学位論文要旨



No 119647
著者(漢字) Budi,Dermawan
著者(英字)
著者(カナ) ブディ,デルマワン
標題(和) 微小メイソベルト小惑星の自転特性
標題(洋) Spin Characteristics of Very Small Main-belt Asteroids
報告番号 119647
報告番号 甲19647
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4582号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 福島,登志夫
 東京大学 助教授 佐々木,晶
 宇宙航空研究開発機構 助教授 吉川,真
 東京大学 助教授 土居,守
内容要旨 要旨を表示する

 現在の小惑星の大部分はより大きい母天体の衝突破壊による産物だと考えられているため、「衝突」は小惑星の起源と進化に関して非常に重要な役割を果たすものである。「衝突」は様々な大きさの小惑星を生み、また小惑星の自転の角運動量を励起または減衰させる。我々が地上からの観測で知り得るすべての小惑星の物理特性のうち、特に衝突進化を強く反映していると考えられる物理量は、小惑星の大きさと形、そして自転周期である。これらの情報を得るために最も有効な手段は、小惑星の光度変化を測るライトカーブ観測である。

 この論文は、我々が微小小惑星(sub-kmサイズ)のライトカーブ観測から得た微小小惑星の自転周期分布と形状分布、及びサイズ分布についての報告である。現在までに知られている小惑星の自転周期-サイズの関係は、大きい小惑星(直径1km以上)と非常に小さい小惑星(直径0.2km以下)の自転周期分布に大きな不連続性があることを示している。つまり、小さい小惑星のグループには2.2時間以下の自転周期を持つ小惑星が存在するが、大きい小惑星のグループには2.2時間より速い自転周期を持つ小惑星が皆無なのである。この自転周期分布の不連続性・不一致は2.2時間という自転周期が小惑星の異なる2つの内部構造の境界を表すものとしてこれまで解釈されてきた。異なる内部構造とは、衝突破片が自己重力によって再集積した、いわゆる「破片集積体」構造と、単一の岩から成る「単体小惑星」である。大きい小惑星は「破片集積体」であるため、速い自転速度を持つと遠心力によって壊れてしまう。これに対して非常に速い自転速度を持つ小さい小惑星は、内部強度を持つ単体の岩石に違いない、その境界が2.2時間なのであるというのがこれまでの見方である。ここで注目しておきたいのは、これまでに発見されている2.2時間以下の速い自転周期を持つ小惑星はすべて地球接近小惑星(NEAs)という点である。小惑星の軌道進化の理論的研究から、NEAsはメインベルト小惑星(MBAs)が軌道進化した小惑星であることが定説になっている。NEAsの起源がMBAsにあるにもかかわらず、NEAsで見られる2.2時間以下の自転周期を持つ小惑星がメインベルトで見られないのは非常に不思議である。このことが我々に、MBAsの間で2.2時間以下の高速自転小惑星(FRAs)を捜す動機を与えた。

 その際、NEAsの大きさは普通のMBAsの大きさに比べて非常に小さいという観測事実がある。そこで我々は大望遠鏡を使ってこれまで観測できなかったNEAsサイズ(直径約1km以下)のMBAsの中にFRAsを探すことを試みた。2001年10月21日、我々はマウナケア山頂の8.2mすばる望遠鏡に広視野CCDカメラ(Suprime-Cam)を取りつけて、ライトカーブ観測を行った。衝の位置、黄道面付近の34'×27'の領域(Suprim-Camの1視野に相当)を選び、約8時間にわたって観測した。この観測で我々は約R=24.5等より明るい127個の直径0.1-2kmのMBAsを検出した。このうち73個の小惑星について高い信頼度で周期決定を行うことができた。そして34個の小惑星が0.5‐2.2時間という速い自転周期を持つFRAsであることが判明した。これは、このサイズのMBAsの約27%がFRAsであることを意味しており、予想外に高い割合である。また、我々は、いくつかの微小MBAsでは、互いに独立した多重自転周期を示すことにも気づいた。

 更に、この観測によって、我々が2001年に行った観測(Yoshida et al., 2003)で得た直径1km以下の微小MBAsの累積サイズ分布を確認するとともに、MBAsのFRAsと非FRAsの累積サイズ分布がかなり異なることを発見した。すなわち、MBAsの非FRAsの累積サイズ分布の傾きはFRAsの累積サイズ分布の傾きに比べてゆるやかなことである。このことは小さい非FRAsがFRAsに比べて数が少なくなっていることを意味する。

 FRAsの形状分布に関しては、直径0.1kmより小さいNEAsのFRAsは非常に細長い形を持つのに対して、我々が発見したMBAsのFRAsの形状は球形に近い傾向が見られた。すばる望遠鏡を用いても直径0.1km以下のMBAsを観測することは難しいので、より小さいサイズでMBAsとNEAsの比較することは今のところ不可能である。しかし、この研究は、非常に小さいMBA小惑星の特性を理解する上で世界ではじめて行われた研究であり、そのために、今後の重要な1ステップになるはずである。この仕事でのいくつかの結果が、微小小惑星に関する詳細な特性を提供するだろうし、将来の微小小惑星研究の1つの指針を与えると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる。

