学位論文要旨



No 119698
著者(漢字) 賀澤,順一
著者(英字)
著者(カナ) カザワ,ジュンイチ
標題(和) スマート構造による翼列フラッターの能動制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 119698
報告番号 甲19698
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5903号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 講師 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

 ジェットエンジンにおける圧縮機の負荷は年代と共に増加の傾向にある。圧縮機での負荷の増大はサージや旋回失速、翼列フラッターといった非定常流不安定現象を引き起こすことから、これらを避けるためにその作動範囲が制限される。サージや旋回失速については、これを制御しようとする研究が近年盛んに行なわれ、不安定現象の発生を予知してこれを回避する、あるいは能動制御により積極的に作動範囲を拡大する空力技術が種々の成果を上げて来た。同様に非定常流不安定現象である翼列フラッターについても、その制御について可能性が示されている。こうした能動的な制御に関する技術が向上すれば、ジェットエンジンの更なる高効率化が期待できる。一方、最近の構造材料技術では、電気信号等によって材料の形状や構造特性を制御する、いわゆるスマート構造の研究が進展している。スマート構造を実現するデバイスとしては、圧電素子や形状記憶合金、電磁流体など様々なものが存在する。これらのデバイスを翼列フラッターの制御に応用することができれば、直接翼の構造特性を変化させることができるため、信頼性の高い制御が可能であると考えられる。

 本研究では、スマート構造を用いた翼列フラッターの能動制御について、その可能性を数値解析及び実験によって検討することを目的とする。数値解析によって、制御の有効性を検討し、有効性の確認できた方法について、スマート構造を用いて実現可能かどうかを解析した。

 数値解析を用いて、翼列フラッターの制御のような動的な解析を行う場合、翼列フラッターの発生を模擬する必要がある。このため、本研究では、流体数値解析法と構造数値解析法を組み合わせた、流体・構造連成数値解析法を採用することとした。連成の手順は以下のとおりである。すなわち、流体数値解析により翼にかかる非定常空気力を求め、求まった非定常空気力を用いて、構造数値解析により翼の変位を計算する。この翼の変位に応じて格子を移動させて、移動後の格子を用いて再び流体数値解析を行う。

 流体数値解析は基礎方程式を2次元オイラー方程式とし、空間方向の離散化にはHarten-Yeeの2次精度風上型TVD法を、時間方向の離散化にはLU-ADI法を採用した。このコードを用いて他の研究者による解析と比較し、検証を行った結果、双方の結果は良く一致し、採用した流体数値解析コードが、振動翼列周りの流れ場を妥当に解けることを確認した。構造数値解析では、翼を剛体と仮定し、外力による翼型の変形はないものとし、翼の振動モデルは1自由度並進振動を仮定したバネ-マス系とした。また、翼の振動方向は任意に変えられるようにした。

 解析は亜音速流れの条件と遷音速流れの条件で行った。亜音速流れの条件では、入口マッハ数0.7、流入角55゜とした。影響係数法によって翼振動安定解析を行い、翼振動が不安定となる条件を見つけた。この条件で流体・構造連成数値解析を行った結果、翼振動振幅が発散していく様子を捉えることができた。これにより、亜音速流れの条件において、流体・構造連成数値解析法によって翼列フラッターが模擬できることが確認できた。更に、翼列中各翼の固有振動数が数%異なる場合に、翼列フラッターの発生を抑えられる現象(mistuning効果)が捉えられるかを調べるために、翼列中一枚おきに固有振動数が5%大きい翼が存在する場合について、流体・構造連成数値解析を行い、翼振動が不安定となる条件においても、翼振動振幅の発散を抑えられることが確認できた。この結果より、翼の固有振動数を変化させる制御が有効ではないかと考え、振動振幅が発散する時刻に、翼列中1枚おきに翼の固有振動数を5%増加させる制御を行ったところ、翼振動振幅の発散を抑えることができた。このような制御は形状記憶合金を用いて実現可能であると考えられる。形状記憶合金は通電加熱することで剛性が変化するデバイスである。これを確かめるために、CFRP製の平板翼に形状記憶合金を貼り付け、通電加熱したところ、SMA表面温度が約60゜Cの時に平板翼の固有振動数を約5%増加させることができた。

 遷音速流れの条件では、入口マッハ数1.25として解析を行った。この条件では翼間に強い衝撃波が生じる。影響係数法によって翼振動安定解析を行い、翼の振動方向が翼振動の安定性に支配的であることを確認した。更に、翼面上非定常空力仕事分布を調べた結果、翼間衝撃波が入射する位置に大きなピークが存在することがわかり、翼間衝撃波の挙動によって誘起される非定常空力仕事も、翼振動の安定性に支配的であることもわかった。また、翼振動が不安定となる振動方向で、流体・構造連成数値解析法を用いて計算を行ったところ、翼振動振幅が発散していく様子が捉えられ、翼間衝撃波を伴う遷音速流れの条件でも、流体構造連成数値解析法によって翼列フラッターの模擬が可能であることが確認できた。

