学位論文要旨



No 119652
著者(漢字) 林,舟
著者(英字)
著者(カナ) リン,シュウ
標題(和) 高解像度 DEM を用いた流域の縦・横断面形と水系構造の解析
標題(洋) Geomorphological analysis of longitudinal/transverse profiles of watersheds and stream-net structure based on high-resolution DEMs
報告番号 119652
報告番号 甲19652
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4587号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 池田,安隆
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京大学 教授 多田,隆治
 東京大学 助教授 松本,淳
 東京大学 助教授 小口,高
 東京大学 教授 岡部,篤行
内容要旨 要旨を表示する

 流域と水系は地形の重要な基本単位であり、それらの形態的特徴と発達過程に注目した研究が行われてきた。たとえば、流域の縦断面形に関する研究が数多く行われてきたが、横断面形に関する研究は少なく、両者を同時に取り上げて詳細な研究を行った例はほとんどない。流域の横断面形に関する研究が少ない理由として、野外調査で多数の横断面形のデータを得る際には多大な労力を要することと、デジタル標高モデル(DEM)から横断面を半自動的に得るようなソウトウエアが整備されていないことが挙げられる。また、水系の構造や発達に関する研究も多数行われてきたが、様々な発達段階にある水系の特徴を詳しく比較検討した事例は少ない。この理由として、やはり野外調査で取得可能なデータの量が限られていることと、一般的な解像度のDEMや地形図では侵食の初期段階にある微細な谷地形を抽出することが困難なことが挙げられる。

 上記の未検討の課題を検討するために、本研究では高解像度のグリッドDEM、GIS、および自作のコンピュータ・プログラムを用いて、流域の形態的特徴と水系網の構造を把握し、それらが起伏や傾斜に対応してどのように変化するかを詳細に検討した。この際には、多量のデータを均一な基準で解析するようにした。

 本研究では、起伏の大小や水路の形成開始時期が大きく異なる複数の地域を取り上げた。まず、植生を欠く比較的狭い地域として、有珠山の山頂付近、草津白根山の山頂付近、および南アルプスの大規模崩壊地である赤崩を取り上げ、デジタル空中写真測量を用いて水平解像度1mのDEMを作成し、詳細な地形解析を行った。次に、丘陵〜山地に位置する一般的な流域として、東京都多摩地域、島根県浜田地域、長野県塩尻地域を取り上げ、等高線データ等から作成した水平解像度10mのDEMを活用し、より広域的な検討を行った。いずれの場合にも、流域の地形の特徴と地域の起伏との対応を検討するために、調査地域を低起伏、中起伏、大起伏の3つに区分した。

 DEMを用いて各地域の支流域を抽出し、各支流域の縦・横断面形を取得した。横断面形を抽出する際には、最初にスプライン曲線を用いて主流路の位置を表すデータを平滑化し、その曲線に直交する方向に断面を設定した。そして、各横断面の形態を示す基本的な指標として、幅、起伏、高度の平均・標準偏差・歪度・尖度、および傾斜の平均・標準偏差・歪度・尖度を求めた。そのデータを用いて各支流域の下流〜上流にかけての地形の変化傾向を類型化し、変化の特徴が急変する地点(分割点)を抽出した。同様に、流域の縦断面形についても、その特徴が一般的傾向とは大きく異なる地点(特異点)を抽出した。また、DEMを活用して各支流域の水系網を抽出した。有珠と草津白根の調査地域は侵食の初期段階にあり、水路がまだ流域全体には広がっていないため,最初にDEMを用いて水系網を自動的に抽出し、次にオルソ空中写真を用いて谷頭の位置を判読し,それよりも上流側の水系を消去して解析に用いる水系網を得た。水路がすでに流域全体に広がっている他の地域では,DEMから計算された落水線の方向を用いて,各支流域の全てのセルに関するStrahlerの水系次数を計算し,ある次数以上のセルで構成される落水線を水系網とみなした。抽出された水系網を用いて、水系密度やホートンの分岐比・流路長比といった水系特性を支流域ごとに算出した。さらに、各支流域を細かく分割して局所的な水系密度を算出し、その地点における地表の傾斜および流域内における相対高度との関係を検討した。

