学位論文要旨



No 119686
著者(漢字) 平松,あい
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,アイ
標題(和) 開発途上国における都市廃棄物管理へのクリーン開発メカニズム導入に関する研究
標題(洋)
報告番号 119686
報告番号 甲19686
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5891号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 福士,謙介
 東京大学 助教授 田中,弥生
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景と目的

 クリーン開発メカニズム(CDM)は、京都議定書に定められた経済的手段である京都メカニズムの一つである(図1)。附属書I国(先進国)が投資国となってホスト国である非附属書I国(開発途上国)に資金と技術を移転し、ホスト国内で温室効果ガス(GHG)削減プロジェクトを行い、その削減量に応じた削減分の一部を認証排出削減量(CER)として獲得し自国の削減量とすることを認める制度である。これによって、全体としてより経済的にGHGを削減することが可能となる。途上国における持続可能な発展と、先進国の目標達成への貢献という二つの大きな目的を持ち、先進国は削減分を目標達成に活用でき、途上国は投資と技術移転の機会として活用できるというメリットがある。開発途上国におけるGHG排出の1つに、一般廃棄物の開放投棄または埋立によるメタン発生があげられる。同時に廃棄物による環境汚染や健康被害は深刻であり早急な対策が必要であるが、途上国では法制度の未発達や財源・人材・技術の不足、開発優先等の理由でなかなか進んでいない。そこでクレジット獲得のためのGHG削減にのみ注目しがちなCDMをより適切に活用することで、その他の環境保全や持続可能な開発への寄与が可能になると考えられる。しかし、CDMの大きな目的であり要件である「追加性」と「持続可能な発展への寄与」については未だ不確実なところが大きい(図2)。追加性は認証されたプロジェクトが行われない場合(ベースライン)と比較して追加的なGHG排出削減がなければならないというものだが、ベースライン設定の方法論については公式的に確立されていない。持続可能な発展への寄与に関しても一定の基準や評価指標などは国際的に定められておらず、最終的には途上国の判断による。よって各自が利益を追求するあまりCDMが公正に行われない可能性もある。一方でCDMは基本的に民間投資で行われるため、資金的に成立たなければ継続しない。

 本研究では、開発途上国の廃棄物管理に焦点をあて、適切なCDMプロジェクト実施のため地域性を加味した多面的な評価を行うことを目的とする。地域・技術による違いに注目して追加性評価、持続可能性評価、財務評価を行い、現CDM制度の単純な運用に限らない拡張した視野で検討を行う(図3)。本研究で扱う対象モデル都市、廃棄物処理・処分技術オプションについて表1に示した。都市は気候、処理計画、電源構成等に異なる特徴をもち、汎用性が得られるようにした。

2.追加性評価、持続可能性評価、財務評価に関するケーススタディ

 追加性評価では、現在の技術、政策を考慮して、廃棄物の処理段階と発電段階に分けて各都市のベースラインを設定し、プロジェクトによるGHG排出削減量を算出した。北京、バンコク、サンパウロでの大きな特徴の違いは、廃棄物処理方法(埋立処分、焼却処理)と電源構成(主な燃料源は順に石炭、天然ガス、水力)である。表2,3ではプロジェクト期間を設定せず廃棄物1トン当りのGHG排出削減ポテンシャルを計算している。

 北京ではベースラインに関わらず一定の高い削減ポテンシャルが保持された。バンコクでは、処理段階のベースラインの設定による差が大きく出ることがわかった。この2都市では同じベースライン下では高効率での廃棄物発電プロジェクトが最も削減量が大きくなった。サンパウロではベースラインの設定によって削減量が大幅に変化することがわかった。これらの結果は、埋立地の有機物からのメタン発生量が大きなGHG排出につながることや、燃料源の炭素強度の影響が理由としてあげられる。以上から、たとえ同じ技術のプロジェクトが導入されたとしても、削減量は都市の特徴によって大きく変わりうることがわかった。また図4にあるように、同じ都市であっても、ベースラインの設定の仕方に大きく影響を受ける都市とそうでない都市があることも確認された。

