学位論文要旨



No 119683
著者(漢字)
著者(英字) NOPAKET,NAPONG
著者(カナ) ナポン,ノパケット
標題(和) ネットワーク理論を用いた街路パターンの分析 : ネットワークパターンのモデル化とアーバンデザインへの適用
標題(洋) Analysis on Street Pattern using Network Theory : The Network Pattern Modeling and Application to Analytical Urban Design
報告番号 119683
報告番号 甲19683
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5888号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

1) 本研究の目的と意義

 アーバンデザインには、実在する都市の形式および構造についての知識が必要である。都市の街路パターン構造における秩序に関する知識があれば、建築家や都市計画家は、街路空間およびそこでの活動について、固有の評価をすることができる。ネットワーク分析を行なうことにより、街路パターンモデルはより正確に、連結性および距離的な秩序を明らかにすることができる。

 本研究は、新たな都市モデルにより街路パターンの詳細な解析を可能にすることを目的としている。提案するネットワークパターンモデルは、グリッド状の都市だけでなく曲線状の街路にも適用できるものである。

2)既往の理論の限界とネットワークパターンモデルの開発

 スペース・シンタックス論(HillierとHanson、1984年)は、都市の街路パターン構造の解析手法として「軸性図」を提案している。「軸性図」はグラフ理論における隣接行列を用いて、「インテグレーション(積算)」と呼ばれる街路の階層的秩序を視覚化するものである。

 「軸性図」は、グリッド状の都市や長い直線路に沿って発達した都市に対して有効な手法で、主にヨーロッパの都市を前提としたものである。したがって、このdepthモデルは、異なる文化圏や形態の都市に適用した場合にある種の限界がある。

 ネットワークパターンモデルは、本研究において新しく提案するモデルである。「軸性図」と比較して、大きな相違がふたつある。一つは、交差点(ノード)と街路セグメント(エッジ)といったより局所的な街路要素を用いている点である。もう一つは、個々のノードと他の全ノードとの間の関係性として、ダイクストラの最短路に基づく実距離を用い、より精密な秩序の評価を可能にした点である。この観点から、「ノードの中心性」、「パス・カウント」、「エッジのアクセシビリティ」という3つのモデルが開発されている。

 スペース・シンタックス論の「軸性図」がdepthモデルであったのに対し、ネットワークパターンモデルは距離をエッジの重みとしながらノード間の最短経路を探索するアルゴリズムを用いたもので、breadth モデルになっている。

3)研究方法

プロセス1:「軸性図」の限界

「軸性図」の限界を調べるために、対照的な街路パターンを持つ近接する二つの地域を選んでいる。東京都墨田区の本所と京島である。本所は歴史的には江戸の「下町」で、直交グリッドの街路からなる商業地区である。一方、京島はもと水田であった所が自然に宅地化した町で、水路や自然の地形に基づく曲がりくねった街路パターンが特徴である。この二つの形態を対比することにより、「軸性図」が長い直線軸のグリッド構造に基づいて計画された街の分析に適していることが明らかになる。実際の京島の街路では、生活空間を実距離を考慮しつつ巧みに構築しているが、スペース・シンタックス論では自然な秩序に基づく京島の空間の重要性を過小評価する傾向がある。

プロセス2:ネットワークパターンモデルの構築

 ネットワークパターンモデルの構築では、交差点と街路セグメントをグラフのノードとエッジとみなしている。「軸性図」における積算値がdepthの測度であったのと対照的に、新たなbreadth測度は個々のノードと他の全ノードとの最短路に基づくもので、「ノードの中心性」、「パス・カウント」、「エッジのアクセシビリティ」という3つのモデルが作られている。これらのモデルにより、様々な都市形態における固有の構造を繊細に視覚化することができる。

プロセス3:ネットワークパターンモデルのためのプログラム開発

 前述の3つのモデルに対応したプログラムがC言語で開発され、コンピュータによるシミュレーションが可能になっている。これを用いると、都市の街路ネットワークにおける距離的な秩序を視覚化できる。ダイクストラの最短路アルゴリズムとbreadthを優先した検索法を適用することにより、各ノードに対し、最近隣のノードとそこへの距離が順次得られる。これに基づき、「ノードの中心性」、「パス・カウント」および「エッジのアクセシビリティ」が算定され、「ノード・マップ」、「パス・マップ」および「エッジ・マップ」として表現されている。

