学位論文要旨



No 119671
著者(漢字) TOONGOENTHONG,KUKRIT
著者(英字)
著者(カナ) トゥーヌントーン,ククリット
標題(和) 腐食ひび割れと鉄筋破断を内在する鉄筋コンクリートの数値構造性能照査
標題(洋) Computational Assessment for Structural Performance of Damaged Reinforced Concrete with Built-in Corrosive Cracking and Reinforcement Rupture
報告番号 119671
報告番号 甲19671
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5876号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 助教授 松本,高志
内容要旨 要旨を表示する

 本研究報告では、コンクリートの腐食ひび割れによってあらかじめ生じた損傷と、せん断挙動の力学的な相互作用についての検討を目的とした。予めひび割れを有するRC梁の載荷実験を行い、損傷位置が梁のせん断挙動に与える影響について実験的に検討を行った。局所的な腐食ひび割れをRC梁のスパン中央付近の圧縮および引張縁近傍に与えたところ、力学的な連関はみとめられなかった。せん断スパン内の支点付近や主鉄筋の定着領域にひび割れを導入した場合には、斜めせん断ひび割れが主筋定着領域の先行ひび割れとつながることが観察された。定着領域におけるひび割れが伸展した場合は明らかな耐力低下を引き起すが、定着破壊に至らない場合には同程度あるいはそれ以上の耐力を示した。最後に、せん断スパン全長にわたり、コンクリートおよびせん断補強筋に人工的な損傷を与えたRC梁の実験を行った。これらの系統実験によって、鉄筋コンクリート梁において定着領域に損傷が存在した場合、深刻なせん断すべりを引き起こす可能性があることが明らかになった。

 続いて、腐食ひび割れが構造物の性能に与える影響を評価するため、鉄筋周りの腐食生成物質とコンクリートの損傷を取り扱う複合力学モデルを構築した。腐食生成物とひび割れたコンクリートに関する複合力学モデルは、構造物におけるコンクリートの腐食ひび割れを統一の手法で計算できるように、非線形多方向固定ひび割れモデルを組み込んだ。本腐食モデルを反映させたRC梁の構造解析を行い、構造物のせん断耐力とじん性に着目して実験結果と比較検討した。せん断または曲げ破壊を生じるRC梁について、主として破壊モードおよび最大耐力の変化に着目した。その結果、解析的にも軸方向鉄筋の定着破壊が部材の耐力の顕著な低下を引き起こすことが示され、腐食したRC梁において、腐食による先行ひび割れを考慮することは構造性能を評価する上で重要であることが示された。

 また、せん断補強筋の破断に伴う鉄筋不良の影響についても本研究で検討を行った。ここでは、腐食やアルカリ骨材反応によって引き起こされるせん断補強筋の破断を模擬するため、コンクリートの打設前にあらかじめ曲げ加工部を切断した供試体を作成し、せん断補強筋破断の力学的な影響を実験的に検討した。引張鉄筋付近のせん断補強筋がすべて不完全な定着であった場合、せん断補強筋は降伏せず、せん断耐力の顕著な低下がみとめられた。せん断補強筋に破断を有する場合と健全な場合とでは、破壊時の梁のひび割れパターンに特徴的な違いが確認された。せん断補強筋が破断している場合、破断箇所における定着不良によって軸方向ひび割れは破断部近傍の引張鉄筋に沿って進展することが確認された。この破壊過程を解析的に検討するため、非線形有限要素解析を行った。破断位置における定着劣化領域を破断鉄筋の直径の10倍と仮定したところ、実験結果を良好に追跡することができ、劣化した構造物の安全性能を評価する上でこの仮定が妥当性であることが示された。

 最後に、鉄筋コンクリートの部材断面において腐食が引き起こすひび割れ及びその伸展に対して数値解析を試み、腐食生成物のひび割れ面の侵入の影響について検討を行った。腐食ひび割れの発生と伸展についての2次元非線形ひび割れ解析計算とともに、鉄筋の核と周囲の腐食生成物の連成は仮想的な複合体として力学的に取り扱った。かぶりが厚い、もしくは鉄筋径が小さいため腐食ひび割れが漸次伸展する場合には、腐食生成物である錆のひび割れへの侵入が顕著である。本研究では、この錆の形成と移動、ひび割れ伸展に関する複合システムを新たに提案した。RC断面における腐食の促進実験から求められる、ひび割れが部材表面に到達する時のひび割れパターンと限界腐食率を本解析システムは良好に追跡でき、その妥当性は検証された。

審査要旨 要旨を表示する

 1950年から70年代の短期間に大量に整備された社会基盤施設のうち,特に環境条件の厳しい地域にあるコンクリート構造の劣化が顕在化しており,2020年代には社会基盤の維持管理に要する社会的コストは新設整備コストに匹敵するとも予想されている。このコストを基盤技術と管理経営法,社会システムの革新によって低減できなけば,急速な少子高齢化による人口減少が一人当たりの社会基盤維持コストの負担を加速することは自明である。僅かでも損傷を受けたものを全て補修補強することは,現実的に不可能である。構造中の欠損が構造性能と以後の寿命に及ぼす影響を定量評価しなければ,効率的な社会経費配分は望めない。将来の保有性能の推移の予測なくして,維持管理計画を合理的に策定することもできない。このような背景から,検査技術,補修補強技術,寿命推定技術の開発が進められている。本研究はこの中で構造全体システムと構成材料劣化・欠損との関連を,数値構造解析をもとに定量的に解析する方法を提示し,あわせて残存構造安全性能・安定性の数値評価法を提案するものである。

 気象作用と荷重作用の複合によって導入されるコンクリートの欠陥のうち,ひび割れを本研究の主たる対象としている。ひび割れの位置と深さに関する非破壊検査法の結果を直接,用いた構造解析システムを開発目標とした。鋼材に導入される欠損に関しては,鋼材腐食と鉄筋加工部に発生する破断を対象とし,その影響を構造全体系の数値解析に取り入れることを目指したものである。このとき,構造設計で前提とする構造詳細が,もはや損傷を受けた社会基盤施設では成立しないことを念頭に置き,なおかつ安全性,耐震性を数値評価できることを目標として設定している。以下に論文の構成を示す。

 第1章は序論であり,社会基盤施設の維持管理に関してわが国の現状をとりまとめ,本研究の社会的背景について述べている。また,本研究と深い関連のある物質移動解析,耐震性能に関する数値解析技術,性能設計に関する研究の動向と現況を考察し,本研究が担う範囲と適用対象の明確化を行っている。

 第2章では,部分的に腐食ひび割れを内在する鉄筋コンクリート梁のせん断破壊挙動を実験によって明らかにしている。従来,腐食劣化を模擬する検討では,主鉄筋全面にわたって促進劣化を導入した試験体をもとに議論が展開されてきた。本研究の特色は,部分的に損傷を内在する構造性能を対象としている点にある。全面腐食よりも部分腐食による損傷の内在が構造性能を大きく低下させ,せん断破壊が顕著に誘発されることを実験的に見いだしている。現状では,損傷劣化の部位と構造全体系の性能を結びつけた補修・補強がなされておらず,この知見は維持管理に有益な情報を与えている。

 第3章は,鉄筋の腐食により導入されたコンクリートのひび割れと,外力によって導入されるせん断ひび割れとの相互作用を,数値構造解析によって再現する方法を開発し,あわせて非破壊検査結果と組み合わせた,実務への応用法について論じたものである。鉄筋コンクリートの数値構造解析では,鉄筋は1次元材としてモデル化される。これに対して,腐食劣化に伴う腐食生成ゲルの形成を数値解析に取り入れる方法を提示し,鉄筋軸方向のみならず,軸に直交する方向へも応力が展開する一般化構成則を導いている。この数値安全性能評価法の精度と適用範囲を,第2章の実験結果と既往の実験事実との比較から検証を行い,せん断耐力の変動をおよそ15%の誤差で予測が可能であることを示した。特に,主鉄筋の定着領域に腐食ひび割れが導入された場合,健全状態での耐力の1/3以下にまで劣化することが,実験と解析両面から明らかにされた。

 第4章では,コンクリートの異常膨張や厳しい腐食によって,鋼材が破断した場合の残存安全性能について議論を展開している。特に鉄筋の定着を目して施された折り曲げ部で破断が発生するため,破断位置から鋼材径の5倍の領域の鋼材の剛性が消失することを仮定して,数値構造解析を行うことを提案している。これにより,間接的にせん断補強鉄筋と主鉄筋定着性能の低下を力学的に代表させることができることを明らかにした。これをアルカリ骨材反応によって鋼材が破断した実橋梁橋脚の残存耐力評価に応用し,その検証を行った。

 第5章では,鉄筋に腐食が発生した後に導入されるコンクリートのひび割れの進展と腐食度との関係を,ひび割れ進展解析によって解明している。ひび割れの進展が安定している諸元では,ひび割れ間に腐食生成ゲルが浸潤して膨張圧力を大幅に低減することを、初めて明らかにした。これにより,かぶりコンクリート厚の薄い諸元から大きい構造体までを一括して挙動予測できることを,実験検証を通じて見いだしている。腐食開始からかぶりコンクリートの剥落までのライフサイクルを予測する枠組みが提示された。

 第6章では結論であり、知見の適用範囲と今後の展開方向について概括している。

 本研究は、損傷を内在する現存鉄筋コンクリート構造の残存構造性能を、欠損の特性と構造を形成しているコンクリート・鋼材の力学特性とを融合させて,構造安全性を評価する技術を提示したものである。およそ30-40年前に建設された多数の構造物が補修補強を要する時期が迫っており,本研究は時機を得たものとなっている。また,既にいくつかの現存社会基盤施設の性能チェックに試験的に応用され始め,実用段階に入った。今後の都市再生と継続的な維持管理に貢献することが大いに期待される。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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