学位論文要旨



No 119694
著者(漢字)
著者(英字)
著者(カナ) オリバー,フライク
標題(和) 大規模数値解析を用いた風車の騒音低減について
標題(洋) On Wind Turbine Blade Noise Reduction by Large-Scale Numerical Simulation
報告番号 119694
報告番号 甲19694
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5899号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,従来の経験則などでしか行われていなかった風車の高周波空力騒音の予測を精度の細かいCFD(数値解析)により世界で初めて実現したものである.具体的には,世界最大規模のLES(Large-Eddy Simulation)解法を地球シミュレータで実施し,騒音直接計算によって風車翼の空力騒音発生プロセスをシミュレートした.又,翼端付近で発生する空力騒音に着目し,翼端形状の変化による空力騒音の低減を計算で再現した.本論文で構築した騒音数値解析ツールを適用することにより大型風車の空力騒音低減に向けた新翼型の設計に貢献することが可能になり,風車の更なる普及に繋がると確信する.本論文は,5つの章から構成されている.第1章は,序論で風力エネルギーの背景,既存の騒音解析モデルの概要と問題点,水平軸風車周り流れ解析の従来研究,そして本研究の目的を述べる.風力発電はクリーンな自然エネルギーとして大きく期待されている.しかし,風車翼の回転に伴い空力騒音が発生する.風車が生活環境に近い場所で運転し,更なる風力発電の普及には空力騒音の低減に向けた設計方法が必要とされている.風車の騒音の大部分は翼端付近に顕著に現れる.翼端渦騒音は,翼端渦による乱れと,その渦と翼後縁の干渉からなるといわれている.今後の大型風車の設計にあたっては,コスト低減のため,ローター直径と周速比が一層大きくなることが予想され,翼端付近で発生する空力騒音の研究は更に重要な意味をもつ.実機での観測によると,翼端の形状は風車の空力騒音と密接に関係している.しかし,実験やフィールドテストによって翼端渦騒音の詳細な物理現象を捕らえることは困難である.そのため,風車翼の高周波空力騒音の予測と翼端形状の騒音への影響についてCFDへ期待が高まっている.数値計算は風洞実験やフィールドテストで得られない物理現象を詳細に求めることが出来,設計への情報を提供できる.風車翼周りの流れの数値解析はこれまでに経験則,翼素・運動量理論,RANS(レイノルズ平均式)と渦法により行われてきており,空力性能においては風洞実験で得られたデータとよく一致している.しかし,計算機能力の問題から,風車翼の空力騒音についての数値解析は行われていない.流体音の発生は渦の非定常運動に起因し,その流体音圧スペクトルを定量的に予測するためには,LES解析により流れの変動と複雑な渦構造を高精度にとらえる必要がある.LES解析はRANSに比べてはるかに大きな計算資源を必要とするが,翼面近傍の流体渦による高周波の騒音源と音波の伝播を予測することができる.第2章は本研究で用いた数値流体解析の基礎式と数値解法について述べている.本研究では,LES圧縮性解析手法,騒音直接解析手法と音響学的類推のモデルを用いた.翼面近傍の音波の伝播を流体の圧力振動から直接計算した.又,遠距離場における空力騒音はモデル計算により求めた.基礎方程式には保存形圧縮性ナビエ・ストークス方程式を用い,時間微分には陰解法・Beam-Warming法による近似因子化を,空間微分には3次精度風上差分法を採用した.SGS粘性はスマゴリンスキーモデルを用いた.従来は,計算機の問題から,格子点数がとれず大規模なCFDが不可能であったためLighthillなどの音響学的類推モデルを用いて翼面上の圧力変動から遠距離場の騒音が予測されてきた.しかし翼面付近の流れ場は非線形であり,モデルで捕らえにくい領域が存在する.音波の直接シミュレーションを行うことによって音波の壁での反射や屈折,非線形な効果などが考慮でき,より精度高い騒音予測が可能になった.本研究では,翼面上から1-2翼弦長の領域において騒音を直接計算し,遠距離場は流れ場解析から得られた圧力変動を用いるBrentnerらによって改良されたFfowcs Williams-Hawkings(FW-H)の方程式によって求めた.これは,従来のFW-H方程式に対して音場情報を有するもので,任意の空間において解析が可能である.従来のモデル計算では取り扱いの難しかった翼面近傍の4重子音源も,実質的に直接計算可能とし,高周波騒音をより精度よく計算できる解析ツールを構築した.第3章では計算コードの検証を行った.NACA0012単独翼において数値解析結果と実験結果を比較している.実際の風車の稼動状態に相当する高レイノルズ数でLESによる非定常大規模計算を行った.結果から,翼面上圧力分布及び後縁圧力スペクトルが実験結果と非常に良く一致していることが分かった.負圧面の前縁で遷移を再現した.これは,本計算において負圧面に格子点を非常に細かく集めることによって得られた結果である.風上スキームによる数値粘性の影響を,格子依存性やSGS定数の効果を調べることによって検討した.細かな渦スケールまで解像することによって,SGS渦粘性が散逸に影響していることを示し,本計算において数値粘性の影響が低いことを示した.又,微小な圧力の波動の伝播について解析解と比較し,本解析ツールでの音波の伝播に必要な格子解像度を求めた.更に,翼端を含むNACA0012翼型周りの流体および空力騒音について検証した.翼端渦と翼端渦によって発生する音場における音源大きさが実験値と定量的に一致した.また,翼端での速度場変動と計算結果が定性的に一致した.翼端渦に関わる複雑な渦構造を捕らえられることができ,翼端渦による騒音の発生プロセスを定量的に計算可能にした.図1は,直接計算による3次元的な音場を可視化したものである.以上,本章では,実際の風車のレイノルズ数に対応する単独翼における翼端渦空力騒音を計算し,風車翼の計算で着目する翼端を発生源とした空力騒音の伝播について,正しい結果を得ることができることを示した.第4章は,水平軸風車に対し,流れ場と空力騒音の数値解析を行った.回転風車翼の翼端付近で発生する空力騒音を第2章で述べた計算手法を用いて解析した.翼端の形状の違いによる遠距離場での空力騒音レベルの低減が数値解析で再現できたことを述べている.従来の数値解析ツールや経験則などではこのような形状の詳細な影響が再現できなかった.計算対象は産業技術総合研究所で開発されたWINDMELIII風車とした.WINDMELIIIは図2のモデル図に示すように,2枚翼・アップウィンド型,出力は16.5kWである.翼先端の形状(以下Actual)と風車の騒音観測実験で騒音を抑えた実績をもつogee型翼端形状を示す.レイノルズ数は,翼端付近で1.0×106である.計算での総格子点数は世界最大規模の3億点である.計算により,Actualの翼端とogee型翼端との翼端形状の違いによるパワー係数の差はないことを確認した.図3はActualの翼端とogee型翼端における渦度等値面を示す.いずれの翼端においても後縁近傍で翼端渦により発生する非常に複雑な渦構造が観察された.渦の構造としては,Actualの翼端では,多くの渦が翼端近傍に発生しており,ogee型では,少し離れた位置で渦構造が発達している.ogee翼端において翼端渦と翼との干渉が抑えられることがわかった.風車翼の翼端付近で翼端渦と後縁との干渉が空力騒音に大きく関わっていることが明らかになった.図4はogee型翼端においてLES直接計算から得られた瞬間の圧力変動場を示す.音源が翼端にあることがわかる.図5は,Actualの翼端とogee型翼端に対して近距離場でLES騒音直接計算と遠距離場でFW-Hを用いた手法を適用し,風車から上流方向に20mを観測点とする音圧レベルの計算結果を表示したものである.翼端形状の違いによる高周波騒音の傾向が異なることを示した.計算により,ogee型翼端では3kHz以上の周波数で音圧レベルが5 dB減少し,騒音低減の効果があることを確認できた.これはogee型翼端において,翼端剥離渦と翼の後縁との干渉が減少したことによると考えられる.この結果はogee型翼端と類似な曲線を後縁にもつ観測実験と同様な傾向を見せている.従来のモデル計算ではこのような形状の差が認められなかった.第5章は,以上単独翼周り流れ,風車周り流れ,数値解析によって明らかにした各章の結論をまとめる.本研究では,開発したLES・圧縮性・騒音直接計算コードで複雑な水平軸風車周り流れと空力騒音が高精度に解析でき,設計への大きな貢献を果たした.特に翼端付近に着目し,翼端形状の空力騒音への影響を明らかにした.風車の騒音解析において,遠距離場では高周波域においてogee型翼端を用いることにより,騒音が低減されることを示した.一方,従来のモデル計算では翼端形状の差が認められなかった.つまり,遠距離場への音波の伝播を直接計算により求めることで従来解析が不十分であった風車近傍の騒音について本研究で構築された数値手法により解析ができることを示した.高周波の空力騒音の低減により,風力発電は更に普及し,安定したエネルギー需給の確保とエネルギーの使用に伴う環境負荷の低減への貢献が期待される.風車における空力騒音プロセスをシミュレートすることによって風車の空力騒音低減に向けた新翼型の設計への貢献が可能になった.

