学位論文要旨



No 119666
著者(漢字) Graf,Tobias
著者(英字)
著者(カナ) グラフ,トビアス
標題(和) 現地・衛星観測とモデル出力の統合化による降雪のマイクロ波リモートセンシング
標題(洋) Microwave Remote Sensing of Snowfall by Integrating In-Situ and Satellite Data and Model Output
報告番号 119666
報告番号 甲19666
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5871号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 沖,大幹
 東京大学 教授 木本,昌秀
内容要旨 要旨を表示する

 固体降水は水循環において重要な役割を果たす。この理由は以下の通りである。固体降水は寒冷域における大気と陸面過程を繋ぐ重要な要素である。そして、積雪として水資源を保持するため、流域の水文過程に大きな影響を与える。更に、無積雪域と比較し、積雪域はアルベドが大きくなるため、太陽からの入射短波放射を高い割合で反射する。

 降雪の時空間分布観測は水文、気候変動、大気モデルなどを含む、幅広い応用に有益な情報を提供することができる。現在の降雪観測手法は地上雨量計やレーダ観測を含み、両者には、観測における欠点がある。特に遠隔地では、雨量計による観測に限界がある。さらに、統計的なエラーがあるため、信頼性の高い降雪観測は困難である。レーダによる観測システムは、ほぼリアルタイムで鉛直方向の降雪プロファイルが得られるものの、観測範囲やそのネットワークに限界がある。

 地上雨量計や地上レーダに替わる、降雪観測は衛星搭載マイクロ波放射計である。受動型マイクロ波放射計は降雪観測に適している。なぜなら、散乱効果のため、降雪粒子は地表面からの放射を変化させるからである。現在のマイクロ波放射計は異なるセンサーを用いて、全球規模で地表面を観測する。例えば、SSM/IやAMSR-Eは、少なくとも1日に3つから4つの観測パスが重なり合うため、有効である。高緯度ではその数が大きくなる。更に、GPMミッションでは、時間分解能を十分に向上させ、2つのパスが重なる最大の時間間隔が三時間を越えないと予想される。

 受動型マイクロ波放射計を用いた降雪観測は二つの異なるアプローチがある。一つは海洋で、他方は陸面における降雪の直接観測である。もう一つは二つの衛星パス間の陸面における降雪の積分値を推定する間接的な観測手法である。

 衛星から降雪を直接観測するために、手法を開発し、固体降水観測に適用した。降雪は輝度温度の観測結果と計差結果の差を最小にすることによって、推定される。降雪や雲水量を除き、観測に影響を与える変数の大部分は他のデータソースから使用した。大気中の放射伝達を解くために、多重散乱法(4steam)とHenyey Greenstein位相関数を用いた。降雪粒子の散乱効果はMie散乱と氷粒子の液相等価粒径を用いて計算した。89GHzの垂直偏波と36.5GHzの水平偏波の観測輝度温度を用いた繰り返し計算はニュートン・ラプソン法を用いた。このアルゴリズムを適用するために、AMSR/AMSR-E検証プロジェクトの一部分である、若狭湾観測実験2003で得られたデータを使用した。まず、このアルゴリズムを海洋に適用した。これは、海面が陸面と比較し、均一であるため、海面からの放射を容易に把握できるからである。本推定結果をZ-R関係と三国の3次元二面偏波ドップラーレーダーデータから得られる降雪観測値と比較した。その結果、異なる大気状態に対し、両者はよく一致した。

 このアルゴリズムを陸面に適用する場合、陸面からの放射を正確に把握する必要がある。しばしば、降雪は積雪域で発生し、そこでは季節的な積雪からの複雑な放射プロセスの理解が必要される。大気中の雪の結晶のように、陸面上の雪は散乱のため、陸面からの放射に影響を与える。そのため、積雪からのシグナルと大気中の雪粒子のシグナルと区別する必要がある。積雪からの放射を推定するために、雪粒子の密度分布を考慮する必要がある。その場合は、いわゆるdense mediaの放射伝達理論が用いられて、冬季における雪の特性変化は積雪物理モデルによって予測可能である。このモデルは雪の微細構造やマクロ構造を連続的に把握できる。しかし、不正確な入力データ、初期条件、モデルエラーの蓄積によって、長期計算を行うほど、計算結果は現実との乖離は大きくなる。積雪物理モデルを用いた、輝度温度観測の同化はモデルを補正する手法である。本研究でも変分法や焼きなまし法に基づく、陸面データ同化手法開発の基本的な概念を示した。この手法によって、積雪構造を連続的に再現することができる。積雪域からの放射を把握する情報とは別に、雪の微細構造の予測は他の研究分野に有用な情報を提供する。例えば、雪の微細構造と時間の関数である、雪面のアルベドを推定することができる。

