest Rates and Inflation." American Economc Review. Vol. 91. pg. 219-225.

Betts, Caroline, and Michael Devereux (2000) "Competitive Depreciation and Monetary Policy Coordination: A Reevaluation. " Journal of Money, Credit and Banking. Vol. 21 pg. 722-745.

Chari, V.V., Lawrence Christiano and Patrick Kehoe (1993) "Optimality of the Friedman Rule in Economies with Distorting Taxes." Journal of Monetary Economics, Vol. 37, pg 203-223.

Cooper, Richard (1985) "Economic Interdependence and Coordination of Economic Policies." In R. Jones and P. Kenen Eds., Handbook of International Economics vo. 2, Amsterdam: North Holland.

Corsetti, Giancarlo and Paolo Pesenti (2003) "International Dimensions of Optimal Monetary Policy." Unpublished manuscript University of Rome III.

Erceg, Christopher, Dale Henderson, and Andrew Levin (2000) "Optimal Monetary Policy with Staggered Wage and Price Contracts." Journal of Monetary Economics vol. 46, pg 281-313.

Friedman, Milton (1953) "The Case for Flexible Exchange Rates." In Essays in Positive Economics, Chicago: University of Chicago Press.

Hamada, Koichi (1976) "A Strategic Analysis of Monetary Interdependence." Journal of Political Economy, vol 84, pg. 677-700.

Obstfeld, Maurice and Kenneth Rogoff (2002) "Global Implications of Self-Oriented National Monetary Rules." Quarterly Journal of Economics vol. 117 pg 503-535.

Poole, William (1970) "Optimal Choice of Monetary Policy Instruments in a Simple Stochastic Macro Model." Quarterly Journal of Economics, Vol. 84, pg 197-216.

Rogoff, Kenneth (1985) "Can International Monetary Cooperation be Counterproductive?" Journal of International Economics, vol 18, pg. 199-217.

Woodford, Michael (2003) "Interest and Prices" Princeton, NJ: Princeton University Press.

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