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

Fig.5

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、従来の経験則などでしか行われていなかった風車の高周波空力騒音の予測を、精度の高い大規模数値解析法を駆使して世界で初めて実現し、プロペラ先端の翼形状の改良法を示唆したものである。

 地球温暖化対策や持続的発展を求める環境において、風車導入の一層の普及が叫ばれている。その中で、現在の風車を大規模化するためには、低コスト化の一方で、さらなる騒音の減少が求められることになり、新しい騒音に関する空力設計の提案が必須となっている。このような環境の中で、プロペラ翼端で発生する高周波騒音に的を絞り、世界最大規模のLES(Large-Eddy Simulation)を地球シミュレータで実施し、騒音直接計算によって風車翼の空力騒音発生プロセスを詳細にシミュレートした。

 近年の計算機の発展により、風車のナビエ・ストークス解法による研究が行われてきてはいるものの、空力性能の予測に着目している。計算機能力の問題から、風車翼の空力騒音についての大規模な数値解析は行われていない。圧縮性流れの解法による騒音直接計算は、世界的にも先進的研究であり、それを風車の性能解析に応用するという特徴を備えている。本論文で構築した騒音数値解析ツールを適用することにより大型風車の空力騒音低減に向けた新翼型の設計に貢献することが可能になり、風車のさらなる普及促進を図ることができる。

 本論文では、はじめに計算コードの検証を行った。単独翼においてLES圧縮性解析手法、騒音直接解析手法を用いて数値解析結果と実験結果を比較した。2次元翼において、層流から乱流への遷移の現象を近似的に捕らえることができた。後縁での表面圧力の変動スペクトルが風洞実験の計測値と非常に良い一致を示していることを確認した。また、実際の風車のレイノルズ数に対応する翼端を有する単独翼における翼端渦空力騒音を計算し、風車翼の計算で着目する翼端を発生源とした空力騒音の伝播について、精度の高い結果を得ることができることを示した。実験値と非常に良い一致を示し、計算手法の信頼性を確認している。

 本論文の中心課題である水平軸風車翼の空力騒音予測については、開発したLES・圧縮性・騒音直接計算手法で、流れ場と空力騒音の数値解析を行った。計算対象は産業技術総合研究所で開発されたWINDMELIIIを利用した2枚翼風車とした。特に翼端付近に着目し、翼端の形状の違いによる遠距離場での空力騒音レベルの低減の現象を数値解析で捕らえている。音波の直接シミュレーションを行うことによって音波の壁での反射や屈折、非線形な効果などが考慮でき、より精度高い騒音予測が可能になった。なお、本計算に用いられた計算資源について、およそ3億点の格子を用いた大規模計算を、地球シミュレータにおいて10ノード、およそ60時間を要して行っている。

 本手法を適用することにより、現在プロペラ風車に通常に用いられている翼端形状と、"Ogee"と呼ばれる前縁に向かってS字型に後縁が近づく形状の2種類について、騒音と空力性能の比較を行った。"Ogee"形状が従来翼に比べて高周波騒音が低減すること、その原因は翼端渦と後縁剥離の干渉が弱まっているためと推測されることを示した。大規模風車の翼端形状の設計を行うとき、本研究の定量的データを利用しながら、新しい翼端形状の選択の可能性があることを示唆した。

 以上のように、本論文は、世界的にも研究が遅れている水平軸風車翼の騒音予測コードを開発し、実験値と比較検証を行い、従来の設計手法以上の信頼性を有していることを確認している。風車の空力騒音を直接計算により高精度に解析する試みは独創的であると言える。世界で初めて風車翼の翼端で発生する空力騒音を数値解析で予測したこと、翼端形状による空力騒音の低減を計算で再現できたこと、将来の大型風車において本計算法で騒音低減に向けた設計方法の提案が可能になったことは評価されるべきものである。風車における空力騒音プロセスをシミュレートすることによって風車の空力騒音低減に向けた新翼型の設計が可能になり、設計への大きな貢献を果たした。このように、本研究は従来の水平軸風車の空力騒音低減技術を飛躍的に進歩させる一助となったと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク