学位論文要旨



No 119688
著者(漢字) 趙,鵬
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ペン
標題(和) 高濃度粉末活性炭−精密ろ過(PAC-MF)水処理プロセスにおけるケーキ層ファウリングに関する研究
標題(洋) Study on Membrane Fouling due to Cake, Layer Formation in Powdered Activated Carbon-Microfiltration(PAC-MF)Water Treatment System
報告番号 119688
報告番号 甲19688
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5893号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

高濃度粉末活性炭(PAC)と精密ろ過膜(MF)との組み合わせ(これをPAC-MFプロセスと呼ぶ)は、溶存有機物の除去を行うのに必要なPACの強い吸着能力、アンモニアや鉄・マンガンの生物的酸化の促進、及び懸濁物質の単段による効率的な除去性に加え、処理プロセスで発生する汚泥の低減、突発的な水道原水の汚染事故に対する緩衝能力を有している。しかしながら、運転の経過と共にPACケーキ層ファウリングがすすみ、顕著な流束の減少や運転圧の上昇により運転が不可能となる問題がある。MF膜表面に付着したPACケーキ層ファウリングは、運転時間の経過とともに、逆洗浄や空気による曝気洗浄では除去できない状態まで発達する。従って、本研究では、PAC-MFプロセスにおけるPACケーキ層によるファウリングに着目し、ケーキ層形成のメカニズムと特徴、ケーキの構造とケーキ層形成の抑制と防止に効果的な対策を提案することを目的として研究をおこなった。

東京都水道局玉川浄水場内に設置した2つのPAC-MF実験槽は、それぞれPACを20g/Lを投入し汚染物質を効果的に吸着するPAC吸着槽(PAZ)と、管状のセラミック製膜モジュールが設置された膜分離槽(MFZ)とに隔壁で区分されている。PAC吸着槽は常時下部から曝気されることにより粉末活性炭が浮遊状態にあるが、膜分離槽では曝気が行われていないため、粉末活性炭は徐徐に沈降し、PAC吸着槽へと戻る構造になっている。

パイロット実験では、多摩川河川水または河川水を生物濾過したものを原水とし、平均粒径36μm及び151μmの異なった粒径をもつ粉末活性炭を用いて、約2年間にわたり膜濾過実験を行った。原水ははじめに活性炭吸着槽(PAZ)に流入し、その後、膜分離槽(MFZ)に流入する。実験において、ろ過流束、逆洗間隔、MFZの曝気条件など異なった運転条件をそれぞれの実験に採用した。これら実験結果から、膜透過流束やPAC粒度は、膜表面に形成されたPACケーキ層ファウリングに影響を及ぼしていることが分かり、透過圧(TMP)やケーキによる抵抗の増加を示した。つまり、低流束よりも高流束においてより顕著なケーキ抵抗が生じ、高流束(4m/d)においては、粒経の大きいPACを用いた反応槽では粒経の小さいPACを用いた膜ろ過槽よりも早くケーキ層が形成された。一方、低流束(1m/d)で運転した場合は、逆の結果となり、粒経の大きいPACを用いた反応槽の方が粒経の小さいPACを用いた膜ろ過槽よりも長期間の運転が可能となった。一方で、河川水を原水とした場合は、生物ろ過水を原水とした場合に比べて、短期間で活性炭ケーキが形成された。これは、河川水には、濁度をはじめ有機物、金属が高濃度に含まれているため、これらが活性炭ケーキ層の形成に影響しているものと考えられた。