 次にプロジェクト期間を設定し、処理段階での算定方法の違いによるGHG排出削減量の比較を行った。表4に算定方法についての説明を記す。また、北京でのプロジェクトの算定方法(1)〜(3)による廃棄物削減量を図5に示す。準好気性埋立または廃棄物発電では、本来のGHG削減効果にも関わらず、計算上は削減量があまり得られないこともありうることがわかった。

以上から各プロジェクトごとに算定方法を以下のように分けて適用し、表5に示した。

・「ポテンシャルを適用」:削減ポテンシャルを算出する方法

・「単純な適用」:現在までのCDM理事会のプロジェクト認定実績を踏まえその方式を単純に適用し、認定の確実性を重視したときに選択の可能性が高い方法

・「拡張した適用」:これまでCDM理事会では認定された実績はないが、プロジェクト実施期間外において確実に削減されるGHGも削減量に組み込む算定方法

 持続可能性評価では、これまでの経済援助や技術協力において用いられている環境配慮ガイドラインやチェックリストなどが近いものとして挙げられる。当初の環境面重視の姿勢から最近は社会・経済面も考慮するようになってきてはいるものの、世界でも確立されたものはない。研究レベルでは貨幣換算やスコアづけによる統合指標化もあるが、まだまだ持続可能性自体議論の最中である。対象範囲もまちまちで、廃棄物分野に特化したものはほとんどない。本研究では、どのプロジェクトを実施するのが一番よい(正しい)のかを割り出すのでなく、複数考えられるプロジェクトの影響の違いを認識した上で、その都市に最も適切だと考えられるプロジェクトを途上国自身が選ぶことが大切であるということを前提にしている。それに基づいて、廃棄物分野のCDM実施における持続可能性評価リストを作成し、その手順を提案した(図6)。

 評価項目数は25あり、それらを環境、経済、社会・文化、技術にカテゴリー分けして検討内容を網羅的に挙げている。評価手順としては、まず都市の廃棄物管理や環境基準、社会体制などについて概況を把握し、その後評価リストの項目に従って都市の特徴、技術の特徴の検討をそれぞれ独立して行う。その後、それらを合わせてプロジェクト技術を選定し、さらに実施・運用設定の段階でさらに都市の持続可能性を高めるような項目に配慮し、計画に組み込む(例えば技術研修、住民参加など)。そしてプロジェクトの決定、実施となる。北京をはじめ中国の都市では汚染対策の不十分な嫌気性の埋立地が多い。新たに埋立地を設けようとする場合には浸出水も少なく、跡地管理も短く利用しやすい準好気埋立はより持続可能な技術であると考えられる。一方、バンコクは土地の逼迫が深刻であるため、高額だとしても占有面積の多い埋立地より焼却処理が優先されることが考えられる。このように都市の特徴と技術の特性から、同じ技術のプロジェクトによる持続可能な発展への貢献度は異なる。

 財務評価では、まず各プロジェクトのコストと収益を計算し財務評価を行った。通常の実施コストに加え、CDMでは特有の取引費用とCERを算入する。実施コストを全負担する場合、どのプロジェクトも収益性は見込めない結果となった。そのためベースラインを考慮しイニシャルコスト等の負担軽減を行うと、嫌気性の埋立処分がベースラインの場合には、準好気性埋立、メタン回収プロジェクト、廃棄物発電の順に収益性が得られる結果となった。しかし実際に収益性が見込めるプロジェクトは準好気性埋立と北京をのぞくメタン回収となり、廃棄物発電はどの都市においても収益性が見込めなかった。ただ焼却処理がベースラインの場合のみ収益性が得られる結果となった。

3.総合評価とまとめ

 これまでの3つの個別評価をあわせて総合的に分析すると、北京ではいずれも準好気性埋立が優位となって一致したが、バンコクとサンパウロでは優位となるプロジェクトが異なる結果となった。これにより、導入する技術だけでなく各都市の現状や将来計画、地域性によって、優位となるプロジェクトが異なることがわかった。

