学位論文要旨



No 119642
著者(漢字) 朴,英元
著者(英字)
著者(カナ) パク,ヨンウォン
標題(和) 組織のコア・コンピタンスと情報技術の導入・利用 : 日韓企業の比較研究
標題(洋)
報告番号 119642
報告番号 甲19642
学位授与日 2004.09.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第521号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 助教授 佐藤,俊樹
 東京大学 助教授 清水,剛
 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 教授 高橋,伸夫
内容要旨 要旨を表示する

1.研究課題

 組織、特に企業組織はもともとその組織なりのコンピタンスを持っている。そのようなコンピタンスの中でも、他の組織と差別化し競争優位を確保するコア・コンピタンスが特に重要である。組織は、いかにして自社のコア・コンピタンスを伸ばすために情報技術(Information Technology、以下ITと略す)を導入・利用するのであろうか。このような問題意識から、近年、組織のコア・コンピタンスを生かすためのITの使い方に関する研究が活発に行われている。

 組織がITを利用してコア・コンピタンスを高めるためには、自社に適合したITを導入しなければならない。そして、自社に適合したITの導入・利用がITの成果に結びつくのである。例えば、近年に注目されている統合的なパッケージであるERP(Enterprise Resource Planning)の場合、一般的に提供されているERPパッケージをそのまま導入しても、導入する組織のあり方が異なるため、一様に成果を上げることは極めて難しい。つまり、組織なりのコア・コンピタンスを高めるITの利用こそが、ITの効果を最大化する必須条件なのである。実際、組織に導入されたITがその組織のコア・コンピタンスに合わない場合には、ITの利用はむしろ組織のパフォーマンスを低下させる可能性がある。

 そうだとすると、組織におけるIT利用の効率性を高めるためには、どのような範囲までITを取り入れるべきであろうか。また、そのITの導入範囲と組織のコア・コンピタンスとはいかなる関係があるのか。この2つを考慮した時、もっとも相応しいITの導入・利用の仕方とは如何なるものであろうか。

 以上のような問題提起に基づいて、まず、本論文は既存文献のサーベイを通して、企業組織とITとの関係を考察した。次に、組織のコア・コンピタンスとITとの適合性について検討し、ITが企業組織に与える変化についてまとめた。それらを踏まえて、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係を実証的に分析するために、両者の関係について仮説を立てるとともに、アンケート調査とケース・スタディーを行い、それらの結果を統計的に分析して、仮説の検証を行った。

2.本論文の研究結果の要約

 序章では、本論文の問題意識と研究課題を提示している。すなわち、まず組織のコア・コンピタンスを高めるためのITの導入・利用はいかなるものであろうかという、ITと組織のコア・コンピタンスとの適合性の検討を行っている。次に、組織におけるITの導入の仕方を導入範囲と開発タイプから5つのパターンに分けて、それぞれのパターンにおいてITの導入と組織のコア・コンピタンスとの間にどのような関係が成立し、それが組織のパフォーマンスにどのように結びつくかを検証することを課題として提示している。

 1章では、論文全体の議論のベースとして、組織とITに関する従来の議論を先行研究のサーベイを通して考察している。具体的に、戦略的調整アプローチに基づく議論と、効率的な資源利用の観点からの戦略的なアウトソーシングの議論を中心に考察している。さらに、本稿の目的である、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係をモデル化するために関連研究のサーベイも行っている。

 2章では、組織構造及び組織文化とITとの関係を検討している。具体的に、組織の構造・文化とITとの関係を分析するために、組織構造及び組織文化とITの成果について2つの仮説を設定し、日本の製造業165社を対象としたアンケート調査の結果を用いて、AMOSによる共分散構造分析を行っている。さらに、この結果と2000年度に行った韓国企業に対する調査結果との比較分析も行っている。その結果、組織構造及び組織文化がITの成果に及ぼす影響関係を検証することで、一つの組織が効果的にITを導入・利用するためにはどのような組織構造及び組織文化を構築するのが望ましいのかについて検証している。