 横断面形から判定した分割点の分布と縦断面形から判定した特異点の分布は、非常に類似しており、縦断面形と横断面形の特徴の変化が強く関連していることが示された。また、横断面形の特徴と地域の起伏との関係を調べたところ、高起伏の地域では低起伏の地域よりも流域の形状が単純化する傾向が示された。この結果は、日本のように地殻変動と侵食が活発な地域では、標高が高く大起伏の地域において地形が平衡状態に近づき、均整がとれた単純な形態を持つようになるという既存の地形変化モデルと調和的である。一方、急変点と特異点の発生頻度を含むいくつかの指標によると、中起伏の地域において低起伏の地域よりも流域形状の多様性と複雑度が増加することが示された。したがって、流域の地形の特徴と起伏との対応は、必ずしも単純ではないといえる。この理由として、今回取り上げた低起伏の地域の地質が、未固結の火山灰や第四紀層からなるのに対し、中〜大起伏の地域の地質は、固結した岩石であることが挙げられる。すなわち、侵食によって容易に変化しやすい地質からなる地域では、起伏が小さくても流域の形状が柔軟に変化するために、いくつかの地形の特徴について、中起伏の地域よりも均整がとれていると推定される。

 一方、水系網の解析の結果、水系密度と傾斜との関係に関していくつかの新知見が得られた。既存研究では、地表流の作用が活発な流域では、水系密度と傾斜は正の相関を持ち、マス・ムーブメントが活発な流域では、両者は負の相関を持つとまとめられている。しかし、これとは異なる事例が本研究では多数認められた。特に、従来ほとんど指摘がなかった凸型の関係が多く存在することが判明し、非線形の関係に注目すべきことが示唆された。また、マス・ムーブメントが活発な塩尻地域の高起伏の支流域で、正の相関が頻繁に見られたことも、既存研究での指摘とは異なる。ただし後者は技術的な要因に起因する可能性がある。すなわち、今回は従来の研究よりも詳細な地形データを用いたために、急傾斜の斜面の上に存在する多数の浅い崩壊地が認識され、水系密度を増加させた可能性がある。

 1-m DEMを取得した植生を欠く地域では、水系密度と傾斜との関係が水系の発達段階に応じて変わることが示された。また、各地域内での水系の発達段階は、本流に対する支流域の相対的な位置に応じて変化する場合が多い。有珠と草津白根の調査地域では、流域の中部における水路の拡張と流域の下部における水路の統合が、水系密度と傾斜との関係に強く影響している。一方、赤崩では、流域の下方における侵食基準面の低下によって新たに生じた流路の影響が強いと推定される。

 一方、10-m DEMを取得した一般的な流域では、水系密度と傾斜との関係が地域の起伏と比較的単純な対応を示した。このような1-m DEMを取得した地域との相違は、1-m DEMの地域には初期段階の水系が含まれることと、扱っている地形のスケールが違うことを反映すると考えられる。

 上記の流域断面形と水系構造に関する解析結果を、地形特性と地域の起伏との対応に注目してまとめた。その結果によると、幅・比高・標高の標準偏差といった比較的単純な流域横断面形の特性と、10-m DEMを取得した地域の水系密度と傾斜との関係は、地域の起伏の大小と強く関連しており、流域の基本的な形状と一般的な流域における水系の特徴は、主に起伏に規定されるといえる。一方、流域横断面の傾斜に関する特性は、局所的な地形の相違の影響をより強く反映するためか、地域の起伏との対応が弱くなる傾向がみられた。また、急変点と特異点の頻度といった一部の地形の指標については、起伏の影響と共に、流域を構成する岩石が非固結か否かにも強く影響されると推定された。一方、1-m DEMを取得した地域における水系の構造については、侵食の初期段階にある未完成な水系を含むこともあり、地域の起伏や地質よりも、本流との位置関係といったローカルな特性の影響が強い。

