No | 119645 | |
著者(漢字) | 丸山,理香 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マルヤマ,リカ | |
標題(和) | 体系的 RNAi による線虫の胚性致死表現型プロファイリングとクラスター解析 | |
標題(洋) | Profiling and clustering analysis of embryonic RNAi phenotypes in C.elegans | |
報告番号 | 119645 | |
報告番号 | 甲19645 | |
学位授与日 | 2004.09.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4581号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ゲノム上に存在する遺伝子が特定の生物の形を作り上げる仕組みを理解するためには、個々の遺伝子の解析に加えて、発生段階に関わるそれぞれの遺伝子がどのように協調して使われているのかを解析することが必要である。線虫ではゲノムプロジェクトが既に終了し、約19,000の遺伝子が予測されている。さらに、線虫ではRNAi法により遺伝子の機能を一時的に破壊する方法が確立されていて、RNAiによる表現型から遺伝子が発生のどの過程に機能するのかが推測できる。また胚が透明であるため胚発生過程の異常をノマルスキー顕微鏡で詳細に観察できる。以上のことから胚発生における遺伝子の機能を網羅的に解析するには、線虫は良いモデル生物であると考えられる。本研究では体系的RNAiによる線虫の胚性致死表現型プロファイリング法の構築、その表現型プロファイルに基づいた遺伝子分類の方法の検討、およびその分類結果の解析を行った。 まず、データの質をなるべく維持しかつ大量にRNAi解析を行うために、胚性致死表現型観察のための実験系を構築した。RNAiの表現型の浸透度が低い場合でも正確な表現型を観察するために、より多くの胚を観察することが必要である。そのために産卵異常の株にRNAiを行い、さらに経時的に胚発生過程を観察するのではなく、最終表現型のみを観察することにした。この系を用いて、当研究室の前田、南田らの実体顕微鏡での体系的RNAi解析により胚性致死の表現型が観察された326遺伝子について再度RNAiを行い、ノマルスキー顕微鏡でより詳細な表現型を観察した。 ノマルスキー顕微鏡で観察したRNAiの最終表現型を体系的に記録するために、画像データに加えて、細胞数、発生段階、細胞の形態、各組織の分化状態に関するあらかじめ定義した観察項目の組み合わせで表現型を記録する方法を確立した。1回のRNAi実験で観察した胚の中で最も多くの胚が示した表現型(Main phenotype)と2番目に多くの胚が示した表現型(Second phenotype)をこの方式で記録し、胚性致死最終表現型プロファイルのデータベースを作成した(図1)。このデータベースは、使用者が興味に応じて細かい表現型要素の組み合わせから遺伝子を検索できることが特徴である。またそれぞれの観察項目はチェックボックスあるいはプルダウンメニューで表記しているので、表現型データを0または1のバイナリーデータの組み合わせとして表すことができる。それによって、表現型の類似性を計算機を用いて客観的に比較し遺伝子の分類を行うことが可能になった。 表現型プロファイルによる遺伝子の分類法について検討した結果、具体的には以下のように行うこととした。まず、各遺伝子の示したRNAi表現型を130次元のバイナリーデータに変換したものに対して主成分分析を行なった。階層的クラスター解析の前に主成分分析を行うことによってデータの次元数を減らすことにより、バイナリーデータに対して直接階層的クラスター解析を行うよりも、樹形図の解釈が容易になった。今回は130次元のデータを、一般的に元のデータの情報を良く反映していると考えられる基準である、累積寄与率が80%以上という条件を満たす最小の次元数である17次元に集約した。そしてこの17次元のデータを使って、階層的クラスター解析により樹形図を作成した(図2)。クラスター解析とは異質なものの混じり合っている対象を類似している順番にグループ化していく方法である。樹形図上の距離は主成分得点の類似度を示し、距離が近いほど表現型がより似ていることを表している。そしてこの樹形図に対して、実際の表現型を参照し便宜的に10個のクラスターを設定した。これらのクラスターは、各主成分の意味づけに基づいて意味を解釈することが可能であった。 また、樹形図上でのそれぞれの遺伝子の位置を検討したところ、同じ発生過程に働いている既知遺伝子が樹形図上で近傍に位置していた。例えばヒストンとSMC複合体の遺伝子は染色体の構造を維持するために必要であることが知られているが、それらは核異常の表現型を示す遺伝子のグループであるクラスター3内に位置していた。またpar-1、par-6は初期胚の非対称分裂に必要であることが知られているが、どちらも細胞分化異常の表現型を示す遺伝子のグループであるクラスター6内に位置していた。