 第1章はイントロダクションでまず、通常観測されるメインベルト小惑星(MBA)のサイズは1km以上で、その回転周期は2.2時間を上限とするのに対し、地球接近小惑星(NEA)では周期サイズ分布に空隙が存在し、かつ周期分布が2.2時間以下の高速回転領域まで延びていることが示される。論文提出者はサイズが1km以下になると高速回転MBAが存在するのではないかと考え、すばる望遠鏡によるMBAの変光観測を計画した。

 第2章はすばる望遠鏡による観測と、データ整約について述べている。観測は衝の位置で行われた。すばる望遠鏡のSuprime-Cam広視野撮像装置を用いて、34分角×27分角の同一領域が、典型的な時間間隔4分で8.3時間に渡り、Rバンドで計42ショットが繰り返し撮像された。予想される小惑星の移動速度は一日に14′である。画像データの処理にはIRAFが使用された。

 第3章ではデータ解析が論じられている。複数(4〜8)の画像を足し引きして合成画像を作成すると、小惑星は交互に黒白の点線となって現われる。この手法で、R等級24.5等までの小惑星127天体を眼視検出した。このうち既知の天体は5個で残りは全て新発見の小惑星である。120秒の露出時間内での小惑星像の伸長量は小さいため、光度の測定には通常のアパーチャ測光が採用された。画像内の非変光星を用いたテストを繰り返し、論文提出者は観測画像に最適な測光半径を4ピクセルとした。また、小惑星像の検出シミュレーションから検出率が90%となる等級を画像毎の検出限界としたが、その値はR=24.3から24.8の間であった。

 第4章では観測データを用いた議論が展開されている。まず、観測された小惑星が円運動していると仮定して、天体の見かけの移動速度を基に各天体までの距離が決定された。次に、反射率をメインベルト内側天体(軌道半径<2.8天文単位)では0.21、外側天体(軌道半径>2.8天文単位)では0.06と仮定して、天体の大きさを求めた。求められた天体の直径は2.2kmから0.1kmに渡っている。

検出された小惑星127天体中、83天体に関しては変光カーブが得られた。一般に回転楕円体の反射光は一周の間に2回の極大と極小を持つ。このため、観測点の間隔が最短で4分間、観測期間が8.3時間である今回の観測データから決定可能な小惑星回転周期は16分から18時間の間である。変光周期の決定には、ロムのペリオドグラフ法とロバーツらのウィンドウクリーン法が併用され、73天体に対し周期が求められた。実際には周期が10.5時間から17時間の間の小惑星はなかった。周期が定まらなかった10天体は17時間以上の周期を持つと考えられる。一方、周期が決まった73天体中、34天体の周期は0.51時間から2.22時間の高速回転領域に見出された。この結果、これまで地球接近型小惑星にのみ知られていた高速回転が、MBAの間にも存在することが判った。今回発見された高速回転小惑星のサイズ分布は低速回転小惑星に比べると勾配が急である。したがってサイズが小さくなるほど高速回転小惑星の占める割合は高くなる。一方、変光の振幅は形状比を表現していると解釈すると、地球接近型の高速回転小惑星は形が細長いものが多いのに対し、今回発見された高速回転MBAは球形に近いものが多い。これらの特徴は微小小惑星の成因を考える上で重要な手がかりとなる。

 第5章はそれまでの内容を整理し、改めてこの論文の結論として、以下の4点を上げている。

(1)127個の微MBAを発見し、122個の新小惑星を発見した。また、その中から34個の高速回転小惑星を初めて検出した。

(2)低速回転小惑星の幾つかは多重周期を示した。また、キロメータサイズの高速回転小惑星が複数個発見されるなど、微小小惑星の更に詳細な性質を調べる必要があることが判った。

(3)高速回転MBAは、地球接近型高速回転小惑星にくらべ、より球形に近いものが多い。一方、メインベルト、地球接近型の双方に共通する性質として、回転周期が短いものほど細長い形の割合が高くなる。

(4)今回発見された小惑星は、これまでに得られていた周期サイズ分布の空隙を満たし、小惑星の内部構造の分類に重要な情報をもたらした。

(5)微小小惑星のサイズ分布は高速回転小惑星と低速回転小惑星とでわずかに異なり、サイズが小さくなると高速回転小惑星の割合が増す。

 以上のように本論文は、これまで観測の及ばなかったサブキロメータサイズのMBAを世界で初めて研究したもので、その学術的価値は極めて高い。特に、これまでMBAでは2.2時間が回転周期の上限とされていたが、今回これを下回る高速回転小惑星が多数発見されたことにより、小惑星の内部構造と遠心力による破砕の関係、衝突によるサイズおよび回転速度分布の進化などの研究分野に非常に興味深いデータが提供されることとなった。また、今回観測された小惑星の大きさは、地球接近型小惑星の典型的な大きさでもあるので、両者を直接比較して研究できるようになった意義も大きい。本論文が小惑星研究において新しい領域を切り開いたことは明白であり、博士論文に十分値する内容である。

 なお、本論文第2章の観測、第3・4・5章は中村士、吉田二美と共同で行ったものであるが、データ解析および結果の分析は論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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