学位論文要旨



No 119681
著者(漢字) 佐藤,将之
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサユキ
標題(和) 園児の社会性獲得と空間との相互作用に関する研究 : 子どもの環境行動原論
標題(洋)
報告番号 119681
報告番号 甲19681
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5886号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景

 近年、日常生活における遊び場の減少や社会進出する女性の増加など、社会や教育の変化により保育施設の果たす役割が大きくなってきた。幼稚園の保育園化、保育園の幼稚園化が進んでいく1999年、筆者が保育施設に関する研究を始めた。そして2002年4月、公立の幼稚園と保育園が一つの園として初めて認可され、2004年には幼保の総合施設づくりが始まっている。このような社会的背景の中、本研究が進められた。

2.研究の目的と視点

 子どもたちは家族から離れ、他者と出会う園環境において自己を確立する。その時、様々な行動とともに園児たちには環境と何らかの関係が生まれ、様々な人間と共存することで環境を調節するようになる。

そこで本研究では、他者との関係に覚醒していく様態を「社会性」とした。そして、他者の存在を認識した上で彼らと共存しての振る舞い方の学習、例えば自他の距離を調節するようになることを「社会性獲得」と捉えている。そして、このような子どもたちの行動様態を記述することで園児の社会性獲得と空間との相互作用を明らかにすることを目的とした。

 またこの研究は、子どもの全人格的な発達過程における保育施設の担う役割の一端を解明するものとなるだろう。

 以下に子どもたちの行動様態を捉える本研究の視点を示す。

(1)人間と環境は一体であるものとして子どもたちの行動様態を捉えること

(2)「ある人と他者との関係」を分析の単位とし、個人からみた人間と環境の関係を記述すること

(3)「遊びの移行」の全体像を捉えること

(4)行動をある時点のものとして捉えるのではなく、流れゆくものとして捉えること

(5)「生きられる空間」(注6)を捉えること

(6)保育者がより建築家に近づくこと。人間関係からみた空間の提案を行うこと

3.研究の構成

 本研究は、全3編、12章で構成され、最初と最後を除いた10の章は、I編「子どもたちの時間変化」、II編「子どもたちの関係変化」、III編「社会性と空間」として構成されている。

 I編、第2章では、10分を単位として、大人を含めて敷地内にいる全員の動きを記録し、園全体の時間変化を明らかにしている。第3章では、園児個人に着目し、追跡調査によって、個人の行動領域や交流する人数について所属や属性の違いを明らかにしている。

 II編では、第3章で明らかにした個人の行動様態の時間変化における交流の人数やその関係をもとに、子どもたちの関係変化に関する行動様態を明らかにしている。

 III編では、全体に着目した第I編、秒単位の動きに着目した第II編を統括的に整理し、子どもたちが共存することや主体からみた空間に関する、人間と環境の関係の様々なモデル提示を行っている。

 以下に、各章を総括する。

 I編では、子どもたちの様々な時間変化が明らかになった。

 第2章では、10分ごとに園内の全員を平面図上にプロットした図から、園児が一日に体験する保育やその時の集合の人数変化を様々な空間体験として表現した。さらに、自由な時間帯での子どもたちの分布における所属や属性の記録から、年齢別クラスよりも生活リズム別クラスの結びつきの方が強いことが明らかになった。また、コーナーによって時間差で棲み分けたり、混在している共存の様相が明らかになった。

 第3章では、園児を個人的に追跡し、所属や属性による(1)行動範囲や動き方の違い(2)交流の相手とその数(3)動きや姿勢、交流のリズムが明らかになった。結果例の一つとして、年齢による違いでは、「3歳児から4歳児では行動範囲や交流人数が大きく拡大(人数では平均6.1人の増加)し、4歳児から5歳児では、交流人数は増加(平均値で2.2人増加)するが、行動範囲は少し縮小していた。」ことが明らかになった。

