学位論文要旨



No 119660
著者(漢字) Sadr Amir Ahmad
著者(英字)
著者(カナ) サダル アミール アハマド
標題(和) 地震新断層近傍の群杭基礎の挙動
標題(洋) Behavior of Pile Group Embedded near Surface Fault Rupture
報告番号 119660
報告番号 甲19660
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5865号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

1999年に台湾で発生した集集地震(Chi-Chi Earthquake)では断層破壊面が地表まで到達し,これによって橋梁などの社会基盤施設に甚大な被害が発生した.これら断層変位に直接関わる被害事例は,地盤の加速度や速度が最大の課題となる通常のシナリオとは全く異なった見地に立って検討される必要がある.被害を受けた橋梁の多くは,河川が山地から平野に流れ出る扇状地に位置しており、いたがってこれらの基礎は河川が長い歳月をかけて運んできた砂礫地盤中に埋設されている.巨礫を含む未固結の堆積層の直下に断層変位が生じると、ひずみは広範囲に分散され,かつその範囲は砂地盤の物性のみならず断層の伏角等、幾何学的な諸元にも大きく支配される.結果的に埋設された基礎は,主要な破壊領域から離れていたとしても変形を受ける可能性もある.この問題を分析するためには,未固結の堆積層の変形に加えて、杭と地盤の相互作用という2つの現象を同時に議論する必要がある.縦ずれ及び横ずれの断層変位によって生じる未固結の地盤の変形に関してはこれまでに様々な研究事例があるが,乾燥した砂を用いた実験、あるいは数値計算による検証がその多くを占めている(例えば,Bray 1999, Stone 1988等).一方で,断層破壊が構造物に及ぼす影響に関する研究事例は少ない.この研究は,地盤が変形する際の地盤と杭基礎との相互作用を数値計算と模型実験によって検証することを目的とする.

 断層破壊が構造物に与える影響の数値解析は,疑似静的時刻暦法を用いたMaterial Point Method (MPM)によった. MPMでは,計算対象は物質粒子(Material Point:MP)のクラスターとして表現される.対象となる物質の物性値(ラグランジュ変数)を運ぶMPは,空間に固定されたオイラー座標の格子境界を自由に移動することができる.この計算格子は計算対象となる物体の仮想位置全体を覆うもので、計算を通してその形が一定に保たれるため,従来の有限要素法にありがちな格子の大変形による計算の破綻がない.したがって大断層のような変形問題の記述には極めて適した手法であるが、一方で不均一性やセル内に存在する境界等を明確に表現できないことがこの手法の欠点である.言い換えれば,格子の大きさがMPMの信頼度を決定する.断層の問題を検討する上でこれらのMPMの欠点をある程度改良しておくことが必須である.形状関数やメッシュ形状の選択など、通常の有限要素法で使われる技巧も含めて,MPMの改良手法を提示し,その効果を確認した(第2章).

 メッシュ礫混じりの未固結地盤の構成モデルも重要である.ここではDrucker-Pruger, Mohr Coulomb, Smoothed Hyperbolic Mohr Coulomb そして Generalized plasticity modelを検討の対象とした(第3章).

 数値解析の結果のみ示すのでなく,現れた現象を支配する要因や,そこに伏在する物理的背景を洞察し簡潔に既述することが,その結果を工学的に実地に応用する上で重要になる.そこで断層を介して接する2つの地盤を2つの弾性棒で表現し,それらがその長さ方向に一様に分布する断塑性ばねを介して接しているという簡単な断層の力学モデルを想定した.そしてその下端に基盤断層変位に相当するずれを加えたときのずれの伝播を解析的に表現し,現象を支配すると考えられるパラメータを抽出した.そのパラメータをもってMPMの解析結果を検討し,層厚や基盤のずれが異なるケースでもパラメータで再記述した尺度で見ると相似性の強い状況が現れることを確認した.これらの議論は2つの棒を拘束する圧力を深さ方向で変化させた場合,さらに断層伏角やダイラタンシーの影響を取り込んだ場合にも拡張されている(第4章).

 未固結地盤の物性と、断層の幾何学的パラメータを変化させて、まず2次元のパラメトリックスタディを行ない,断層によって生じる未固結地盤の変形のパターンとそれが杭(壁)基礎に与える影響を検討した.ここでは特に地盤材料のダイレタンシー特性,表層の厚さ,断層の俯角などの影響に重点が置かれた.自然に堆積する地盤は,概して良配合の粒状体の集合である.地盤がせん断を受けると,収縮するという明確な兆候を見せることもなく膨張を続け,せん断変位がせん断層の厚さの2倍から3倍に達すると,体積が最大となる.よってここで議論される地盤は,一定の弾性を持つ一様で等方性の物質と仮定されている.関連流れ則によるモール・クーロンの破壊基準がその塑性挙動を表す.自然堆積地盤は巨礫の中に細粒分を含むことを考慮すると,せん断層はせん断過程を通じて膨張し続けるものと仮定された.その結果,逆断層では断層破断面の沿う方向の主要せん断面に加えて、これと共役なせん断面が現れ、結果として左右から収縮する地盤に押し出されるように土楔が形成されていく様子が確認できた.そのような地盤の中にあって杭基礎は(断層面から離れていても)水平方向に地盤の変形に追随して変形する一方で,体積膨張と土楔の押し上げに伴う地盤の盛り上がりには杭基礎は抵抗し,地盤の上昇が拘束される様子も確認された(第5章).

 しかしながら実際の杭基礎と地盤の相互作用は3次元空間で確認されるべきであり,そのためには3次元へのMPMの拡張と,またそれを検証するための実験が必要である.そこで水密性の砂箱を用いた断層模型実験も行われた.この実験では,地盤を飽和させたまません断することが可能であり,乾燥した地盤,水で飽和した地盤の双方についての実験を行った.前章で示したように群杭の軸方向剛性の効果が大きく,せん断層の発達と地盤の変形パターンに大きく影響することが観測されたが,断層面(せん断層)の発達も杭周りで杭の存在に大きく影響を受け変化している様子が確認された.またpush-over実験を通して,MPMの妥当性を検討した(第6章).

 上記の実験では検証の幅に限界があり,これを補うために他の実験例や数値解析例を用いてMPMの検証を行い,概ね良好な一致を得た.ただし他の手法では解析可能な変形範囲が限定され,これを超えるMPMの結果については今後さらに可能な手段で確認を進めていく必要がある(第7章).

審査要旨 要旨を表示する

1999年に台湾で発生した集集地震(Chi-Chi Earthquake)では断層破壊面が地表まで到達し,これによって橋梁などの社会基盤施設に甚大な被害が発生した.これら断層変位に直接関わる被害事例は,地盤の加速度や速度が最大の課題となる通常のシナリオとは全く異なった見地に立って検討される必要がある.被害を受けた橋梁の多くは,河川が山地から平野に流れ出る扇状地に位置しており、いたがってこれらの基礎は河川が長い歳月をかけて運んできた砂礫地盤中に埋設されている.巨礫を含む未固結の堆積層の直下に断層変位が生じると、ひずみは広範囲に分散され,かつその範囲は地盤の物性のみならず断層の伏角等、幾何学的な諸元にも大きく支配される.結果的に埋設された基礎は,主要な破壊領域から離れていたとしても変形を受ける可能性もある.この問題を分析するためには,未固結の堆積層の変形に加えて、杭と地盤の相互作用という2つの現象を同時に議論する必要がある.

 しかしながら現実の被害が地下で起こっていることで、必ずしも十分な調査結果が揃っていないこともこの研究を困難にしている。したがって、様々なシナリオを想定し、対応策を検討する上で数値解析が有効な手段となり得るのである。本論文で断層破壊が構造物に与える影響の数値解析は,疑似静的時刻暦法を用いた陰解法のMaterial Point Method (MPM)によっている. MPMでは,計算対象は多数の物質粒子(Material Points)の集合として表現される.対象となる物質の物性値(ラグランジュ変数)を運ぶ粒子は,空間に固定されたオイラー座標の格子境界を自由に移動することができる.この計算格子は計算対象となる物体の仮想位置全体を覆うもので、計算を通してその形が一定に保たれるため,従来の有限要素法にありがちな格子の大変形による計算の破綻がない.したがって大断層のような変形問題の記述には極めて適した手法である。しかし一方で不均一性やセル内に存在する境界等を明確に表現できないこと、また粒子がセル境界を通過する際に応力にノイズが発生することがこの手法の欠点となる.格子の小さくすることでMPMの分解能を増し、またセルに含まれる粒子数を増やすことでノイズの低減を図ることができ上記の欠点は改善され得るが、これは一方で計算負荷の増大を意味し、効率的な検討を可能にするためこれらの欠点を改良しておくことが必要である.粒子が計算格子境界を越える場合には、その粒子がカバーする有限の領域を想定して、隣接するメッシュのそれぞれに副次的な粒子点を置くなど、MPMの改良手法を提示し,その効果を確認している(第2章).

 上記のMPMで用いる未固結地盤の構成モデルについては第3章で検討を加えている.主たる数値解析事例には一般化塑性モデル(キャップモデル)を用いているが、ここではDrucker-Pruger則, Mohr Coulomb則(数値的な安定を図るため限界状態線の角を丸めたSmoothed Hyperbolic Mohr Coulombモデル)も対象とし、ロバストな数値解析スキームの検討を行っている。

 数値解析の結果に現れた現象を支配する要因や,そこに伏在する物理的背景を洞察し簡潔に既述することが,その結果を工学的に実地に応用する上で重要になる.第4章ではまず基盤の断層のずれを、鉛直方向のずれ成分と水平方向のずれ成分に分割し、両者の応力場の弾性解を線形結合することで任意の伏角を表現するとともに、一つの断層面しか発生しない場合と共役な断層面が発生する状況を分ける限界の伏角が存在することを示した。さらに、主断層を介して接する2つの地盤を2つの弾性棒で表現し,それらがその長さ方向に一様に分布する断塑性ばねを介して接しているという簡単な断層の力学モデルを想定した.そしてその下端に基盤断層変位に相当するずれを加えたときのずれの伝播を解析的に表現し,現象を支配すると考えられるパラメータの抽出を行った.そのパラメータをもって層厚や基盤のずれが異なるMPMの解析結果を記述すると、同じパラメータ値で強い相似性が現れることを確認した.これらは実際の現象から模型実験まで様々にスケールや状況の異なる未固結地盤内部のひずみ分布を統一的に記述する方法論を提示したものと考えてよく、周辺の地盤に追随して変形する杭基礎など、地中の構造物の挙動を把握する上で重要な貢献とみなすことができる.

 第5章では未固結地盤の物性と、逆断層の幾何学的パラメータを変化させて、断層によって生じる未固結地盤の変形のパターンとそれが杭(壁)基礎に与える影響を検討している.地盤ではダイレタンシー特性,表層の厚さ,断層の俯角などの影響を、杭はその有効長(active pile length)と断層面からの離れを変化させその影響を検討した.ダイラタンシーが強い材料では、4章で示したように,断層破断面の沿う方向の主要せん断面に加えて、これと共役なせん断面が現れ、結果として左右から収縮する地盤に押し出されるように土楔が形成されていく様子が確認できた.そのような地盤の中にあって杭基礎は(断層面から離れていても)水平方向に地盤の動きに容易に追随して変形する一方で,体積膨張と土楔の押し上げに伴う地盤の盛り上がりには抵抗し,地盤の上昇が拘束される様子も確認された.これらの数値解析結果から断層近傍に杭基礎を設置せざるをえない場合、通常の設計で必要な有効長(道路橋示方書にあるβ値の逆数に相当)に加えて鉛直方向の相対剛性で決まる有効長(EA/GL:E=杭のヤング率、A=杭の断面積、G=地盤のせん断剛性、L=杭長)も考慮する必要があることを指摘している。

 これらの知見を検証するための実験を第6章で紹介している.ここでは水密状態で断層を再現する装置が用いられており、乾燥した地盤,水で飽和した地盤の双方についての実験が行われた.前章で示したように群杭の軸方向剛性の効果が大きく,せん断層の発達と地盤の変形パターンに大きく影響することが観測されたが,杭の水平載荷時の有効長が予定していた値以上に長くなり、その結果せん断層の発達も杭周りで杭の存在に大きく影響を受け変化している様子が確認された.杭頭のフーチングを外し、モーメントを解放すると群杭としての有効長が短くなり、杭は地盤の動きに追随する傾向をより明確に示すようになることも確認された.しかしながら杭の鉛直方向剛性が周辺地盤を拘束する効果は明らかに両者とも大きく、大きな軸力変動(引張)を受け、周辺地盤に側面を拘束された杭の挙動を検討する必要性を提示している。

 以上、本研究は、地震断層近傍に設置せざるを得ない杭基礎の変形を検討する上で必要な周辺地盤の変形パターンを統一的に記述するための方法論を提示し、さらに杭軸方向の有効長を考慮した設計法構築の重要性を示すなど、地震断層近傍の社会基盤施設の防災対策を構築するうえで重要な指摘を含む研究成果と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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