 3章と4章では、2章の分析結果から得られた知見を踏まえて、本論文の本題であるコア・コンピタンスとITとの関係をケース・スタディーとアンケート調査の結果を通して分析している。まず3章では、コア・コンピタンスとITとの関係をケース・スタディーによって考察している。具体的に、韓国中小企業によるERPシステム導入のケースを取り上げて、この点を分析している。その分析結果は、以下のような3点にまとめることができる。第1に、ERPシステムの導入には、生産プロセスなどの組織のコア・コンピタンスとの適合関係が重要である。第2に、ERPシステムの導入を成功させるためには、自社のコア・コンピタンスを考慮しなければならない。最後に、コア・コンピタンスを考慮しながらITを導入するためには、経営者の支援とユーザーの参加が必須である。

 そして4章では、コア・コンピタンスとITの成果との関係を分析するために、日本の製造業を対象にしたアンケート調査を実施している。この調査は、本研究の研究課題を総合的に検証するために、日本の製造業の300社を対象にしたアンケート調査であり、その結果に詳細な統計的な分析を行っている。その結果をまとめると、以下のようになる。第1に、ITとコア・コンピタンスの間に適合性がある場合は、ITの導入は成果に結びつく。一方で、ITの導入範囲(部分システムの導入と統合システムの導入)と開発タイプ(内部開発・外部開発・両者の混合)を組み合わせて5つのパターンに分けてみると、「統合システム・内部開発」グループを除いて、コア・コンピタンスとITの成果との間には正の関係がある。それに対して、「統合・内部」グループでは、IT導入の非効率性のために、コア・コンピタンスとの適合性とは関係なくIT導入が成果に結びつかない場合がある。第2に、生産工程とコア・コンピタンスとの適合性に関する分析結果から、部分システム導入の企業群ではなくて統合システム導入の企業群の方に、ITとコア・コンピタンスの適合性と、生産工程との間に負の相関関係がある。さらにITの開発タイプ別に、ITとコア・コンピタンスとの適合性と、生産工程との関係を検討して、外部導入だけが負の相関関係が有意である。第3に、ITの導入過程に関わっている経営者やベンダーなどの要素も重要であり、導入過程において合意プロセスが形成されるとともに、最終的に導入したITを利用するエンドユーザーの参加をもっとも重視しなければならない。第4に、3つの仮説を統合的に検証するため共分散構造分析を実施した結果、IT導入成果を量的・質的成果に分けると、量的・質的成果を含めたモデルも、ともに本章の仮説を支持するものの、量的成果モデルより質的成果モデルの方がより説明力が高いことを確認している。第5に、本章のモデルに基づき、ITの導入範囲と開発タイプによる5つのグループの間の相対的な位置関係を検討した結果、部分システムを外部で開発する「部分・外部」グループと統合システムを内部で開発する「統合・内部」グループは、互いに対角線上に位置付けられることを明確にしている。

 5章では分析の視点を若干変えて、コア・コンピタンスが組織間関係においてはどのような役割を果たすかを検討している。そのために、各組織のコア・コンピタンスと組織間関係に着目して、日韓企業を対象にしたケース・スタディーを行っている。このケース・スタディーでは、主に委託企業のコア・コンピタンスと受託企業の参入障壁という側面から、日本のEL-NETと韓国のKRC-NETという、いずれも情報システムをアウトソーシングしている中小企業を比較し、コア・コンピタンスが組織間関係にいかなる役割を果たすかを検討している。事例から示唆されることは、アウトソーシングが成り立つためには以下の2つの条件が必要なことである。第1は、委託企業がアウトソーシングする業務をすぐには内部化できないという条件である。第2の条件は、委託企業がアウトソーシングする業務のコアに関して競争力がない場合には、それ以外の、例えばパテントのようなものを持っており、それが受託企業に対して参入障壁として働いているという条件である。さらに、アウトソーシングが成功するための条件として、アウトソーシング契約を結ぼうとしている両者間の信頼をいかにして構築・維持していくか、アウトソーシングの過程をうまく調整するためにいかなる管理を行うか、という2つの条件も重要であることも明らかにしている。

 最後に、6章では全体の分析結果をまとめた上で、日韓企業におけるITの利用の歴史的背景を考察し、ITの導入成果の高い企業の特性を提示している。さらに、導入成果を極大化させる合理的なIT利用の仕方と意思決定について提言を行っている。

3.本論文の意義

 第1に、組織のコア・コンピタンスに着目しながら、組織のIT導入・利用を考察している点である。

 第2に、組織のコア・コンピタンスによるITの導入範囲と開発のモデルを提示した点である。

 第3に、組織文化とITの導入・利用との関係を分析した点である。

 第4に、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係を一般化して、激しい競争に直面している組織がITの導入・利用に失敗しないために、どのような意思決定を行うべきかを提示している点である。