 II編では、子どもたちの関係が変化する行動様態が明らかになった。

 第4章では、子どもたちが1人でいる時には、物理的環境の操作や体感、見たり見られたりする視覚的な関係、一方的な視覚的聴覚的出力があることが明らかになった。

 第5章では、子どもたちが交流を始める時には、身体を交流する相手に向けたり、相手と同じ姿勢や目線になったり、同じ動きを模倣する主体調節の特徴が明らかになった。

 第6章では、子どもたちの「社会」が大きくなる時には、社会に参与している園児の参入者に対する許可や勧誘などのスタンスによって、子どもたちの参与者への身体の向きや距離などの間が調節されていることが明らかになった。

 第7章では、子どもたちが一緒に遊び続ける時には、姿が確認できたり、声が届く距離や範囲を保ち続けたり、場を移ったり、環境の導入や遊離によって場の本質が変化することが明らかになった。

 第8章では、関係を構築した子どもたち同士の距離が離れていく時には、共有していた環境の喪失があったり、新しい他者との関係が構築されていたり、新旧二つの関係を並行していることが明らかになった。

 また、他者との関係の変化の循環をたどった4〜8章から、主体には、「認識」、「接触」、「調節」という3つの覚醒があり、これらが様々に混在しすることで一緒に遊んでいる人数や子どもたち同士の関係が変化することがわった。

 第9章では、保育者がいる社会では、子どもたちは、言葉での意志表示がなくても参与者として認識されていた。また、保育者を媒介としなくても、一番交流する頻度が少なかった所属の異なる異年齢同士(第3章)が遊びに関連した会話をしていたことが明らかになった。

 III編では、視点を変えてI,II編を再構成し、さらに分析を進めたことで、社会性と空間を明らかにした。

 第10章では、1人でいる時とみんなでいる時の子どもたちによる空間形成が明らかになった。みんなでいる空間形成は、A.物理的環境で囲いを作り、その内部で向き合うもの、B.建築的仕掛けなどの特徴的な場に一時的に入り込むもの、C.物理的環境で囲いを作り、囲いの外側を向いて周辺にいる園児に働きかけるもの、D.列に並ぶもの、E.遊びの対象となるものを囲むもの、F.A〜Eが複数連続して、その間を行き来する園児がいる様なネットワークがあるもの、G.段差などを利用して行為を嗜好し、反復や回遊性があるもの、H.競技、I.回れるものや集合の周りをまわるもの、という9つの分類ができる。みんなでいる時にもこのように形成した空間だけではなく周辺環境との関わりをもつことで、遊びが展開したり、関係を持続する要因となっていることがわかった。

 第11章では、II編で得られた「認識」「接触」「調節」という視点から、他者との関係に覚醒する子どもたちを再考した。

 子どもたちは、関係しあっているセット(注)や、周辺環境との関わり合いの中で、主体や物理的環境を調節し、接触したり、関係を構築、持続している。また、周辺環境を認識するが、他の集合の周縁を利用し始める共存もある。この様な物理的関係的に離れた環境の選択をし、自分の目的を達成する(ここでは読みたい本を読む)ことも、他者と共存していくための重要な調節である。

 このような「認識」「接触」「調節」の要素が混ざり合って起こる行動が社会性の獲得である。子どもたちにとって様々な他者と共存する空間は他者と相互作用的に行動する社会性獲得を見出す場なのである。

4.社会性獲得と空間との相互作用

 子どもたちは、他者との関係で「認識」「接触」「調節」に覚醒し、それらが多様に混在して起きる行動が社会性として獲得されていた。そして、以下の社会性獲得と空間との相互作用が明らかになった。

・主体の動きや姿勢、視線の高さなどが他者と同調することで、子どもたちは、関係を構築することができる

・子どもたちは、相互認識を求め、空間(物理的環境や社会的環境などのセット)に対応して主体を調節し、関係を持続する

・子どもたちは、遊具や家具(物理的環境)によって活動領域を形成し、それを組み替えることで場の本質を変えたり、場を移り物理的環境を利用することで、社会の活動を変化させる

・社会は、周辺環境との関わりによって、活性化したり、周辺環境へ移行し始める

・子どもたちは、既存の集合を認識し、その周縁に空間を形成する棲み分けを行う

 結語として、子どもたちが社会性を獲得するための環境デザインや環境設定を提言する。

★質の異なる場を認識しあえる視覚的な関係を作る

 これは、単に見渡せればよいということではない。子どもたちの動きや姿勢、設え、などの質が異なる場を認識できることは、子どもたちに、様々な居方の選択肢が生まれ、認識すること自体が嗜好として捉えられるようになる。

★偶発的な出会い[接触]を生むコーナーや設えを設定する

 何かの場を設定する時には、一つの目的としての作り込みをするだけではなく、目的の違う場が隣合ったり、その境界を曖昧にしたり、様々な人が行き交う動線と近接することで、所属や属性の異なる子どもたちの偶発的な出会いが生まれる空間となる。

★調節しあえる家具や遊具を提供する

 子どもたちは、自ら空間を形成することができ、かつ、それを調節することで、場の本質も変化させることができる。また、これは多様な動きや姿勢を生み出し、様々な動きや姿勢を同調する関係構築が生まれる場となる。

★特徴的な建築的仕掛けや物理的環境を提供する

 柱や段差は、周縁的な立場で机代わりにしたり、身体を支持することに利用される。段差は、眩暈を利用することもある。多様な環境は、様々な動きや姿勢を生み出し、多面的な関係を構築する。狭い場所や乗れる場所は、何かに見立てられ、建築的仕掛けでも家具でも見出されることがあった。これらの場所は、常に人がいるわけではなくても、特性が経験の中に蓄えられ、みんなで共有できる場になる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、子どもたちの行動様態を記述することで園児の社会性獲得と空間との相互作用を明らかにすることを目的としている。

 近年、日常生活における遊び場の減少や社会進出する女性の増加など、社会や教育の変化により保育施設の果たす役割が大きくなり、幼稚園の保育園化、保育園の幼稚園化が進むなか、2002年公立の幼稚園と保育園が一つの園として初めて認可され、2004年には幼保の総合施設づくりが始まったことを社会的背景としている。

 子どもたちは家族から離れ、他者と出会う園環境において自己を確立する。その時、様々な行動とともに園児たちには環境と何らかの関係が生まれ、様々な人間と共存することで環境を調節するようになる。本論文では他者との関係に覚醒していく様態を「社会性」とし、他者の存在を認識した上で彼らと共存しての振る舞い方の学習を「社会性獲得」と捉え、このような子どもたちの行動様態を記述することで園児の社会性獲得と空間との相互作用を明らかにすることを目的としている。

 本論文での子どもたちの行動様態を捉える視点として、人間と環境を一体と捉えること、「ある人と他者との関係」を分析の単位とし人間と環境の関係を記述すること、「遊びの移行」の全体像を捉えること、行動をある時点ではなく流れゆくものとして捉えること、「生きられる空間」を捉えること、保育者がより建築家に近づき人間関係からみた空間の提案を行うこと、を特徴としている。

 本論文は全3編、12章で構成されている。

 I編では子どもたちの時間変化を明らかにした。第2章では10分単位に全員の動きを記録し園全体の時間変化を明らかにしている。第3章では園児個人に着目し、追跡調査によって個人の行動領域や交流する人数、動きや姿勢、交流のリズムについて、所属や属性の違いを明らかにしている。

 II編では子どもたちの関係が変化する行動様態を明らかにした。第4章では1人でいる時には物理的環境の操作や体感、見たり見られたりする関係、一方的な視覚的聴覚的出力があること、第5章では交流を始める時には身体を相手に向けたり相手と同じ姿勢や目線になったり同じ動きを模倣する主体調節の特徴があること、第6章では子どもたちの「社会」が大きくなる時には参入者に対する許可や勧誘などのスタンスによって参与者への身体の向きや距離などが調節されていること、第7章では一緒に遊び続ける時には、姿が確認できたり、声が届く範囲を保ち続けたり、場を移ったり、環境の導入や遊離によって場の本質が変化すること、第8章では関係を構築した子どもたち同士の距離が離れていく時には、共有していた環境の喪失、新しい他者との関係の構築、新旧二つの関係を並行があることが明らかになった。

 また、他者との関係の変化の循環をたどった4〜8章から、主体には「認識」、「接触」、「調節」という3つの覚醒があり、これらが混在することで一緒に遊んでいる人数や子どもたち同士の関係が変化することがわかった。

 第9章では、保育者がいる社会では、子どもたちは言葉での意志表示がなくても参与者として認識され、また、保育者を媒介としなくても、一番交流する頻度が少なかった所属の異なる異年齢同士が遊びに関連した会話をしていたことを明らかにした。

 III編では子どもたちが共存することや主体からみた人間と環境の関係の様々なモデル提示を行なっている。第10章では1人でいる時とみんなでいる時の子どもたちの空間形成を明らかにした。みんなでいる空間形成は、A.物理的環境で囲いを作り内部で向き合うもの、B.建築的に特徴ある場に一時的に入り込むもの、C.物理的環境で囲いを作り外側を向いて周辺にいる園児に働きかけるもの、D.列に並ぶもの、E.遊びの対象を囲むもの、F.A〜Eが複数連続してその間を行き来する園児がいる様なネットワークがあるもの、G.段差などを利用して行為を嗜好し反復や回遊性があるもの、H.競技、I.回れるものや集合の周りをまわるもの、という9分類ができ、みんなでいる時にもこのように形成した空間だけではなく周辺環境との関わりをもつことで、遊びが展開したり、関係を持続する要因となっていることがわかった。

 第11章では「認識」「接触」「調節」という視点から、他者との関係に覚醒する子どもたちを再考した。子どもたちは関係しあっているセットや、周辺環境との関わり合いの中で、主体や物理的環境を調節し、接触したり、関係を構築、持続している。また、周辺環境を認識するが、他の集合の周縁を利用し始める共存もある。この様な物理的関係的に離れた環境の選択をし、自分の目的を達成することも、他者と共存していくための重要な調節である。

 このような「認識」「接触」「調節」の要素が混ざり合って起こる行動が社会性の獲得であり、子どもたちにとって様々な他者と共存する空間は他者と相互作用的に行動する社会性獲得を見出す場であるとした。

 子どもたちは他者との関係で「認識」「接触」「調節」に覚醒し、それらが多様に混在して起きる行動が社会性として獲得されていることを明らかにしている。結論として、

・主体の動きや姿勢、視線の高さなどが他者と同調することで、子どもたちは関係を構築できる

・子どもたちは相互認識を求め、空間に対応して主体を調節し、関係を持続する

・子どもたちは遊具や家具によって活動領域を形成し、それを組み替えることで場の本質を変えたり、場を移り物理的環境を利用することで、社会の活動を変化させる

・社会は、周辺環境との関わりによって、活性化したり、周辺環境へ移行し始める

・子どもたちは既存の集合を認識し、その周縁に空間を形成する棲み分けを行う

といった社会性獲得と空間との相互作用を明らかにしている。

 最後に、子どもたちが社会性を獲得するための環境デザインとして、子どもたちの動きや姿勢や設えなどの質の異なる場を認識しあえる視覚的な関係を作ること、所属や属性の異なる子どもたちの偶発的な出会いを生むコーナー等を設定すること、自ら空間を形成することができ調節しあえる家具や遊具を提供すること、特徴的な建築的仕掛けや物理的環境を提供することを提言している。

 以上のように本論文では、子どもたちの行動様態を綿密に観察・記述することによって、園児の社会性獲得と空間との相互作用を明らかにすることができた。この研究は、子どもの全人格的な発達過程における保育施設の担う役割を解明する一端となるものである。

 本論文は、近年の社会情勢による要請に的確に対応し、子どものための環境の役割とあり方を明示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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