 翼振動安定解析結果より、翼の振動方向が翼振動の安定性に支配的であったことから、これを制御パラメーターとして解析を行った。翼列中1枚おきに振動方向が異なる翼が配置されている場合を模擬し、翼間位相差90゜で振幅一定の強制振動をさせ、翼面上非定常空力仕事分布を調べた。その結果、振動方向143.42゜の翼では制御しない場合と翼面上非定常空力仕事分布に変化はなかったが、振動方向120゜とした翼では、翼間衝撃波によって誘起される非定常空力仕事が正から負となり、励振力から減衰力に変化した事がわかった。この結果より、振動方向を1枚おきに変化させる制御が有効であると考えられたため、流体・構造連成数値解析法によって解析を行った。その結果、この制御によって翼振動振幅の発散を抑えることが可能であることが確認できた。

 更に効果的に翼列フラッターを制御するために、翼間衝撃波の挙動を制御する方法として、翼後縁をフラップのように振動させる制御を考案し、解析した。このような制御はピエゾ素子を用いて実現可能であると考えられる。これを確認するために、翼弦長50mmの平板翼にピエゾ素子を貼り付け、交流電圧をかけたところ後縁で0.1mm程度の振幅が観察された。

 後縁を振動させると、それによって圧力擾乱が生じ、その擾乱によって流れ場に影響が生じると考えられたため、翼振動と後縁振動との位相差δをパラメーターとして、翼を振幅一定で強制振動させて解析を行った。解析の結果、δ=45゜で制御の効果が最も高く、δ=-135゜では翼振動振幅の発散を助長する可能性があることがわかった。従って、δは最適化する必要があることがわかった。また、後縁振動による流れ場及び翼面への影響を詳細に調べたところ、後縁振動によって翼型が変形し、それによって翼面上圧力分布が変化して圧力擾乱を生じ、その圧力擾乱が衝撃波の挙動を変化させていることがわかった。これらの結果より、後縁振動による翼列フラッターの制御は有効であると考え、流体・構造連成数値解析法を用いて解析した。その結果、δ=45゜の時には、振動振幅の発散を抑制することができ、δ=-135゜の場合には振動振幅の発散を助長してしまうことがわかった。また、δ=+45゜とし、翼の持つ全エネルギー(=翼の運動エネルギー+翼の構造エネルギー)がある一定値以上の場合のみ後縁振動がオンとなるようなオン-オフ制御を適用したところ、振動振幅の発散を抑えつづけることができた。これらから、翼列フラッターの能動制御法として後縁振動による制御は非常に有効であることがわかった。

 数値解析の結果を踏まえ、ピエゾ素子を貼り付けた翼を用いて実験を行った。ピエゾ素子を貼り付けた翼の振動は、翼全体が振動するものの、前縁で振幅が小さく、後縁で振幅が大きいものであった。これは、後縁振動とは異なるが、それに近い振動形態であるため、この翼による翼列フラッターの能動制御法について、風洞実験で検討することとした。風洞実験では、翼自体の振動と、ピエゾ素子による振動とを同時に行うことができないため、翼自体の振動によって誘起される非定常空気力と、ピエゾ素子の振動によって誘起される非定常空気力とを別々に計測し、線形的に重ね合わせることによって制御の効果を調べる。テストセクションは7枚の翼が設置された直線翼列となっており、このうち中央の翼は並進振動をさせることが可能になっており、中央の翼から上流側、下流側ともに2枚ずつは非定常空気力を測ることができる。ピエゾ素子による振動の影響を調べるときは、中央の翼を、ピエゾ素子を貼り付けた翼と入れ替えて実験を行う。中央の翼を並進振動させ、振動翼、及び周囲の翼にかかる非定常空気力を計測し、影響係数法を用いて翼振動安定解析を行ったところ、無次元振動数0.0078、翼間位相差40゜において翼振動が不安定になるという結果を得た。また、同じ無次元振動数において、ピエゾ素子による振動の影響を計測し、翼振動とピエゾ素子による振動の位相差δを考慮して重ね合わせを行った結果、δ=90゜の場合に制御の効果が最も高いということが確認できた。このことから、風洞実験によって、ピエゾ素子による翼列フラッターの制御の可能性を示すことができた。

 以上、数値解析及び風洞実験の結果より、ピエゾ素子による翼列フラッターの制御が有効であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)賀澤順一提出の論文は、「スマート構造による翼列フラッターの能動制御に関する研究」と題し、本文5章から成っている。

 ジェットエンジンやガスタービンの圧縮機における近年の大幅な負荷の増加により、圧縮機にはサージや旋回失速、翼列フラッターといった非定常流れに基づく不安定現象の危険性が高まっている。サージや旋回失速という流れの不安定現象については、その発生を予知して回避する技術や、能動制御により積極的に作動範囲を拡大する空力技術が精力的に研究され、種々の成果を上げて来た。他方、空力弾性的な自励振動現象である翼列フラッターについても、能動的な抑制法に関する若干の研究が、主として翼列非定常流れ場に音響擾乱を重畳する手法を中心に実施されて来ている。しかし、実用的な能動制御技術を開発するためには、基本的な制御手法の検討から実機への応用に至るまで、更に広範に様々な研究が行われなければならない現状である。