よって、この方法で同じ発生過程および生命現象に働いている遺伝子をグループ化することができることが示された。 本研究で確立した表現型プロファイル法によって、表現型の類似性を計算機を用いて客観的に比較し遺伝子の分類を行うことが可能になった。表現型プロファイルの類似度に基づく分類は、同じ発生過程で協調して働く遺伝子群の同定に有用であると考えられる。また、この表現型プロファイルとトランスクリプトーム解析やインタラクトーム解析を組み合わせることによって、協調して働く遺伝子群のさらに正確な同定が可能になると考えられる。 図1 胚性致死最終表現型データベース(一部) 図2 表現型プロファイルの類似度による遺伝子の分類 Main phenotypeとSecond phenotypeを組み合わせた130次元のバイナリーデータに対して主成分分析を行い、得られた第17主成分までの主成分得点から階層的クラスター解析により樹形図を作成した。カラムは左から第1主成分得点から第17主成分得点を色を用いて定量的に示した。緑色が負方向、赤色が正方向の値を表す。 | |
審査要旨 | 本論文は、序、材料と方法、結果、考察と展望、結論、謝辞、補遺、参考論文よりなり、このうち材料と方法は10項より、結果は9項よりなる。この中で、体系的RNAiによる線虫の胚性致死表現型プロファイリング法の構築、その表現型プロファイルに基づいた遺伝子分類の方法の検討、およびその分類結果の解析について述べている。以下にその内容の要点をまとめる。 ゲノム上に存在する遺伝子が特定の生物の形を作り上げる仕組みを理解するためには、個々の遺伝子の解析に加えて、発生段階に関わるそれぞれの遺伝子がどのように協調して使われているのかを解析することが必要である。線虫ではRNAi法により遺伝子の機能を一時的に破壊することが可能であり、その表現型から遺伝子が発生のどの過程に機能するのかが推測できる。 申請者は、まず、データの質をなるべく維持しかつ大量にRNAi解析を行うために、胚性致死表現型観察のための実験系を構築した。RNAiの表現型の浸透度が低い場合でも正確な表現型を観察するために、より多くの胚を観察することが必要である。そのために産卵異常の株にRNAiを行い、さらに経時的に胚発生過程を観察するのではなく、最終表現型のみを観察することにした。この系を用いて、所属研究室の前田、南田らの実体顕微鏡での体系的RNAi解析により胚性致死の表現型が観察された326遺伝子について再度RNAiを行い、ノマルスキー顕微鏡でより詳細な表現型を観察した。 ノマルスキー顕微鏡で観察したRNAiの最終表現型を体系的に記録するために、画像データに加えて、細胞数、発生段階、細胞の形態、各組織の分化状態に関するあらかじめ定義した観察項目の組み合わせで記録する方法を確立した。1回のRNAi実験で観察した胚の中で最も多くの胚が示した表現型(Main phenotype)と2番目に多くの胚が示した表現型(Second phenotype)をこの方式で記録し、胚性致死最終表現型プロファイルのデータベースを作成した。このデータベースは、使用者が興味に応じて細かい表現型要素の組み合わせでから遺伝子を検索できることが特徴である。またそれぞれの観察項目はチェックボックスあるいはプルダウンメニューで表記しているので、表現型データを0または1のバイナリーデータの組み合わせとして表すことができる。それによって、表現型の類似性を計算機を用いて客観的に比較し遺伝子の分類を行うことが可能になった。 申請者は、次に、表現型プロファイルによる遺伝子の分類法について検討した。その結果、以下の方法を採用した。まず、各遺伝子の示したRNAi表現型を130次元のバイナリーデータに変換したものに対して主成分分析を行った。つぎに、得られた主成分得点について階層的クラスター解析を行った。階層的クラスター解析の前に主成分分析を行うことによってデータの次元数を減らすことにより、バイナリーデータに対して直接階層的クラスター解析を行うよりも、樹形図の解釈が容易になった。また、樹形図上でのそれぞれの遺伝子の位置を検討したところ、同じ発生過程に働いている既知遺伝子が樹形図上で近傍に位置していたので、この方法で同じ発生過程および生命現象に働いている遺伝子をグループ化することができることが示された。 本論文で確立した表現型プロファイル法によって、表現型の類似性を計算機を用いて客観的に比較し遺伝子の分類を行うことが可能になった。この手法は、同じ発生過程および生命現象で協調して働く遺伝子群の同定に有用であると考えられる。さらにこの手法は、他の生物の表現型の網羅的解析にも応用することが可能であり、当該学問分野における大きな貢献と考えられる。 なお、本論文は飯田直子・早川智英・飯田裕美・魚留信子・小原雄治・杉本亜砂子との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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