審査要旨 要旨を表示する

 組織、特に企業組織はもともとその組織なりのコンピタンス(能力、適性)を持っている。そのようなコンピタンスの中でも、他の組織と差別化し競争優位を確保するコア・コンピタンスが特に重要である。組織は、いかにして自社のコア・コンピタンスを伸ばすために情報技術(Information Technology、以下ITと略す)を導入・利用するのであろうか。このような問題意識から、近年、組織のコア・コンピタンスを生かすためのITの使い方に関する研究が活発に行われている。

 組織がITを利用してコア・コンピタンスを高めるためには、その組織に適合したITを導入しなければならない。そして、組織に適合したITの導入・利用がITの成果に結びつくのである。例えば、近年に注目されている統合的なパッケージであるERP(Enterprise Resource Planning)の場合、一般的に提供されているERPパッケージをそのまま導入しても、導入する組織のあり方が異なるため、一様に成果を上げることは極めて難しい。つまり、組織なりのコア・コンピタンスを高めるITの利用こそが、ITの効果を最大化する必須条件なのである。実際、組織に導入されたITがその組織のコア・コンピタンスに合わない場合には、ITの利用はむしろ組織のパフォーマンスを低下させる可能性がある。

 そうだとすると、組織におけるIT利用の効率性を高めるためには、どのような範囲までITを取り入れるべきであろうか。また、そのITの導入範囲と組織のコア・コンピタンスとはいかなる関係があるのであろうか。さらに、この2つを考慮した時、もっとも相応しいITの導入・利用の仕方とは如何なるものであろうか。

 以上のような問題提起に基づいて、まず、著者は既存文献のサーベイを通して、企業組織とITとの関係を考察している。次に、組織のコア・コンピタンスとITとの適合性について検討し、ITが企業組織に与える変化についてまとめている。それらを踏まえて、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係を実証的に分析するために、両者の関係について仮説を立てるとともに、アンケート調査とケース・スタディーを行い、それらの結果を統計的に分析して、仮説の検証を行っている。

 本論文は、序章と本論6章からなり、序章と第1章が理論的検討の部分である。第2章から第5章までがアンケート調査とケース・スタディーよる実証分析であり、第6章が結論である。また巻末には、本論文を執筆するために行ったアンケート調査の調査票を載せている。脚注を含む本論部分は400字詰め原稿用紙に換算して、約413ページに相当する。

 序章では、本論文の問題意識と研究課題を提示している。すなわち、まず組織のコア・コンピタンスを高めるためのITの導入・利用はいかなるものであろうかという、ITと組織のコア・コンピタンスとの適合性の検討を行っている。次に、組織におけるITの導入の仕方を導入範囲と開発タイプからいくつかのパターンに分けて、それぞれのパターンにおいてITの導入と組織のコア・コンピタンスとの間にどのような関係が成立し、それが組織のパフォーマンスにどのように結びつくかを検証することを課題として提示している。

 1章では、論文全体の議論のベースとして、組織とITに関する従来の議論を先行研究のサーベイを通して考察している。具体的に、戦略的調整アプローチに基づく議論と、効率的な資源利用の観点からの戦略的なアウトソーシングの議論を中心に考察している。さらに、本稿の目的である、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係をモデル化するために関連研究のサーベイも行っている。

 2章では、組織構造及び組織文化とITとの関係を検討している。具体的に、組織の構造・文化とITとの関係を分析するために、組織構造及び組織文化とITの成果について2つの仮説を設定し、日本の製造業165社を対象としたアンケート調査の結果を用いて、AMOSによる共分散構造分析を行っている。さらに、この結果と2000年度に行った韓国企業に対する調査結果との比較分析も行っている。その結果を踏まえて、組織が効果的にITを導入・利用するためにはどのような組織構造及び組織文化を構築するのが望ましいのかについて考察している。

