No | 119656 | |
著者(漢字) | 柴田,明徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シバタ,アキノリ | |
標題(和) | マイクロ波による異方的超伝導体の渦糸状態の研究 | |
標題(洋) | The Study of Vortex State of Anisotropic Superconductors by Microwave Measurement | |
報告番号 | 119656 | |
報告番号 | 甲19656 | |
学位授与日 | 2004.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4591号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに ほとんどの超伝導体では電子―格子相互作用により超伝導がおこり等方的な超伝導ギャップがフェルミ面上に出現する。近年、このような従来型のs波超伝導体とは異なる発現機構や対称性を持ったいわゆる異方的超伝導体が酸化物、重い電子系、有機超伝導体において次々と発見されてきている。異方的超伝導体はほとんどの場合フェルミ面の特定の方向でギャップが閉じたノード構造をもち、そのため超伝導状態でs波超伝導体とは大きく異なる物性を示すことが知られている。その中で近年の研究で異方的超伝導体では磁場下の渦糸状態における熱力学特性や輸送現象が特異なものとなっていることが明らかになってきた。特に、渦糸状態の準粒子構造のような静的側面の理解は実験と理論の両面においてかなり進展して来た。これに対し異方的超伝導体の渦糸や準粒子のダイナミクスといった動的側面はほとんど解明されていない。特に超伝導ギャップ構造の渦糸のダイナミクスに与える影響はほとんど明らかになっていないのが現状である。 そのような背景のもと本研究では異方的超伝導体の磁束フロー抵抗に注目した。磁束フロー抵抗は渦糸がマグナス力により超流動電流の中を動いたときに起こるエネルギー散逸に密接に関係した量であり超伝導状態で最も基本的な量の一つである。エネルギー散逸は渦糸のコアの部分で主として起こる。渦糸のコア状態は超伝導の対称性と密接な関わりを持つため磁束フロー抵抗を明らかにすることは異方的超伝導体を理解する上で極めて重要である。 本研究では、ラインノードを持ったd波超伝導体Bi2Sr2CuOδ(Bi:2201)と2種類の明確に異なる大きさの超伝導ギャップを持ったMgB2の二つの超伝導体の磁束フロー抵抗をマイクロ波表面インピーダンスにより測定した。銅酸化物高温超伝導体はモット絶縁体にホールをドープすることによって生ずるがアンダードープ領域では擬ギャップ、非フェルミ流体的振る舞い、強い反強磁性揺らぎ等の電子の強相関効果に由来する現象が観測されこれらは渦糸の内部構造自体を単純なd波超伝導体から大きく変化させてしまう可能性がある。そのため我々はそのような強相関効果が比較的弱いオーバードープ領域にありフェルミ流体的な振る舞いが観測されるBi:2201を用いた。そして、この系での磁束フロー抵抗を理解することにより、ノード構造とエネルギー散逸の関係を明らかにした。さらにMgB2は、Tc=39Kの高温超伝導体であり2種類の明確に異なる大きさの超伝導ギャップを持つ。その磁束フロー抵抗を調べることによりギャップの大きさがエネルギー散逸に与える影響を調べることができた。 実験 本研究で測定した単結晶Bi:2201(Bi1.74Pb0.38Sr1.88Cu1.00Oy)は浮遊帯域法で作成されており、過剰ホールドープ域を実現するためにPbを混ぜている。試料のTcは14.6Kである。MgB2試料は高圧合成法により作成された単結晶試料である。試料のTcは38.6Kである。 磁束フロー抵抗には格子欠陥などの結晶の不均一性に起因する磁束のピン止め効果も影響する。我々が最も興味があるのは、ピン止めが効かない領域の磁束フロー抵抗(Free Flux Flow Resistivity、FFFR)である。本研究では、マイクロ波表面インピーダンスZsの測定を行いFFFRを求めた。Zsは表面抵抗Rsと表面リアクタンスXsの複素和で表され、Zs=Rs+iXsとなる。 Bi:2201のピン止め周波数は10-20GHz程度でマイクロ波領域にある。そこで、15GHz、30GHz、60GHzの3つの周波数で磁束フロー抵抗を測定し、その周波数依存性の解析によりFFFRを求めた。また、MgB2のピン止め周波数は数GHz程度かそれ以下であるので、それよりもかなり高い30GHzで磁束フロー抵抗を測定した。 s波超伝導体の磁束フロー抵抗 簡単にs波超伝導体のFFFRについて説明する。