学位論文要旨



No 119697
著者(漢字) 李,宗
著者(英字)
著者(カナ) リ,ジョンビン
標題(和) 形状記憶合金アクチュエータの磁場・超弾往挙動の計算モデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 119697
報告番号 甲19697
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5902号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 高橋,淳
内容要旨 要旨を表示する

 形状記憶合金はスマート材料の一つとして様々な分野で利用されている。また近年では、形状記憶合金コイルばねをアクチュエータ素子として利用する機会が増えている。アクチュエータ素子としての高機能化、多機能化を念頭に、鉄系、ニッケル・マンガン・ガリウム系などの強磁性形状記憶合金の開発も進められている。多くの可能性を有する形状記憶合金あるいは強磁性形状記憶合金素子およびアクチュエータの設計・開発の効率化・合理化のためには、有限要素法などの計算技術による挙動予測が不可欠である。

 形状記憶合金の構成方程式および有限要素解析への応用に関する従来の研究としては、Brinsonによる1次元構成式の定式化と有限要素解析への応用、多軸構成式および有限要素解析への応用については河井ら、TrochuとQian、AuricchioとTaylor、QidwaiとLagoudasによる研究などが知られているが、AuricchioとTaylorの研究以外は引張挙動と圧縮挙動の非対称性(すなわち静水圧の影響)を考慮しておらず、アクチュエータとして利用される機会の多いコイルばねおよび板ばねの超弾性大変形挙動に対する実用的な有限要素解析法も確立していない。

 本研究においては、はり、コイルばねなど1次元的形状を有する形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動の有限要素解析法を提案する。この計算プログラムは、1次元的な形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析のための汎用的な計算ツールであり、磁場解析との連成を考慮することにより、磁気力により制御される強磁性形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析に拡張することが可能である。一部の汎用有限要素法プログラムは、磁場・構造連成解析機能を有するが、開発途上の先端材料である強磁性形状記憶合金の磁場・構造(超弾性)連成解析に適用可能な既存コードは存在しない。

 本研究は、様々な形状を持つ形状記憶合金素子の磁場・超弾性連成解析を行う。基本とする構成式モデルとして、比較的簡単で見通しのよい現象論的構成式であるBrinsonの1次元構成方程式を選択する。この構成式を1次元および2次元素子の構成式に拡張し、増分形大変形有限要素解析法を定式化する。

 強磁性形状記憶合金素子の磁場・超弾性連成解析手法においては、永久磁石、電磁石から強磁性形状記憶合金素子に作用する磁場と磁気力の計算には既存の商用プログラム(ANSYS/Emag)を利用し、強磁性形状記憶合金素子の超弾性大変形解析には、前述の計算プログラムを使用する。

 まず、はり、コイルばねなど1次元的形状を有する形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動の有限要素解析法を提案する。すなわち、Brinsonの一次元構成方程式を、非対称の引張り・圧縮変形およびねじり変形を考慮できるように拡張し、層分割型線形チモシェンコはり要素による有限変形問題の増分形有限要素解析法に適用する。また、アクチュエータ素子などに使われるコイルばねの解析を念頭に、ラグランジュ法による有限変形解析へ拡張する。

 提案した計算ツールを利用し、形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動有限要素解析法の定量的信頼性を把握する。数値計算例としては、ワシントン大学・知的材料システム研究センターにおいて実施された形状記憶合金コイルばねの引張り実験に対応する計算を実施し、両者の結果を比較する。

 また、磁場解析との連成を考慮することにより、磁気力により制御される強磁性形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析に拡張する。提案した強磁性形状記憶合金の磁場・超弾性連成解析の全体システムを、永久磁石および電磁石からの磁気力を受ける強磁性形状記憶合コイルばねの超弾性大変形挙動の解析に適用し、本計算システムの有用性を示す。

 続いて、形状記憶合金を磁性体と組み合わせたハイブリッド型(NiTi・Fe)アクチュエータの超弾性大変形挙動のシミュレーションを実施する。直線運動をするハイブリッド型コイルばねアクチュエータと回転運動をするハイブリッド型ロータリーアクチュエータの超弾性大変形挙動のシミュレーションを実施し、合理的設計のためのアクチュエータの力学的挙動を予測する。

 はり、棒などの1次元素子に対する構成式を板、シェルなどの2次元素子に適用できるように拡張し、増分形大変形有限要素定式化を行う。すなわち、マルテンサイト変態体積率の発展方程式の判別式にDrucker-Prager型の相当応力を用いることにより、垂直変形とせん断変形を連成させる。マルテンサイト変態体積率の発展方程式の判別式にMisesの相当応力の代わりにDrucker-Prager型の相当応力を用いることにより、形状記憶合金が持っている引張り・圧縮変形の非対称性も考慮できるようになる。続いて、ミンドリン板に対する層分割シェル要素を利用し、ラグランジュ法による増分形大変形有限要素定式化を行う。

 提案した計算ツールを利用し、板、シェルなどの2次元形状を持つ形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動有限要素解析法の定性的信頼性を確認する。また、両端固定棒に対する曲げ大変形解析を行い、前述の1次元素子に対する有限要素解析計算ツールを利用した解析結果と比較し、この計算ツールの定量的信頼性を確認する。続いて、磁場解析との連成を考慮することにより、磁気力により制御される強磁性形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析に拡張する。数値計算例として、磁気力が働く単純支持板の磁場・超弾性連成解析を行い、本計算システムの有用性を示す。

