学位論文要旨



No 119661
著者(漢字) 金田,尚志
著者(英字)
著者(カナ) カナダ,ヒサシ
標題(和) マルチスペクトル法によるコンクリートの劣化物質検出手法の開発
標題(洋) Development of New Technique to Detect Deleterious Substances of Concrete Using Multi-spectral Method
報告番号 119661
報告番号 甲19661
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5866号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 講師 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物は,従来メンテナンスフリーと言われていた.しかしながら,我が国では,1980年代前半にコンクリートの早期劣化が問題となり,それ以来,コンクリート構造物の信頼性が失われるような事態が次々とおこっている.日本海沿岸地域のコンクリート橋の橋桁に,冬期の季節風による海塩の飛来に起因する塩分がコンクリート内部に浸透・蓄積して鉄筋などが腐食して破断する塩害が発見された.続いて,西日本で反応性骨材が使用された橋脚や擁壁などのコンクリート構造物にアルカリ骨材反応によるひび割れ被害が発見された.当時,これら塩害やアルカリ骨材反応によるコンクリート構造物の早期劣化は,コンクリートクライシスとして社会問題視された.このため,関係機関でその原因追求と対策が精力的に研究された.その結果,1980年代後半には,コンクリート構造物の耐久性向上に関わる行政上の指針や基準が示された.その後,これらの指針や基準に基づいてコンクリート構造物は設計・製作されてきた.しかしながら,阪神淡路大震災では,多くのコンクリート構造物が崩壊した.建設当時の示方書の耐震強度が不足しており,それをうけて各示方書が改定された.耐震性能の不足が明らかになったことに加え,コンクリートの内部に異物が入っていたり,鉄筋のかぶりが守られていなかったり,鉄筋が設計どおりに配筋されていない事例が発見されて問題となった.その後も,生コンクリートの加水などが問題視されたが,1999年のJR山陽新幹線,福岡トンネル内のコンクリート剥落事故によって第3者被害が発生した.さらに,その後の全国的な点検で各種コンクリート構造物にひび割れや剥落が多数発見された.

 このようなコンクリートの事故を未然に防止するためには,コンクリートの現状を正確に把握する必要がある.今後,人口減少期に入り建設分野の技術者も減少していくと考えられ,また,建設後数10年が経過し,補修・補強を必要とする構造物が増加するため,従来の技術者による点検では限界があると予想される.

 よって,今後はより効率的な構造物の維持管理が要求されてくる.コンクリート構造物の劣化診断の第一段階として,まず目視点検による外観調査が行われ,その調査結果に基づいて,劣化原因・劣化程度の推定,更には非破壊検査や必要に応じて部分的な破壊検査が行われている.土木構造物はその性質上,調査範囲が広く,環境条件や立地条件が厳しい場合が多く,調査に多大な労力と費用がかかることがある.従来の検査方法とは一線を画する,次世代型非破壊・非接触検査手法の開発により,これらの問題点を解決できると考えられる.従来の非破壊検査手法は,測定を行うために,端子(センサー)を測定部位に設置するタイプが多いため,測定できる範囲に限界があり,高所や大断面の計測には不向きである.また,これらの検査手法のほとんどが,コンクリートのひび割れ,内部空洞などに代表される欠陥検知であり,コンクリート構造物の耐久性能の低下を予測する情報としては不足しているのが現状である.非破壊検査で得られなかった情報を得るために,局部的な破壊検査が行われ,採取されたサンプルから強度試験,各種化学試験が行われている.しかし,実構造物を調査する場合,数箇所サンプル採取を採取するため,劣化程度の低い部分を無意味に調査し,調査費用も増加し,構造物にダメージを与える可能性がある.そのため,コンクリート構造物の化学的情報をサンプル採取を行わずに検出する手法が望まれていた.

 そこで,本研究では,農学,食品,医療,化学工業の分野で用いられているマルチスペクトル法(近赤外分光法)をコンクリート構造物の劣化調査に応用することを試みた.マルチスペクトル法をコンクリート構造物の劣化調査に応用するには,劣化因子のスペクトル特性を把握するところから始まる.劣化因子は,おおよそ以下のように分類される.

(1) コンクリートの経時変化に伴い生成されるもの

(2) 化学的侵食により生成されるもの

(3) 立地環境下による劣化因子の浸入

(4) コンクリートの打設時から既に存在する劣化因子(初期欠陥)

 上記の劣化因子(成分)のスペクトル特性を予め調査し,データベース化しておくことで,調査対象の劣化因子を検出することができる.本研究では,マルチスペクトル法によるコンクリート構造物の調査方法を構築するために,以下の項目について研究を行った.

(1) コンクリートの劣化因子を検出する特定波長域の選択

 マルチスペクトル法は,地球上のあらゆる物質が固有な仕方で電磁波(光)を吸収,反射する性質を利用している.コンクリートの劣化因子に関してもその成分特有の分光特性を持っており,この分光特性から,劣化因子の検出を行う.本研究では,コンクリートの中性化,塩分浸透,硫酸劣化に着目して実験を行い,それぞれ,1410nm,2266nm,1750nmを特徴波長域として抽出した.これらの波長域は,環境条件や含水率が変化しても利用できる独立した波長帯である.この波長帯のスペクトル特性を把握すれば,劣化因子の有無を確認できるため,従来の手法のように,サンプルを採取したり,特別な試験を行わず,近赤外スペクトルを測定するだけで調査ができる.測定時間も短く,化学薬品も使用しないため,極めて,低エネルギー,無公害,効率の良い検査手法である.

(2) コンクリートの劣化因子の相対定量分析手法の確立

 コンクリートの中性化や硫酸劣化などは,劣化因子の有無で劣化しているか,していないかの判断ができるが,コンクリート中の塩分量等は,その含有量が重要となってくる.従来手法では,サンプルを採取し,電位差滴定を行う必要があった.本研究では,近赤外スペクトルから,塩分量を推定することを試み,回帰分析により,2266nmのスペクトル強度と,塩分量に高い相関関係があることを確認した.したがって,作成した検量線を用いて,近赤外スペクトルから,塩分濃度を推定することができる.

(3) 劣化因子の分布状況の画像可視化手法の開発

 従来の近赤外分光分析計では,一定点のスペクトル測定しか行うことができないため,コンクリート構造物全体の調査を行う場合には,多くの測定点のスペクトル情報を必要とする.この問題点を解消するために,波長分解能の高い近赤外分光イメージングシステムを導入した.このシステムの導入により,検出対象成分(劣化因子)の分布状況を画像イメージとして取得することが可能となった.本実験で得られた対象成分の分光画像と従来のEPMA等の測定結果が一致しており,その有効性が確認された.現段階では,分光イメージングシステムの性能が低く,現場計測への応用は難しいが,かつて,赤外カメラがそうであったように,技術革新によりシステムの性能が向上すれば,実用化のレベルに達すると考えられる.

(4) マルチスペクトル法を用いた新しい検査手法の提案

 マルチスペクトル法を用いて,コンクリート表面の情報を得ることが可能になった.しかし,コンクリート内部への劣化因子の浸透程度が重要であり,外観調査からでは,内部情報を得ることはできない.そこで,マルチスペクトル法の利点を活かし,効率的な内部調査方法の提案,ならびに劣化予測手法の提案を行った.従来の調査方法と比較し,効率化が計れ,更により正確な劣化予測が可能になる.

 国内外を問わず,マルチスペクトル法のコンクリートへの応用は,ほとんど行われておらず,過去に行われた研究も良い成果が得られていない.本研究が最初の本格的な研究であり,これらの知見が,今後のマルチスペクトル法のコンクリート分野への応用に貢献できれば幸いである.

審査要旨 要旨を表示する

 既存コンクリート構造物の維持・管理を行う上で,現状の劣化程度評価,劣化原因の究明,今後の劣化予測,最適な補修・補強工法の選定が重要となる.これには,定期的な検査,詳細調査が実施され,その結果に基づいて劣化診断が行われる必要がある.推定された劣化原因・程度から目的に応じて様々な検査手法が行われている.

 コンクリート構造物の調査は今までにも,構造物全体の状況を把握するための目視点検,コンクリート内部の状況や劣化機構および程度を把握するための非破壊検査,コンクリートの物性や劣化状況を把握するための局部破壊検査,実構造物の状態を把握するための力学的状態量を直接的,解析的に評価する方法等が提案,実施されている.

 現在,コンクリート構造物の非破壊検査手法として,超音波法,打音法,AE法,電磁波レーダー法,赤外線法,X線法等が用いられている.しかし,現在提案されている手法はコンクリートのひび割れ,内部空洞,鉄筋位置などコンクリート表面近辺の物理的情報を得ることはできるが,コンクリートの成分,劣化因子等の化学的情報は得ることはできない.化学的情報を入手するにはサンプルを採取し,成分分析を行う必要があった.

 コンクリート構造物の早期劣化の原因として,中性化,塩分浸透による鋼材の腐食,硫酸劣化,アルカリ骨材反応等が挙げられる.コンクリートの打設時から存在する劣化因子(海砂,有害骨材等)を除けば,コンクリート表面からの劣化因子の浸透,拡散により,劣化が進行していく.この場合,表面における劣化因子の判別,ならびに供給量(分布状況)がわかれば,拡散モデルを用いて,コンクリート内部の劣化状況を推定することが可能となる.

もし,非接触・非破壊でコンクリート表面の成分を検出できれば,非常に画期的な手法となる.コンクリート表面の成分を現場で測定可能ならば,劣化原因を推定でき,更に劣化因子の分布状況が把握できれば,劣化予測のパラメーターとして利用できる.

 以上の背景から,本研究では,リモートセンシング,近赤外分光の技術をコンクリート構造物の劣化調査に応用し,非接触・非破壊で劣化因子の検出,分布状況の画像イメージ化,定量分析手法を確立することを目的としている.

 第1章 序論では,現在行われている非破壊検査手法の問題点,検出できない情報を指摘し,非接触非破壊型の非破壊検査手法の必要性を示した.また,マルチスペクトル法の実用化によりもたらされる利益,合理化・コストダウンの可能性について触れ,本研究の目的と概要を述べた.

 第2章 既往の研究では,過去に行われたマルチスペクトル法を用いたコンクリートの劣化調査に関する研究を紹介し,それらの研究の問題点を指摘した.また,農業,食品,工業化学,医療等の分野における応用例を示した.

 第3章 マルチスペクトル法の原理では,近赤外・赤外分光法に代表される分光法の原理,スペクトルの解析手法ならびにデータの処理方法について示した.

 第4章 マルチスペクトル法を用いたコンクリートの劣化因子の検出では,マルチスペクトル法をコンクリートの劣化調査に応用するにあたり,必要となる基礎データ(スペクトル特性,特定波長域)の取得,ならびに,定量分析の可否についての検証結果を示した.

 第5章 近赤外分光イメージングによる可視化手法の開発では,近赤外分光イメージングの技術を用い,コンクリートの劣化因子の分布状況ならびに濃度分布の画像可視化手法の手順を示した.本手法で得られた結果と,従来の検査手法で測定した結果と比較し,本手法の有効性を確認した.

 第6章マルチスペクトル法を用いたコンクリート構造物の劣化調査手法の提案では,従来の劣化調査,劣化予測手法の問題点を指摘し,マルチスペクトル法の導入を提案し,マルチスペクトル法の利点を活かしたコンクリート構造物の劣化調査方法の構築を行った.

 第7章マルチスペクトル法の応用例では,土木分野におけるマルチスペクトル法の応用例を紹介し,その有効性を示した.

 第8章 結論では,各章ごとに,本研究で得られた成果をまとめ,本手法の有効性,発展性,現段階における技術的な問題点を挙げ,本論文の結びとした.

 国内外を問わず,マルチスペクトル法のコンクリートへの応用は,ほとんど行われておらず,過去に行われた研究も良い成果が得られていない.本研究が最初の本格的な研究であり,コンクリート構造物の劣化調査の発展に寄与するところ大である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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