プロセス4:ネットワークパターンモデルの都市への適用

 ネットワークパターンモデルを本所と京島の街路に適用し、その構造を解析し、スペース・シンタックス論の結果と比較する。街路沿いの土地や建物の利用の仕方、都市形態の歴史的な発展過程、歩道と街路における人や車輌の流れなどとその結果を対比する。さらにマクロ・スケールでの街路パターンに基づく都市構造の解析の試みとして、江戸―東京のネットワーク構造の分析を行なっている。

4)研究成果

結果1:

 本所と京島の街路パターンを対比することにより、「軸性図」の限界が明らかになり、スペース・シンタックス論は、本所のような長い直線軸によって構成されるグリッド状の都市の解析に適していることがわかる。さらにスペース・シンタックス論は、本所における局所的積算値とグローバルな積算値のより強い相関を示し、これら積算値と観測された車輌通行量との強い相関を結論付けている。そして、本所における移動は、京島と比較して、街路のインテグレーションにより大きな影響を受けていて、より分かり易い構造になっているとしている。

結果2:

 このことは、本研究の当初の仮説であるスペース・シンタックス論における都市構造の解析の前提はグリッド構造であり、それは長い直線に基づく軸構造であることを立証している。軸性という概念は、本所のようなグリッド状の都市の記述には適しているが、京島のような有機的な構造の都市の解析には明らかに問題がある。スペース・シンタックス論は、有機的な構造の街はグリッド状の構造の街に対して、分かりにくいと結論付けている。しかし、歩行者の挙動を観測すると、京島は本所と比較して明らかに活気のある街になっている。京島では、商店が主要な直線道路や区画内の曲がりくねった街路に沿って旨く配置されている。京島は軸性はないが、実距離に基づく近接性から見て非常に重要な街で、それが街の活気を生んでいる。

結果3:

 ネットワークパターンモデルの分析において、街路パターンに関する3つのモデルを開発した。ネットワーク内の各ノードから他の全ノードへの最短路に基づき新たな3つの構造的な示標を作成し、それらを可視化した。

1.ノードの中心性

 ノード・マップとして、各ノードと他のノードへの距離の総和を示す。

2.パス・カウント

 パス・マップとして、各エッジを通る最短路の総数を示す。

3.エッジのアクセシビリティ

 エッジ・マップとして、各エッジから他のエッジへの隣接ステップ数の総和を示す。

 コンピュータ・シミュレーションの結果、パス・マップが様々な形態の都市の全体構造を的確に評価することが明らかになっている。また、ノード・マップとエッジ・マップは個々のノードやエッジのポテンシャルを示すのに特に有用であることがわかっている。これら2つのモデルを用いることにより、近隣スケールにおける合理的な街路パターンを提示することが可能となる。

結果4:

 スペース・シンタックス論の明確な限界は、交差点やセグメントといった細かな要素を考慮した都市の構造的な形態を捉えられないことである。また軸線の殆どない細街路に対しては、「軸性図」は明確な秩序付けができず、一意に描くことすら困難である。スペース・シンタックス論を適用するに当たって重要なのは、最良の解析対象は、ヨーロッパのような軸線を基にしたグリッド状の都市であり、京島のような複雑な街路パターンや東京のような螺旋構造に対してはあまり有効ではないことに留意する必要がある点である。「軸性図」は都市の構造解析の手法として非常に刺激的なものではあるが、まだまだ改良の余地があるものである。

結果5:

 スペース・シンタックス論とネットワークパターンモデルは共に都市の街路パターン構造を視覚化するものである。それぞれは明快な特徴を有しており、その最適な適用対象が異なるので、都市形態の解析に際しては、手法の選択に充分注意すべきである。

 「軸性図」はdepthモデルで、街路の直線性というマクロ・スケールの要素を用いている。「軸性図」においては、実際の距離は計測しないで相対的な深度を算出している。軸性図を用いると都市のマクロな画像を覆う全ての軸線間の順位が示される。それゆえ「軸性図」は本質的にグリッド構造の都市を解析するためのもので、計画的な直交グリッドもしくは自然に発展したグリッドの街に適したモデルである。

 一方、ネットワークパターンモデルにおけるパス・カウントはbreadthモデルで、街路の交差点やセグメントといったミクロ・スケールの要素を用いている。パス・マップは、ノード間の実距離に基づく街路パターンの秩序を視覚化することができ、距離に基づくより詳細な評価が可能になっている。このモデルはエッジを通過する最短路の数を計測することにより、都市全体における街路セグメントのマクロな順序付けを与える。結果として、パス・カウントは近道を重視し、都市のコンパクト性を評価する。複雑であったり、曲がりくねった街路パターンに対して有効で、このモデルを用いると「軸性図」では深い位置にあったり複雑であったりして見過ごされがちな中心地を重点的に浮かび上がらせることが可能である。パス・マップをグリッド状の都市に対して用いると、都市を繋ぐルートを確認することが出来る。

 本論で提示したネットワークパターンモデルの開発により、都市の街路パターンの解析手法が豊富になり、より詳細で、現実的な方法論が構築できたと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、街路パターンのもつ幾何学的な特性を、ネットワーク理論を用いて分析した

ものである。街路パターンの分析方法として従来から用いられてきたものに、イギリスの

ヒリエとハドソンのよるスペース・シンタックス論がある。この論は街路の直線性に着目

し、直線路をセグメントとするグラフを描き、その位相的な特性から都市空間のdepth構

造を定義したものであるが、直線路を前提としているために、その抽出に作者の恣意性が

介在し、また複雑な曲線路では適用不能に陥るという欠点があり、グリッド状や線形に計

画された都市でしか有用でなかった。本論はその不備を是正するものとして、交差点をノ

ードとし、それらを連結する街路をエッジとするグラフを基本的なデータにしている。そ

のためにグラフの作図に際しての恣意性が排除され、一意性が確保されている。また、ノ

ード間の最短路に基づく実距離を評価関数にしているために、より現実的な空間分析が可

能になっている。この考え方をbreadth構造と呼ぶが、新たに3つの分析モデルが提案さ

れ、それらはネットワークパターンモデルと総称されている。

 論文は、理論的な背景を扱った1〜2章と、街路パターンのモデル化を行う3〜5章、

それにモデルの適用事例からなる6〜7章の3部に分かれていて、最後に結論が付けられ

ている。

 第1章は、従来の都市計画の手法に対する省察で、現実の計画と行政とを連携する手法

の重要性を指摘している。

 第2章は、街路パターンに関する既往研究のレビューで、都市空間に対する構造的な解

析手法の重要性や意義について論じている。

 第3章は、スペース・シンタックス論のdepth構造に基づく論理の不備を指摘し、それ

に替わる概念としてbreadth構造の基づく空間分析を提案している。

 第4章は、街路パターンをグラフ化したものを用いて、「ノードの中心性」、「パス・カウ

ント」、「エッジのアクセシビリティ」の3つのモデルを定義し、その図式表現として「ノ

ード・マップ」、「パス・マップ」、「エッジ・マップ」を描いている。

 第5章は、前章で提案した3つのモデルを現実の都市空間に適用した事例解析で、対象

地域として東京都葛飾区の本所と京島という全く対照的な街路パターンをもつふたつの街

を選んでいる。本所は江戸の下町を起源にもつグリッド状の街路であるが、京島は農道か

ら変化した街路で、有機的なパターンになっている。

 第6章は、本所と京島に対するより詳細な分析で、スペース・シンタックス論と対比し

ながらネットワークパターンモデルを適用し、同モデルが有機的な街路パターンに対して

も有効であることを検証している。

 第7章は、より広域な地域に対しての適用事例で、江戸から東京への変遷の前後での、

街道や水路等の役割と重要性について考察している。同様の分析が、ローマとバンコック

に対しても行われていて、ネットワークパターンモデルの有用性が示されている。

 結論は、本研究の目的と意義、既往研究との位置づけ、研究方法、研究成果についてま

とめたもので、最後に今後の論の展開の可能性について言及している。

 以上要するに、本論文はスペース・シンタックス論の不備を是正するものとして作成さ

れたが、その開発過程において提案された3つの分析モデルは、交差点をノードとし、そ

れらを連結する街路をエッジとするグラフに基づき、そのエッジの重みとして各ノードか

ら他のノードへの最短路に基づく実距離が与えられている。そのため、現実の都市空間の

街路パターンの空間的な特性が良く保存されたモデルになっていて、より現実的な空間分

析が可能になっている。これらのモデルの有用性は、いくつかの適応事例により検証され

ているが、本研究により、より詳細でかつ住民の実際の生活感覚に近い形での街路パター

ン分析が可能になり、新たな都市解析の手法が確立されている。これは都市・建築の計画

学の分野に新たな方法論を導入するものとして、その意義は大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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