 本研究で開発する予定の形状記憶合金解析ツールは、材料定数の入力を変えるだけで既存の一般金属の解析にも利用できるため、既存の金属および形状記憶合金素子を含む任意形状のシステムの設計および開発のための基盤的な解析プログラムとして充分に利用できると考えられる。この計算システムは一般の金属および形状記憶合金素子を含む1次元と2次元の任意形状システムの設計および開発のための解析プログラムとして初めての試みになると考えられる。さらに、本解析システムを強磁性形状記憶合金素子と永久磁石、電磁石よりなる系の磁場・超弾性連成解析に適用し、強磁性形状記憶合金を利用したシステムの設計および開発のために使うことも可能である。この計算ツールを利用し、様々な分野で使われている形状記憶合金および強磁性形状記憶合金素子の合理的、効率的な改選が期待される。

 板、シェルなどの2次元的形状を有する形状記憶合金素子の計算法の定性的において、変態判断のための相当応力としてDrucker-Prager相当応力利用の妥当性についての考察が必要である。また、変態により発生する異方性間題についての考察も要求される。そのためには形状記憶合金の多軸実験のデータが要求されるが、実際にはまだ充分な実験結果が見当たらないため、今後の課題として残す。

審査要旨 要旨を表示する

 形状記憶合金はスマート材料の一つとして様々な分野で利用されている。また近年では、形状記憶合金コイルばねをアクチュエータ素子として利用する機会が増えている。アクチュエータ素子としての高機能化、多機能化を念頭に、鉄系、ニッケル・マンガン・ガリウム系などの強磁性体形状記憶合金の開発も進められている。多くの可能性を有する形状記憶合金あるいは強磁性体形状記憶合金素子およびアクチュエータの設計・開発の効率化・合理化のためには、有限要素法などの計算技術による挙動予測が不可欠である。

 形状記憶合金の構成方程式および有限要素解析への応用に関する従来の研究としては、Brinsonによる1次元構成式の定式化と有限要素解析への応用、多軸構成式および有限要素解析への応用については河井ら、TrochuとQian、AuricchioとTaylor、QidwaiとLagoudasによる研究などが知られているが、AuricchioとTaylorの研究以外は引張挙動と圧縮挙動の非対称性(すなわち静水圧の影響)を考慮しておらず、アクチュエータとして利用される機会の多いコイルばねおよび板ばねの超弾性大変形挙動に対する実用的な有限要素解析法も確立していない。

 本研究においてはまず、はり、コイルばねなど1次元的形状を有する形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動の有限要素解析法を提案している。すなわち、Brinsonの一次元構成方程式を、非対称の引張・圧縮変形およびねじり変形を考慮できるように拡張し、層分割型線形チモシェンコはり要素による有限変形問題の増分形有限要素解析法に適用した。提案した計算ツールを利用し、形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動有限要素解析法の定量的信頼性を把握した。数値計算例として、ワシントン大学・知的材料システム研究センターにおいて実施された形状記憶合金コイルばねの引張実験に対応する計算を実施し、両者が良好に対応することを確認した。

 また、商用プログラム(ANSYS/Emag)による磁場解析との連成を考慮することにより、磁気力により制御される強磁性体形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析に拡張している。提案した強磁性体形状記憶合金め磁場・超弾性連成解析の全体システムを、永久磁石および電磁石からの磁気力を受ける強磁性体形状記憶合コイルばねの超弾性大変形挙動の解析に適用し、本計算システムの有用性を示した。続いて、形状記憶合金を磁性体と組み合わせたハイブリッド型(NiTi・Fe)アクチュエータの超弾性大変形挙動のシミュレーションを実施した。直線運動をするハイブリッド型コイルばねアクチュエータと回転運動をするハイブリッド型ロータリーアクチュエータの超弾性大変形挙動のシミュレーションを実施し、ワシントン大学における実験結果と良好に対応することを確認した。

 さらに、1次元素子に対する構成式を板、シェルなどの2次元素子に適用できるように拡張し、増分形大変形有限要素定式化を行っている。すなわち、マルテンサイト変態体積率の発展方程式の判別式にDrucker-Prager型の相当応力を用いることにより、垂直変形とせん断変形を連成させた。続いて、ミンドリン理論に基づく層分割シェル要素を利用し、ラグランジュ法による増分形大変形有限要素定式化を行った。提案した計算ツールを利用し、板、シェルなどの2次元形状を有する形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動の有限要素解析法の定性的信頼性を確認した。また、両端固定棒に対する曲げ大変形解析を行い、前述の1次元素子に対する有限要素解析計算ツールを利用した解析結果と比較し、この計算ツールの定量的信頼性を確認した。続いて、磁場解析との連成を考慮することにより、磁気力により制御される強磁性体形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析に拡張した。数値計算例として、磁気力が働く単純支持板の磁場・超弾性連成解析を行い、本計算システムの有用性を示した。

 以上を要するに、本論文は形状記憶合金アクチュエータの磁場・超弾性挙動に対する新しい計算モデリング手法を提案し、他の解析解および実験結果との比較により、その設計支援ツールとしての有用性を実証しており、高い工学的価値を有すると判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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