学位論文要旨



No 119679
著者(漢字) ピチニニ東野アドリアナ
著者(英字)
著者(カナ) ピチニニヒガシノアドリアナ
標題(和) 屋根からみた日本伝統建築 : 屋根形状と室構成に関する研究
標題(洋) Japanese Traditional Architecture Seen From The Roof : The Relation Between Roof Typology and Floor Plan Composition
報告番号 119679
報告番号 甲19679
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5884号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 藤井,恵介
内容要旨 要旨を表示する

 日本の伝統建築物における屋根は、西洋建築とは異なる複雑な形状を持ち、意匠的に注目される部分である。屋根を構成する形態や、屋根に使用されている葺材の種類は様々で、それらの組み合わせよる屋根のデザインは日本建築特有のものである。

 これまで日本建築の屋根形状は機能的説明がなされることが多く、例えば深い軒の出を持つ屋根は、高温多湿な気候への対応として考えられ、雨がかりを防ぐ機能的なものと考えられてきた。気候以外には、力学的構造の技術的限界や、建設当時の建築禁令による梁の長さ制限などと考えられてきた。これらの屋根形状を規定する要因は、伝統建築を検証するうえで重要な視点であるが、気候・技術・法制度といった、本来その建築物が固有に持ちうる役割とは直接関係の無い外部的な要因で、自動的に屋根の形が作られると考えるには、あまりにも安易である。伝統建築物の中には、気候や技術、法制度だけでは解釈できない複雑な形態を持つものが数多く存在するからである。

 本研究は、伝統建築物として代表的な建築様式として、神社、江戸城(書院)、桂離宮(数寄屋風書院)、民家、近代和風住宅を対象に、複雑な形態を持つ屋根形状の構成に着目し、屋根伏図と平面図を比較し、研究対象の建物が持つ社会的、歴史的背景を調べることから、屋根形状と各室の機能や役割の関係を明らかにすることを目的とする。

第一章

 伝統建築の屋根に関する既往の研究は少なく、その中では主に力学的解析を行ったものが比較的多く見られる。屋根形状そのものに焦点を当てた研究としては、Mary Parent Neighbour 著「The Roof in Japanese Buddhist Architecture」が挙げられる。この研究は、7世紀から12世紀までの仏教建築を対象とし、屋根形状の形成要因として気候風土への対応と構造形式の技術的制限を挙げている。

 太田博太郎著「日本建築の特質」は、論考の主題は屋根の形態に関してではないが、少し屋根形状と社会的階層、格式の関係に触れている。太田によると古代建築史料では切妻造を「マヤ」(本物、都の建物)、寄棟造を「アズマヤ」(東国の家、田舎の家)として格式の違いが屋根の形に現れていることを指摘している。屋根形状が建物やその建物に住んでいる人々の格式を表すために使われていたという解釈は、それまでの気候や技術による形態の説明とは異なる点である。しかし、「マヤ」「アズマヤ」以上の分類はなく、推察を述べられているに過ぎない。

 民俗学での研究として、丹生谷章著「日本の民屋―屋根型の地理」が挙げられる。この研究は全国にある民家の屋根形状について論じられている。丹生谷は気候や機能的に屋根形状を説明しきれないと指摘している。その根拠としての丹生谷の説は、日本には切妻造を重要と見る民族と、入母屋造を重要と見る民族が存在し、それらの交流によって屋根形状が形成されていったのだと論じている。

 最後に日本の封建制度下における階層性に関する研究として、William H Coaldrake著「Architecture and Authority in Japan」を取り上げる。支配階級が、建築を通して権力を表現していたことを指摘している。屋根形状を直接的に研究対象とした研究ではないが、支配階級が屋根のデザインを利用して権力を表現することについて少し触れている。

第二章

 この章では神社建築の屋根形状について考察する。神社建築には様々な様式が存在するが、その多くが屋根形状の違いにより区別されている。様式により格式が異なるとされているが、それは屋根の違いでしかないということもできる。古代様式とされる神明造、大社造、住吉造においても、神明造が一番格式が高いとされるが、その違いは屋根の葺材、平入、鰹木の数で示されている。古代様式以外の流れ造、春日造、八幡造、日枝造なども同様に屋根形状の違いから捉えることができる。複数の建物から構成される神社では、屋根のデザインが建築の特徴となる。例えば厳島神社は12世紀に造られた神社で、寝殿造の影響を受けているといわれている。全体の中で重要な役割を持つと考えられる本殿、客本殿、大黒神社の部分には切妻造の屋根が架けられ、その他は入母屋造の屋根を架けている。建築内部の階層性を屋根形状で示していると考えられる。

 屋根の部分に着目すると、神社建築では妻部分が強い意味を示していると考えられ、意匠・装飾としての千鳥破風がみられる。千鳥破風は神社建築で生まれた装飾要素で、水分造神社に起源があるとされている。構造的には一体の屋根であっても、千鳥破風を付けることにより祀られている神の数を表現したり、正面性を確保することを意図している。

 神社建築には、瓦屋根を持つ仏教建築とは対比的に、寄棟造の瓦屋根の建築は見られない。また、屋根形状は保守的に継承され、屋根形状の持つ意味を素直に表現しているといえる。

第三章

江戸城内の建物の屋根構成について考察を行う。江戸城は江戸幕府の中心的な建物であったため歴史的に重要な建築である。江戸城は多種多様な建物から構成され、その中で本丸御殿が最も重要とされた。建物は現存しないが、再建の時の図面や研究が豊富に残されている。それらの史料を元にして屋根形状を分析する。

 江戸城の本丸御殿は、表と呼ばれる公式な政治的な部分と、中奥とされる将軍の生活部分、実務の場所、さらに大奥と呼ばれる女性専用の部分に分けられていた。表と呼ばれる場所には、大広間、白書院と黒書院があり、その中でも大広間は政治的儀式にも使用される最も格式の高い場所と考えられる。中庭に面した三つの部屋(列)が合わさって構成される大広間は、儀式の種類や参加人数によって使い方が異なり、各部屋(列)は目的と使い方が決められていた。平面図と屋根伏を比較すると、各列が独立した千鳥破風付きの入母屋屋根の下に位置していながら、三つの入母屋造の屋根を統合している。すなわち平面の構成と同様に三つの屋根で一体の空間を表現していると考えられる。ここでみられる千鳥破風のいくつが中央中庭に面して、外部から見られることのない位置にあり、外観上の観点で付けられたものではなく、内部空間の利用方法と関連した格式表現の道具として利用されていると考えられる。書院造の床や違棚のように様式の一つの要素として用いられている。

本丸御殿のその他の部分に目を向けると、様々な屋根形状を利用しており、屋根の葺材も多種に使い分けられている。座敷などの接客を目的とした格式の高い場所は、主に銅瓦葺、入母屋造とし、事務室などの格式の低い場所には土瓦葺、寄棟造とされている。また、娯楽目的の建物(茶屋や能舞台)には、意図的に他と異なる葺材(柿葺、板葺)を用い、独自性を示している。屋根の形態と葺材が下にある室の機能や格式と強く関連していることが伺える。

第四章

 桂離宮内の建物の屋根形状について考える。桂離宮は、17世紀初期に建てられた八条の宮の別邸で数寄屋風書院の代表例である。書院群と茶室から構成され、書院群の基本的骨格は書院造りであるが細部に数寄屋的な意匠がみられる。

 書院群にある古書院、中書院、新御殿は柿葺き屋根の入母屋造。控所、旧事務室のサービス空間は瓦葺きの入母屋造となっている。書院群の屋根形状は、階層の高い書院部分と控所などのサービス部分を屋根で区別し、葺材の異なる別屋根としている。また、庭から瓦の屋根が見えない様に構成している。

