学位論文要旨



No 119670
著者(漢字) CHAROENPORNPATTANA,Santi
著者(英字)
著者(カナ) シャロエンポーンパッターナ,サンティ
標題(和) 不可逆性を考慮したPFIの評価に関する研究 : リアル・オプション理論を用いたアプローチ
標題(洋) Value of Irreversibility in Private Finance Initiative : Evaluating it by Real Options Approach
報告番号 119670
報告番号 甲19670
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5875号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 助教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では不可逆性の概念の下でPrivate Finance Initiative(以下PFI)を選択する場合の政府の意思決定に着目した。ここで言う不可逆性とは、将来において自らの選択権を放棄することによって機会費用の損失を伴うことを意味する。不可逆性の概念は、一般的には、PFI事業における意思決定で明示的に考慮されることはない。しかしながら、本論文では、それを埋没費用の観点から、将来の意思決定の柔軟性と関連して考慮されるべきであることを論じた。

 本研究で中心となるのは、事業の不可逆性を考慮した場合に、PFIが政府にもたらす価値を明らかにし、定量化の手法を提示することにある。PFIでは、政府は多額の初期資本投資が必要ないので、不可逆的状況における機会費用の一部をプロジェクトから切り離して取り扱うことができる。そこで、本研究ではどのようにしてその価値を引き出し、PFIの評価に組み込むかということを明らかにすることを目的とした。

 本研究では、まず事業の不可逆が意思決定にどのように影響するかについてのメカニズムを解明することから始めた。通常、機会費用とは、ある時間において同等の選択権を犠牲にすることの意味であるが、本研究では、それを時間軸における機会費用の観点から捉え、当該事業を将来の後続する事業の一部としてPFIで実施する場合の戦略的価値について論じた。ある事業を後続プロジェクトとの時間軸で考える場合、当該事業をPFIで行うことにより、事業が失敗したり、継続しない場合の埋没費用を回避することが可能となる。したがって、政府にとってのPFIの選択は、将来の事業の成長選択を保持することになり、「PFIにより実施することにより、不可逆コストを回避するという決定の柔軟性を有することと同等である」と考えた。

 次に、その戦略的価値評価の手法を構築した。政府は、直接投資する場合とは異なり、後続の事業を実施するための投資機会として、PFIによる事業を実施することが可能になる。そこで、その価値を、政府の持つ実施するかの選択権と複合化された後続プロジェクトからくる成長機会の和として捉えたオプションとして評価する方法を用いた。リアル・オプション理論は、このような意思決定の柔軟性を評価する方法として有効である。本研究では、当該事業が後続事業に対して有するネットワーク効果の観点から捉え、オプション評価する手法を提示した。

 最後に、構築された評価手法の枠組みに基づき、不可逆性コストの観点から、どのような条件がPFIを有効にするかについて分析を行った。ここでは、モンテカルロ・シミュレーションを用い、ネットワーク効果を表す変数が変化した場合に、どのような条件でPFIの価値を大きくできるかについての分析を行った。その結果、事業の不可逆性を考慮した場合の、政府側へのPFI事業の有効性とともに、リアルオプション理論に基づく評価手法に対する有意義な議論や洞察が提示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本博士論文は、Private Finance Initiative(以下PFI)を選択する場合の政府の意思決定に関するものである。PFIは、政府調達の有効な手段であり、その特徴は、1)民間の運営によるコスト効率性の向上が期待できる、2)民間資金活用により政府からの直接出資が低減できる、3)民間からの技術移転等の副次的効果が期待できる、に要約できる。本論文は、上記の2)に関して、事業の不可逆性を考慮した場合に、PFIが政府にもたらす潜在価値を明らかにし、定量化の手法を提示した。

 本研究では、まず、PFIでは政府は多額の初期資本投資が必要ないので、「不可逆的状況における機会費用」の一部をプロジェクトから切り離して取り扱うことができる点に着目した。ここで言う不可逆的状況とは事業の運用や継続が上手く行かない場合を意味し、機会費用とは、具体的には、その場合の埋没費用を指す。つまり、本研究は、政府が直接投資を行うのではなく民間資金を活用することにより、事業の後戻りを回避する方策としてのPFIの特性に着目した。そこで、研究を始めるにあたり、事業を後続プロジェクトとの関連(ネットワーク効果)で考え「当該事業をPFIで行うことにより、不可逆的な機会費用を回避することが可能である」という仮説を立てた。

 通常、機会費用とは、意思決定を行うある時間において、同等の選択権つまり他の事業機会を犠牲にすることの意味であるが、本研究では、それを時間軸、つまり当該事業を将来の後続する事業の一部としてPFIで実施する場合の機会の観点から捉えた。その場合、PFIの選択は不可逆費用を回避することになり、「PFIによる事業の実施は、将来の事業の成長選択を保持するという決定の柔軟性を有することと同等である」と考えることが可能となる。

 論文では、まず、PFIで実施する事業価値の発生メカニズムを明らかにした。ここでの議論は、当該事業を後続の事業を実施するための投資機会として捉え、政府の持つ事業実施の選択権と複合化された、後続プロジェクトとの成長機会の和として評価する考え方に基づく。結果としては、1)政府がすぐに直接投資する場合、2)直接投資するが事業を延期する場合、3)PFIですぐに実施する場合について、成長機会がもたらす価値を、当該事業が後続事業に対して有する「技術的」あるいは「経済的」条件から分析し、主に、上記1)に対しては埋没費用の点において、また2)に対しては延期する場合のコストの点から、PFIによる事業実施の優位性があることを論じた。ここで議論された事業価値には、従来の事業価値の対象である単なる経済性とは異なり、PFIによる政府の事業実施の選択権がもたらす価値、つまり「戦略的価値」を含む新しい考え方が含まれている。

 次に、論文では、戦略的価値を評価する手法を、リアルオプション理論を用いて構築した。リアルオプション理論は、意思決定の柔軟性を評価する方法として有効であり、関連する事業の不確実性が定量化の重要な要素である。不確実性への対応では、不確実性をできるだけ小さくするような方策が一般的な戦略であるが、リアルオプションの考え方では、不確実性を機会として捉える点に特色がある。本研究は、不確実性を機会として捉えるという理論としてのリアルオプションの概念を、PFI事業評価と言う実際の問題に適用する方法を示した点でも、優れた貢献が認められる。

 論文では、最後に、不可逆性の観点から構築された評価手法の枠組みに基づき、PFIが有効である場合の検証分析を、タイにおける高速道路網開発の例を用いて行った。分析では、これまでの実際の建設費や需要などの情報を収集し、モンテカルロ・シミュレーションを用いて、ネットワーク効果を表す変数が変化した場合の事業価値の変化や、本研究に含まれる仮定の妥当性に関する考察を行った。その結果、事業の不可逆性を考慮した場合の、PFI事業の政府に対する有効性とともに、リアルオプション理論に基づく評価手法に対する有意義な議論や洞察が示された。

 以上、本研究は、PFI事業における意思決定で明示的に考慮されることがなかった事業の不可逆的な価値を、将来の意思決定の柔軟性と関連して考慮されるべきであることを論じたものであり、リアルオプション理論を用いた定量化手法の提示は有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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