No | 119651 | |
著者(漢字) | 小室,芳樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コムロ,ヨシキ | |
標題(和) | 大西洋子午面循環の強度に対する北半球極域海洋淡水輸送の役割 | |
標題(洋) | Role of the Arctic freshwater pathways in controlling the Atlantic meridional overturning circulation | |
報告番号 | 119651 | |
報告番号 | 甲19651 | |
学位授与日 | 2004.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4586号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 北大西洋深層水が形成されている北半球の高緯度域において、海水および海氷の水平的な輸送に伴う淡水輸送は、この海域の淡水収支を決める主要な要素である。本論文では、これらの淡水輸送が、深層水形成過程およびそれに伴う大西洋深層循環の強度を決める上で果たしている役割について調べた。研究には海氷-梅洋結合モデルを用いた。モデルの水平解像度は1度で、海面塩分を観測値へ緩和する境界条件は適用しなかった。 まず、海水の形態での淡水輸送に着目し、カナダ多島海が海水の輸送路として存在するか否かが大西洋深層循環の強度に与える影響を調べた。カナダ多島海に輸送路が存在する場合、そうでない場合と比較して大西洋深層循環の流量は21%増加した。流量が増加した原因は、北大西洋北部での深層水形成量が増加したことであった。カナダ多島海を通過する低塩分水は、その下流のラブラドル海では、上層の低気圧性循環がモデル中で再現されたために、西側の限られた領域を通過していた。このために、カナダ多島海経由の低塩分の流れは、北大西洋北部の深層水形成域に直接的な影響を及ぼさなかった。代わりに深層水形成域に影響を及ぼしていたのは、フラム海峡から流れて来る東グリーンランド海流であった。カナダ多島海の淡水輸送路が開くことにより東グリーンランド海流の塩分は高まったので、北大西洋北部での深層水形成は活発化し、結果として大西洋深層循環の流量も増加した。つまり、カナダ多島海を通過する海水は北大西洋北部における深層水形成を直接的に抑制するのではなく、東グリーンランド海流の塩分を高めることを通じてこれを間接的に活発化し、結果的に大西洋深層循環を強める働きを持つことが示された。 次に、海氷の形態での淡水輸送に着目し、フラム海峡を通過する海氷輸送量の変動が大西洋深層循環の強度に与える影響について調べた。海氷輸送量を増加させた状態を保つと、最初の15年間程度は北大西洋北部での深層水形成量が減少した。同時に、北極海では正味海氷生成量の増加に伴い表層に正の塩分アノマリが生成された。海氷輸送量を減少させた状態を保つと、逆に北大西洋北部での深層水形成量は増加し、北極海の表層には負の塩分アノマリが生成された。カナダ多島海の淡水輸送路が閉じている場合、この塩分アノマリの大部分は時間の経過とともにフラム海峡を経由して北大西洋北部の深層水形成域に輸送され、海氷輸送量の変動に伴う深層水形成量の変化を打ち消した。一方、カナダ多島海の淡水輸送路が開いている場合は、塩分アノマリの一部はここを通って北極海の外へ排出された。その結果、北大西洋北部の深層水形成量の変化は完全には元に戻らないことが、少なくとも海氷輸送量を増加させた場合について確認された。カナダ多島海の淡水輸送路が存在する場合には、海氷輸送量を増加させた場合と減少させた場合の間で、大西洋深層循環の流量の変動幅と変動の時間スケールに非対称性が見られた。この非対称性の原因として二つの過程の影響が示唆された。その一つはカナダ多島海の水路を通過する海水の体積輸送量の時間変化がケース間で異なること、もう一つは北極海表層に与えられた塩分アノマリの伝播時間がケース間で異なることであった。また、フラム海峡での海氷輸送量に一定の周期で増加と減少を繰り返させた場合、この非対称性の影響で大西洋深層循環の流量の長期平均が増加する可能性が示唆された。 この研究において示された重要な知見として、大西洋深層循環の強度に対するカナダ多島海の淡水輸送路としての役割が挙げられる。カナダ多島海を通過する流れは直接的には深層水形成過程には影響を与えないが、フラム海峡での淡水輸送量への影響を通じて大西洋深層循環の流量に大きな影響を与えるという点で重要であると考えられる。 | |