s波超伝導体の渦糸コアでは、準粒子がコアの周りのペアポテンシャルに束縛されるので、量子化されたエネルギーをもつ束縛状態が形成される。その束縛状態のエネルギー間隔は〓2/Ef程度となる。従来のs波超伝導体では、この値はmK程度になり、コア内部の量子化準位はほとんど問題にならない。そのため、渦糸の電子状態はコヒーレンス長ξ程度の1本の常伝導芯で近似される。このとき、FFFRρsfはBardeen-Stephenの関係式で与えられ、 ρfs=(B/Bc2)ρn(1) となる。ここで、Bは直流磁場、Bc2は上部臨界磁場、ρnは常伝導抵抗率である。 d波超伝導体Bi:2201の磁束フロー抵抗 図1(a)にBi:2201のFFFRを示す。図中のデータは交流磁場Bωと直流磁場Bをともにc軸に平行にかけたときのFFFRである。図から分かるように、FFFRは低磁場においてBに比例して増加し、その傾きは図中の破線で示した従来のs波超伝導体のものよりも大きくなる。また、高磁場では、図1(b)から分かるようにFFFRは〓に比例する。 KopninとVolovikによれば、d波超伝導体のFFFRρfdは ρfd=Ωmax/<Ω>fs(B/Bc2)ρn=Ωmax/<Ω>fsρfs(2) となる。ここで、<> fsはフェルミ面上での平均を表す。ここで、Ω はコアにおける準粒子スペクトルで、超伝導ギャップ関数〓(k)を用いてΩ=〓(k) 2/Efと与えられる。上式でΩmaxはギャップが一番大きい方向のΩを表す。フェルミ面上のノード方向の準粒子はペアポテンシャルによる束縛を受けず、コアの外まで広がっており、Ω は小さくなる。したがって、ノード方向のΩの<Ω>fsに対する寄与は小さくなり、FFFRの磁場依存性における傾きはs波超伝導体のものよりも大きくなる。低磁場での磁場依存性の傾きは以上のことを用いて定性的に説明される。しかしながら、高磁場においてd波超伝導体のFFFRが〓に比例することの説明については、現在のところ明確な説明はない。 2ギャップ超伝導体MgB2の磁束フロー抵抗 MgB2の測定では、BとBωがともに試料のc軸に平行な場合と、ab面に平行な場合のFFFRを測定した。図2(a)にMgB2のFFFRを示す。FFFRは、低磁場では、s波超伝導体で予想されるよりも大きな傾きで磁場に比例し、Bc2までの全領域で上凸型の磁場依存性を示す。また、図2(b)から分かるように、Bをab面と平行にかけたときのFFFRでは、〓でプロットしたときに明確な折れ曲がりを観測した。 このような折れ曲がりは2つのギャップの効果であると考えられる。つまり、低磁場では、二つのギャップに由来する準粒子がコア内部にトラップされており、両方のギャップの準粒子がエネルギー散逸に寄与する。一方、小さなギャップがつぶれてしまう高磁場では、大きなギャップの準粒子のみがコアにトラップされており、エネルギー散逸に寄与する。そのため、小さなギャップがつぶれる磁場では、FFFRの磁場依存性が劇的に変化し、磁場依存性に明確な折れ曲がりが現れる。 以上のコア内の準粒子の寄与をみるFFFRの結果をコア内外の準粒子の寄与をみる比熱やコア外の準粒子の寄与をみる熱伝導率の結果と比較することによって、各ギャップの準粒子の散乱時間に関する知見も得ることが出来る。比熱や熱伝導率の磁場依存性の測定結果には、FFFRで観測されるのと同程度の磁場で、折れ曲がりが観測されている。注目すべき点として、折れ曲がりが現れる磁場で、FFFR、比熱、熱伝導率はどれも常伝導状態の半分程度になることが挙げられる。このことは、小さなギャップと大きなギャップの準粒子散乱時間は同程度になることを示している。 まとめ 本研究では、マイクロ波を用いて、d波超伝導体Bi:2201と2ギャップ超伝導体MgB2のピン止めの効かない領域での抵抗の測定を行った。その結果、低磁場では、d波超伝導体Bi:2201のFFFRはs波の場合よりも大きな傾きでBに比例し、高磁場では、〓に比例することが分かった。また、2ギャップ超伝導体MgB2のFFFR測定では、磁場依存性に明確な折れ曲がりがみられ、FFFRは二つのギャップに特徴的な磁場依存性を示すことが分かった。以上の結果を通じて、FFFRは超伝導ギャップ構造と密接に関わりあうことが分かった。 図1(a):Bi:2201のFFFR。図では、比較のために破線でs波超伝導体のFFFRを示す。 図1(b):Bi:2201のFFFR。図では、(B/Bc2)0.5の平方根を横軸としてデータをプロットしている。 図2(a):MgB2のFFFR。図では、比較のために、破線でS波超伝導体のFFFRを、実線でd波超伝導体のFFFRも示す。 図2(b):MgB2のFFFR。図では、(B/Bc2)0.5を横軸としてプロットしている。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなり、第1章は論文全体の章構成の説明、第2章はこの研究の背景、第3章は研究に用いた実験装置とマイクロ波測定方法、第4章は銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2CuOδ(Bi:2201)に関する実験結果とその解釈、第5章は2ギャップ超伝導体MgB2に関する実験結果とその解釈、第6章に論文全体のまとめ、最後に第7章に謝辞が述べられている。 通常の超伝導体ではフェルミ面近傍の二つの電子間に電子-格子相互作用を媒介とした引力が働き、それらが低温で対凝縮を起こすことで超伝導状態が発生する。このとき準粒子励起のエネルギーギャップは運動量空間で等方的に開く。これは電子対(クーパー対)の対称性がs波スピン1重項状態だからである。ところが、銅酸化物高温超伝導体(d波スピン1重項)、重い電子系、有機超伝導体などs波とは異なるクーパー対の対称性をもつ異方的超伝導体が最近相次いで発見された。そのギャップはフェルミ面の特定の方向で閉じた(ノードをもつ)構造をもつ。しかし、これら異方的超伝導体のクーパー対の対称性の確実な同定や引力機構のミクロ解明は、まだ十分になされていないのが現状である。 本研究は、異方的超伝導体の磁場中の量子渦糸の動的性質を調べることで渦芯周りの準粒子束縛状態、すなわちギャップ構造に関する実験的知見を得ることを目的に行われた。具体的には、過剰ホール注入(オーバードープ)領域のBi:2201試料にマイクロ波を照射して表面インピーダンスを測定することで磁束フロー抵抗を求め、その磁場依存性を典型的なs波超伝導体や2ギャップ超伝導体MgB2に対する実験結果と比較した。 本研究以前に行われた銅酸化物高温超伝導体の磁束フロー抵抗測定は、不足ホール注入(アンダードープ)領域や最適ホール注入(オプティマムドープ)領域に対するものであった。しかし、モット・ハバード転移に近いアンダードープ領域では反強磁性相関が大きく常伝導相も異常な金属状態であることが知られており、実験結果がd波対称性に特徴的なものであるかどうかは自明でない。そこで、常伝導相がフェルミ流体論でよく記述されることが分かっている、すなわち"典型的な"d波スピン1重項超伝導体と見なせるオーバードープ領域の試料について測定したのが、本研究の大きな特徴の一つである。この試料の場合、オプティマムドープ領域に比べて上部臨界磁場(Hc2〓20 T)がかなり低いので、相対的に広い磁場範囲にわたって磁束フロー抵抗の磁場変化を調べることができるという利点もある。実験はマイクロ波空洞共鳴摂動法を使って高い周波数(60 GHz)まで表面インピーダンスの周波数依存性を測定したので、磁束のピン止め効果(磁束クリープ)をほとんど除去できている。 アンダードープBi:2201試料について得られた磁束フロー抵抗は、低磁場領域(H/Hc2〓0.1)では磁場に比例して増加し、その比例係数は典型的なs波超伝導体より約2倍大きいことが分かった。これはKopnin-Volovikによるd波超伝導状態に対する渦芯近傍のAndreev束縛状態の準粒子スペクトルに基づく理論計算で説明できる。エネルギー散逸に寄与する準粒子数の低下がフロー抵抗の上昇を与えるという考えである。また、異方的s波超伝導体YNi2B2Cの実験結果とも符合しており、磁束フロー抵抗が超伝導ギャップの大きさの異方性に敏感な測定法であることを示している。一方、高磁場領域(0.3〓H/Hc2〓0.8)では磁束フロー抵抗の変化分が磁場の平方根に比例することが分かった。この振る舞いは上記の理論では説明できないが、キャリアの散乱確率が増加するという考え方をすると、磁場依存性のクロスオーバーも含めて説明可能である。他方、MgB2のデータは磁場をab面に平行に印加したとき、2ギャップ構造を反映してフロー抵抗の磁場依存性にH/Hc2 = 0.1付近で明瞭な変化を観測することができた。 以上のように、本研究は異方的超伝導体、特にd波スピン1重項超伝導体の磁束フロー抵抗に関して新しい実験的知見をもたらしたものとして、十分評価できる。 なお、本論文の第4章の研究は松田祐司、井澤公一、生田博志、長谷川正、加藤雄介の各氏との、また第5章の研究は松田祐司、井澤公一、松本麻里、Sergey Lee、田島節子の各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の遂行、解析及び解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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