水質に関しては、流束条件、PAC粒経に係わらず、DOC、UV260の平均除去率はほぼ同等で、きわめて良好であった。ろ過流束1m/dによる長時間の運転では、初期には85-90%のDOC除去が得られたが、PAC併用においても徐々に60%にまで落ち、時間経過と共にPAC吸着能力が落ちたことを示している。クエン酸による反応槽内PACの薬品洗浄は、PACによる有機物や金属イオン吸着能力再生に有効であり、これは洗浄直後のDOC除去性が暫定的に向上することや金属の吸着量が上昇することによって検証できた。DOCの除去は、活性炭吸着槽だけでなく、膜ろ過槽でも低濃度な活性炭にもかかわらず10%〜20%の除去が見られた。このメカニズムを検証するため、PAC吸着槽と活性炭ケーキ層を載せたMF膜を順番に通水するような回分実験を行った。その結果、膜表面のPACケーキ層はDOC除去に対し最大6.7%まで寄与していることが示された。また、水質事故による金属の流入を想定して、6種の金属を原水タンクでそれぞれ飲料水基準の10倍の濃度となるように投入した。その結果、8ヶ月間運転を行ったPAC-MF反応槽において、それぞれの除去率は順にCd(96%)>Ni(87%)>Pb(86%)>Cr(75%)>As(75%)>Se(69%)が得られた。

PACケーキ形成の要因を検証するため、運転中に膜表面に形成または付着したPACケーキ層のサンプルから、超音波洗浄を併用した化学処理プロセスによりNOMと金属イオンそれぞれを抽出した。抽出前後のPACファウリングの比ケーキ抵抗(rc)を比較することにより、抽出されたファウリング物質のろ過抵抗への影響を評価した。その結果、水酸化ナトリウム抽出後のrc減少量は僅かであったのに対し、クエン酸抽出後は顕著なrc減少を示した。これは、PACケーキ抵抗の増加に対して、PAC表層の付着有機物より金属吸着の方がより重要な影響を与えることを示している。PACケーキ形成に影響を及ぼす可能性のある要因を更に検証するため、多摩川河川水から濃縮したNOMとイオン性及びコロイド状金属を単独に、もしくは同時に新しいPACに吸着させ、ろ過抵抗の変化を調べるバッチ試験を行った。これら実験におけるrc測定結果より、以下の結論が得られた。

(1) 原水中のコロイド状微粒子は最も顕著なPACケーキ層形成をもたらし、粒径の大きいPACは粒径の小さいPACより影響を受けやすい。

(2) 金属イオンと比べ、NOMはPACケーキ形成に対しわずかな寄与をするのみである。

(3) 金属及びコロイドの組み合わせは、PACケーキ抵抗に対して付加的な効果をもたらし、それは、ケーキ形成プロセスにおいて最も特出した効果をもたらしていると思われる。

(4) PAC吸着の間に、二価鉄が酸化され三価鉄となって生じた鉄の沈殿、このコロイド状三価鉄のPACケーキ抵抗に与える影響は他金属イオンに比べてはるかに大きい。

PAC-MF反応槽内に充填されたPACの粒度分布解析によると、曝気中粒子どうしの磨耗、衝突によりPAC径は運転時間と共に減少し、PAC比表面吸着の増加が得られ、膜ファウリングプロセスを導いている。

PAC-MFプロセス中の累積DOC除去量は、PACケーキから抽出されたDOC量よりもはるかに多く、DOCのPAC吸着による除去においては、活性炭表面で吸着したDOCの分解が起こっているものと考えられた。活性炭表面に吸着した有機物の定性分析を行った結果、流入水、流出水、そしてPACケーキファウリング中の有機物分子量は、300〜4000の範囲で分布しており、主要成分は溶存性有機物としてのフミン系有機物由来のタンパク質、多糖、芳香族化合物を含んでいる。

