学位論文要旨



No 119664
著者(漢字) ELKHOLY Said Abd-Elfattah Said
著者(英字)
著者(カナ) エルホーリ サイード アブド エルファッティア サイード
標題(和) 改良応用要素法による構造物の破壊挙動の数値解析的研究
標題(洋) Improved Applied Element Method for Numerical Simulations of Structural Failure and Collapse
報告番号 119664
報告番号 甲19664
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5869号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 神戸大学 教授 大井,謙一
内容要旨 要旨を表示する

 近年,重要構造物の設計においては,従来の設計では想定されていなかった各種の巨大な災害や事故などによって作用する外力をいかに考慮するかが大きな問題となっている.このような想定を超える巨大外力によって世界各地で発生した事故や災害が注目を集めている.例を挙げれば,英国で1968年にガス爆発を原因として発生したRonan Point アパートの崩壊は,進行性破壊現象の追跡とその防止災策の重要性を認識させた最初の事例である.1995年には,米国のオクラホマ市で爆弾を搭載した車両を用いたテロによりAlfred P Murrahビルが被害を受けた.このビルは爆発の影響で重要な3箇所の柱に重大な損傷を受けた.最近の事例として最も注目を集めたものは,2001年9月11日の旅客機を用いた米国ニューヨーク市での同時多発テロ事件による世界貿易センター(WTC)ビルとその周辺のビルの崩壊現象である.WTCビルの崩壊は,単体の建物が崩壊したことによる災害としては米国史上最悪の事例であり,多数の人命の損害を伴っている.またこの災害では,崩壊した建物から発生した大量の瓦礫が周辺の建物に被害を与える現象も起こった.このような挙動を分析し,その対策を講じる上では,これらの挙動を追跡できる数値解析法が必要であるが,今日,安価な電子計算機環境で高精度にこれを実現できる手法はない.有限要素法(FEM)と個別要素法(DEM)を組み合わせた手法や,拡張個別要素法(EDEM),応用要素法(AEM)などが,崩壊挙動を近似できる手法として提案されているが,これらの中にも大規模な鉄骨構造物の崩壊過程を追跡できる手法はない.

 そこで本研究では,安価な電子計算機環境でも大規模な鉄骨構造物の崩壊過程を高精度に追跡できる手法の開発を試みる.具体的にはAEMを基にした新しい解析手法の開発を行う.AEMは歴史は浅いが,微小な外力しか作用していない構造的に健全な状態から,完全崩壊するまでのトータルな挙動を追跡できる有力な手法として,最近少しずつ認識されてきている.これまでは,コンクリート構造や地盤,組積造建物の解析などに活用され実績を挙げてきている.しかし,この手法を大規模な鋼構造物に適用しようとすると,従来のAEMのアプローチ法では,用いる要素のサイズを小さくし多数の要素を用いない限り,複雑な断面を有するスチール部材の挙動の精度の高い解析結果を安定して得ることは難しい.これでは大規模な鋼構造のビルなどを解析対象とした場合,長大な計算時間や大きな記憶容量が必要となり,現実的な解析を行うことは困難であった.

 本研究はこのような点を踏まえて,効率的で高精度な解析手法を提案し,これを用いて地震や火災などに構造物被害を軽減することを目的としている.具体的にはAEMを基に解析モデルの自由度を適切に落とすための理論を構築し,従来は小さな要素の組み合わせとして扱っていた柱や梁などの部材を,その断面形状の力学的特性を取り込んだ1つの要素としてダイレクトにモデル化する手法を提案した.そして,静的・動的荷重条件下での弾性挙動に提案手法をまず適用し,その効果と精度を検証した.次に検証を終えたモデルを用いて,塑性域の進展と終局強度と破壊メカニズムの評価を,いくつかの事例解析の結果を用いて行った.続いて,米国で1994年に起こったノースリッジ地震や1995年の兵庫県南部地震の際に報告された鉄骨剛接合フレーム構造物の被害を対象に,破壊メカニズムの検討を行った.その結果,強震動を受けた鉄骨ビルの各種の破壊現象の再現とそのメカニズム分析に成功した.

 次に鋼構造物で重要となる材料の温度による影響を考慮した解析モデルの検討を行った.高熱を受ける鋼構造のフレーム建物の挙動を解析する手法の提案は,非連続体解析手法に熱の問題を導入した最初の研究として位置づけられる.提案手法を用いた解析結果を他の数値解析手法や大規模火災実験の結果と比較することにより,提案手法の解析精度を確認した.

