学位論文要旨



No 119685
著者(漢字)
著者(英字) Pradono
著者(カナ) プラドノ
標題(和) 道路基盤の持続可能な整備に関する研究 : インドネシア有料道路整備事業の民間セクター導入を例として
標題(洋) Sustainable development of road infrastructure : private sector participation in Indonesian toll road case
報告番号 119685
報告番号 甲19685
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5890号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、インドネシアの幹線道路網整備を対象に、道路需要の増大に対して、社会経済的に必要な道路の整備が公共セクターの財政不足から進んでいないとの問題意識のもとに、(1)有料道路整備に対する民間セクター参加(PSP; Private Sector Participation)の必要性を確認し、(2)民間セクター参加を促進するために、リスク軽減のために公共セクターが整備するべき前提条件を整理し、(3)インドネシアの有料道路整備事業に関する重要なリスクとその大きさを明らかにし、(4)リスクを考慮した事例分析を通して、リスク分布削減の重要性を確認し、リスク要因を考慮したリスク分析の工夫により民間セクターの参加決定に有用な情報を提供する方法を提案したものである。

 第一章では、これらの問題意識と研究目的、ならびに論文の構成を説明した。

 第二章では、文献レビューを基に、道路整備事業における民間セクター導入の理論を整理した。はじめに、(1)道路整備における官民の役割分担の考え方を、有料道路と一般道路の相違に着目して示し、次に、(2)PSPの代表例として、特定目的会社を介するPFI事業の特徴を整理し、(3)費用便益分析、キャッシュフロー分析、リスク分析などのPFI事業に関連する分析手法の概要について解説した。

 例えば、(1)PFI事業は、「官民それぞれが明確な責任と義務を持って公共事業を進め、国民の税金(Money)を最大限有効活用し、国民に対して最高の価値(Value)を生み出すこと」を目的としており、(2)一定の公共サービスの提供に対して、このVFM(Value for Money)を最大にする(公共の財政的支出を最小にする)ための工夫として、「リスク管理能力の高い主体が管理する」原則を適用して、民間へのリスク移転を進めることが重要であることを整理した。また、従来、公共が整備してきた公共事業の中で、費用便益比率などの指標でみて社会的必要性の高い事業について、財源不足が制約となり実施できない状況に対して、「公共事業をいかに少ない税金で実施するか」に対応できる手法であることを整理した。

 第三章の前半では、文献レビューを基に、道路整備事業におけるPSPの現状を整理した。BOT, BTO等、PSPの代表的事例を整理するとともに、(1)諸外国の導入状況とその評価を示し、(2)英国、フランス、日本における民間セクター導入のための条件を整理した。具体的には、法的な裏づけを持った道路網計画、リスクに対応した詳細な契約、透明で公平な調達手続き、そして、交通需要予測の適切な取り扱いなど、特に考慮するべき事項を明らかにした。なお、PFI事業では、特定目的企業(SPV; Special Purpose Vehicle)を核として、事業の枠組みを設定する政府、SPVに投資する銀行や一般投資家、SPVがリスクヘッジのために契約する保険会社など、多様な主体の参加の中で、適切なリスク分担を行うことが重要であるが、ここでは、その前提条件として、各国の実情に応じた、政府の計画立案および監視機能の充実やリスク分担の提示が必要であることを整理したものである。

 第三章の後半では、インドネシアの有料道路整備を対象に、文献レビューに基づいて、(1)その導入の背景、実績、経済危機に対応した見直しなど、その経緯を説明するとともに、(2)従来のPFI手法の適用状況と限界を整理し、(3)民間のPFI道路事業への参加を再度、促すための条件として、インドネシア政府が整えるべき事項を明らかにした。

 具体的に、インドネシアの有料道路事業は、1978年以降、国有企業Jasa Margaによる建設と運営を行い、1980年代には、拡大する道路需要に対して、政府への財政負担を減らしつつ、幹線道路をより迅速に整備するため、PSPを積極的に展開し、1990年代半ばには、PSPによる有料道路計画は2000kmに及ぶまで拡大した。しかし、経済危機に直面し、大幅な縮小を余儀なくされ、見直された63事業の内、継続となったものは、スケジュール見直しも含めて27事例のみであった。一方、経済危機後も、政府の財政制約は厳しく、幹線道路の容量不足を解消するために、PSPの必要性は大きい。また、国有企業の経営状況は改善しており、道路需要の伸びが想定される中で、民間企業の関心は依然として高い。したがって、経済危機後、幹線道路事業を継続的に進めていく新しい方法が必要とされていると結論した。

 次に、PSPの具体的内容については、PFIの一形態であるBOT方式が大半であり、リスクの分類と分担に関する検討が不十分であり、交通需要予測リスクを100%民間に移転しており、確定した道路整備計画の未提示や関連道路の整備に伴う需要変動の扱いが定義されていないなど、の問題点を明らかにした。したがって、「公共と民間の間で事前にリスクを適切に配分し、あらかじめ責任を確定する仕組み」を機能させることが、民間セクターのPFI事業への参加を促す上での重要な課題であり、適切なリスク分担の方法を整理する必要性を確認した。

