学位論文要旨



No 119677
著者(漢字) 崔,ゴウン
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ゴウン
標題(和) 韓国柱心包斗論 : 表現論理の解読
標題(洋)
報告番号 119677
報告番号 甲19677
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5882号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤井,恵介
 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 曲渕,邦英
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、韓国の寺院建築を対象に、古代から伝統的に受け継がれてきた斗〓形式である柱心包に焦点を当て、その表現論理について解読を試みた。これは、従来、形式分類の枠から抜け出せずにいた韓国の斗〓研究から一歩踏み出した研究として位置つけられる。斗〓を単なる様式あるいは形式ではなく、建物における斗〓そのものの意味について考察する。

1.研究の目的と意義

 本研究の目的は以下の通りである。

(1) 韓国の寺院建築を中心に、その斗〓表現原理について探り、それらを日本寺院建築における斗〓表現の手法を比較することで、韓国と日本建築における共通点と相違点を見出す

(2) 12世紀以後、中国建築の要素がどのように韓国と日本寺院建築の柱心包に影響を与えたのかを比較し、中国建築に対する韓国と日本の受容態度を明らかにする。

(3) これらを通じて、最終的には東アジアという大きな枠の中で、韓国柱心包の特徴を捉え直す足がかりにすることを目的とする。

 この斗〓の比較作業を通じて見出された共通点は、韓国と日本建築の同一性を示唆し、相違点、両国建築における独自性あるいは個性を意味する。そしてこの相違点を導き出すことにより、本研究の最終目的である韓国柱心包の特徴をようやく述べることが可能となる。さらに韓国建築の特徴を明確にすることは、韓国建築史における12世紀以前の建築空白期を埋める上で、多少なりとも役立つことに繋がる。

 こうした研究は、従来各国で単独に行われていた建築史研究からさらに一歩進んだ研究であり、東アジアという大きな視点から建築を捉えるという点に大きな意義がある。また文化財の保存に関する関心が高まる今日において、その価値付けにおける学術的な根拠としても活用できる資料となろう。

2.論文の内容

 本研究は大きく2部、それぞれ3章に分けて構成される。

 第1部は、韓国の柱心包論で、柱心包斗〓に関してどのような意味付けが可能で、どのような解釈が出来るのかに焦点を当て、その表現論理を探る。

第1章.解読の新たな枠組み

 まず従来柱心包の枠組みには入らなかった出先のある翼工を研究対象に含め、新たな柱心包分類の枠を設定した。柱心包を一つの変化の過程として捉えた上で、A・B・Cタイプに分け、その展開を述べた。Aタイプは大斗の上から斗〓が組まれている柱心包で、さらに多包の影響が入る前の段階とその後とで区分した。そして多包が移入される前のAタイプを、最も柱心包の古い形式として捉える。Bタイプは挿肘木を大きな特徴要素として用いている柱心包で、13世紀〜15世紀にかけて柱心包の主流となる。Cタイプは、従来翼工として捉えられていたもので、16世紀以後、Bタイプから変化を遂げた柱心包と捉える。このCタイプは17世紀以後、柱心包の主流を成す。

第2章.表現論理の抽出

 ここでは、第1章の分類をもとに、柱心包斗〓が持つ意味について考察し、その中から斗〓の表現原理あるいは形式論理を探った。そして柱心包の斗〓表現から以下のことを読み取ることができた。

(1) 建物の屋根の形と斗〓の手先数と形態から、建築の格式を読み取れる。

(2) 斗〓の組み方、特殊な肘木の形態などから、造営に携わった工匠の関連性を伺うことができ、柱心包の系統を推測することができる。

(3) 外部の斗〓表現と内部の斗〓表現から、建物の外部と内部を区分する手法として斗〓を用いていることが判る。

(4) 肘木の形態の変遷に注目することで、そこから木造建築の建立年代を推測することができる。

そして以上の斗〓表現から、外部では屋根の形に関係なく、「軒下における斗〓表現は統一する」という一定の論理と、内部では「内部の斗〓表現はボアジをもって表現する」という原則を抽出することができた。