 最後に,高層ビルに火災が発生した際に,火災の規模や発生箇所の違いがビル全体の崩壊挙動に与える影響について検討した.解析結果からは,特定の場所の火災についてはそれが局所的なものであってもビル全体の崩壊挙動に大きな影響を与えることが分かった.解析によって得られた結果は,米国同時多発テロの際に観測されたWTC北ビルと定性的に調和する結果であった.シミュレーション結果からは,周辺ビルの被害に影響を及ぼす崩壊ビルからの瓦礫の挙動の追跡や,崩壊に要する時間の議論も可能であることがわかった.

 最後に全体をまとめると,本研究で提案する改良型の応用要素法は,想定を超える強い地震動や大規模火災などの外力を受ける大規模鋼構造物の完全崩壊挙動を解析できるものである.複雑な断面形状の力学的特性を1要素として取り込む新しい要素の導入で,解析精度を維持したままで解析対象モデルの自由度を落とすことを可能にした.結果として,安価な電子計算機環境で,高精度にしかも短いCPU時間で大規模な構造物の複雑な破壊現象の解析が可能となった.本研究による提案手法は,大規模鉄骨ビルの崩壊メカニズムの理解の推進と防災対策に貢献するものとなっている.

審査要旨 要旨を表示する

 2001年9月11日の旅客機を用いた米国ニューヨーク市での同時多発テロ事件では,世界貿易センター(WTC1,WTC2)ビルが崩壊し,多数の人的被害が発生した.また崩壊した建物から発生した大量の瓦礫が周辺の建物に被害を与える現象も起こった.これらのWTCビルのその周辺ビルの崩壊現象は,重要構造物の設計で従来想定されていなかった各種の巨大な災害や事故などによる外力の重要性を再認識させた.WTCの同時多発テロ事件以外にも,このような想定を超える巨大外力によって発生した事故や災害の例を挙げれば,英国で1968年にガス爆発を原因として発生したRonan Point アパートの崩壊は,進行性破壊現象の追跡とその防止災策の重要性を認識させた最初の事例である.1995年には,米国のオクラホマ市で爆弾を搭載した車両を用いたテロによりAlfred P Murrahビルが被害を受けている.

 このような現象に対して適切な対策を講じるためには,大変位・大変形を伴う構造物の崩壊現象のメカニズムの解明が不可欠であるが,これは実験的にも数値解析的にも容易ではない.理由は実験的なアプローチでは,大規模な構造物を対象として,複雑な外力条件の再現し完全崩壊するまでの実験を実施することが困難であること,数値解析的には複雑な破壊現象を安価な電子計算機環境で高精度に追跡する適切な手法がないためである.後者のアプローチでは,有限要素法(FEM)と個別要素法(DEM)を組み合わせた手法や,拡張個別要素法(EDEM),応用要素法(AEM)などが,崩壊挙動を近似できる手法として提案されているが,これらの中にも大規模な鉄骨構造物の崩壊過程を追跡できる手法はない.

 そこで本研究は,以下で説明する9章から構成されている研究論文として,安価な電子計算機環境でも大規模な鉄骨構造物の崩壊過程を高い精度で追跡できる手法を開発することを目指す.

 第1章では,研究全体の目的や背景,本研究の構成を説明している.

 第2章では,多層のビルを対象とした過去の事故や災害の事例を紹介するとともにメカニズムを解説し,進行性破壊現象にかかわる課題を整理している.また対策を講じる上での数値解析的なアプローチ法の重要性の説明と過去の数値解析的な研究のレビューを行い,それぞれの数値解析手法の特徴をまとめている.

第3章では,現在存在する多くの数値解析法の中から,進行性破壊現象を追跡する上で有利であると思われる応用要素法(AEM)の概要を紹介するとともに,本研究で提案する改良応用要素法(IAEM)について解説している.AEMは非連続体解析法の1つで,連続体から非連続体にいたる破壊現象を高精度に解析可能な手法であるが,これを大規模な鉄骨構造物に適用しようとすると,用いる要素のサイズを小さくし多数の要素を用いない限り,複雑な断面を有する鉄骨部材の挙動を高い精度で解析することは難しい.そこでAEMを基に,解析モデルの自由度を適切に落とすための理論を構築し,改良型のAEM(IAEM)を開発した.IAEMでは,従来は小さな要素の組み合わせとして扱っていた柱や梁などの部材を,その断面形状の力学的特性を取り込んだ1つの要素としてダイレクトにモデル化する手法を用いている.そして提案手法を,まず弾性材料を対象とした静的・動的荷重条件下での挙動を解析し,その適用性と精度を検証した.