 最近の構造材料技術では、電気信号等によって材料の形状や構造特性を制御する、いわゆるスマート構造の研究が進展しており、応用分野として航空機翼のフラップの運動や、振動の制御等が研究されている。このようなスマート構造を圧縮機翼に適用することにより、翼の構造特性や形状を直接制御することが可能になれば、翼列フラッター等の振動現象に関して、音響擾乱を用いる方法よりも、信頼性と実効性の高い制御技術が実現できるものと期待される。

 本研究ではこのようなスマート構造による翼列フラッターの能動制御技術を開発することを目標とし、その可能性を流体-構造連成数値解析および直線翼列風洞実験により検討した。スマート構造を実現するデバイスには形状記憶合金やピエゾ素子、電磁流体等が考えられ、本研究ではこれらの適用を企図して、いくつかの制御法に関する検討を行った。また、流れのマッハ数や負荷条件等により、多様な異なるフラッター現象が存在するため、流れのパラメータについても種々の検討を行った。これらの結果、振動制御の可能性をいくつかの場合について示すことができたが、特に近年の翼列で大きな問題となる、遷音速領域の衝撃波関連フラッターについて、ピエゾ素子を応用することにより有効に翼振動を抑制し得ることを明らかにした。

 論文の第1章では本研究の背景及び目的を述べている。

 第2章では開発した流体-構造連成数値解析手法について説明した後、様々な翼列フラッターの制御方法について、数値解析を用いて検討している。流体解析と構造解析の連成は、流体数値解析によって求めた翼にかかる非定常空気力を、構造数値解析における翼の振動方程式に用いることで行う。計算負荷を抑えるため、流体解析では二次元Euler方程式を用い、構造解析では基本的な並進振動モードを対象としている。

 制御方法の検討は亜音速流れと遷音速流れの条件で行った。亜音速流れでは、無次元振動数が低い条件において翼列フラッターが発生することを確認し、翼の固有振動数を翼振動の発散過程で一枚おきに変化させる制御を行ったところ、振幅の発散を抑えられるという結果を得ている。このような固有振動数の制御が形状記憶合金を用いて実現可能であることを、CFRP製の平板に形状記憶合金を貼り付けた翼を用いて実験的に確認した。

 遷音速流れの条件では、解析対象とした翼列モデルの非定常特性について詳細な解析を行い、翼振動の安定性が主として翼の振動方向と、翼間衝撃波の振動によって誘起される非定常空気力に支配されることを明らかにした。そこでまず翼の振動方向を変化させる制御法を検討し、一枚おきに異なる振動方向を持つ翼が設置された翼列を対象とした解析を実施した結果、振動振幅の発散を抑えられることを見出した。このような制御は、形状記憶合金を用いたスマート構造により、翼の振動モードを変化させることで可能になると述べている。一方、翼間衝撃波の振動で誘起される非定常空気力を制御する方法についても詳細な解析を行っている。衝撃波挙動を制御する方法として、様々な方法の中で最も効果的であった、翼後縁をフラップの様に振動させる方法について検討した結果が述べられている。後縁の能動的な加振は、ピエゾ素子を翼面に設置することにより可能となる。詳細な解析の結果、翼振動と後縁振動との位相差が重要なパラメータであり、この位相差を適切に設定することで、効果的に翼列フラッターを制御することが可能であることを確認した。後縁の加振により翼回りに非定常圧力擾乱が誘起され、この圧力擾乱によって翼間衝撃波の挙動が変化するため、適切な位相で後縁を加振すれば、衝撃波の振動に基づく非定常空気力を励振力から減衰力に変えることができる。

 第3章では、直線振動翼列風洞を用いた亜音速流れでの実験により、ピエゾ素子による後縁加振の手法を検討している。ピエゾ素子による加振の状況を実験的に調べてみると、翼全体が振動し、前縁で振幅が小さく、後縁で大きかった。亜音速流れにおいて、このようなピエゾ素子による振動が能動的に行われる際の翼列フラッターの特性を数値解析で調査したところ、この条件でもフラッターの抑制が可能であることが見出された。そこで実験により、ピエゾ素子による能動加振の場合と、翼の並進振動の場合に、翼に働く非定常空気力を別々に計測し、これらを線形的に重ね合わせて振動の安定性を調べた結果、能動加振の位相が適切に選択されていれば、フラッターが有効に抑制されることが確認された。

 第4章では、第2章、第3章で得られた結果を踏まえて、スマート構造を用いた翼列フラッターの能動制御システムに関する考察を行っている。

 第5章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 以上要するに、本論文はスマート構造による翼列フラッターの能動制御について、その実現可能性を流体-構造連成数値解析と風洞実験により明らかにし、将来の高負荷、高信頼性圧縮機の実現へ向けて有用な基礎的知見と設計指針を与えたものであり、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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