学位論文要旨



No 119655
著者(漢字) 種子田,春彦
著者(英字)
著者(カナ) タネダ,ハルヒコ
標題(和) 茎の性質に基づいた被子植物と裸子植物におけるシェートの物質分配と地理的分布の決定要因に関する生理生態学的研究
標題(洋) Analyses of shoot biomass partitioning and latitudinal species distribution of angiosperms and gymnosperms based on stem properties related with water transport and mechanical support functions.
報告番号 119655
報告番号 甲19655
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4590号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 舘野,正樹
 東京大学 助教授 園池,公毅
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 教授 福田,裕穂
内容要旨 要旨を表示する

目的と背景

 茎は,水の通導と力学的支持という2つの機能を持つことで個体全体の生産や生存に寄与している.例えば,根で吸収された水分が茎の通導機能によって葉へと輸送されることで,葉は蒸散によって失った水分を補い,長時間にわたり気孔を開いて光合成を行うことができる.また,茎の力学的支持機能によって,自重や雨,風による物理的なストレスのもとでもシュートの空間的な位置が確保されるので,植物は他個体からの被陰を避け,光合成を行うことができる.こうした茎の機能を担うのは茎を構成する木部であり,その形態は水の通導や力学的支持といった茎の主要な機能と密接に関係することが知られている.太い導管を持つ木部は効率的な水輸送を可能にするし,材が空間的に密に詰まった木部は硬くて折れにくい茎を実現する.木部は種によってきわめて多様な形態を持つことも報告されており,このことから機能に関わる茎の性質も種によって多様であることが期待される.本研究は,こうした木部の形態を反映した茎の性質の多様性を機能という観点で評価し,その生態学的な意義を解明することを目的として解析を行った.はじめに通導機能,力学的支持機能が十分に稼動するために必要な茎への物質分配率を数理モデルによって求めた.次に,2っのモデルから得られた予測と現実の植物の茎の性質を比較することによってシュートにおける物質分配の規範を決定し,茎の性質とシュートの生産速度の関係を定量的に評価した。最後に異なる茎の性質を持つ裸子植物と被子植物が示すエンボリズムへの抵抗性の違いからそれらの分布域の決定要因になりうることを明らかにした.

物質分配の規範の決定

 シュートでの水収支を考えたときに、シュートの生産速度(=葉面積×葉面積あたりの光合成速度)を最大にするような茎への分配率を,通導機能に必要な茎への分配率であると定義し,これを、生化学的な根拠を持つ数理モデルによって決定した.また,力学的支持機能に必要な物質分配は,倒伏に対する安全率(=倒伏限界荷重(倒伏しないで支えることができる最大の荷重)/実際についている葉の生重量,図5)を一定に保ちながら成長するとした数理モデルを用いて求めた(Tateno1993).これら2つの茎への分配率が異なる場合には,現実の植物はどちらか一方の機能を規範として物質分配を行わなければならない.しかし,これら2つの茎の機能を比較している研究は極めて少なくこの疑問に対する満足な解答が与えられていないのが現状である.そこで,私は,葉と茎への物質分配が通導機能と力学的支持機能のどちらによって決定されるのか,という問題に対して,当年枝を対象にして解析を行った.

 力学的支持機能と通導機能はともに生存にとって必要不可欠である.そこで,予測された2つの物質分配を比較し,茎に対してより多くの物質の必要となる機能の方が規範になるとした.つまり,力学的支持機能を規範としたときの茎への分配率pminと通導機能を規範としたときの茎への分配率p*を比較したときに,p*>pminの時には通導機能を,逆にpmin>p*の時には力学的支持機能によって物質分配が決定される,ということである.上記の2つの数理モデルから,水の通導に必要な茎への分配率は,茎の通導能力である茎の通導性(Ksm, stem mass specific conductivity, mmol H2O m2 g-1 MPa-1 sec-1)によっても左右され,力学的支持に必要な茎への分配率は茎の密度(stem mass densitym,ρ,kg m-3)に左右されることを予測することができた.そこで、これら茎の性質の組み合わせによって、2つの茎への分配率の大小関係が変わり、同時に物質分配の規範も変わりうることが予想される。

 このことを踏まえて,モデルの予測と現実の植物で観察される茎の性質を比較し,現実の植物が力学的支持機能と通導機能のどちらを規範にするべきかを検討した.通導組織と生活史戦略の違いを基に,植物を草本,落葉広葉樹,常緑広葉樹,裸子植物の4つにグルーピングして解析を行った(図1).被子植物の場合,草本,落葉広葉樹,常緑広葉樹のどのグループでも,力学的支持機能を規範としてシュートの物質分配を行っていることが示唆された.一方,針葉樹とイチョウを含んだ裸子植物の茎の性質では,2つの規範の境界線上に分布し、どちらの機能を規範にしているとははっきりといえないじょうたいであった。

 モデルを用いた解析結果が現実の植物の分配率を説明することを,草本3種,落葉広葉樹4種,常緑広葉樹2種,裸子植物3種を用いて確かめた(図2).この結果,草本,落葉広葉樹,常緑広葉樹では力学的支持に関するモデルから求められた物質分配と実測値とがよく一致した.これに対して,裸子植物では,通導機能に関するモデルから求められた物質分配が実測値とより近かった.以上の結果は,野外の植物が、被子植物では力学的支持機能を、裸子植物では通導機能を規範として物質分配を行っていることを示している.こうした裸子植物と被子植物の間で見られた異なる規範は,主に茎の通導性の違いに起因すると考えられる.