 庭園内に散在する茶室は、小さい規模でありながら複雑な屋根を持つ物が多い。離宮内の茶屋建築のなかで配置や規模から考えると、松琴亭は最も重要な建築であったと考えられる。松琴亭は、中庭の周りに機能の異なる部屋を配置し、それぞれに異なる屋根が架けている。松琴亭に用いられる屋根形状は、切妻造と入母屋造で、茅、柿、瓦の3種の葺材が場所の性格に合わせる様に使用されている。例えば、イベントルームの役割を持つ壱の間と弐の間には、華美な入母屋造の茅葺き、それに対し、茶室部分には厳格な空間を単純な柿葺きの切妻造で表している。台所、サービス部には、機能的な瓦葺きの切妻造とされ、全体の形状としては非常にダイナミックな形態と成っている。葺材と屋根形状を変化させることで、ランドスケープの中のアクセントとして、多様な風景を造りだしている。

桂離宮では江戸城と異なり、各室(空間)の格式よりその空間の質(個性)を屋根形状や葺材により現し、景観と屋根形態の調和考えて屋根を構成していることがわかる。

第五章

民家における屋根形状について考える。民家は地域性が強く風土の影響が大きいと考えられている。ここでは、17世紀から20世紀にかけて造られた全国の農家を中心に、屋根形状が複雑で修理報告書の資料のある94棟を対象として屋根と平面構成との関係をみる。民家の屋根は、入母屋造は少なく、多くは寄棟造または切妻造となっている葺き材は茅が最も多く、その次は瓦葺きであり、柿葺は珍しい。民家には、座敷に関して上座、下座と呼ばれるように、平面的に明確な階層性がみられる。平面と屋根形状との関係をみると、屋根形状によって、内部の階性を表現していることが分かる。多くの場合、入母屋が最上位の格式を持ち、葺材では、柿葺が格式の高いものと考えられる。

 民家では貴族の好む柿葺入母屋造りや、仏教建築の瓦葺寄棟造を使用することに抵抗があったのだと考えられる。

第六章

近代和風住宅の代表的な例である古稀庵は20世紀初期の数奇屋風書院である。

平面形状は平屋で各部屋が廊下によってつながれており、機能により大きく六つのブロックで構成されている。接客空間は、建物の中で南側の庭を最も美しく見せる位置に配置しているため座敷という機能と重ねて、最も格式が高い場所と考えることができる。建物北側は、南庭が見えず、台所や使用人部屋として使用されており格式は低いと考えられる。同じ和室でも、二面が中庭に面した和室の方が、サービス側に位置する和室に対して格式が高いと見ることができる。

古稀庵の屋根は寄棟、切妻、入母屋の三種の屋根形状が組み合わさり、それらは桟瓦、庇は銅板葺きで構成されている。各部分は独立した屋根を持ち、屋根伏せ図と平面図を見ると部屋の階層性が屋根形状に関係することがわかる。平面図から格式が高いと捉えた部屋は入母屋になり、格式が中位にある部屋には寄棟が、格式が低いとみた部屋は切妻となっている。しかし、サービス部分であっても、部分的に入母屋や寄棟が用いられているなど、平面における各部分の格式の違いと屋根形状の関係が対応しない場所がある。これは伝統建築一般に庭の見せ方が重要であるとされ、建物配置と庭の造園が密接な関係をもって計画されていることから、庭側から建物を見た視線、さらに座敷などの格式の高い場所から庭を介して対面する屋根の景観を考慮したものと考えられる。

まとめ

日本の伝統建築の屋根は、機能的にその形を決定しているだけでなく、内部空間の性格、特に室の階層性が大きく関係している。内部空間の階層表現には、葺材によるものや形によるものがあり、階層上位とされるものの葺材や形態は、建物の用途により異なる。それは、その建物が持つ歴史的背景、社会的役割と関係していることが分かった。例えば、同時代の建築である江戸城本丸御殿と桂離宮では、階層性の表現が強い江戸城に対し、桂離宮の屋根は自由度が高く、見え方を意識した遊びの要素がみられる。

本研究により、これまで機能的な解釈で捉えられていた伝統建築の屋根において、新たな視座を提示する事ができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、日本建築の屋根形状を新しい視点から研究したものである。

 これまで日本建築の屋根形状は機能的説明がなされることが多く、例えば深い軒の出を持つ屋根は、高温多湿な気候への対応として考えられ、雨がかりを防ぐ機能的なものと考えられてきた。気候以外には、力学的構造の技術的限界や、建設当時の建築禁令による梁の長さ制限などと考えられてきた。これらの屋根形状を規定する要因は、伝統建築を検証するうえで重要な視点であるが、気候・技術・法制度といった、本来その建築物が固有に持ちうる役割とは直接関係の無い外部的な要因で、自動的に屋根の形が作られると考えるには、あまりにも安易である。伝統建築物の中には、気候や技術、法制度だけでは解釈できない複雑な形態を持つものが数多く存在するからである。

 本研究は、伝統建築物として代表的な建築様式として、神社、江戸城(書院)、桂離宮(数寄屋風書院)、民家、近代和風住宅を対象に、複雑な形態を持つ屋根形状の構成に着目し、屋根伏図と平面図を比較し、研究対象の建物が持つ社会的、歴史的背景を調べることから、屋根形状と各室の機能や役割の関係を明らかにすることを目的とする。

 第一章は学説史的考察である。

屋根形状そのものに焦点を当てた研究としては、Mary Parent Neighbour著「The Roof in Japanese Buddhist Architecture」が挙げられる。この研究は、7世紀から12世紀までの仏教建築を対象とし、屋根形状の形成要因として気候風土への対応と構造形式の技術的制限を挙げている。

太田博太郎著「日本建築の特質」は、論考の主題は屋根の形態に関してではないが、少し屋根形状と社会的階層、格式の関係に触れている。太田によると古代建築史料では切妻造を「マヤ」(本物、都の建物)、寄棟造を「アズマヤ」(東国の家、田舎の家)として格式の違いが屋根の形に現れていることを指摘している。屋根形状が建物やその建物に住んでいる人々の格式を表すために使われていたという解釈は、それまでの気候や技術による形態の説明とは異なる点である。しかし、「マヤ」「アズマヤ」以上の分類はなく、推察を述べているに過ぎない。

 民俗学での研究として、丹生谷章 著「日本の民屋―屋根型の地理」が挙げられる。この研究は全国にある民家の屋根形状について論じられている。丹生谷は気候や機能的に屋根形状を説明しきれないと指摘している。その根拠としての丹生谷の説は、日本には切妻造を重要と見る民族と、入母屋造を重要と見る民族が存在し、それらの交流によって屋根形状が形成されていったのだと論じている。

 最後に日本の封建制度下における階層性に関する研究として、William H Coaldrake著「Architecture and Authority in Japan」を取り上げる。支配階級が、建築を通して権力を表現していたことを指摘している。屋根形状を直接的に研究対象とした研究ではないが、支配階級が屋根のデザインを利用して権力を表現することについて少し触れている。

 第二章では神社建築の屋根形状について考察する。

 神社建築には様々な様式が存在するが、その多くが屋根形状の違いにより区別されている。様式により格式が異なるとされているが、それは屋根の違いでしかないということもできる。古代様式とされる神明造、大社造、住吉造においても、神明造が一番格式が高いとされるが、その違いは屋根の葺材、平入、鰹木の数で示されている。古代様式以外の流れ造、春日造、八幡造、日枝造なども同様に屋根形状の違いから捉えることができる。複数の建物から構成される神社では、屋根のデザインが建築の特徴となる。例えば厳島神社は12世紀に造られた神社で、寝殿造の影響を受けているといわれている。全体の中で重要な役割を持つと考えられる本殿、客本殿、大黒神社の部分には切妻造の屋根が架けられ、その他は入母屋造の屋根を架けている。建築内部の階層性を屋根形状で示していると考えられる。

 第三章では江戸城内の建物の屋根構成について考察を行う。

江戸城は江戸幕府の中心的な建物であったため歴史的に重要な建築である。江戸城は多種多様な建物から構成され、その中で本丸御殿が最も重要とされた。建物は現存しないが、再建の時の図面や研究が豊富に残されている。それらの史料を元にして屋根形状を分析する。

 江戸城の本丸御殿は、表と呼ばれる公式な政治的な部分と、中奥とされる将軍の生活部分、実務の場所、さらに大奥と呼ばれる女性専用の部分に分けられていた。表と呼ばれる場所には、大広間、白書院と黒書院があり、その中でも大広間は政治的儀式にも使用される最も格式の高い場所と考えられる。

中庭に面した三つの部屋(列)が合わさって構成される大広間は、儀式の種類や参加人数によって使い方が異なり、各部屋(列)は目的と使い方が決められていた。平面図と屋根伏を比較すると、各列が独立した千鳥破風付きの入母屋屋根の下に位置していながら、三つの入母屋造の屋根を統合している。すなわち平面の構成と同様に三つの屋根で一体の空間を表現していると考えられる。

 第四章では桂離宮内の建物の屋根形状について考える。

桂離宮は、17世紀初期に建てられた八条の宮の別邸で数寄屋風書院の代表例である。書院群と茶室から構成され、書院群の基本的骨格は書院造りであるが細部に数寄屋的な意匠がみられる。

 書院群にある古書院、中書院、新御殿は柿葺き屋根の入母屋造。控所、旧事務室のサービス空間は瓦葺きの入母屋造となっている。書院群の屋根形状は、階層の高い書院部分と控所などのサービス部分を屋根で区別し、葺材の異なる別屋根としている。また、庭から瓦の屋根が見えない様に構成している。

桂離宮では江戸城と異なり、各室(空間)の格式よりその空間の質(個性)を屋根形状や葺材により現し、景観と屋根形態の調和考えて屋根を構成していることがわかる。

 第五章では民家における屋根形状について考える。

民家は地域性が強く風土の影響が大きいと考えられている。ここでは、17世紀から20世紀にかけて造られた全国の農家を中心に、屋根形状が複雑で修理報告書の資料のある94棟を対象として屋根と平面構成との関係をみる。平面と屋根形状との関係をみると、屋根形状によって、内部の階性を表現していることが分かる。多くの場合、入母屋が最上位の格式を持ち、葺材では、柿葺が格式の高いものと考えられる。

 第六章は近代和風住宅を扱う。

その代表的な例である古稀庵は20世紀初期の数奇屋風書院である。平面形状は平屋で各部屋が廊下によってつながれており、機能により大きく六つのブロックで構成されている。古稀庵の屋根は寄棟、切妻、入母屋の三種の屋根形状が組み合わさり、それらは桟瓦、庇は銅板葺きで構成されている。各部分は独立した屋根を持ち、屋根伏せ図と平面図を見ると部屋の階層性が屋根形状に関係することがわかる。平面図から格式が高いと捉えた部屋は入母屋になり、格式が中位にある部屋には寄棟が、格式が低いとみた部屋は切妻となっている。しかし、サービス部分であっても、部分的に入母屋や寄棟が用いられているなど、平面における各部分の格式の違いと屋根形状の関係が対応しない場所がある。これは伝統建築一般に庭の見せ方が重要であるとされ、建物配置と庭の造園が密接な関係をもって計画されていることから、庭側から建物を見た視線、さらに座敷などの格式の高い場所から庭を介して対面する屋根の景観を考慮したものと考えられる。

 まとめ

日本の伝統建築の屋根は、機能的にその形を決定しているだけでなく、内部空間の性格、特に室の階層性が大きく関係している。内部空間の階層表現には、葺材によるものや形によるものがあり、階層上位とされるものの葺材や形態は、建物の用途により異なる。それは、その建物が持つ歴史的背景、社会的役割と関係していることが分かった。例えば、同時代の建築である江戸城本丸御殿と桂離宮では、階層性の表現が強い江戸城に対し、桂離宮の屋根は自由度が高く、見え方を意識した遊びの要素がみられる。

本研究により、これまで機能的な解釈で捉えられていた伝統建築の屋根において、新たな視座を提示する事ができた。

以上を要するに本研究は日本建築の屋根形状を文化表現として解釈したものであり、きわめて学術的価値が高い。よって本研究は博士(工学)の学位を授与できると認められる。

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