 第4章では、前章で弾性材料を対象とした適用性と精度の検証を済ませたIAEMに,材料の非線形性と幾何学的な非線形性を高い精度で導入する手法を解説している.また鉄骨造の破壊解析に必要な終局変形能に基づいた破壊基も提案した.そして提案手法を用いて,鉄骨の梁とフレーム構造を対象とした終局強度と破壊メカニズム特性の解析を行い,実験結果と理論的な結果,さらに他の数値解析手法(RBSM)による結果と比較し,提案手法の適用性と解析精度を確認した.

 第5章では,鉄骨のビル建物を対象とした過去の地震被害を紹介するとともに,強震動を受ける多層の鉄骨ビル(鋼製のモーメント伝達フレーム構造物)の挙動解析を行った.この解析では,破壊した部材同士の衝突現象も重要なことから,衝突や再接触現象も追跡可能なモデルを導入した.シミュレーション解析の結果,兵庫県南部地震で見られた各種の崩壊モードによる完全崩壊現象が再現された.

 第6章では,鉄骨構造物の解析を行う上で重要な火災を受ける鉄骨部材の材料特性のモデル化について検討している.まず火災時の鉄骨部材を取り巻く周辺温度と時間変化に関する関係のモデル化,周辺温度の変化と鉄骨部材の温度変化の関係のモデル化,鉄骨部材の温度変化に伴う部材の体積変化と材料特性の変化に関するモデル化について整理した.一般にこれらの関係は複雑であることから,国や組織に応じて各機関が鉄骨部材に与える火災の影響を簡便的に考慮するための標準的モデル(基準)を有している.そこで各種の標準的モデル(基準)を用いた解析を行い,これと実験結果を比較し,それぞれの基準の適用性や長所と短所をまとめた。また火災下における鉄骨構造物の挙動に影響を及ぼす各種の要因について議論した。そして火災下の鉄骨部材の挙動を表現する温度変化に基づく非線形材料特性モデルを提案した。

 第7章では,前章で提案した熱の影響を考慮した構造解析を試みている.IAEMを始めとして,非連続体解析手法において熱の影響を考慮した破壊解析の例はなく,本研究による解析が世界で始めての解析である.提案手法では,材料の温度変化に伴って剛性や強度が変化する材料的な非線形と幾何学的な影響による非線形性の両者が考慮されている.このモデルを用いた鉄骨構造物の火災時の挙動解析を行い,過去に実施された実験結果や他の数値結果との比較を行い,提案モデルの適用性と精度を検証した.

 第8章では,各種の改良を加えたIAEMを用いて,WTCビルを模擬した鉄骨の高層ビルが火災によって完全崩壊する過程のシミュレーションを行い,その崩壊メカニズムを分析した.解析結果は,飛行機の衝突による延焼で崩壊したWTCビルの完全崩壊現象を定性的に再現するものになっている.また爆発などの衝撃によって崩壊するビルの動的破壊挙動の再現を目的とした解析も行った.具体的には,爆発の影響を爆発箇所の部材を瞬時に取り払うことで簡便的にモデル化した解析を行い,建物全体の崩壊挙動に与える爆発箇所の影響を検討した.

 最終章の第9章では論文全体のまとめと今後の研究の方向性や課題について整理している.

 以上のように,本研究ではこれまでは実験的にも数値解析的にも実施が困難であった大規模な鉄骨構造物の完全崩壊に至るまでの複雑な非線形挙動を,安価な電子計算機環境で高精度に追跡する手法(IAEM)の開発に成功している.この手法によって,巨大な地震動や大規模火災,爆発などの外力を受けた大規模構造物の完全崩壊現象が再現でき,そのメカニズムの解明が進むと思われる.本研究の成果は,従来は考慮できていなかった重要構造物に対する想定を超える巨大な外力に対する対策の立案と向上に大きく貢献することが期待されるものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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