学位論文要旨



No 119644
著者(漢字) 稲垣,紫緒
著者(英字)
著者(カナ) イナガキ,シオ
標題(和) 粉体の静力学 : 履歴に依存した応力歪み関係の微視的記述
標題(洋) Statics of dry granular media : Microscopic description of the history dependent stress-strain relations
報告番号 119644
報告番号 甲19644
学位授与日 2004.09.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第523号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々,真一
 東京大学 教授 金子,邦彦
 東京大学 助教授 福島,孝治
 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 教授 佐野,雅己
内容要旨 要旨を表示する

 背景:粒状体物質は、我々の身の回りにあふれている。公園や工事現場の砂山から、台所のコーヒー豆や調味料、粉状の胃薬や風邪薬、化粧品のファンデーションなど例を挙げれば尽きない。また工場においては、原材料の貯蔵、移動、粉砕、混合、加工、圧縮形成など、粒状体物質を扱う場面は多々ある。思いのままにそれらを扱うための知識は欠かせない。経験と試行錯誤によって、工場における粉体の取り扱いに関する問題はかなり解決されている。しかし、その振る舞いの本質的な理解はまだ浅い。近年になって、フランスやイギリスなどを中心に、物理としての粉体が広く興味をもたれるようになってきた。

 目的:一見すると、粉体流動層は気体や流体として、粉体堆積層は結晶などの固体として、従来の流体力学や弾性体理論を適用できそうであるが、現象の説明・予測は困難な場合が多い。例えば、二体衝突を主な粒子間相互作用とするような希薄な粉体流においては、気体の分子運動論によってかなりよく現象を説明できる事がわかっている。一方、粒子が常に複数の粒子との接触を保ちながら移動するような体積密度の大きい流れでは、気体分子運動論は適用できない。静力学においては、巨視的な粉体媒質の物性が微視的な構成粒子の物性と異なり、状態から一意に決定することができない。その為、弾性体力学を用いた際に定量的な議論ができない。我々の研究の最終的な目的は、このような粉体特有の現象に対して、状態を記述する基礎方程式を確立することである。

 平均場近似による連続体記述:粉体の履歴依存性と巨視的な媒質の物性との関係を明らかにする為に、二次元一軸圧縮の場合を想定し、平均場近似を用いて、従来の弾性体理論において不定となる巨視的な構成方程式を再構築した。この際、局所的な情報として粒子配置や充填密度を与える。粒子配置は粒子の平均的な接触角度の確率分布として与える。まずは粒子配置と巨視的な応力や歪みの関係を明らかにし、粒子配置の履歴依存性をのちに定量的に評価するのがねらいである。

 数値計算:この連続体理論を検証するために、離散要素法を用いて重力下における粉体層を二次元空間に実現させた。(一例として粒子配置を図2-1に示す。)その応力と歪みを測定し、得られた応力と歪みの関係を先の連続体理論と比較検討する。図2-2は接触点における接触力の強さを太さに比例させて描いた接触ネットワークである。力が大きくかかっているところから、そのようなアーチに囲まれてほとんど力のかかっていないところまでディスクによってさまざまである。このように、粉体媒質内部は非常に不均一な状態になっている。このような不均一さによって、同じ構成要素からなるにもかかわらず巨視的には非常に広い範囲にわたる物性値を示すことがわかっている。円盤のつめ方によって、巨視的な物性値が変わるという、履歴依存性を数値計算で実現した。さらに、接触力の秩序変数の空間相関をみることによって、巨視的物性値を特徴付けるような、状態量を提案した。このように、平均場近似では見落とされてしまう粉体(離散的な媒質)の特徴を定量的に評価することによって、粉体の構成方程式を再構築することを今後目指す。

 発展:これまでの申請者の研究においては、粉体媒質の微小な変形について、弾性体理論の枠組みの中でどれだけ粉体の振る舞いが記述されうるかを試みてきた。更なる目標としては、より大きな、粒子スケールの媒質の変形についても記述可能な、より一般的な粉体の基礎方程式を確立したい。

図2-1

図2-2

審査要旨 要旨を表示する

 多数の粉体粒子が凝集した系の巨視的な性質は、熱統計力学の法則にしたがう系と全く異なる様相を示すことが知られている。たとえば、粉粒凝集体の巨視的な線形弾性的性質を特徴づける構成方程式のパラメータは、粒子数と応力を指定しても、一意にきまらず、凝集体のつくりかたに依存する。提出された稲垣紫緒氏の博士論文は、このような履歴に依存する構成方程式を、粉粒凝集体の構成要素である粉体粒子の統計的性質から理解しようとするものである。

 本論文は4章120ページからなる。第1章では、粉粒体の基本的な性質が、いくつかの現象をまじえながら述べられる。近年、活発になっている物理学としての粉粒体研究の全体像が概観されたあと、粉粒凝集体の巨視的性質に関する履歴依存性を明確に示す典型的実験が紹介され、論点が整理される。

 第2章では、粉粒凝集体の巨視的性質とそれを構成する粉体粒子の関係を解き明かす理論的な第一歩として、平均場理論の妥当性が離散要素法による数値実験によって調べられる。ここで、平均場理論とは、粉体粒子の配置を接触角度分布と占有率で特徴づけ、それらと個々の粉体粒子の性質によって、弾性論的パラメータであるヤング率とポアソン比をあらわす試みである。その理論の範囲で評価されたヤング率とポアソン比が数値実験による結果と定量的に食い違うことが指摘される。より重要なこととして、平均場理論の範囲では、履歴に依存する弾性論的パラメータの説明ができないことが示される。

 この結果を踏まえて、第3章において、履歴に依存する構成方程式が考察される。第3章の成果は以下の三点にまとめられる。第一に、履歴に依存する構成方程式を理論的に調べるのにもっとも適切な状況設定が見出される。これまでの研究において履歴に依存すると考えられている現象では、様々な要因が込み入って関わっており、履歴依存性だけを鋭く問い詰める対象として適切でなかった。そこで、稲垣氏は、水平におかれた2次元の箱に多数の粉体円盤を接触がないようにつめたのちに、壁を等方的に押し込んで、粉粒凝集体をつくることを提案した。その際、壁をおしこむ速度が制御され、粉粒凝集体が壁に及ぼす応力が一定値になるところで、壁がとめられる。このようにしてつくられた粉粒凝集体は、粒子数と応力が一定であるにもかかわらず、ヤング率やポアソン比の値は2倍以上も異なることが示される。これが第一の成果である。

 ついで、この粉粒凝集体に対して、構成方程式の履歴依存性を反映する物理量が探索される。まず最初に、平均場理論の限界の考察によって、粉粒凝集体に微小な力を加えたときに生じる微視的な歪みや応力増分のゆらぎが着目され、それらの分布のひろがりが変動係数によって特徴づけられる。粉粒凝集体のつりかたを固定したときに有限サイズ効果によって生じる弾性論的パラメータの分布と歪みや応力増分の変動係数の分布に強い相関があることが見出される。この相関は、粉粒凝集体のつくりかたをかえたときにも残ることが示され、微視的歪みや応力歪みの変動係数が、履歴に依存する弾性論的パラメータを特徴づける候補としてあげられる。これが第二の成果である。

 ただし、歪みや応力増分は、粉粒凝集体に微小な力を加えないと得ることができない。そこで、応答をみることなく、粉粒凝集体に内在する性質として、履歴に依存する弾性論的パラメータを特徴づける物理量が探索される。試行錯誤の結果、粉体円盤間の接触力の相関関数のふるまいと弾性論的パラメータの相関がみいだされる。ここで、粉体円盤間の接触力に関して、作用反作用の法則のため力の向きの選択に物理的意味がないことより、その自由度を除いた接触力の表現として2階テンソルによるものが使われる。これが第三の成果である。

 以上のように、稲垣氏はその論文において、粉粒凝集体の履歴に依存する構成方程式に関して重要な知見をみいだした。履歴に依存する構成方程式を数値実験を用いて明確に提示する研究は、稲垣氏の結果以前には全くないもので、独創的な第一歩として位置づけられる。この状況設定は、光弾性円盤をつかった実験で行うことも可能であり、実験的研究への刺激の点からも重要であろう。

 また、粉粒凝集体の構成方程式の履歴依存性を特徴づける量を模索する研究も他に類をみない試みであり、接触力の相関関数が履歴に依存する弾性論的パラメータを理解する上で重要である、という提案まで到達した意義は大きい。今後、この提案の妥当性が詳細に調べられ、高い普遍性をもつことが確認されたなら、科学の発展に大きな寄与をすることになるであろう。これらは今後の課題であり、将来の展開が期待される。

 なお、本論文の内容は、第2章が論文として出版されており、第3章が論文準備中である。また、本論文と直接の関係はないが、粉粒体のゆっくりした斜面流に関する論文が出版されている。

 以上の点から本論文は博士(学術)の学位を与えるのにふさわしい内容であると審査委員会は全員一致で判定した。

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