学位論文要旨



No 119668
著者(漢字) 徐,庸鉄
著者(英字) SUH,Yongcheol
著者(カナ) スー,ヨンチョル
標題(和) 3次元GISを用いた衛星測位サービスの利用可能性評価のためのシミュレーションシステムの開発
標題(洋) Development of a Simulation System to Evaluate the Availability of Satellite-based Navigation Services Using Three-Dimensional GIS
報告番号 119668
報告番号 甲19668
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5873号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

 情報化社会の進展に伴い、位置情報の重要性が高まってきている。近年、GPSを代表とする人工衛星を利用した測位技術の普及によって、ITS(高度道路交通システム)、LBS(位置情報サービス)、AHS(自動運転道路システム)をはじめ多くの位置情報利用分野が生まれ、拡大し続けている。また測位環境に対するニーズの増大に伴って、ヨーロッパのGalileoや日本の準天頂衛星などの新しい測位衛星の実用化や、擬似衛星などの新技術に関する研究開発が進められている。一方で、都市域においては、ビルの遮蔽による可視衛星数の減少や可視衛星の配置劣化、マルチパス、回折、拡散、遅延の影響などによって、精度の劣化や利用可能範囲の縮小が避けられない状況にある。しかしながら、どの地域で測位精度がどの程度精度が劣化するのか、そもそもどこのどの時間帯では、衛星測位が利用できないのか、といった測位環境に関する情報は皆無である。つまり、測位環境を評価するシステムが存在しないと言ってよい。また、各国が現在計画中の全ての測位衛星が打ち上げられ、測位衛星の数が今よりも増えれば、具体的にどのエリアでどの程度精度が向上するのかが未だ充分に議論できない状況である。これらの状況を踏まえると、現況の測位環境とその将来の展望を、把握・評価するための測位環境評価システムの開発が必要であると考えられる。

 こうした背景から本研究では、特に都市部において、受信電波の伝搬シミュレーションと測位精度の推定を行うことで、現状の衛星測位環境や、将来の衛星測位サービスの利用可能性を評価できるシミュレーションシステムを開発した。本シミュレーションシステムは、1)衛星軌道モデル、2)三次元GISモデル、3)信号伝搬モデル、4)位置精度推定モデル、5)視覚化・集計・評価システムから構成されている。すなわち、測位衛星からの信号が受信機によってどのように受信されるかは、信号伝搬モデルと三次元GISモデルによる測位衛星から受信機までの回折、反射、拡散を含む信号伝搬経路の推定と隠蔽判定によって推定される。本システムはJava言語によるプログラムによって構成されている。

 本研究では開発したシミュレーションシステムについて、異なる二種類の実証実験を行っている。これらはシミュレーション結果を実際に受信機を用いて観測した結果と比較するものであり、一つは固定点におけるGPS測位、もう一つは移動体に搭載したGPS受信機による測位との比較である。いずれの実験も高層ビルの多い場所で行った。複雑な環境であったにも関わらず、どちらの場合もシステムによる予測値は実測結果と高い整合性を示すことが確認された。

 開発したシミュレーションシステムを用いて、準天頂衛星が既存の衛星システムを補完した場合の有効性を評価した。準天頂衛星は日本が打ち上げる見込みの人工衛星であり、通信衛星として、また測位衛星としての機能を有することが予定されている。そこで、通信衛星として通常用いられている静止衛星と準天頂衛星の利用可能範囲の比較、及び、測位衛星としてGPSのみを用いた場合とGPSと準天頂衛星を同時に用いた場合とで可視衛星数、衛星の幾何学的配置の有効性、測位精度の比較を行った。シミュレーションの結果から、既存の通信衛星(静止衛星)ではサービス利用が制限されるエリアの多い都市環境において、準天頂衛星は静止衛星に比して大幅に利用可能なエリアが拡大していることが確認された。また衛星測位においては、既存の測位衛星(GPS)に加えて準天頂衛星を適用することで、通常は測位が困難であり精度も著しく低下する都市環境において、衛星可視性、利用可能エリア面積、測位精度などが改善されることを示した。いずれの結果も、非常に視認しやすく、理解しやすい形式で表示することに成功している。

 また、開発したシステムを用いて、擬似衛星(Pseudolite:スードライト)を都市環境に適用して既存の衛星測位システムを補完した際の有効性を評価した。擬似衛星とは地上に設置される測位信号送信機であり、衛星からの電波を受信することが困難な場所に設置することで衛星測位システムの利用可能エリアを拡大し、さらに精度を高めることができるとの期待から、様々な研究が試みられている。本研究ではまず擬似衛星に関する基礎検証実験を行い、次いで複雑な都市環境における擬似衛星システム導入効果のシミュレーションを行った。その結果、擬似衛星の設置数を増やすと、それにつれて衛星可視性、衛星測位利用可能エリア面積、測位精度が改善されてゆくのがよくわかった。この結果は基礎検証実験で得た結果と一致した傾向を示している。

 さらに、本研究で開発したシステムは受信機位置における天空図を自動描画する機能を有している。天空図は構造物および衛星の配置を天球上に投影した様子を示しており、地図中の任意の場所について、任意の時刻における衛星電波受信環境を簡易に表示させることができる。本機能は構造物と衛星との位置関係が極めて容易に理解できる表示形式であるため、実環境における衛星電波受信環境の理解に資するものであるとともに、衛星測位における構造物の信号遮蔽問題を解決するために必須な情報を提供するものである。

 本論文の主な成果は次の通りである。 (1) 衛星測位サービスユーザーへの情報提供; 衛星測位に有利なエリア・時間帯、衛星測位の困難なエリア・時間帯、予想測位精度及び衛星電波遮蔽環境改善の戦略構築のための天空図などの情報を提供することで、測位サービスの有効な利用を図る。 (2) 衛星測位インフラ整備事業者への情報提供; 新測位衛星導入の効果や、地上設置型測位システムによる補完の効果などを評価するシステムを構築することで、情報インフラ整備の主体となる事業者にユーザの視点から見たサービス水準に関する情報を提供する。(3) 衛星測位技術受信機メーカーへの情報提供; 実環境で受信される電波の状況などをシミュレートするシステムをつくることで、受信機の測位性能をシミュレーションによりテストする環境を提供する。(4) 測位へのフィードバック; 受信電波の状況から測位誤差を推定することで、実際の測位の際にその誤差分を差し引き、測位精度を向上させるという地図支援型測位方法を提案する。

審査要旨 要旨を表示する

 衛星を利用した測位はGPS(全球測位システム)に代表されるようにカーナビを始めとして多くのシステムで利用され、社会基盤の一つともなっている。しかしながらGPSはアメリカ軍により管理されるシステムであることから、その信頼性・安定性に関して不安をもつ国が少なくなく、EUは独自の測位衛星システムを打ち上げることを決定している。わが国でも準天頂衛星が同様の測位衛星として計画が進められている。こうした新しい衛星群により、非常時の信頼性や安定性が改善されるだけでなく、GPSで従来問題とされてきたビル影で測位できないという問題などが改善される可能性がある。しかしながら、ビルの林立する都市域では衛星からの信号の伝搬形態は遮蔽、回折、反射により複雑に変化するため、測位の可能性や精度がこうした新しい測位衛星システムによりどの程度改善されるのかは、定量的には全く明らかでなかった。またそもそも現状でも1点1点で計測する以外に、任意の地点、任意の時刻における測位精度を明らかにする手段は存在しなかった。さらに、ビル影ばかりでなく屋内空間でも測位を可能にするためのシステムとしてGPSと同等の信号を発信する「疑似衛星システム」なども測位システムとして検討されているが、疑似衛星システムによる測位改善効果が、個数や配置によりどのように変化するのかなども明らかでない。こうした問題を解決するためには、測位信号が都市空間においてどのように伝搬するかをシミュレートし、さらにその伝搬形態が測位誤差にどのように影響するのかを定量的に推定する必要がある。従来から電波信号が建物などによりどのように反射・遅延し、遮蔽されるかを推定するシステムは、携帯電話の基地局配置などに利用されてきている。しかし、広い都市域を対象として詳細なシミュレーションを行ったものはなく、また測位精度への影響を推定したものもない。一方、GPS衛星からの信号伝搬のシミュレーションも存在するが、これも測位精度への影響を推定したものは存在しない。そこで、本論文は都市空間を対象として測位システムからの信号の伝搬状況をシミュレートし、かつ伝搬状況に応じて測位精度がどのように変化するかを定量的に推定することのできるシステムを開発することを目的とした。

本論文は8章からなっている。第1章は序章であり、研究の背景と目的を述べている。第2章は測位信号の伝搬理論、シミュレーション手法に関して既存の研究を概観している。第3章は提案システムを詳細に述べている。すなわち、3次元都市空間の表現モデル、測位信号の伝搬モデル、測位精度の推定モデル、シミュレーション結果の視覚化システムが主な構成要素となっている。信号の伝搬モデルはさらに直達信号モデル、反射信号モデル、回折モデル、散乱モデルからなっている。測位精度の推定モデルは、反射などによる信号遅延が信号のトラッキングに必要な相関値のピーク探索にどのように影響を与え、疑似距離の計算誤差が生じ、結果として測位精度が悪化する過程をモデル化している。更に第3章では、現状のGPSによる測位サービスについて、受信可能域やマルチパスの影響域をシミュレーションにより算定している。

第4章はシステムの検証であり、上記システムにより推定された信号伝搬状況や測位精度の推定結果を、実際の測位信号の受信結果、測位結果と突き合わせることにより検証している。検証の結果、信号伝搬状況、測位精度は十分な精度で再現されていることがわかった。

第5章はシステムを準天頂衛星による測位精度の向上効果の推定に適用した例である。その結果、準天頂衛星を利用することで、都市部における測位可能性は大幅に改善することが初めて定量的に示された。第6章は同様に疑似衛星による測位可能性の改善効果の推定に適用した例である。疑似衛星の配置により測位可能性は大幅に改善するものの、反射波も増加し、それにより精度が低下する地域もあることが示された。しかしながら、ナローコリレータなどのようなマルチパスの影響を低減できる受信機を利用する場合には、精度の低下は最小限となり、疑似衛星の整備効果は大きくなることが示された。第7章は、3次元建物データを利用して天空図を描くのと同時に、測位信号の到達状況のシミュレーションデータを併用することで、測位環境の視覚化を行っている。また、利用者が移動する場合の測位環境の変化も同時に分かり易く表示することに成功している。第8章は結論と今後の課題を整理している。

 以上をまとめると、本論文はこれまで実現していなかった測位環境の定量的なシミュレーションに成功し、それを用いてさまざまな測位システムの測位改善効果を明らかにした。さらに受信機の改善(ナローコリレータの利用)などによる測位精度の改善効果や、あるいはシミュレーションにより特定の地点においてマルチパスによる遅延信号を含んだ衛星を事前に知ることができれば、それを除去することで測位精度を向上できる可能性を示すなど、新しい測位補正方法の可能性も開拓している。このように本論文は測位システムの利用者ばかりでなく測位システムの整備者、受信機の開発者などにもきわめて有益な情報を与えることに世界で初めて成功している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク