学位論文要旨



No 119682
著者(漢字) 陳,宏
著者(英字)
著者(カナ) チン,コウ
標題(和) 遺伝的アルゴリズム(GA)と対流・放射連成解析を用いた屋外温熱環境の最適設計手法の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 119682
報告番号 甲19682
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5887号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、劣悪な夏季の屋外温熱環境の改善を目的とし、遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm:GA)と対流・放射連成解析を援用した屋外温熱環境に関わる様々な要因や設計目標を統合的に取り扱う最適設計手法を開発するものである。本研究で開発した手法は近年悪化の著しい夏季の屋外温熱環境を改善するための都市計画・建築計画を行う際の効果的なツールとなると期待される。

 近年、都市化の進行に伴う都市における地表面被覆の人工化、人工排熱の増加、風速低下などの要因による都市温暖化が進行し、都市の屋外温熱環境が悪化してきた。この現象は熱帯夜の増加やエネルギー消費の増大という都市環境の問題を生じることだけではなく、大気汚染、熱中症、集中豪雨等の健康影響や二酸化炭素排出量の増加などの都市環境の問題にまでに至っている。

 このような劣悪な夏季の屋外温熱環境を改善するために、近年、都市計画・建築計画や建築環境工学の分野において多くの研究を行われている。建物や街区周辺の屋外温熱環境に対して、特に、街区空間形状の変化による「風の道」効果の形成や植栽の配置による屋外温熱環境の緩和効果などの方法が注目されており、いくつかの研究事例が報告されている。しかしながら、これらの研究では環境形成のメカニズムの解明と評価技術の開発が主であり、最適設計手法の開発にまで十分に至っているとは言い難い。

 また、設計者にとっては、より良い、より効率的な「最適設計」の手法を確立することが期待されている。従来の屋外環境設計は、設計者の経験などに基づいて屋外環境の制御要素(例えば、建物の配置、緑化の配置など)を決定されることが多い。しかしそれら経験的なデザインが実際に「最適」であるかどうかを確認するためには、考えられるデザインをすべて検討(全探査)する必要があるが、この方法では検討事数が膨大となり、実際的ではない。

 夏季の屋外の暑熱環境の緩和が急務の課題となっている現在、温熱環境緩和効果に関する最適設計手法が確立されれば、今後多くの屋外環境設計に利用されるものと期待される。このような背景から、本論文では、屋外空間の温熱快適性に着目し、良好な屋外温熱環境を実現するために、遺伝的アルゴリズム(GA)と対流・放射連成解析を用いた屋外温熱環境最適設計手法の開発を行い、工学的、合理的な最適解を得ることを目的とする。

 本研究で提案する屋外温熱環境最適設計システムは、(1)設計者による最適化問題の設定、(2)対流・放射連成解析による屋外温熱環境の数値解析、(3)遺伝的アルゴリズム(GA)による屋外温熱環境の評価と最適探索の過程の制御、などの3つの部分により構成される。この最適設計システムは、まず、(1)の部分において設計者により設計パラメータや最適設計目標を設定する、次に、(2)の部分では各最適解候補に対して屋外温熱環境の数値解析を行い、各最適解候補における風速、風向、気温、湿度、MRTなどの空間分布を求める。その後、(3)の部分では(2)の部分で算出された解析結果を用いて各最適解候補の屋外温熱環境と最適設計目標との差を評価し、設計パラメータの組み合わせを修正して、(2)の部分にフィードバックすることにより最適設計目標を達成する設計パラメータの組み合わせ、いわゆる最適設計を探索することが可能となる。そこで、最適探査における計算負荷を低減するために比較的な粗な計算で最適設計評価値の上位個体を抽出する第1段階探査とその上位個体群に対する詳細な解析を用いて最適個体を選ぶ第2段階探査に分ける2段階型最適設計手法を利用した。

 さらに、屋外温熱環境の改善方策は、環境工学分野に限らず、都市計画、建築設計、構造、経済などの様々な分野に関連する複合的な問題でもある。このような複数個の設計目標を同時に最適化すべきとなる多目的最適化問題に対して、本研究は上記の屋外温熱環境の最適設計手法に対して、近年非常に注目された多目的最適化手法として多目的遺伝的アルゴリズム(MOGAs)を導入し、屋外温熱環境に関わる様々な要因や設計目標を統合的に取り扱う最適設計手法の提案を行う。また、複数個の設計目標の間にトレードオフ関係を存在する場合、パレート最適解(Pareto Solution)を求め、設計者がパレート最適解の内に自らの効用を最大化(満足)するような選好解を選択することが可能となる。

 本研究では、この屋外温熱環境の最適設計手法を用いて、(1)樹木の最適配置、(2)建物の最適配置、(3)ピロティーの最適配置、更に(4)温熱環境、景観、経済性などの要因を考慮した樹木配置に関する多目的最適化問題、などの4つの最適化問題について事例解析を行った。各ケースとも、それぞれの最適設計目標に応じて、解析領域における屋外温熱環境の最適化が達成され、本研究で提案した屋外温熱環境の最適設計手法は効率的なツールとして利用できると考えられる。また、以下の知見を得ている。

 ヒートアイランド緩和方策として注目される樹木の配置、建物の配置、ピロティーの配置などについて単一目的最適化問題と多目的最適化問題の最適探索を行った。樹木の最適配置やピロティーの最適配置では、温熱快適性を設計目標とする単一最適化問題において1つの最適解を求めたことに対して、複数個の設計目標を同時に検討する多目的最適化問題において、複数個の目的関数(設計目標)の間にトレードオフ関係が示され、ただ1つの最適解ではなく、パレート最適解集合が示された。

 また、各ケースとも、最適個体と不良個体との間に検討対象の配置の異なりにより温熱快適性が大きな差があり、配置の変化が屋外温熱環境に大きな影響を与えることを示され、最適配置を検討する必要が明らかとなった。

本論文は以下に示す7章により構成されている。

 第1章は、近年都市化の進行に伴い、都市温熱環境が悪化してきたため、都市温熱環境の緩和方策が現在の急務的な課題となることを述べ、本論文の背景と目的としている。

 第2章は、都市の環境問題となっている「都市温暖化」や「ヒートアイランド現象」についてまとめ、屋外温熱環境最適設計に関する既往の研究について示した。

 第3章は、本研究で利用した対流・放射連成解析に基づく屋外温熱環境評価手法の概要を説明している。また、この評価手法の有効性及び予測精度を検討するため、2つの計算事例の概要を示す。

 第4章は、本研究で提案する遺伝的アルゴリズム(GA)と対流・放射連成解析を用いた屋外温熱環境の最適設計手法の概要を説明している。また、遺伝的アルゴリズムの概要について説明している。

 第5章は、多目的最適化問題とパレート解の概念、及び意思決定の基本である選好順序について、その概要を説明している。また、本研究で利用した多目的最適化手法として近年注目された多目的遺伝的アルゴリズム(MOGAs)の概要を紹介する。

 第6章は、本研究で提案する屋外温熱環境の最適設計手法を利用して、4つの事例解析について説明している。

 第7章は、本論文のまとめ、並びに今後の課題を示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「遺伝的アルゴリズム(GA)と対流・放射連成解析を用いた屋外温熱環境の最適設計手法の開発に関する研究」と題して、劣悪な夏季の屋外温熱環境の改善を目的とし、遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm:GA)と対流・放射連成解析を援用した屋外温熱環境に関わる様々な要因や設計目標を統合的に取り扱う最適設計手法を開発することを目的としている。更に市街地における屋外温熱環境に対して、夏季の劣悪な屋外温熱環境の緩和効果として注目されている植栽の配置や建物の配置などについて検討している。

 本論文は以下のように構成されている。

 第1章は、近年都市化の進行に伴い、都市温熱環境が悪化してきたため、都市温熱環境の緩和方策が現在の急務的な課題となることを述べ、本論文の背景と目的としている。

 第2章は、都市の環境問題となっている「都市温暖化」や「ヒートアイランド現象」についてまとめ、屋外温熱環境最適設計に関する既往の研究について示した。

 第3章は、本研究で利用した対流・放射連成解析に基づく屋外温熱環境評価手法の概要を説明している。また、この評価手法の有効性及び予測精度を検討するため、2つの計算事例の概要を示す。

 第4章及び第5章では、遺伝的アルゴリズム(GA)を用いた屋外温熱環境の最適設計手法の開発及び多目的遺伝的アルゴリズム(MOGA)による多目的最適化に関して述べている。

 第4章では、本研究で開発される遺伝的アルゴリズム(GA)と放射・対流連成解析を援用した屋外温熱環境の最適設計手法と2段階型最適設計手法の概要を示している。ここで提案した屋外温熱環境の最適設計システムは:(1) 設計者による最適化問題の設定、(2) 放射・対流連成解析による屋外温熱環境の数値解析、(3) 遺伝的アルゴリズム(GA)による屋外温熱環境の評価と最適探索の過程の制御、の3つの部分により構成される。この最適設計システムは、まず、(1)の部分において設計者により設計パラメータや最適設計目標を設定する。次に、(2)の部分において各解候補に対して屋外温熱環境の数値解析を行い、各解候補における風速、風向、気温、湿度、MRTなどの空間分布を求める。その後、(3)の部分において、(2)の部分で求めた各最適解候補の屋外温熱環境と(1)の部分で設定した最適設計目標との差を評価し、設計パラメータの組み合わせを修正して、(2)の部分にフィードバックする。このような(2)と(3)の部分を繰り返すことにより、最適設計目標を達成する設計パラメータの組み合わせを探索することが可能となる。そこで、最適探査における計算負荷を低減するために、比較的な粗な計算で最適設計評価値の上位個体を抽出する第1段階探査とその上位個体群に対する詳細な解析を用いて最適個体を選ぶ第2段階探査に分ける2段階型最適設計手法を利用した。

 第5章では、屋外温熱環境の改善方策は、環境工学分野に限らず、都市計画、建築設計、構造、経済等の様々な分野が関連する複合的な問題である。このような多目的問題に対して、第4章で提案した屋外温熱環境最適設計手法に対して、近年非常に注目された多目的最適化という最適手法を導入する。多目的最適化は複数個の設計目標の間にトレードオフ関係が存在する場合、ただ1つの最適解ではなく、パレート最適解集合を求める。意思決定者(設計者)がパレート最適解集合の内に自らの効用を最大化(または満足)するような選好解を選択することが可能となる。本章では多目的最適化問題とパレート解の概念、および意思決定の基本である選好順序について、その概要を説明した。また、多目的最適化手法について、近年注目された多目的遺伝的アルゴリズム(MOGA)の概要についても説明した。

 第6章では、第4章で提案した屋外温熱環境最適設計手法を用いて、屋外温熱環境に関わる各種要因や設計目標を統合的に取り扱う最適設計のために行った事例解析の概要を説明した。ここでは、(1)樹木の最適配置、(2)建物の最適配置、(3)ピロティーの最適配置、更に、(4)景観、温熱環境、経済など要因を含めて、樹木配置に関する多目的最適化問題、などの4つの最適化問題についてケーススタダィを行い、各ケースとも、それぞれの最適設計目標に応じて、解析領域における屋外温熱環境の最適化が達成され、本研究で提案した屋外温熱環境最適設計手法の妥当性と有効性を確認した。

 最後に、第7章では、本論文をまとめ、今後の屋外温熱環境最適設計手法に係わる課題を示している。

 以上を要約するに、本論文は、夏季の劣悪な屋外温熱環境を改善するために、遺伝的アルゴリズム(GA)と対流・放射連成解析を用いた屋外温熱環境の最適設計手法を提案し、いくつかの屋外温熱環境の緩和方策に関する解析を行っている。この最適設計手法は屋外温熱環境に関わる各種要因や設計目標を統合的に取り扱う最適設計手法であり、それを用いて様々な屋外温熱環境の最適設計の解析結果を示し、屋外温熱環境を改善する効果に関する興味深い結果を得ている。従来の設計者の経験により屋外温熱環境の設計手法に対して、これらの研究成果は屋外温熱環境設計ための新しい設計手法であり、近年の劣悪な都市環境を緩和する方策を検討する上で重要な研究である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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