審査要旨 | 深層海洋を占める主要な水塊の一つである北大西洋深層水は、Greenland-Iceland-Norwegian Seas(GIN Seas)や北大西洋北部を起源とすることが知られている。これらの海域での深層水の形成過程は、大西洋深層循環の強度を決める重要な要素の一つである。深層水形成過程に強い影響を与える上層の塩分を決める要素として、この領域での水平淡水輸送の重要性が観測から指摘されている。しかし、どの海峡を通る淡水輸送が深層水形成過程にとって重要か、その重要性はどのような物理的機構に依っているかについて、まだ明らかでない部分が残されている。 論文は4章から成る。第1章は導入部で、深層循環と北半球の深層水形成域の概説、この海域の水平淡水輸送の重要性の指摘、本研究で用いる数値モデルに求められる条件の指摘、及び研究の目的について述べられている。以下、全球海洋-海氷結合モデルを用いた感度実験を通じて、第2章ではカナダ多島海の水路の存在が北大西洋北部での深層水形成を活発にすることが、第3章では北極海とGIN Seasを結ぶフラム海峡での海氷輸送量の増減の深層水形成過程への影響がカナダ多島海の水路の有無で異なることがそれぞれ示されている。第4章は全体のまとめと結論、今後の課題が述べられている。 まず、海洋-海氷結合モデルでカナダ多島海に水路がある場合と無い場合について平衡状態まで積分を行い、結果が比較された。カナダ多島海に水路が存在する場合、存在しない場合より大西洋深層循環の流量は21%増加した。カナダ多島海に水路があると低塩分の水が北大西洋北部に向けて流れるが、この水は深層水形成過程には直接的な影響を与えていなかった。理由は、北大西洋北部のラブラドル海上層の低気圧性循環が従来の同種の研究より高い水平解像度1度のモデル中で再現され、この流れが低塩分水を深層水形成域から遠ざけたためであった。一方、フラム海峡から北大西洋北部へ向けて流れる東グリーンランド海流はカナダ多島海に低塩分水が流れた分相対的に高塩分化し、北大西洋北部での深層水形成を活発にした。その結果、カナダ多島海を通過する海水は過去の研究で述べられたように北大西洋北部における深層水形成を弱めるのではなく、東グリーンランド海流の塩分を高めることを通じてこれを間接的に活発化し、大西洋深層循環を強める働きを持つことが示された。 次に、上述の平衡状態から風応力場を変化させ、フラム海峡を通過する海氷輸送量を増減させる実験が行われた。初期の応答として、海氷輸送量の増加(減少)は、北大西洋北部での深層水形成量を減少(増加)させ、同時に北極海表層に海氷生成量の増加(減少)に伴う高(低)塩分アノマリを生成する。カナダ多島海に水路が無いと、この塩分アノマリは、時間の経過とともに、フラム海峡経由で北大西洋北部の深層水形成域に輸送され、海氷輸送量変動に伴う深層水形成量の変化を打ち消した。一方、カナダ多島海の水路があると、塩分アノマリの一部が水路を通り北極海の外へ排出されることで、深層水形成量の変化は完全には打ち消されず残ることが、少なくとも海氷輸送量を増加させた場合について確認された。また、カナダ多島海の水路が存在する場合、海氷輸送量を増加させたケースと減少させたケースで大西洋深層循環の流量の変動幅と変動の時間スケールは異なることが指摘され、原因としてカナダ多島海の通過流量の変化量と塩分アノマリがフラム海峡まで伝播する時間スケールが両ケースで異なる点が示唆された。さらに、フラム海峡での海氷輸送量の増減を周期的に繰り返すと、大西洋深層循環の流量の長期平均が変動無しの場合に比較して大きくなる可能性が示唆された。 カナダ多島海を通る流れがフラム海峡での淡水輸送への影響を通じて深層水形成を強め、またフラム海峡での海氷輸送量の変動の深層水形成量への寄与にも大きな影響を与える、という本研究での指摘は、カナダ多島海の重要性について新たな認識をもたらすものと言える。海洋深層循環の形成機構の理解を深め、数値モデルによる現実の再現を目指す上で重要な知見を得た点においても評価に値する。流速場等のモデルでの精緻な再現やそれに基づく現象の定量的な考察の点では課題を残すが、今後それらの改善により、河川水や陸氷の寄与を含めた極域での水交換が深層循環の形成に果たす役割を明らかにし、気候形成論や温暖化予測への寄与が期待できる。以上より、学位論文として十分な成果であると判断する。 なお、本論文における成果は、羽角博康氏との共著論文として投稿中または近々投稿予定であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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