審査要旨 要旨を表示する

 地球上における地形の進化は,流水による浸食に大きく支配されている.流域と水系とは水文過程に関わる地形の基本単位であり,それらの形態的特徴と発達過程を明らかにすることが地形の進化を定量的に明らかにする上で重要である.これまで,流域の主流路の縦断面形のみに着目した研究が数多く行われてきた.しかし,横断面形を含めて流域の形態を総合的かつ詳細に研究した例はほとんどない.本論文は,高解像度のDEMを用いて流域の形態的特徴と水系網の構造を詳しく把握し,流域の起伏,流域の断面形,および水系の特徴が,流域の発達過程とどのように対応しているのかを論じた.

 本論文では,起伏や水路網の形成開始時期が大きく異なる以下の6地域を選定し解析を行った.発達の初期段階にある水路網を詳細に解析することを目的として,(1)有珠山の山頂付近,(2)草津白根山の山頂付近,および(3)南アルプスの大規模崩壊地である赤崩を取り上げ,デジタル空中写真測量を用いて水平解像度1mのDEMを作成した.また,水平解像度10mのDEMを用いたより広域的な地形解析を行うための代表的地域として,(4)東京都多摩地域,(5)島根県浜田地域,(6)長野県塩尻地域を選定した.先ず,DEMをもちいて各地域の支流域を抽出し,さらに抽出した各支流域について縦・横断面形データと水系網を自動抽出した(1-m DEMの3地域についてはオルソ空中写真の判読を併用した).次に,抽出された各支流域について,横断面形の形態を表す様々な指標を求め,それらの流路に沿う変化パターンを類型化すること,および流域全体の地形的特徴量を求め,縦・横断面形との関係を調べること,の2つ解析を行った.また,抽出された水系網を用いて,水系密度やホートンの分岐比・流路長比などの水系特性を支流域ごとに算出した.さらに,各支流域を細かく分割して局所的な水系密度を算出し,その地点における地表の傾斜および流域内における相対高度との関係を検討した.以上の解析の結果得られた,主な知見は以下の通りである:

 1.1-m DEMを用いた詳細な解析の結果から,水系網発達の初期段階においては本流に対する支流域の相対的な位置が水系網の発達に大きな影響を及ぼすことが分かった.一方,より成熟した水系では,水系密度と傾斜との関係が起伏と比較的単純な対応を示すことが明らかになった.

 2.既存研究によれば,地表流の作用が活発な地域では水系密度と傾斜とは正の相関を持ち,マス・ムーブメントが活発な地域では両者が負の相関を持つとされている.しかし,これと異なる事例が本研究では多数認められ,水系密度と傾斜との非線形関係に注目すべきことが示唆された.

 3.多くの地形特性が起伏と強く関連しており,一般に高起伏の地域では低起伏の地域よりも流域の形状が単純化する傾向があることが分かった.この結果は,標高が高く大起伏になるにつれて地形が動的平衡状態に近づくためであると解釈される.

 本論文は,現状では入手がまだ容易ではない高解像度のDEMの自作,客観的かつ再現性の高い解析手法の考案,およびそのためのコンピュータプログラムの自作といった,研究の基礎的部分の確立に取り組むとともに,多量のデータを実際に処理して統計的に解析し,複雑さの中から地形学的意義を持つ関係を見いだすために様々な検討を行った意欲的な研究である.得られた結論の中には,動的平衡状態にある流域の地形的特徴の明確化,中起伏流域で最も複雑化する地形的特徴の存在,流域の縦断形と横断形が持つ役割の共通点と相違点,および流域内の相対的位置が初期の水系網の発達に与える影響の発見,といった地形学的に重要な新知見が含まれている.

 なお本論文の一部は,小口高との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.この部分に関しては,既に論文提出者が筆頭著者で論文を執筆し国際誌に受理されている.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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