第3章.表現論理の逸脱

 一方、ある形式が定着すると、今度はその定型を乗り越えようとする意識が芽生えてくる。これは斗〓表現論理においても全く同様で、表現論理の逸脱と言える斗〓表現が17世紀以後、建物の軒下において著しく見られた。従来の論理では、「軒下が見える部分の斗〓形式は同じように統一する」という原則があった。しかし17世紀になると、我々が一つの建物を見る際、「最も視覚が集まる頻度の高い部分に意匠を集中させる」という論理が発生し、結果的に建物の正面を強調するようになる。要するにあまり目の届くことのない両側面や後面の意匠には手の込んだ仕事を省く。

 第2部は、第1部で行った韓国柱心包の解釈をもとに、それらを日本の和様でみられる斗〓表現と比較する。比較を通じて両国建築における斗〓表現の共通点と相違点を明らかし、韓国建築における斗〓の特徴を浮上させることを目的とする。これは日本中世寺院本堂における斗〓の表現手法の特徴も鮮明に描き出すことにも繋がる。また第2部では、12世紀〜16世紀の斗〓を比較することで、中国建築に対する韓国と日本の受容態度を探る。これらの比較は、中国の建築技術から導入された柱心包が、どのように韓国と日本の建築界で解釈され、自分たちの形式として確立して行ったのかを物語ることになろう。

第1章.表現手法の比較

 柱心包の表現手法に関して、韓国と日本の寺院建築を比較する。

 その結果、建築意匠において両国とも共通的に、外部における斗〓表現と内部における斗〓表現を明らかに別々の表情とし、それを上手に建物の空間を区分する上で有効な手段として活用している。また「軒下の斗〓は同じ表現をもって統一する」という外部表現論理が見られることも共通している。しかし、興味深いことに、それらを表わす手法は、両国において異なる。この両国の差こそ、韓国と日本建築における斗〓表現の独自性であろう。

第2章.新様式移入と表現論理

 新様式の斗〓表現は、韓国・日本ともに従来の斗〓表現に与えた影響はごく部分的なものであったが、その影響が現れている部分に注目すると、両者の違いははっきりして来る。

 韓国においては、多包の斗〓表現は外部・内部の斗〓表現に朝鮮時代初期の早い段階で見られものの、17世紀以後になってから多く用いられる。しかし、17世紀以後においても、従来の柱心包の斗〓表現を強く意識した表現となっている。

 一方、日本の場合、新様式の影響は、外部表現においては斗〓表現自体の影響はなく、中備えに双斗が用いられたぐらいである。しかし内部表現においては、外陣と内陣を持つ内部空間の性格から、それらを区分する上で、大仏様の皿斗や禅宗様の拳鼻を採り入れている。つまり外陣と内陣の境目にある斗〓は、その表側に当たる外陣を強調する場合と裏側に当たる内陣を強調する場合とで、従来の斗〓表現に新たな要素を加え、より明確に区分する上で有効に採り入れている。

 このように、中国の新様式に対する韓国と日本の受容態度は、両国ともに従来の柱心包論理を崩すことなく、必要な部分だけを採り入れている。

 第3章.表現要素の固有性:挿肘木

 韓国柱心包の特徴として取り上げられる挿肘木部材に焦点を当て、中国や日本で見られる挿肘木と比較・検討し、その系統を探る。その結果、韓国の軒下で用いられている挿肘木は、韓国柱心包独自の表現要素であることが明らかとなった。

3.むすび

 以上より、韓国寺院建築の柱心包における斗〓表現は、一貫して肘木の形態に集中していることが鮮明に浮かび上がった。これは挿肘木が山彌と同じように統一されてゆく過程でも確認することができる。これは常に肘木を意匠の対象として認識していることを意味する。またなによりも、斗〓の表と裏の表現を用いて建物の空間を区別する論理が見られる。これは表現する手法は異なるものの、日本中世寺院本堂においても同様であった。そしてこの表と裏の論理は、見せかけの論理にも繋がる。韓国では13世紀の浮石寺無量寿殿断面に、日本では12世紀の中世寺院本堂の「見せかけの虹梁鼻」で、斗〓の外部と内部、つまり表と裏の論理を確認することができる。このような、見せかけの斗〓表現は、少なくとも韓国と日本の中世において、それ以前には見られない柱心包斗〓表現の共通した意識である。これを中世の共通する意識という意味で「中世化」という言葉で捉えることも可能ではなかろうか。ただ、見せかけの意識自体は、構造から分離された日本の中世寺院本堂の斗〓では、非常に積極的にその手法を用いる一方、常に構造の中から展開されている韓国寺院建築の柱心包では部分的に見られる。しかしながら、斗〓が構造から離れていようがいまいが、外部表現の手法は、韓国では肘木形態の一点に日本では虹梁鼻の一点に集約される。これは意匠を表わすバリエ−ションを考える際、広い意味で、両国とも単純で明快な展開をしていると捉えることもできる。

 東アジアにおいて、韓国寺院建築の柱心包の斗〓表現は、肘木形態の装飾現象が非常に進んだ特有な展開を有するものであった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「韓国柱心包斗〓論─表現論理の解読─」と題されたもので、韓国において伝統建築に用いられたと斗〓のうち、柱心包という柱の上だけに斗〓を置く形式について、その新しい分類を提案し、あわせてその建築における意味を論じたものである。

 論文は2部で構成されている。第一部では、韓国における中世の斗〓形式である柱心包を網羅的に取上げ、その形式分類を行い、表現論理を検討し、さらにそれからの逸脱現象を検討した。第二部では、第一部で導かれた論理をもとにして、韓国の柱心包斗〓と日本の和様に見られる斗〓と比較検討を行い、韓国と日本における斗〓の中世的な特質を解明する。

 第一部では、第一章で、柱心包斗〓の精密な形式分類を行い、それを編年した。大斗の上にだけに斗〓が組まれるものを、最も古い祖形とみなし、挿肘木を使うものをその次とし、さらに従来翼工形式として別分類とみなされていたものを、柱心包の最も後の形式とみなした。第二章では、以上の分類のもつ意味を考察した。その結果以下のようなことが明らかとなった。斗〓形式から建築の年代が推定できる。まら、幾つか技術系統が推定でき、工匠の関連性も指摘できる。建築の格式が解読できる。さらに、斗〓を見る視点として、外部表現、内部表現の双方の意味を解読した。第三章では、以上ので明らかにされた、斗〓の規則が、時代が下がるとともに、その逸脱現象が起きることを解明した。視覚的に重要な部分に、意匠要素が集中することが明らかになった。

 第二部では、第一章で、韓国と日本の寺院建築における斗〓を比較した。双方ともに、斗〓の室外側と室内側で表現を変えていて、それぞれ対応する空間に意味を与えていることが解明された。しかし、韓国では、内部向きにポアジという形式を持つことに特徴があり、日本ではそれを用いないなど、形式においては大きな違いがある。第二章では、中国からもたらされた新しい様式をどのように受容したのか、韓国と日本の場合を比較した。韓国においては、多包形式は最も上位の斗〓形式として受容されたが、柱心包はその形の影響を受けつつも、その表現形式を強く持ち続けた。日本においては、外部表現においては、影響を殆どうけず、中備が目立つ程度であったが、内部表現においては、内陣、外陣を隔てる部位においては、巧妙にそれを取り入れ、それぞれの空間区分を特徴付けることに大いに効果を上げていることが判った。両国ともに、新しい中国の斗〓形式を受け入れながらも、伝統的な要素を強く残すという特徴をもつことが解明された。第三章では、韓国の斗〓の大きな特徴の一つである挿肘木について、中国、日本との比較から、韓国独自の特徴を持つことを明らかにした。

 本論文は、形式分類がすでになされた斗〓、特に柱心包を研究対象として、その形式の意味を考察することにより、斗〓研究に新しい方法を与えた点に大きな特徴がある。また、確立した形式からの逸脱現象の意味を詳細に検討するという方法により、さらに正確に形式の持つ内容を明確にすることが出来た。韓国の斗〓の意味の検討を行うことにより、類似の現象を日本の斗〓にも捜索し、韓国と日本の斗〓のもつ特質についても、比較検討の可能性を探り、それぞれの特質を明らかにした。以上の内容は、従来の研究を大きく進めたものであり、さらに東アジア全体の斗〓研究、ひいては建築装飾における比較研究の可能性を提示したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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