 3章と4章では、2章の分析結果から得られた知見を踏まえて、本論文の本題であるコア・コンピタンスとITとの関係をケース・スタディーとアンケート調査の結果を通して分析している。まず3章では、コア・コンピタンスとITとの関係をケース・スタディーによって考察している。具体的に、韓国中小企業によるERPシステム導入のケースを取り上げて、この点を分析している。その分析結果は、以下のような3点にまとめることができる。第1に、ERPシステムの導入には、生産プロセスなどの組織のコア・コンピタンスとの適合性が重要である。第2に、ERPシステムの導入を成功させるためには、自社のコア・コンピタンスを十分に考慮しなければならない。最後に、コア・コンピタンスを考慮しながらITを導入するためには、経営者の支援とユーザーの参加が必須である。

 そして4章では、コア・コンピタンスとITの成果との関係を分析するために、日本の製造業を対象にしたアンケート調査を実施している。この調査は、本研究の研究課題を総合的に検証するために、日本の製造業の300社を対象にしたアンケート調査であり、その結果に詳細な統計的な分析を行っている。その結果をまとめると、以下のようになる。第1に、ITとコア・コンピタンスとの間に適合性がある場合は、ITの導入は成果に結びつく。一方で、ITの導入範囲(部分システムの導入と統合システムの導入)と開発タイプ(内部開発・外部開発・両者の混合)を組み合わせて5つのパターンに分けてみると、「統合システム・内部開発」グループを除いて、コア・コンピタンスとITの成果との間には正の相関関係がある。それに対して、「統合・内部」グループでは、IT導入の非効率性のために、コア・コンピタンスとの適合性とは関係なくIT導入が成果に結びつかない場合がある。第2に、生産工程とコア・コンピタンスとの適合性に関する分析結果から、部分システム導入の企業群ではなくて統合システム導入の企業群の方に、ITとコア・コンピタンスの適合性と、生産工程との間に負の相関関係がある。さらにITの開発タイプ別に、ITとコア・コンピタンスとの適合性と、生産工程との関係を検討して、外部導入だけが負の相関関係が有意である。第3に、ITの導入過程に関わっている経営者やベンダーなどの要素も重要であり、導入過程において合意プロセスが形成されるとともに、最終的に導入したITを利用するエンドユーザーの参加をもっとも重視しなければならない。第4に、3つの仮説を統合的に検証するため共分散構造分析を実施した結果、IT導入成果を量的・質的成果に分けると、量的・質的成果を含めたモデルとも本章の仮説を支持するものの、量的成果モデルより質的成果モデルの方がより説明力が高いことを確認している。第5に、本章のモデルに基づき、ITの導入範囲と開発タイプによる5つのグループの間の相対的な位置関係を検討した結果、部分システムを外部で開発する「部分・外部」グループと統合システムを内部で開発する「統合・内部」グループは、互いに対角線上に位置付けられることを明確にしている。

 5章では分析の視点を若干変えて、コア・コンピタンスが組織間関係においてはどのような役割を果たすかを検討している。そのために、各組織のコア・コンピタンスと組織間関係に着目して、日韓企業を対象にしたケース・スタディーを行っている。このケース・スタディーでは、主に委託企業のコア・コンピタンスと受託企業の参入障壁という側面から、日本のEL-NETと韓国のKRC-NETという、いずれも情報システムをアウトソーシングしている中小企業を比較し、コア・コンピタンスが組織間関係にいかなる役割を果たすかを検討している。事例から示唆されることは、アウトソーシングが成り立つためには以下の2つの条件が必要なことである。第1は、委託企業がアウトソーシングする業務をすぐには内部化できないという条件である。第2の条件は、委託企業がアウトソーシングする業務のコアに関して競争力がない場合には、それ以外の、例えばパテントのようなものを持っており、それが受託企業に対して参入障壁として働いているという条件である。さらに、アウトソーシングが成功するための条件として、アウトソーシング契約を結ぼうとしている両者間の信頼をいかにして構築・維持していくか、アウトソーシングの過程をうまく調整するためにいかなる管理を行うか、という2つの条件が重要であることも明らかにしている。

 最後に、6章では全体の分析結果をまとめた上で、日韓企業におけるITの利用の歴史的背景を考察し、ITの導入成果の高い企業の特性を提示している。さらに、導入成果を極大化させる合理的なIT利用の仕方と意思決定について提言を行っている。

 以上の内容を持つ本論文には、次のような長所が認められる。

 第1に、組織のコア・コンピタンスに着目しながら、組織のIT導入・利用を考察している点である。経営学の分野においてコア・コンピタンスに対する関心とそれに関する研究は、1990年代以降増加しているとはいえ、実際に組織のITの導入・利用と関連付けた研究は数少ないのが現状である。とりわけ、両者の関係性を実証的に分析している研究はほとんどなされていない。本論文では、アンケート調査とケース・スタディーを通して、両者の関係を実証的に分析した点に大きな意義があると考えられる。

