学位論文要旨



No 119692
著者(漢字) 厳,子翔
著者(英字)
著者(カナ) ゲン,シショウ
標題(和) 低質量流束・低熱流束条件下のマイクロチューブ内強制対流沸騰熱伝達に関する研究
標題(洋) Heat Transfer Characteristics of Forced Convective Boiling in a Micro Tube at Low Heat and Mass Fluxes
報告番号 119692
報告番号 甲19692
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5897号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 鹿園,直毅
 産業技術総合研究所 招聘研究員 庄司,正弘
内容要旨 要旨を表示する

 近年、高性能電子機器が発展するとともに、その電子機器の冷却問題も深刻化になっていく。そのため、マイクロチューブまたはマイクロチャネルを用いる蒸発器は高い散熱性能を期待される。

 その一方、マイクロチューブまたはマイクロチャネルを用いる冷却装置を設計するためのマイクロチューブまたはマイクロチャネルの強制対流沸騰の伝熱特性およびその物理的なメカニズムはまた解明されていない。パラレルマイクロチャネルの強制対流沸騰について、実験が行われているが、マイクロスケールの実験測定が難しいため、平均熱伝達率しか測定されていない。そのため、チャネルの間に相互影響していて、流れ場が複雑化になり、物理的に検討しにくい。

 シングルのマイクロチューブの沸騰実験は0.5mmまでに実験データは現存するが、温度測定の不確かさが大きい、その実験データをまた検討する必要があって、そのうえ、可視化実験が行われていないため、物理的な検討が行われにくい。

 以上の原因で、今回の研究は、内径0.19mm、0.3mmと0.51mmのSUS304製マイクロチューブと0.5 mmのチタン製マイクロチューブを用いて強制対流沸騰の実験を行った。それに、内径0.3mmのガラスチューブを用いて、そのチューブの外側に薄い銀とITOをスパッタリングによって成膜(膜厚:100nm)し、通電加熱ができるようにした。外径25ミクロのK型の熱電対をチューブのその外壁につけ、ローカルの熱伝達率とその測定点の流れ場の同時測定を行った。その実験装置のテストセクションは図1に表示する。なお、電子顕微鏡で各チューブの内面を観察し、キャビティの大きさを確認した。

 実験の結果によって、伝統的なチューブの強制対流沸騰と比べれば、マイクロチューブで液体の過熱現象が発見され、高い過熱度液体の中で気泡は非常に高い周波数(4000Hz)で生成して、流れ場は一気にスラグ流になることが明らかになった(図3)。

 その液体の加熱現象は、一定の熱流束を越えると消えることも明らかになった。その現象は伝統的な核沸騰のモデル(Hsuら、1969)で予測できないこともわかった。

 液体の加熱現象のない飽和沸騰の領域で、マイクロチューブ内の流動様式は周期的に変動することもわかった。その周期は今回の実験範囲では0.1sec.から0.3sec.までになる。マイクロチューブの中で気泡流、スラグ流、プラグ流、環状流などの伝統チューブで親しまれてきた流動様式はマイクロチューブでも観察されている一方、蒸発が進むによって、チューブの内壁面の液膜が薄くなり、分断され、独立の液滴になる流動様式も観察される。観察された以上の流動様式は周期的に現れる。その流動様式は図4に表示する。

 その激しい流動様式の変化の原因はマイクロチューブと内径は核沸騰の気泡の大きさに近いため、気泡が生成する際、全体の流れ場に大きい影響を与えることがわかった。そして、その流動様式の周期的な変動はチューブの長さと冷媒の種類に依存することも明らかになった。離脱気泡が小さくなるあるいはチューブの長さが短くなるとともに、周期的な変動が緩やかになることが明らかになった。

 熱伝達率はクォリティの増大によって減少することは明らかになった。そして、熱伝達率は熱流束と質量流束に依存しないことも明らかになった。その一方、熱伝達率はチューブ内面の粗さと全体の圧力に影響されることもわかった。

 可視化実験とそのローカルの熱伝達率の同時測定によって、クォリティが増大することで熱伝達率が減少することも明らかになった。クォリティが低い領域しか気泡流が観察されなかったため、気泡を生成させる核沸騰が熱伝達を促進することが明らかになった。

 そして、マイクロチューブのローカルの熱伝達率に影響するパラメータも調べた。表面粗さとシステム圧力が熱伝達率に高い影響を与えることも明らかになった。その原因は表面粗さとシステム圧力が管内の流動様式の変化に影響すると考えられる。

 実験結果と現存の経験式との比較も行った。その結果、熱伝達率の経験式はマイクロチューブの熱伝達率を予測できなかった一方圧力の経験式は定性的に予測できた。その異常な結果はマイクロチューブ内の流動様式を観察することによって、物理的メカニズムが解明された。

 最後はその周期的な流動様式によって、時間に依存する熱伝達率と圧力損失の経験式が開発された。その経験式は従来の経験式より実験結果の予測が良くなってきた。

図1 テストセクション

図2 各マイクロチューブの電子顕微鏡写真:左、SUS304チューブ。中、ガラスチューブ。右、チタンチューブ。

図3 低熱流束による液体の加熱現象およびその後の高周波数による気泡生成

図4 マイクロチューブ内で観察された流動様式

審査要旨 要旨を表示する

 近年,電子情報機器や高性能熱交換器などにおいては,コンパクトな容積で高い熱流束を達成するための伝熱技術の開発が急務となっている.そこで,伝熱法則のスケーリング,面積/容積比の観点から,マイクロチャネルをはじめとして,機器の小寸法化によって従来にない伝熱性能を実現する試みが成されている.このような利点を可能な限り活かして優れた伝熱機器を設計するには,広い熱流動条件下での流動損失や伝熱特性を理解し,予測するための知見が必要である.例えば広く応用に供せられる極細管(マイクロチューブ)に関しては,極細管群を最適配置することによって極めて高性能な熱交換器を実現する可能性が報告されている.しかし,極細管の単相の対流熱伝達については相当の知見があるものの,対流沸騰熱伝達に関しては従来の研究は少なく,特に極細管群を最適配置した高性能蒸発器の設計に必要とされる低質量流束・低熱流束条件下の強制対流沸騰熱伝達に関する知見はほとんど存在しない.このような背景から,本論文は,極細管における強制対流沸騰の伝熱・流動損失特性に対するパラメータ効果,そして局所熱伝達率と流れ場の同時計測実験を行い,その熱流動機構を解明することを試みたものである.

 第一章は序論であり,極細管を用いる熱交換器と極細管内強制対流熱伝達に関する従来の知見を概観し,なかでも四つの重要な側面,則ち,マイクロ熱交換器の設計,ミニチューブの伝熱特性,極細管の伝熱特性,可視化実験などについて述べている.また,極細管の局所熱伝達と流れ場の可視化の同時計測,そして極細管の内径,表面粗さ,熱流束,質量流束などのすべてのパラメータの効果を調査検討する必要と論じている.

 第二章では,実験装置の設計とその製作を説明している.内径0.19,0.3,0.51mmのSUS304管と内径0.5mmのチタン管を用いて,テストセクションを構成する.さらに,可視化実験のため,内径0.3mmのガラス管の外側にスパッタリングによって銀とITOを薄く成膜し(膜厚:100nm),通電加熱ができるようにする.外径25ミクロンのK型の熱電対を±0.1Kの精度で校正して,テストセクションの外壁に接着し,局所の熱伝達率,圧力損失とその測定点での流れ場の可視化の同時測定を行う.可視化実験を行うために,CMOSハイスピードカメラを使い,毎秒2万コマの写真を撮る.高性能マイクロポンプを用いて,安定かつ極めて低い質量流量(10-5〜10-6kg/s)を実現している.

 第三章では,設計製作された実験装置でのデータ収集の方法を説明している.また,熱損失の算定について説明している.

 第四章では,本論文でのデータ収集と実験装置および測定器の要素誤差の見積もりを基に,熱伝達率と圧力損失などの主要データに伴う不確かさを見積もっている.

 第五章では,実験の結果を示している.まず,熱流束が低い条件下で壁面の温度が飽和温度を大きく越えて上昇する現象の存在を指摘している.同時計測による可視化の結果からは気泡の存在は認められず,液体の過熱現象が生じていることを明らかにしている.この液体の過熱現象は低いボイリング数と低い質量流束の条件下でのみ発生することも明らかにしている.その条件は,管の内径,システム圧力,冷媒の種類によらない一方,管の表面粗さに強く依存することを明らかにしている.

 液体過熱現象が消失する高いボイリング数の領域では飽和沸騰が生じる.通常径の管内流とは対照的に,飽和沸騰の熱伝達率は気液2相流のクォリティの増大に伴って減少することを明らかにしている.可視化実験結果から,極細管内には気泡流,プラグ流,スラグ流,環状流などの既知の流動様式が発見される一方,毛細管流(キャピラリ流)と称せられる独特の流動様式も観察される.さらに,同じ測定点においても流動様式が時間的に激しく変化することも明らかにしている.その周期的な流動様式の変化と個々の流動様式の持続時間から,熱伝達率が大きく変化することを説明している.この結果,熱伝達率が熱流束,質量流束に依存しない一方,冷媒,システム圧力,表面粗さによって大きく変化することを説明している.

 第六章では,第五章で得られた実験データと従来提案されている経験式の比較が行われている.従来の経験式は,本実験で測定された熱伝達率を予測できないものの,圧力損失に関しては良好に予測できることを示している.

 第七章は,流動様式の周期的な変動に基づいて,時間に依存する各流動様式の熱伝達率と圧力損失の特性を一周期の時間の割合に組み込んで,平均特性に対する実験相関式を導き,従来の経験式より優れた予測が可能であることを示している.

 第八章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

 以上,本論文では,まず,現存する極細管またはマイクロチャネルの研究成果を概観し,高性能熱交換器の設計を行うために必要な,比較的低い熱流束と質量流束条件下での極細管における流動損失や熱伝達率などの基礎的な知見が欠けていることから,精密温度測定と可視化実験を含む系統的な実験計測を行って,貴重なデータベースを提供している.さらに,可視化同時計測の結果によって,従来の研究では説明できなかった極細管内の特異な熱伝達率と圧力損失の特性を説明している.熱伝達率と圧力損失に影響するパラメータの効果を調べ,その機構的説明を与え経験式を提案した.これらの結果は将来の新しい高性能熱機器の設計に有用な指針を与えるものである.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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