 実際のCDMプロジェクト実施には事業者の立場が大きく影響する。CERの獲得について表6を見ると、コストと収益のバランスのほかに、不確実なモニタリングあるいは推定方法が認証されうるかという方法論の不確実性、モニタリングと実際のGHG削減量とが異なるという予測の不確実性、またCER価格の変動という炭素市場の不確定性が存在する。よってプロジェクトによって収益性とリスクが異なり、特に、コストが大きいにも関わらず売電などの他の収益が見込めず、クレジットが収益のほとんどを占める場合はリスクが高くなる。

 そのため現在は選択肢が狭まり、導入される技術がほとんどメタン回収に限られてしまっている。よって、廃棄物分野のCDMプロジェクトでは、全てを民間投資で行うと増大するリスクを軽減し、追加性や持続可能な発展への寄与において効果のあるCDMを保証するために、資金面やプロジェクトの実施面において新たな仕組みが必要であるといえる。

図1 クリーン開発メカニズムの仕組み

図2 CDMに関わる要件

図3 研究の構成

表1 本研究の対象モデル都市ととりあげた廃棄物処理・処分技術

表2 メタン回収を導入する場合の各ベースライン・オプションでのGHG排出消減量

表3 廃棄物発電を導入する場合の各ベースライン・オプションでのGHG排出消減量

図4 異なるベースラインでのGHG排出消減量の比較

表4 処理段階のGHG排出削減量の算定方法の種類

図5 北京について、異なる算定方法による処理段階でのGHG排出削減量の比較

表5 各プロジェクトの算定方法の適用

図6 持続可能性評価に基づくCDMプロジェクトの選定手順

表6 プロジェクトのコスト、収益、不確実性

審査要旨 要旨を表示する

 人為的な温室効果ガス排出によってもたらされる地球温暖化の問題は、今や具体的な対策をとる段階に入っている。先進国の間では、目標とする温室効果ガス排出水準までその排出量を削減するためにさまざまな国内対策がなされつつあるが、国内対策のみでは達成が困難な状況にあり、京都メカニズムと呼ばれる経済的な手法の導入が必要と予想されている。その手法の中でも、発展途上国において温室効果ガスを削減するプロジェクトを実施するクリーン開発メカニズム(CDM)は多くの可能性を持つものとして期待されている。一方、開発途上国の環境問題に目を転ずれば、廃棄物管理が大きな問題となっている。この廃棄物管理の問題の解決ないしは改善をCDMを通じて行うことができれば、発展途上国及び先進国の双方にとっても益が大きい。

 本論文はこのような背景の元に行われた研究をまとめたもので、「開発途上国における都市廃棄物管理へのクリーン開発メカニズム導入に関する研究」と題し、9章からなる。

 第1章は序論であり、地球温暖化対策としてCDMが導入されようとしている背景をふまえつつ廃棄物管理分野へのその適用の可能性と現状での問題点を述べ、研究の必要性を指摘している。

 第2章は「クリーン開発メカニズム(CDM)制度の現状と課題」である。この章では、CDMの制度についてレビューし、現時点でどのような運用がなされ、いかなる点が課題かを述べている。本章は、4章以降の具体的な検討のための基本になる章である。

 第3章は「開発途上国の都市廃棄物管理に対する援助と技術協力」である。CDMの有無に関わらず今日行われている開発途上国への廃棄物管理の援助の状況について整理しており、この章は以下の章における廃棄物管理オプションの設定や評価の基本となっている。

 第4章は「途上国都市ケーススタディの方法論」である。本章では、本研究の方法論の概略についてまとめている。本研究では、気候条件、廃棄物組成、電力の燃料源の構成が異なる北京、バンコク、サンパウロの3都市をケーススタディとしてとりあげた。また、廃棄物管理のオプションとして、嫌気性埋立からのメタン回収と発電、準好気性埋立の導入、焼却と発電をとりあげた。これらの特徴の異なる都市をとりあげ、現時点で想定される廃棄物管理対策を検討することによって、想定されるCDMケースをほぼカバーすることができる。