PAC-MFプロセスのPACケーキファウリング形成メカニズムには、金属及びコロイド吸着が原因となっていることが示されたため、吸着前後の活性炭表面の電荷を調べた。その結果、PACと金属イオン間の表面での錯体形成はPAC表面電荷を中和し、PAC粒子間の平均距離を縮め、最終的にPACの不安定塊を作り出し、ケーキ層のファウリング形成を促進することが分かった。比ケーキ抵抗とTMPの関係を検証した結果、原水及びPAC径はPACケーキ層の形成の特徴と構造に深く関与していることが分かった。粒径の大きいPACはその粒子間に空隙(多孔性)を形成する一方、(河川水と比べ)生物ろ過処理水中のコロイドなど微細粒子は、PAC粒子間の空隙に入り込む。その結果水の流路を極めて狭くし、コロイド径の大きい原水や小さなPAC(C-1)を用いたケースに比べ密なケーキ構造を形成した。大きな流束(4m/d)の場合は、コロイドと金属イオンそしてPACの挙動と結合は、より強く広範囲に及ぶ。粒度分布(PSD)が大きければ、空隙は大きく、大粒径PACの比表面は小さくなるため、コロイドにとっては空隙への移動が容易に、金属イオンにとっては表面電位の中和が起こる。その結果膜表面のPACケーキ形成を助長しその傾向を強める。

PACケーキ抵抗に与えるPAC粒径、流入水、流束の影響を説明するため、PACケーキの形成とケーキ層減少速度で与えられている理論式を示した。運転中のケーキ形成速度は徐徐に減少した一方、逆洗効率がTMP増加とともに増えたことがわかった。それは、適正運転を実施すれば、その条件下での相対的な平衡状態が実現できる。流束、PAC粒径もしくは濁度などの変動に従って、その平衡点も変動する。理論式の適用を検証するためPAC-MF実験運転における様々な逆洗や曝気条件を実施した。高流束洗浄と曝気の両方はPACケーキ形成に効果的に作用し抑制を促し、ケーキの部分的な排除も見受けられたが、それぞれは異なったメカニズムに対応する。前者の効果は、高速逆洗流速による衝撃によりケーキ層内部まで至るのに対し、曝気はPACケーキ層外部に対し摩擦と振動をもたらしている。密構造のケーキ層に対し、ケーキ抵抗のほとんどは膜表面付近の薄い層の部分に存在し、その外部はケーキ抵抗への比較的関与が少ない。つまり、逆洗はケーキ形成に対して最も効果的な抑制効果をもたらすが、曝気は緩い構造を持つ外部PACケーキに対しての振動効果をもたらしケーキの削除に効果的である。実験を通じ、実装置への上記の理論モデルの適用可能性が確認された。

審査要旨 要旨を表示する

 精密ろ過膜(MF)膜プロセスは低圧条件下で微粒子、浮遊物、バクテリアを原水から効率よく取除くことができる水処理プロセスであるが、膜孔径が大きいため溶存性の有機物は除去できない。高濃度の粉末活性炭(PAC)と精密ろ過膜(MF)とを組み合わせたプロセス(PAC-MFプロセス)は、溶存有機物の除去吸着能力、アンモニアや鉄・マンガンの生物的酸化能力を有するほか、突発的な水道原水の汚染事故に対する緩衝能力を有している。しかしながら、運転の経過と共に粉末活性炭を主体とするケーキ層のファウリングがすすみ、流束の減少や運転圧の上昇が生じ、その抑制のための設計手法、運転管理手法の開発が求められている。

 本論文は、PAC-MFプロセスにおけるPACケーキ層形成の機構の解明、ならびに、ケーキ層の構造とケーキ層形成の抑制方法について研究した成果である。

 本研究は「高濃度粉末活性炭―精密ろ過(PAC−MF)水処理プロセスにおけるケーキ層ファウリングに関する研究」と題し、8つの章で構成されている。

 第1章は「序論」であり、研究の背景と目的が述べられている。

 第2章では、既存の研究をとりまとめて示している。

 第3章は、実験装置と実験方法が説明されている。

 第4章は、高濃度粉末活性炭精密ろ過(PAC−MF)水処理プロセスのパイロットプラント実験の結果とその解析を示している。

 東京都水道局玉川浄水場内に設置した2つのPAC-MF実験槽は、それぞれPACを20g/Lを投入したPAC吸着槽と、管状のセラミック製膜モジュールが設置された膜分離槽とに区分されている。PAC吸着槽は常時下部から曝気されることにより粉末活性炭が浮遊状態にあるが、膜分離槽では連続的な曝気は行われていないため、粉末活性炭は沈降し、PAC吸着槽へと戻る構造になっている。

 約2年間にわたる各種連続処理実験では、多摩川河川水またはその生物濾過層処理水を原水とし、平均粒径36μm及び151μmの2種の粉末活性炭を比較検討している。低流束(1m/d)よりも高流束(4m/d)において、より大きなケーキ層抵抗が生ずること、高流束の条件においては、粒経の大きいPACを用いた反応槽では粒経の小さいPACを用いた膜ろ過槽よりも早くケーキ層が形成されたことを示している。一方、低流束(1m/d)の場合は、逆の結果となることを示し、PACケーキ層形成の現象的な複雑さを明らかにしている。この現象の詳細な機構解析は第5章で示している。

 連続処理実験における処理水質に関しては、DOC、UV260の平均除去率はきわめて良好であり、例えば、ろ過流束1m/dによる運転では、初期3ヶ月にわたり85-90%のDOC除去率が得られたことを示している。

 第5章は、粉末活性炭ケーキ層ファウリングの解析についての成果である。PACケーキ形成の原因を解明するため、PACケーキ層の試料から、超音波洗浄を併用した水酸化ナトリウムあるいはクエン酸処理によりDOCと金属イオンそれぞれを抽出し、抽出前後のPACファウリングの比ケーキ抵抗を比較することにより、抽出されたファウリング物質のろ過抵抗への影響を評価している。その結果、PACケーキ抵抗の増加は、PAC表層の付着有機物より金属吸着の方がより重要な影響を与えていることを示している。さらに、多摩川河川水から濃縮したDOCとコロイド状物質、および金属塩のろ過抵抗への影響を調べ、DOCはPACケーキ形成に対し大きくは寄与せず、金属及びコロイド状物質の組み合わせが、大きく寄与していることを明らかにしている。特に三価鉄のPACケーキ抵抗に与える影響は他金属イオンに比べて大きいことを示している。

 また、PACケーキファウリング中の有機物の分子量は、300〜3000の範囲で分布しており、主要成分は溶存性有機物としてのフミン系有機物由来のタンパク質、多糖、芳香族化合物であることも示している。

 第6章は、粉末活性炭ケーキ層の構造とその形成機構についての成果である。活性炭表面の電荷の変化ならびに比ケーキ抵抗と膜間差圧の関係を調べ、生物ろ過処理水中のコロイドなどの微細粒子は、粒径の大きいPAC粒子間の空隙に入り込み、水の流路を極めて狭くし、粒径の小さいPAC粒子にくらべ、より密なケーキ構造を形成するとしている。この傾向は大きな流束(4m/d)の場合により強くなることを示している。

 第7章は、PACケーキ層形成の理論的解析と抑制手法についてである。PACケーキ抵抗に与えるPACの粒径、流入水水質、流束の影響ならびに逆洗と膜ろ過槽での曝気の効果を総合的に説明するため、PACケーキの形成とケーキ層のはく離の動的関係を示す関係式を提案している。その式により、適正運転を実施すれば、PACケーキ抵抗の動的な平衡状態を実現できることを示している。また、逆洗は、ケーキ形成に対して抑制効果をもたらし、曝気は、緩い構造を持つ外部PACケーキのはく離に効果的であることを示している。

 第8章は、結論と今後の課題であり、本論文の研究成果をとりまとめて示している。

 このように、本論文は、高濃度粉末活性炭―精密ろ過膜を用いた水処理プロセスの機能向上に資する研究成果であり、都市環境工学の学術分野の進展に大いに貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク