学位論文要旨



No 119676
著者(漢字) 松沢,英亮
著者(英字)
著者(カナ) マツザワ,エイスケ
標題(和) 意味の構成から見た三軒協定の研究 : 居住者の語り合いをもとに
標題(洋)
報告番号 119676
報告番号 甲19676
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5881号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

研究背景

 平成14年に埼玉県戸田市の都市景観条例において施行された三軒協定制度は、隣どうし三軒以上で協定を締結した居住者に対し、その景観形成を市が助成する制度である。現時点では、各地区とも協定の実践行為として主に植栽活動を行っている。この協定制度は隣三軒を前提としている点で、個人による自主的な景観形成とも、地域の枠組みを重視した従来の制度的まちづくり手法とも異なり、全国的に見ても特殊な事例である。そこでまず、研究背景として、従来のまちづくり・建築協定制度に対する三軒協定の位置づけと、その制度的可能性を考察した。その結果「三軒協定」は、居住者の日常実践の場であること、遠心的な環境形成の可能性を持つこと、ものとひとの親密な関係づくりとしての可能性を持つことが予測された。

目的

 そこで本研究では、三軒協定の実践や、そこでの生活についての三軒居住者の「語り合い」から、その居住世界に与えられた「意味」を明らかにすることで、三軒協定制度の可能性を検証し、その有効性の如何を明らかにすることを目的としている。

表層調査

 はじめに、三軒協定地区の空間的特性を把握するために現地調査を行い、各地区の植栽配置や表層類型を示した。この表層類型とは、特にそこでの植栽行為に着目してまとめたものである。そこから、三軒地区の表層は、公共的な「外壁の緑化」であり、前面道路を利用する他者との意味的な接合やせめぎ合いを生み出す可能性が考察された。

アンケート調査

 次に、居住者と面接する前段階として、各人の三軒協定に対する意識を問うアンケート調査を実施した。その結果、特に、締結して良かった点として「コミュニケーションの契機」をあげた者が最も多く、三軒協定が、景観の美化だけでなく、他者との何らかの結びつきを生み出す効果を持つことが分かった。

トーク・セッション調査

 つづいて、本研究の主要な調査である「トーク・セッション」を行った。トーク・セッションとは、三軒居住者の代表三名と司会者(筆者)の四人で、三軒協定や植栽行為について語り合うものであった。次にその語り合いで得られた会話文を分析し、居住者を取り巻く「意味の構成」を抽出した。意味の構成とは、「主体(自己・他者)」と「行為」と「環境」の関係を示すもので、環境が如何なる主体の如何なる行為と関わることで「意味」を獲得したかであり、主体の行為が如何なる環境を媒介して如何なる他者と結びつくことで「意味」を獲得したかである。そこから、三軒居住者を取り巻く「環境」や、植栽行為をはじめとした「行為」、さらには「他者」や「自己」、「自分たち三軒」に与えられた「意味」が明らかになった。加えて、そうした意味を生成していく「語り」のタイプを幾つかあげることができた。

考察

 居住者は、植栽行為という日常的な経験を通じて多様な他者と関わることで、環境や行為、自己と他者についての多様な意味を生成し、また共有していた。そうした意味の構成が示されたことで、アンケート結果から予想された植栽の「交流媒体」としての働きが具体的に明らかになり、表層調査で予想された「意味的なせめぎ合い」の様子も解明された。そして、居住者による意味の生成とは、社会的に様々に意味づけられた世界に自己や三軒を位置づけていく行為であったこと、即ち、自己や三軒にとっての意味は様々な他者との意味的な「共有・対比」によって生成されていることが分かった。また、そうした意味は、環境がそれに関わる行為のもとに獲得した「多層的意味」というだけでなく、行為が様々な他者との関わりの中で獲得した「外向的な意味」でもある事が考察された。そして行為が外向的意味を獲得することは、行為者自身が意味を獲得することであった。

 したがって、三軒協定の重要な効果とは、多様な意味を導く植栽が三軒の関わりの中に置かれることで、居住者がそれまでにない他者との接合を果たし、それまで得られなかった自己の意味が獲得された点にあるという結論に至った。

審査要旨 要旨を表示する

論文題目 意味の構成から見た三軒協定の研究 −居住者の語り合いをもとに−

 本論文は、埼玉県戸田市の都市景観条例において施行された三軒協定の実践や、そこでの生活についての三軒居住者の「語り合い」を分析することにより、その居住世界に与えられた「意味」を明らかにすることで、三軒協定制度の可能性を検証し、その有効性を明らかにすることを目的としている。

 平成14年に埼玉県戸田市の都市景観条例において施行された三軒協定制度は、隣どうし三軒以上で協定を締結した居住者に対し、その景観形成を市が助成する制度である。現時点では、各地区とも協定の実践行為として主に植栽活動を行っている。

 この三軒協定制度は全国的に見ても特殊な事例であり、隣三軒を前提としている点で、個人による自主的な景観形成とも、地域の枠組みを重視した従来の制度的まちづくり手法・建築協定制度とも異なる。三軒協定は、居住者の日常実践の場であること、遠心的な環境形成の可能性を持つこと、ものとひとの親密な関係づくりとしての大きな可能性を持つ制度である。この制度を居住者の立場から検討することが今後の実効あるまちづくりや居住者自身による環境形成活動を考える上で意義深いものであると考えたことが背景となっている。

 本論文では、まず初めに、三軒協定地区の空間的特性を把握するために現地調査を行い、各地区の植栽配置や表層類型を示した。この表層類型とは、特にそこでの植栽行為に着目している。そこから、三軒地区の表層は、公共的な「外壁の緑化」であり、前面道路を利用する他者との意味的な接合やせめぎ合いを生み出す可能性を考察している。

 次に、居住者と面接する前段階として、各人の三軒協定に対する意識を問うアンケート調査を実施した。その結果、特に、締結して良かった点として「コミュニケーションの契機」をあげた者が最も多く、三軒協定が、景観の美化だけでなく、他者との何らかの結びつきを生み出す効果を持つことを明らかにしている。

 つづいて、本研究の主要な調査である「トーク・セッション」を行った。「トーク・セッション」とは、三軒居住者の代表三名と司会者(本論文筆者)の四人で、三軒協定や植栽行為について語り合うものである。次にその語り合いで得られた会話文を分析し、居住者を取り巻く「意味の構成」を抽出した。意味の構成とは、「主体(自己・他者)」と「行為」と「環境」の関係を示すもので、環境が如何なる主体の如何なる行為と関わることで「意味」を獲得したかであり、主体の行為が如何なる環境を媒介して如何なる他者と結びつくことで「意味」を獲得したかである。そこから、三軒居住者を取り巻く「環境」や、植栽行為をはじめとした「行為」、さらには「他者」や「自己」、「自分たち三軒」に与えられた「意味」が明らかになった。加えて、そうした意味を生成していく「語り」のタイプを幾つかあげることができた。

 居住者は、植栽行為という日常的な経験を通じて多様な他者と関わることで、環境や行為、自己と他者についての多様な意味を生成し、また共有していた。そうした意味の構成が示されたことで、アンケート結果から予想された植栽の「交流媒体」としての働きが具体的に明らかになり、表層調査で予想された「意味的なせめぎ合い」の様子も解明された。そして、居住者による意味の生成とは、社会的に様々に意味づけられた世界に自己や三軒を位置づけていく行為であったこと、即ち、自己や三軒にとっての意味は様々な他者との意味的な「共有・対比」によって生成されていることが分かった。また、そうした意味は、環境がそれに関わる行為のもとに獲得した「多層的意味」というだけでなく、行為が様々な他者との関わりの中で獲得した「外向的な意味」でもある事が考察された。そして行為が外向的意味を獲得することは、行為者自身が意味を獲得することであった。

 したがって、三軒協定の重要な効果とは、多様な意味を導く植栽が三軒の関わりの中に置かれることで、居住者がそれまでにない他者との接合を果たし、それまで得られなかった自己の意味が獲得された点にあるという結論に至った。

 以上のように本論文では、「トーク・セッション」における会話から三軒居住者の「語り合い」を分析することにより、植栽を媒介として居住者が他者との接合を果たし自己の意味が獲得される過程が明らかになり、三軒協定制度の可能性と有効性を明らかにすることができた。また「トーク・セッション」から「意味」を抽出する方法の可能性も明らかにできた。

 従来のまちづくり・建築協定制度とは異なる先進的事例として、「三軒協定」は、居住者の日常実践の場からの遠心的な環境形成の可能性を持つこと、ものとひとの親密な関係づくりとしての可能性を持つことが明らかにされたことの意義は大きい。以上のように本論文は建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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