茎の性質とシュートの生産速度

 規範が決定されたことによって,シュートにおける物質分配を説明することが可能になり,シュートの生産速度と茎の性質との関係を定量的に評価することができるようになった.同じ性質の葉を持つシュートを仮定すると,シュートの生産速度は,茎が裸子植物の性質を示す場合でもっとも低くなり,以下,常緑広葉樹,落葉広葉樹,草本の順で高くなった(図3).

茎の性質とエンボリズムへの抵抗性

 こうした生産性における不利さにもかかわらず,冷温帯以北の森林では,裸子植物である常緑性の針葉樹が優占的な地位を占めており,被子植物である常緑広葉樹の高木種は観察されない.常緑針葉樹と常緑広葉樹の分布域の違いは,常緑広葉樹が常緑針葉樹に比べて低温での細胞傷害に対する耐性(耐凍性)が弱いことによって説明されてきた.これに対して本研究では,導管液の凍結融解によって生じる気泡が原因となって起きるエンボリズム(水の通導阻害)が,常緑広葉樹の持つ導管では起こりやすく,常緑針葉樹が持つ仮導管では起こりにくいという性質から分布域の違いを説明することを試みた.

 分布域を制限する主要な要因であることを示すために,冷温帯にある日光植物園と暖温帯にある小石川植物園の植栽と実験的に移植した植物を利用して解析を行った.暖温帯での優占種であるシラカシとクスノキは,冷温帯では冬季に凍結融解によるエンボリズムを起こして水の通導能力を失い(図4),水収支が悪化し,結果として葉は枯死した(図5).このとき常緑針葉樹であるモミとウラジロモミでは冬でも茎の通導能力は秋と変わらない状態を示しており,地上部の枯死も観察されなかった.これらの種では,実験を行った年の最低気温よりもはるかに低い温度でないと葉の細胞は傷害を受けないので,観察されたシュートの枯死は凍結融解によるエンボリズムから起きる乾燥が原因であると考えられる.さらにモミとシラカシの実生を日光と小石川にそれぞれ移植して競争実験を行ったところ,3年間で,暖温帯ではシラカシがモミを完全に被陰して枯死させたのに対して,冷温帯では冬季の間にシラカシは,地上部が枯れてしまうために高さ成長が抑制され,相対成長速度ではモミがシラカシよりも大きな値を示した(表1).こうしたことから常緑針葉樹は,仮導管の凍結融解によるエンボリズムに対して高い抵抗性によって寒冷な地域では優占することができる.一方で,仮導管の極端に低い通導能力による低い生産速度のために,温暖で湿潤な地域では常緑広葉樹によって競争的に排除されてしまうことが示唆された.

総合考察

 裸子植物では,仮導管の持つ低い通導能力のために,葉と茎への物質分配の規範は通導機能であり,シュートの生産性は低い.対照的に,導管を獲得したことによって通導能力の飛躍的に増大させた被子植物では,葉と茎への物質分配の規範は力学的支持機能に変わり,高い生産性のシュートを作ることができる.こうした違いによって,生産にとって良好な環境では,たとえ生殖能力,葉や根の性質が同じであったとしても,裸子植物は導管を獲得した被子植物によって競争的に排除されてしまう可能性が高い.この競争排除によって,湿潤な熱帯から暖温帯の森林において裸子植物がほとんど観察されない理由の一部が説明されるだろう.一方で,高い通導能力を持つ常緑広葉樹は,仮導管を通導組織として使う裸子植物とは異なり,凍結融解によるエンボリズムによる水ストレスにさらされるため,冷温帯以北では生存できないことが示された.こうした凍結融解によるエンボリズムへの抵抗性の違いが,エンボリズムが起こる冷温帯以北で常緑針葉樹が優占する主要な理由のひとつとなるだろう.

表と図

表1シラカシとモミの実生による日光と小石川への移植実験の結果.日光では,シラカシの実生は、冬季に地上部で枯死が起きるためモミの1/4程度の低い相対成長率を示した.冷温帯である日光で,シラカシとモミが今後も同じように成長していくのであれば,やがてモミがシラカシよりも大きく成長し,競争的にシラカシを排除する可能性が示唆された.

図1(左)茎の性質の予測値と実測値との比較から物質分配の規範を決定した。グラフ中の曲線よりも上側の領域で示される茎の性質では力学的支持機能を、下側の領域で示される茎の背質では通導機能をそれぞれ規範として物質分配を行うべきである。

図2(上)茎への分配率の予測値と実測値との比較から物質分配の規範を決定した。この結果、被子植物では力学的支持機能に、裸子植物では通導機能に従って、物質分配を行うことが示された。

図3茎の性質だけが異なるシュートを想定すると裸子植物の茎の性質を持つシュートでもっとも生産速度が小さくなった.

図4(上)日光と小石川における冬の進行に伴う通導度の変化.日光では,常緑広葉樹であるシラカシとクスノキの通導度が冬季に顕著に低下した。

凡例のAhはウラジロモミ,Afはモミ,Ccはクスノキ,Qmはシラカシ,Qgはアラカシをそれぞれ表している.図5(右)日光で冬季に観察されたクスノキのシュートの枯死.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章よりなる。第1章は全体を通しての序論であり、第2章では数理モデルをつかった当年枝形成の規範の解明、第3章では常緑樹の分布域が形態形成規範の違いによることの実験的証明、第4章で植物の通導組織の進化についての総合的な考察を行っている。

 第2章では、これまで個別に研究されてきた、形態形成の二つの規範、すなわち、通導と力学的支持を総合的に扱い、そのどちらが実際に形態形成の規範として働き得るのかを解明した。そのために、まずテスト可能な数理モデルを構築した。通導に基づいたモデルでは、茎を通って葉に送られる水に制限される気孔開度を介した葉の生産を最適にするような、茎と葉への物質分配を求めた。また、力学的支持に基づいたモデルでは、座屈という力学的失敗を起こさないための最小限の茎への物質分配を求めた。通導には道管や仮道管などの直径に関係した茎の通導性の大小が関わってくるため、茎の通導性をパラメータとして用いた。また、力学的な支持については、茎の密度をパラメータとして用いることにした。二つのモデルを組み合わせることにより、通導が形態形成の規範となるパラメータの組み合わせ、力学的な支持が規範となるパラメータの組み合わせが決定された。これと現実に存在する植物のパラメータを比較すると、草本、落葉広葉樹、常緑広葉樹では力学的な支持が規範であり、針葉樹では通導が規範となっていることが示された。通導能力の高い道管を進化させた被子植物では、通導機能は十分であるため、力学的な支持が形態形成を決めることになる。一方、仮道管を持っている裸子植物では、通導機能が形態形成の制限要因となっていることになる。さらに、こうした植物の生産性をモデルを用いて評価したところ、道管を進化させた被子植物のほうが常に高い生産性を持ち得ることが明らかとなった。これは、道管の進化が植物の成長速度を大きくしたことを示している。

 第3章は、第2章の結果をもとに、「生産性の低い裸子植物がなぜ現在でも生き残っているのか」という問題に答えることを試みた。生産性だけを見ると、裸子植物は被子植物によって競争的に駆逐されてしまうはずである。しかし、現実には冷温帯以北の寒冷な場所には常緑針葉樹が優占しており、これは一見パラドクスとなっている。そこで、ともに遷移後期種である常緑針葉樹と常緑広葉樹を比較の対象として解析を進めた。東京大学には、常緑広葉樹が優占種となる暖温帯の小石川植物園と、常緑針葉樹が優占種となる冷温帯の日光植物園がある。この二つの植物園の植裁と、実験的に常緑広葉樹を日光植物園に移植したもの、実験的に常緑針葉樹を小石川植物園に移植したものを用いて、それらが冬期にどのような生理的な問題を抱えるのかを測定した。小石川植物園では常緑広葉樹、常緑針葉樹ともに冬期には何の生理的なストレスも受けてはいなかった。それに対し、日光植物園に移植した常緑広葉樹は凍結融解によるエンボリズム(空気による道管の閉栓)がおこり、強い水ストレスによって枯死した。常緑針葉樹についてはエンボリズムは見られなかった。この違いは物理的に説明できるものである。このことは、直径が大きく水を通しやすい道管には冬期のエンボリズムという致命的な欠点があるため、夏の生産性が高くとも寒冷な地域には分布できないことを示している。一方、水を通しにくい仮道管を持っている常緑針葉樹では、夏の生産性は低くとも、冬期のエンボリズムを回避できるため、寒冷な地域では常緑広葉樹に対して優位性を持っていることを示している。この研究によって、エンボリズム耐性と生産性の間にトレードオフがあることが示され、常緑樹の分布域が合理的に説明できるようになった。

 このような研究を遂行するためには数学的な能力と実験生物学的な素養、フィールドを用いた野外生物学を推進するパワフルさが必要とされるため、これまで手つかずであった。論文提出者がそこにチャレンジし、画期的な成果を上げた点は特に高く評価されるべきことである。

 なお、本論文の第2章、第3章は舘野正樹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論的解析と実験的検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が大半であると判断される。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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