学位論文要旨



No 119648
著者(漢字) 鈴木,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンタロウ
標題(和) 粒子成長に関わる雲微物理過程の数値モデリングに関する研究
標題(洋) A study on numerical modeling of cloud microphysics for calculating the particle growth process
報告番号 119648
報告番号 甲19648
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4583号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 助教授 今須,良一
 気象研究所 室長 村上,正隆
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、雲の微物理構造の形成メカニズムとその気候影響を理解する目的で、大気大循環モデルを用いた数値実験と雲の微物理的な粒子成長を詳細に表現できる数値モデルの開発およびそれを用いた数値実験を行った。

 大気大循環モデル(GCM)を用いた研究では、エアロゾルが雲核となって雲の微物理特性を変化させる効果(エアロゾル間接効果)をパラメータ化の形でモデルに取り入れて雲の場を計算し、衛星観測と全球規模で比較した。雲粒子半径の全球分布の比較においては、モデルの結果は海上陸上間の粒子サイズの系統的な違いや大陸に隣接した沿岸海域での粒径の縮小といった全球規模での特徴を衛星観測と整合的に再現したが、対流雲が卓越する熱帯域ではモデルと衛星観測の間に不一致が見られた。これは、現行のモデルでは対流雲に対して雲粒径を計算していないことや衛星観測の側にも氷粒子やドリズル粒子の混入による誤差が含まれていることが原因と考えられる。さらに、雲とエアロゾルの相互作用を調べるために、モデルから得られた雲物理量と鉛直積算エアロゾル粒子数の相関を衛星観測と比較した。モデルから得られる相関パターンは計算に採用する降水生成パラメタリゼーションに顕著に依存し、衛星観測で得られた雲場の特徴を再現するためには、エアロゾル増加が雲からの降水生成を抑制する効果を取り入れる必要性が示唆された。

 GCMでは簡略なパラメタリゼーションで表現されていた雲の微物理過程をより詳細に表現するために、本研究ではビン型の雲粒子成長モデルと非静力学フレームの各々を独自に開発し、両者を結合して非静力学雲微物理モデルを構築した。ビン型雲モデルでは、固相・液相の計7種類の凝結生成物からなる粒子系を考えて、粒子種ごとに定義される粒径分布関数の様々な微物理過程による時空間変化を陽に計算する。これを別途開発した非静力学フレームと結合して理想的な条件下で雲・降水の生成実験を行った。その結果を、気象研究所/数値予報課統一非静力学モデルにヘブライ大学雲微物理モデルを結合したモデルによるものと比較したところ、様々な凝結生成物の空間分布は概ね良い一致を示した。ビン型雲モデルの開発では、従来採用されてきた計算スキームの他に、計算コストを減少させるための試みとして、凝結生成物の粒径分布を基底関数で展開して予報する方法を定式化した。その方法による計算結果を従来のスキームによるものと比較したところ、粒径分布関数を離散化する自由度をある程度減らしても、従来のスキームに見られる数値拡散が顕著に抑制された。

 雲とエアロゾルの相互作用を詳細に調べるために、開発した非静力学ビン型雲微物理モデルを用いて低層の水雲を生成する数値実験を行った。計算の結果から、雲の有効半径と光学的厚さの相関パターンが雲の成長段階によって系統的に異なることが見出された。すなわち、ドリズル粒子が生成する前の成長段階では有効半径と光学的厚さが正の相関にあるのに対して、ドリズルを伴う成長段階では両者が負の相関にあった。相関パターンのこのような特徴は衛星観測で得られているものと整合的である。また、数値実験で得られる相関パターンはエアロゾル量を変化させると系統的に変化することもわかった。さらに、モデルの計算結果から雲物理量とエアロゾル鉛直積算粒子数の相関をしらべたところ、エアロゾル粒子数に対して有効半径は負の相関、光学的厚さおよび鉛直積算雲粒数は正の相関となり、雲水総量はエアロゾル数に依存しない傾向が見られた。これは定性的には衛星観測やGCMの結果と整合する。定量的な議論として、これらの相関に線型回帰を当てはめてその傾きを比較した。その結果によると、ビン型雲モデルではエアロゾル粒子数Naと雲粒子数NcはNc∝Nakなる関係にあり、指数の値はk=0.70となった。この値は過去の研究で報告されている値k=0.70-0.80に近いが、全球規模での相関を調べた衛星観測の値k=0.50に比べると大きい。

審査要旨 要旨を表示する

 地球温暖化研究の大きな不確定性要因の1つは、人為起源のエアロゾル(大気浮遊粒子)の間接効果と言われている。人為起源エアロゾルは直接的に放射に影響する以外にも、大気中で雲核として働き、雲粒子数の増加や降雨効率の減少を通じて雲量・雲の光学的厚さ・降雨量などを変化させ、間接的に気候に影響する。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第3次報告書(2001)では、産業革命後に人為起源エアロゾルが引き起こした大気上端での放射強制力は-5〜0W/m推定している。産業革命後に二酸化炭素等の人為起源温室効果ガスが生じた放射強制力は2.6±0.5W/m度といわれ、いかに間接効果の不確定性が大きいかがわかる。この原因は、エアロゾルの動態の複雑さに加えて、エアロゾル-雲粒子-雲場の相互作用に関する雲物理的な理解が不十分で、現象のモデル化が著しく遅れていることによる。本研究はこのような状況を克服する目的で行われた。

 本論文は5章からなる。過去の研究と問題点を総括した第1章に続き、第2章では大循環気候モデルを用いて間接効果を再現し、人工衛星から得られた雲場と比較する研究を行った。大循環モデルでは、エアロゾル-雲の相互作用に関わる降水生成時定数のパラメータ化を3通りの方式に変えて数値実験を行った。その結果、時定数が雲核数に依存しない方式では、エアロゾルが蓄積される高気圧域で雲量が減少し、雲水気柱総量がエアロゾル気柱数密度の増加に伴って減少する傾向が見られた。一方、エアロゾル数の増加と共に降水が遅れる方式では、高気圧域で雲の寿命が延び、雲水気柱総量がエアロゾル数に顕著には依存しなくなった。衛星観測の結果は後者に近いことから、全球平均ではエアロゾル数の増加と共に降水が遅れる「寿命効果」が効いていることが示唆された。更に、雲の光学的厚さや有効粒子半径の全球分布を観測と比較すると、後者の方式の中でも時定数がエアロゾル数密度に非線形的に依存するものが良好な結果を与えることがわかった。

 第3章では、エアロゾル-雲相互作用を、より現実的な物理法則に根ざしたモデルで理解するために、ビン型雲物理モデルを組み込んだ非静力雲モデル(以下鈴木モデル)を開発した。ビン型モデルでは粒子半径を対数等間隔のビンに区切って離散化し、雲粒子の拡散成長、凍結、蒸発、併合、衝突、重力落下、移流、乱流拡散等の過程を再現する。また、これとは別に、雲粒径分布を基底関数の重ねあわせとして表現する関数展開モデルも作成した。30ビンを用いた鈴木モデルの結果を、気象庁統一非静力学モデルにヘブライ大学ビン型モデルを組み込んだモデルと比較したところ良い一致が見られた。次に、対数正規分布を基底関数に取った関数展開モデルを非静力学モデルに組み込んだところ、ビン型モデルの約1/3の10個程度の基底関数でも妥当な雲場を再現することがわかった。

 第4章では30ビンの鈴木モデルに10ビンのエアロゾルモデルを結合して、エアロゾル数密度によって雲場が変化する過程を計算し、人工衛星による観測結果と比較した。その結果、エアロゾル数密度の増加に伴い、人工衛星で観測されるような降雨開始時間の遅れと雲の光学的厚さの増加が再現された。また、雲の有効粒子半径と光学的厚さの相関は、霧雨を伴う(伴わない)雲では負(正)となり、衛星観測データの解析結果と良く一致した。次に、雲パラメータの雲核数密度依存性を調べたところ、モデルで得られた有効粒子半径と雲核数密度、雲光学的厚さと雲粒子数の回帰直線の傾きは、過去の航空機や人工衛星の観測と整合するものになった。一方、雲水気柱総量は雲核数密度にはほとんど依存しないことから、非静力学モデルでも「寿命効果」の重要性が確認された。

 本研究はエアロゾルと雲の相互作用を大循環気候モデル、エアロゾルと雲物理のビンモデルを組み込んだ非静力学モデル、の2つで調べたもので、世界的にも例を見ない。本研究のユニークな点は、これらのモデル結果を人工衛星から観測される雲の光学的厚さ・有効粒子半径と比較し、観測される雲水総量のエアロゾル数依存性に物理的に解釈を与えたことにある。また、雲の寿命効果が全球平均としての雲の挙動に効いていること、降雨を伴う雲と伴わない雲とで雲の光学的厚さと有効粒子半径の間の相関が逆になることを明らかにしたことは、地球の温暖化に果たすエアロゾルの間接効果を正確に評価する上で極めて重要な知見であり、高く評価できる。

 なお、本研究第2章は中島映至・沼口敦(故人)・竹村俊彦・河本和明・日暮明子氏との共著論文として既に印刷済であるが、論文提出者が主体となって問題の設定、数値実験と解析を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める.

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