 第2に、組織のコア・コンピタンスによるITの導入範囲と開発のモデルを提示した点である。ITの導入範囲には、部分システムの導入と統合システムの導入がある。一方、IT導入ための開発タイプは、組織による内部開発、外部導入、そして両者の混合型がありうる。本論文では、このようなITの導入範囲と開発タイプを組み合わせて、5つのパターンに分けて、それぞれのパターンに属するグループごとにITの導入・利用の特徴を提示し、それをモデル化している。このようなモデルは、情報技術を利用しようとする企業の実務家に対して自社に近いパターンの特徴を理解することを可能し、効果的なIT利用に寄与すると考えられる。

 第3に、組織文化とITの導入・利用との関係を分析した点である。すなわち、本論文のいう「部分・外部」グループでは、合理的文化がコア・コンピタンスとITとの適合性と正の相関関係を示しており、合理的文化がITの導入・利用に寄与していることを明らかにしている。現在、IT導入・利用においては、自社のコア・コンピタンスを見極め、それとの適合性を考慮したITの利用がもっとも重要であると考えられる。さらに、自社に本当に適合したシステムを導入する冷静な合理的判断が求められる時代になったと考えられる。言い換えれば、効率的なIT利用を可能にするためには、外部環境の変化に素早く対応できる内部の仕組みが求められる。それは一朝一夕に作られるものではなくて、そういった組織文化を構築する経営者の能力が問われているのである。本論文は、ITを導入した企業、これから導入を考慮している企業に対して、特に、これまでややもすれば「横並び」でITを導入してきた日本企業に対して、合理的な意思決定の必要性を明示した点において意義があると考えられる。

 第4に、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係を一般化して、激しい競争に直面している組織がITの導入・利用に失敗しないために、どのような意思決定を行うべきかを提示している点である。このようなIT導入・利用の意思決定モデルは、これから本格的にITを導入・利用しようとしている企業に対して将来発生する可能性があるリスクを最小化するのに役に立つと考えられる。これからの経営者は、自社のコア・コンピタンスを綿密に探り、それを活かすようなITの導入・利用の意思決定を行うかどうかによって自社の成功と失敗が大きく左右されることを認識すべきであろう。

 しかしながら、本論文にも不十分な点がないわけではない。第1に、著者が提示した研究課題であるコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係の分析を、アンケート調査による統計分析とケース・スタディーに終始したことである。もちろん、ITの導入範囲と開発タイプ別に分けた5つのパターンを日本企業に適用しているとはいえ、そのような5つのパターンに属する企業の属性を深く把握するためには、財務状況等、より踏み込んだ分析が必要であると考えられる。

 第2に、調査対象に関するものである。著者の目指す目的はITを利用する日韓企業を幅広くカバーし、全体的な傾向を把握しようするものであるといいつつ、実は一部のケースや産業の比較にとどまっている。とりわけ、2章の日韓企業の比較においては、韓国企業は一応、全産業を対象にしているものの、日本企業は製造業企業に限定されており、その意味で不完全な比較に終わっている。日韓企業の全体の傾向を論じるためには、日本企業の産業を拡張して、一般的な傾向を把握する必要があると考えられる。

 第3に、それと同時に、日韓企業の比較に用いられている標本数が300と少ないことも本論文の結論を限定的なものにしている一因であると考えられる。今後の研究においては、このような研究対象の拡張と標本数の増加、さらには本論文の結論を裏付けるケースの発掘などが必要になると考えられる。

 しかしながら、このような欠点は、本論文の基本的価値を損なうものではない。組織のコア・コンピタンスを活かすITの導入・利用に関する研究がほとんど皆無である現状を考慮すれば、これらの欠点はこの分野における今後の課題を明らかに示したものであるといえる。

 以上、本論文は若干の欠点をもつとはいえ、組織のコア・コンピタンスとITの導入・利用との関係を、著者独自のフレームワークを用いつつ、日韓企業を対象に実証的に分析したことによって、日韓両国の企業におけるITの導入・利用に関する研究に十分貢献する成果を上げていると評価できる。

 したがって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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