 冬季における雪の輝度温度変動を理解し、データ同化システムを開発するためには、統合的なデータが不可欠である。したがって、初めに、積雪輝度温度の季節変化を観測するため、2002年3月にFraserで集中観測を行った。この観測はNASA Cold Land Process Field Experimentの一部である。三つの集中観測を通して、雪の輝度温度の時間変化を理解するために価値のあるデータを収集した。

 積雪輝度温度の変化、新雪の積もり方、雪の微細構造の変動に影響を与える、二つのプロセスが分かった。その結果、18.7GHzと36.5GHzの輝度温度変化はゆっくりである。一方、89GHzはかなり速く変化することが示された。これは新雪に対する感度のためである。放射計観測とは別に、雪の変態を予測するsnow model適用の可能性を評価するための、データを収集した。このデータは、積雪からの放射を定量的に把握するために、使用した。その結果、正確な入力データを使用すれば、snow modelは積雪変動を予測できることを示した。

 現地観測結果に基づいて、89GHzチャネルが新たな積雪量に対する感度を示巣ことが分かった。降雪を把握するために開発した間接的なアプローチはこの効果に基づく。そして、基本的検討を行った。具体的には降雪量観測と変分法によるデータ同化手法を用い、固体降水データを補正することによって、二つの衛星観測パス間の新雪量を推定した。輝度温度、調整した降雪、新雪の密度は放射伝達モデルにおける入力とした。放射伝達モデルの推定結果がデータ同化で得られた放射輝度温度と一致するまで繰り返し計算を行い、降雪データを調節した。札幌で観測した雪の断面観測結果とモデルシュミレーションで得られた放射輝度温度を使うことによって、良い結果が得られた。感度解析結果から、このアプローチが多量の新雪を検出することに対して、特に感度がある一方、低い高度で生じる降雪時に、エラーが大きくなることを示した。さらに、感度が低いため、新雪密度の同化ができないことを示した。

 本論文の結果は受動型マイクロ波リモートセンシングが陸面や海洋上の降雪観測に有効であることを示した。物理過程に基づく推定に対して、水蒸気や温度のような大気状態変数の影響は他のデータを用いて、簡単に統合化できる。今後、全球規模で高頻度観測可能な受動型マイクロ波放射計の到来によって、本アプローチが全球規模・高頻度での固体降水観測を可能にする。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,寒冷域おける大気-陸面過程や,水資源利用,災害防御を考える上で,重要な水循環要素である降雪の衛星観測手法の開発を目的としたものである.

 本研究ではまず,地表面が均質でマイクロ波放射が陸域に比べて小さな海洋上の降雪の衛星観測手法を開発している.ここでは海面風による海面粗度の変化の影響を取り入れた大気中の多重散乱を記述するマイクロ波放射伝達方程式を組み立て,降雪域および雲域の鉛直構造を簡略化し,数値気象予報モデル出力から水蒸気,気温の3次元情報を導入して,衛星で観測されるマイクロ波輝度温度を計算している.その上で衛星観測値と計算値が適合するようにニュートンラプソン法を適用して,降雪量と雲水量を逆推定する手法を開発し,地上三次元ドップラーレーダによる降雪強度の観測値との適合性の評価,衛星赤外画像による雲頂温度分布との適合性の評価を通して,提案された手法が妥当であることを示している.

 次に,上記成果を用いて陸域での降雪量の衛星観測手法の開発するため,まず時・空間的に多様でマイクロ波放射が海域に比べて大きな積雪の影響を評価している.本研究では米国コロラド州のロッキー山脈山中にて,地上設置型マイクロ波放射計による積雪の輝度温度観測および積雪の物理構造の変化,気象観測を実施した.これらの観測を通じて,積雪の物理的な鉛直構造の季節変化に対応するマイクロ波輝度温度変化の特性を明らかにするとともに,積雪の物理的な変態を記述するモデルの検証を実施した.

 以上の成果をもとに,積雪域における衛星からの降雪量算定手法の第一段階として,積雪の変態の影響を無視しうる短い時間間隔での衛星観測を想定した日単位の新雪のデータ同化手法を開発した.ここでは古い積雪層からのマイクロ波放射は1日の間では変化しないと仮定し,気象データを強制力とする新雪の鉛直構造を記述する物理モデルと,マイクロ波放射伝達モデルが物理的に整合するようにシミュレーションアニーリング法を用いて誤差を最小とする手法を開発した.本研究では,この同化結果が観測値を極めてよく再現していることが示されている.

 以上,本研究は,これまでほとんど手がつけられてこなかった降雪の衛星観測手法の確立に向けて果敢に取り組み,優れた成果を上げており,全球水循環の変動を理解し,その予測精度の向上を通して,社会に貢献するところが大きく,社会的有用性に富む独創的な研究成果と評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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