 また、有料道路の料金改定は、現状では、三年ごとにインフレ調整できるが、議会の承認を必要とする。SPCにとって、収益最大の観点からは、料金設定は最大の武器であり、料金改定の自由度が拡大することが望ましい。一定範囲内の改訂は、自由に設定できるような契約とすることが望ましい。

 有料道路と一般道路の双方を含む長期の幹線道路網計画が存在しないことも、多くの既存研究において、PSPの阻害要因として指摘されている。20年間の整備計画を立案して、その前提条件とともに公開することが望ましい。少なくとも、PSPの対象となる有料道路事業の将来交通量に影響する道路網整備や関連開発の遅れについては、契約時点で、その遅れのリスク分担を明確にする必要がある。

 第四章では、有料道路PFP事業の成否を決める重要要因であるリスクの最適配分に関連して、リスクの認定、配分、定量化について検討した。これらの検討には、文献レビューによる知見とともに、独自に実施したEメイル調査結果を用いた。Eメイル調査は、インドネシアの政府担当者、交通専門家、交通コンサルや実務家を対象に実施し、40人に配信し、30人から有効回答を得た。調査によって、インドネシアにおけるPSP事業の必要性や、関連リスクの重要度や交通需要予測値や建設費用の変動に関する回答者の評価を収集した。

 具体的に、PSP事業の必要性は強く認識されており、政府の有料道路事業に関わる予算規模も拡大していると指摘されたが、その効果としては、VFMの確保よりも、道路整備自体が進展することに関心があった。また、従来方法の問題点を改善する必要性は認識されており、計画の立案と監視機能の強化、適切なリスク分担の構築、料金変更の自由度確保が重要と指摘された。一方、PFP成功の期待率は極めて高かった。これらにより、PFI事業の必要性と課題が確認されるとともに、VFMの確保という特徴については、関係者への啓発活動が必要と結論した。

 交通量の変動は最小値60%、最大値130%であり、建設費用の変動は最小値90%、最大値135%であった。これらの影響を考慮するためには、多く採用されている感度分析を超える分析手法の適用が必要である。

 有料道路事業の重要なリスク要因に関しては、世界銀行、Jasa Marga等の既存研究を基に整理した内容について、専門家アンケートにおいて、同意が得られた。具体的には、政策、設計と建設、運用と管理、市場(交通需要、料金変更等)、財政(利子率や為替レート)、規制と契約に六分類し、その20種類の細目について設問し、重要性の高いリスクを明らかにした。そして、9種類の重要性の高いリスクについて、官民の望ましい役割分担を提案した。

 第五章の前半では、インドネシアの有料道路整備事業において、重要となるリスク要因として、交通需要予測と建設コストに着目し、これらのリスクを、予測値の分布としてキャッシュフロー分析に導入することの有効性を、具体的な有料道路事業事例の設定値を基に、分布を考慮する場合としない場合の比較によって明らかにした。なお、予測値の分布形の設定は、独自に実施した専門家アンケートの結果に基づいて設定したものである。

 第五章の後半では、交通需要予測のリスクに関して論じた。予測誤差の要因と責任主体の関係を整理し、背景シナリオ、政策シナリオ、サービスシナリオの分類を示し、この分類に基づくリスク分担と、数年毎に予測値と契約内容を見直すローリング契約導入と、モニタリング時点の予測誤差に基づく収益変化の官民分担ルールの導入を提案した。

 一般的に、現在の道路混雑が激しく交通需要の伸びが確実な場合には、SPVに需要予測を任せ、需要予測リスクを100%移転することが行われている。この点から見ると、ジャカルタ周辺など需要圧力の大きな地域の有料道路事業において、SPVに交通需要予測リスクを分担させることに問題はない。しかし、その前提条件として不可欠な将来シナリオに含まれる、経済成長、将来道路網計画、関連開発計画に不確実性が大きいため、SPVの努力とは無関係なところで、対象道路の交通需要が大きく変動する可能性がある。この現状に対して適切なリスク分担を行う必要性がある。具体的に、過少推定や過大推定については、不確実性の主要な要因である背景シナリオ、政策シナリオ、サービスシナリオに着目した要因分析を行って、予測誤差に伴う収益変動に対する官民の分担を決定することを、契約時点の条件として提示するべきであると指摘した。また、交通需要予測の上限と下限の差が大きいことから、モニタリングを行って、交通需要予測の予測値と実現値との違いを捉え、必要に応じて、契約条件を見直す仕組みが必要と結論した。

 最後に、第六章では、本論文で得られた成果を、道路整備を持続的に進めるために民間セクター参加による有料道路整備を促進するための知見として整理するとともに、今後のPSPの進展に向けての展開について考察した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、インドネシアの幹線道路網整備を対象に、道路需要の増大に対して、社会経済的に必要な道路の整備が公共セクターの財政不足から進んでいないとの問題意識のもとに、(1)有料道路整備に対する民間セクター参加(PSP; Private Sector Participation)の必要性を確認し、(2)民間セクター参加を促進するために、リスク軽減のために公共セクターが整備するべき前提条件を整理し、(3)インドネシアの有料道路整備事業に関する重要なリスクとその大きさを明らかにし、(4)リスクを考慮した事例分析を通して、リスク分布削減の重要性を確認し、リスク要因を考慮したリスク分析の工夫により民間セクターの参加決定に有用な情報を提供する方法を提案したものである。

 文献レビューを基に、第二章では、道路整備事業における民間セクター導入の理論を整理するとともに、第三章の前半では、道路整備事業におけるPSPの現状を整理し、諸外国の導入状況とその評価を示し、英国、フランス、日本における民間セクター導入のための条件を示した。具体的には、法的な裏づけを持った道路網計画、リスクに対応した詳細な契約、透明で公平な調達手続き、交通需要予測の適切な取り扱いなど、特に考慮するべき事項を明らかにした。

 第三章の後半では、インドネシアの有料道路整備に対象を限定し、PSPの必要性と導入促進のための課題を整理した。インドネシアの有料道路事業は、1978年以降、国有企業による建設と運営を行い、1980年代には、拡大する道路需要に対して、政府への財政負担を減らしつつ、幹線道路をより迅速に整備するため、PSPを積極的に展開し、1990年代半ばには、PSPによる有料道路計画は2000kmにまで拡大した。しかし、経済危機に直面し、大幅な縮小を余儀なくされた。経済危機後も、政府の財政制約は厳しく、幹線道路の容量不足を解消するために、PSPの必要性は大きい。また、国有企業の経営状況は改善しており、道路需要の伸びが想定される中で、民間企業の関心は依然として高い。したがって、経済危機後、幹線道路事業を継続的に進めていく新しい方法が必要とされていると結論した。

 PSPの具体的内容については、PFIの一形態であるBOT方式が大半であり、リスクの分類と分担に関する検討が不十分であり、交通需要予測リスクを100%民間に移転しており、確定した道路整備計画の未提示や関連道路の整備に伴う需要変動の扱いが定義されていないなど、民間セクターの導入促進のために、政府が取り組むべき課題を整理した。

 第四章では、有料道路PFP事業の成否を決める重要要因であるリスクの最適配分に関連して、リスクの認定、配分、定量化について検討した。これらの検討には、文献レビューによる知見とともに、インドネシアの道路行政担当者やコンサルタントに所属する専門家に対するEメイル調査を実施した結果を用いた。

 具体的に、有料道路事業の重要なリスク要因に関しては、政策、設計と建設、運用と管理、市場(交通需要、料金変更等)、財政(利子率や為替レート)、規制と契約に六分類し、その20種類の細目について設問し、重要性の高いリスクを明らかにした。そして、9種類の重要性の高いリスクについて、官民の望ましい役割分担を提案した。専門家の間では、従来の限定的なPSPの問題点を改善する必要性は認識されており、計画の立案と監視機能の強化、適切なリスク分担の構築、料金変更の自由度確保が重要と指摘された。また、交通量の変動は最小値60%、最大値130%、建設費用の変動は最小値90%、最大値135%と、極めて幅の大きいものと認識されていた。

 第五章の前半では、インドネシアの有料道路整備事業において、重要となるリスク要因として、交通需要予測と建設費用に着目し、これらのリスクを、予測値の分布としてキャッシュフロー分析に導入することの有効性を、具体的な有料道路事業事例の設定値を基に明らかにした。たとえば、予測値の分布の幅を削減することが、内部収益率が基準値を満たす確率を上昇させる効果を、定量的に示し、リスク分析の工夫により、民間セクターの参加決定に有用な情報が得られることを示した。

 第五章の後半では、交通需要予測のリスクに関して、予測誤差の要因と責任主体の関係を整理し、背景シナリオ、政策シナリオ、サービスシナリオの分類を示し、この分類に基づくリスク分担と、数年毎に予測値と契約内容を見直すローリング契約導入と、モニタリング時点の予測誤差に基づく収益変化の官民分担ルール導入を提案した。

 全体として、インドネシアの有料道路整備の実例に沿い研究しており、民間セクター導入の必要性を的確に説明するとともに、そのリスク要因を特定し、リスクを取り込んだ評価方法を用いて、リスク削減が民間セクター導入に重要であることを定量的に指摘した点は高く評価できる。これらの研究成果は、インドネシアの有料道路事業の推進に有用な知見を与えている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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