 第5章は「CDMプロジェクトの追加性評価」である。CDMにおいては、プロジェクトを導入しない場合の将来の状態である「ベースライン」に対して追加的に達成される温室効果ガスの削減量が最も重要になる。この削減量に応じて認証される排出削減量(CER)は炭素市場で売買されるため、プロジェクトの財務面での成立にとってもこの削減量は支配的な要素になる。この追加性の評価においては、ベースラインの設定と、プロジェクト導入時の温室効果ガス排出量の評価が重要である。まず、ベースラインについては、本研究ではあえてそれを一つに絞り込むことはせず、各都市の状況を検討し、妥当な複数のベースラインを設定した。ついで、各プロジェクトを実施した場合の最大可能な温室効果ガス削減量をポテンシャルとして評価した。その結果、都市によってとりうるベースラインが異なり、また廃棄物の組成や、発電によって代替する電力の炭素強度も都市によって異なるため削減量は都市によって大きく変化すること、さらに都市によっては設定されるベースラインによって削減量が大きく変わることが示された。

 実際のCDMにおいては一定の年限を定めてプロジェクトが実施される。埋立地からのメタン生成のようにその反応に長期間を要するものについては、ポテンシャルどおりの削減量がプロジェクト期間中に得られるわけではなく、プロジェクト期間の設定の方法によって削減量が異なる。ここでは標準的な期間である21年間のプロジェクト期間を設定し、実際に認定の対象となる削減量をモデル計算によって求めた。その結果、都市によってはメタン生成の速度が遅いため十分な削減量が得られないこと、期間の取り方によって削減量が異なることが明らかになった。また、認定の考え方によっても削減量に大きな違いが出ることが示された。

 第6章は「CDMプロジェクトの持続可能性評価」である。CDMは本来それが実施される国あるいは都市の持続可能性に貢献しなければならないとされているが、現実にはこの点について十分な検討がされているとは言い難い。本研究では、持続可能性を評価するための要素を整理し、リストを作成することによって、定性的ではあるが持続可能性を系統的に評価する手順を提案した。この手順においては、まず対象都市と対象技術に対して、それぞれ環境、経済、社会・文化の側面から評価を行い、これらを総合的に判断してCDMとして導入することが望ましい技術を選択することができる。

 第7章は「CDMプロジェクトの財務評価」である。民間によって実施されるCDMはあくまでも経済的に利益を生じるプロジェクトでなければならない。そこで、第5章で検討した廃棄物管理オプションを3都市に導入した場合の収益性について検討を加えた。この際、各技術オプションを導入したときのコストを現地の貨幣価値を勘案して推定した。プロジェクト評価において標準的に用いられる財務指標を用いて評価した結果、収益性の高いものから並べると準好気性埋立、メタン回収、廃棄物発電となった。なお、これらの場合、ベースラインに相当する施設や技術については別途資金的な手当がなされることを前提にしなければ収益は得られないことも示された。

第8章は「総合的に見た廃棄物分野のCDMプロジェクト」である。ここでは、追加性、持続可能性、財務面という3側面から総合的にCDMプロジェクトを評価しており、各都市においてふさわしいCDMを明らかにしている。また、このようなCDMプロジェクトの実施にあたっては、方法論、予測、炭素市場の3つの点に不確実性が存在することを指摘しており。導入技術ごとのこれらの不確実性についても整理を行っている。

 第9章は「結論」であり、本論文で得た結果と今後の展望をまとめている。

 本研究は、発展途上国と先進国が共同して行う地球温暖化対策としてのCDMを、発展途上国の大きな環境問題になっている廃棄物管理に導入する際に得られる温室効果ガス削減量、持続可能性、収益性を総合的に評価したものである。従来、CDMはややもすると温室効果ガスの削減量のみが重要な関心事としてとりあげられて来たきらいがある。これに対し、本研究では、CDMとして導入を検討する廃棄物管理対策について、環境工学的な見地から技術的な検討を十分に行っている点、持続可能性も含めた総合的な評価を行っている点、対象都市によってその結果が異なることを明らかにした点、などが特徴である。本研究はCDMをより有効な手段にしていくために大きく貢献するものである。

 以上、廃棄物管理の分野へのCDMの導入に焦点を当てた本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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